あ
白い煙が辺りにもうもうと立ち込める。
それに驚いて、少しでも声をあげた者がいるなら、次の瞬間には、その首はなかったことであろう。
気がついたら味方が死んでいく。
それを、皆は「絶命の火霧」と呼んで恐れた。
ーーーーー
「ムー兄、いるー?」
「………ん、ああ、いるけど」
「入るよー」
ガチャガチャ派手な音を立ててドアノブが回されるが、それは開かない。
「ちょ、鍵掛かってるじゃない!開けて!開けてよぅ!」
ドンドンとドアが叩かれる。
俺は、あくびをしながらゆっくりそこへ向かった。
「早くっ」
「おーう」
鍵を解除すると途端に向こうからミサキが飛び出してきた。
俺は自分の頭がドアとキスしないように、急いで跳ねのく。
「ムー兄!なんで鍵なんか!!」
「お前が勝手に入ってきたら困るからに決まってんじゃんか」
「どうして?!やましいことでもあるの?」
「んっとな、つまりあれだ、寝ているところを襲撃されたら心臓が止まりそうになるっつーことだ」
「あ、あー……」
やっと分かってくれたらしい。
ミサキも、俺が変に戦闘ばっかり強いられてきたのを知ってるから、相当気遣ってくれてはいるよう、だけどなぁ……、って。
「おい、なんで泣いてる?」
「………だって、だって。ムー兄優しいのに、安心して寝付けないくらい酷い仕打ち受けなきゃいけなかったなんて、可哀想だよ……」
「ミサキ…」
俺はぽん、と彼女の頭に手を置いた。
…そして、そこへ徐々に力を加えていく。
「アイデデデデデデデ」
「おい、テメー俺が嘘泣きも見抜けねぇなんて思ってんのか」
俺がそう言うと、ミサキは顔を上げて笑いながら、「バレた?」と返した。
その目尻には全く涙の跡がついていない。
「良い加減にしろよな、ったく」
俺は手を離してため息をつく。
「だってー、ムー兄ってばちょっと過去引きずりズリズリ症候群なんだよねー。別に気にするようなことじゃないじゃん。私、その気になればいつでもドア破壊できるんだし」
「破壊すんなっ」
俺はそう叫んで、また布団を深く被り直す。
「えー?また振り出しー?今日は久しぶりに街に行くんでしょ?」
「気が変わった。一人で行ってこい」
「ん……、じゃ、そうしよっかな。お金持ってって良いんでしょ?」
「勝手にしろ」
「それじゃあ、貯金してるの全額使っちゃうねっ!」
「勝手にしろ」
許可を出すと、ミサキは揚々と引き上げて行った。
俺は俺で、また睡魔に……、ふあーあ。
ーーーーー
「おい。そこの人間」
「??!」
急に声をかけられて、俺は布団の中で身を固める。
さっきまで全然気配すらしなかったぞ。転移してきたのか?だとすれば一大事だ。俺が最も嫌いな術がそれなんだから。
「おい、聞いているのか!」
「……………」
語調が強くなる。マズいかもしれない。
「そうか、それがお前の答えなんだな…」
ブスッ
言葉を聞き終わらないうちに、布団に刃物が突き刺さった。
「ほう」
咄嗟に避けた俺を見て、その男は笑みを見せた。
「やるな。今のを楽に躱したか」
「楽に?」
俺は笑った。「楽なわけねーじゃん」
くるまっていた布団から抜け出すのはかなり手こずった。もっと緩く締めつけておくべきだったのだ。
それで、今、尻餅をついている俺に、そいつは剣を差し向けているわけだ。
「楽じゃない、か。確かに余裕があるとは言い難い動きだったが、それでも掠りもしていないのだから凄いと思うぞ」
「褒められるのは嬉しいけど!そう思うんなら、剣を鞘に戻した後、布団の料金を床に置いてどっか行っちまえ!」
「ところがそうもいかんのだ」
その男は一歩俺に近づいてきた。
「……雇い主がな、ここに『絶命の火霧』がいるので抹殺してほしい、と俺に頼んできたのだ。謝礼金は受け取った手前、引き返すわけにも行くまい」
「律儀なヤローだな。ちょっとはガチガチの肩をほぐした方がいいんじゃないか?どーせ雇い主よりあんた強いだろ?反抗すれば大丈夫だって」
「ふふふ、そう思うか?」
その途端、ウチの天井が割れた。
バラバラと落ちてくる破片から身を守りつつ、俺は前方を見る。
「はあ、あんたさあ、もうちょっとスマートに殺せないわけ?」
「いや、家ごとぶっ壊した奴にスマートとか何とか言われる筋合いねーよ」
あの女が雇い主だろうか。でも、なんか仲良しっぽいな。ピーンチ。
「ちゃっちゃとヤるわよー。………あら」
気合い十分な女は動きを止めた。
俺の姿がなくなったからだ。
「どこが『スマートに』、だよ。逃げられちまったじゃねぇか…」
「あんたがしっかり捕まえないから!」
「いやいや、お前が家を潰したから動きやすくなったんだよ、あいつは」
…俺が身を潜めていると、えー、私のせいにするの?という声が聞こえてきた。当然だろ。
部屋の壁を壊すと、わずかに隙ができてしまうものだ。だから、なかなか逃げだせなかったんだ。
ーーーーー
こういう重要な時に限ってミサキがいない。…というのは嘘で、結構俺とあいつは離れ離れの時が多いから、この状況も不思議なことではない。もしかしたら、そこをつけ込まれたのかもなぁ。こっそり監視されてたとか、あるかも。
それで、俺は街へ向かっている。
後ろから追ってくる気配もないし、ひとまず逃げ切れたんだと思う。
でも、部屋壊されちゃったからな。これから確実に宿暮らしになるんだろう。金持ってないのに。
下からせり上がってくるように、ここまで声が聞こえてくる。賑やかなことだ。