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クリスへ。


クリスへ。



 こうして手紙を書くのは、とても久しぶりね。昨日、今日の為に部屋を片付けていて、あの頃の手紙が出てきて思わず懐かしくなって読み耽ってしまったわ。お互い、あの頃は若かったわね。私もあなたも馬鹿みたいにお互いのことしか見えてなかった。


 ねぇ、クリスは今、幸せ?私は、とても幸せよ。


 あの日、私の手紙を握り締めてお屋敷に乗り込んできたあなたときたら、今思い出しても笑っちゃうほどボロボロだったわね。北端のジャンさんのお店から、南端のお屋敷まで走って来るだなんて。あの時間だったらまだ乗合馬車もあったし、どう考えてもそっちの方が早いのに。あなたってば、そんなことにも頭が回っていなかったのね。


 メイド仲間が屋敷中に響き渡る声で私を呼ぶから、慌てて玄関に走った私を、あなたはびっくりするくらい強い力で抱き締めて。あの時は突然のことに驚いたらいいのか恥ずかしさに叫べば良いのか分からなかったわ。


 でもあの日、あなたがもしああやって来てくれていなければ、私はどんなにあなたが抱き締めてくれても、愛を訴えても、首を縦に振ることはなかった。


 顔を赤く染め、いつも綺麗に後ろに流している髪の毛は振り解けていて、ズボンの裾も靴も泥まみれ。どこかで引っ掛けたのかシャツの肩口は破れていて。あなたのあんなに汚れてボロボロな姿を見たのは、後にも先にも、あの時だけよ。


 なのにどうしてかしらね?玄関ホールの天窓から降り注ぐ柔らかな光に照らされたあなたは、今までで一番素敵に思えたの。中途半端な場所で階段を立ち止まってしまった私に勢いよく走り寄り、あなたが私を力強く抱き締めた瞬間。私はあなたに愛を感じたの。この腕を離したくない。この人が、私以外の人を抱く姿を見たくない。私以外の人があなたの横に立つ姿を見たくない、って。そうして「ああ、これは親愛の愛じゃないわ。私は唯一無二の愛おしい人としてあなたを愛しているのね」って気付いたの。


 ねぇ、クリス。あなたは今、幸せ?私の手紙が、あなたに沢山の幸運を運んでくれていると良いのだけど……。


 私はいつだってあなたの手紙を受け取る度に、胸いっぱいに幸せが溢れていたわ。


 故郷に戻りたくない、でもクリスとも離れたくない、どちらも捨てることができずに居た私に、クリスは「うちには優秀な弟が居るからね。このままこっちに就職しようかな。農家も楽しいけど、意外に食堂の仕事も楽しくてさ。自分には料理人や経営者の才能があったのかもしれないね」って言ってくれたわ。

その顔はとても穏やかに微笑んでいて、少しも戸惑ったりしてないみたいな態度だったけれど、私、知ってるの。


 クリスが私を抱き締めてくれたあの日から、何度もおじさん達と手紙のやりとりをして、どうにか自分が首都に留まれるようにしてくれたって。それに、クリスが口では憎まれ口を言いながらも、本当はあの故郷の広大な畑を大事にしていて、愛していることも、私は知っていたの。


 クリスが私の為に安定した将来も、家族さえも捨てようとしてくれたのに、私は、私は自分の事しか考えられなかった。あの息苦しい町の中で生きてくなんて、私にはできなかった。


 そんな私を、クリスは受け入れてくれた。ありがとう、クリス。クリスチアーノ。今日、こうして憧れていた美しいレースで覆われたドレスを着て、あなたの隣に立つことができて、本当に嬉しい。


 大好きよ、クリス。私の我侭を聞いてくれてありがとう。結婚式は町で、でも住むのはこのまま首都が良いなんて我侭、普通は聞いてもらえないってメイド仲間に羨ましがられたわ。そうよね。だって、今までのメイド仲間たちも、結婚したらメイドを辞めて、旦那様についていくのが普通だったもの。


 でも、クリスは私の好きにして良いって言ってくれた。それがどんなに嬉しかったか。


 きっとこれからも私は意地っ張りを直すことはできないし、あなたよりもお屋敷を、仕事を優先させてあなたを傷付けてしまうと思うの。


 でも、忘れないで。私はあなたを愛しているわ。世界中の誰よりも、一番愛しているわ。


 あなたの手紙が、私を幸運にしてくれたのよ。


 ああ、もう時間だわ。クリスが扉の外でソワソワしてる。これ以上待たせたら、扉を蹴破って来ちゃいそうね。


 それじゃあ、これからも宜しくね、旦那さま。


 手紙と共に幸運を。



   あなたの妻より。


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