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クリスマス・リサイタル  作者: 舞夢
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涼子の反発

「梅雨時でもないのに、雨だれ?」


涼子は史のピアノリサイタルの選曲に不満を漏らした。




「うん・・・」


確かに、涼子の言う通り、クリスマスのピアノリサイタルのアンコールにショパンの雨だれを弾くことは似合わないかもしれない。




「それに、リサイタルはバッハプログラムじゃないの」


「どうして最後まで、バッハにしないの?」


「わけがわからない、それに貴方ってバッハ弾きで、ショパンはあまり・・・」


涼子はますます、むくれた顔になった。




涼子は今年の四月の大学卒業後、史のマネージャーをしている。


史とは、音楽大学のピアノ科で同期であったが、史から話しかけたことは一度もなかった。


涼子が史の音楽性や将来性に魅力を感じたこと、それと涼子自身がスキーの時に怪我をしてしまい、ピアニストとしては将来が無くなったことから、ほぼ押しかけで史のマネージャーになった。




史は、音大時代から、数々の音楽コンクールで優秀な成績を収めた。


特に去年の音大四年生の時に、ベルリンで開催された難関のコンクールでは一位である。


それが、ドイツをはじめとしたヨーロッパの音楽界やマスコミでは評判となり、日本に帰国した。


ただ、日本ではクラシックのピアノリサイタルはそれほどメジャーなものではない。


もともとが引っ込み思案で繊細な史は、日本での演奏活動を行わず、ドイツを中心とした海外での活動を考えていた。




「日本でも大丈夫だよ」


「それに、貴方、ドイツ語も上手じゃないし」


「史君みたいな、大人しい子が海外で、やっていけるわけないさ」


「日本とドイツと行ったり来たりでもいいかな」


「でも、マネージャーがいないと、史君だけだと、出演料交渉も値切られるしさ」


「私はドイツ語もフランス語もなんとか出来るよ、ああ英語は当然」


史の大学卒業とほぼ同時に、涼子は史に猛烈なアタックをかけた。


史は引っ込み思案な性格、涼子は言い出したら後には引かない性格、涼子は思い通りにマネージャーになることが出来たのである。




「どうして・・・」


史はそこで言葉を止めてしまった。


本意としては、リサイタルのアンコール曲ぐらいは、自分で決めてもいいだろうと思った。


しかし、涼子は、言い出したら絶対に引かない。


今回のリサイタルのバッハプログラムも「強引」に涼子が決めた。


理由はドイツの難関コンクールの実績をアピールするには「バッハが無難」と、涼子が決めつけていたためである。


ただ、史自身はバッハが好きであるし、自信もある。


その意味で、リサイタルがバッハプログラムになることには、異論を唱えなかったのである。




「突然、弾きだしてしまえば、止められない」


史は、心を決めてしまった。


どう考えても、史自身が涼子の強引さは苦手である。


リサイタル終了と同時に、マネージャー契約を解除しようと考えている。


それ故、次のリサイタル後の予定は、全て曖昧に答えている。


つまり、涼子が何を言ってきても、出演する意思はないのである。




「まあ、いいさ・・・、恥をかくのは史君」


「私じゃないし・・・」


「もし、ショパンなんか弾いて、受けが悪かったら損害賠償もらうわよ」


「それ聞いたら、絶対弾かないよね、史君だったら・・・」


涼子は、ますます機嫌が悪くなった。


そして、そのままスタジオを出て行った。




涼子は機嫌を損ねると、史からの連絡には全く出なくなる。


とにかく、少しでも機嫌を損ねると、激怒する。


そして、マネージャーの涼子自身が行方不明となり、結局交渉事に不慣れな史が交渉することが多くなった。


そして、その後涼子が戻ってきて史を責めたてるのが常である。




「どうして、こんな程度の交渉しか出来ないの!」


「誰のおかげで、仕事をもらっているの!」


「これほど低い金額だったら、半分以上私が取るよ」


「文句は言わせないわよ!」


「本当に、どうしょうもない無能男だね!」


「あきれちゃうよ、全く!」


しかし、涼子は史のマネージャーを止めるとは自分からは絶対に言わない。


これは史も理由がわかっている。


音楽のプロ仲間全てが、涼子の言動を嫌っているため、「もらい手」が無いのである。




「史君、違う人紹介するよ」


「涼子、昨日もまた六本木で悪態ついて暴れたって」


「史君、お金渡し過ぎ・・・、というか、取られ過ぎかなあ・・・」


「可哀そうで見てられない」


「バッハとかベートーヴェンとか、ドイツものしかやらせないし」


「確かにドイツで一位取ったからって、決めつけ過ぎ」


「その決めつけ過ぎが、安直だなあ」


音楽仲間からも、様々な心配する声が史にかけられる。


それも極秘である。


少しでも、そんな話をしていたことが、涼子の耳に入ると、激怒をする。


そして本番当日でも、演奏開始ギリギリまで会場に来ない。


史にとって演奏以上に涼子の言動や、「ご機嫌伺い」には神経を使ってきたのである。




「でも、リサイタルは明後日」


チケットも完売状態である。


史は、とにかく「我慢」だけを考えた。

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