表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
……。  作者: Noisy
2/5

2

バレンタイン2日前、夕方。


「ねぇ、(あに)。」


 学校から帰ってきた妹は、俺の元へやってくるとそう声をかけてきた。

 相変わらず表情は冴えない。

 正確には俺の元へやってきたのではなく、兄妹で共用の子供部屋、つまりは自分の部屋に帰ってきただけであるのだが。

 俺はベッドで横になってマンガを読んでいる。


「ん〜?」

「何で生きてるの?」


 いきなりこの痛烈な言葉。

 その言葉、結構グサッてくるよ?


「……死んでないから。」


 胸を押さえるジェスチャーをしたくなりながらも、それをおさえて平静を装う。

 鞄を置き、俺が男だと認識していないかのように平然と着替え始めたため、体制を変えるふりをして目をそらした。


「どうして死んでないの?」

「寿命もきてないし、事故にも遭ってないから。」

「いつになったら寿命がくるの?」

「いつか。」

「5日後ね。」

「……違うと思う。」


 着替え終えた妹は、俺の枕元に座って両手を組み合わせた。


「ああ神様、5日後に天に召される兄に祝福を。」


 そのまま両の目を閉じて照明の方へ顔を向ける。


「何のだよ。」

「何か。」


 手をほどいて体の両側につくと、立ち上がって俺を見下ろした。

 逆光で暗い影しか見えない妹様には、なぜかとても威厳があった。


「……せめて楽に死ねるようにじゃない?」


 小首を傾げる仕草は可愛らしいが、言葉は全く持って可愛くない。


「死ぬ前提なんだな。」

「人間いつかは死ぬんだもん。」


 そう言って動いた。


「……5日後にじゃないよな?」


 部屋を出ようとしていた妹は、俺の言葉にわざわざ足を止めて振り向いた。


「──さぁ?」


 その笑みには、何か含みがありそうだった。


  +  * +  *  + * +


 少しすると、玄関の扉が開く音が聞こえた。


「いってきま〜す」


 妹の声だ。


「どこいくんだー?」


 階段のところまでいって尋ねる。


「ちょっと買い物。」

「いってらっしゃい。気ぃつけてね。」

「うん。」


  +  * +  *  + * +


 日が暮れ、腹が空いたから1階に降りていくと、丁度妹が買い物から帰ってきた。


「おかえり。」

「ただいま、お兄ちゃん。」


 ちょっと機嫌がいいのだろうか。

 さてはタイムセールにでも遭遇したか。


「わざわざ玄関でお出迎えしてくれたの?」


 階段を下りるとすぐに玄関があるため、そんな立ち位置になってしまっただけだった。


「たまたまな。」

「ありがと。

 これで死んでくれたら他に言うことないんだけどな」


 妹は靴を脱ぎながらはっきりとそう言った。

 ……どうやらいつもどおりのようだ。

 なぜこうもスラスラとそんな恐ろしい言葉が出てくるんだ。


「死んだら何も聴くことできないだろうなぁ。」


 室内で見えもしない空を仰ぐ。


「……で、何買ってきたんだ?」

「バレンタインの食材?」


 妹はそう言って俺の前に立つと、ポリ系の何かでできているであろう合成繊維っぽい布バックを軽く持ち上げた。


「チョコか。

──ちょっと前なら箱買いで安いのあったのに。」

「買ってきといてくれればよかったのにー!」

「買ったけど食べた。」


 妹の恨めしげな目は見なかったことにする。


「……太れ」


 こういうとこは乙女だなー。と感心する。


「太りたい。」


 俺は本当に太りたいのだ。

 いくら食べても太らないのか、いつも食べれるときには食べられるだけ食べているにも関わらず、あまり太らない。

 縦にも横にも前後にものびない。


 そこで一旦会話を切り上げて、リビングを通ってキッチンの冷蔵庫へと足を運ぶ。

 妹も背後にぴったりついてきた。

 チョコたちは今の時期冷蔵庫なのだろうか。


「何か食べるものないかなー……」


 冷蔵庫を開けて中身を確認していると、横(下)から妹がチョコやら生クリームやらを中に入れていく。


「兄ちょっとこの世からどいてー──」


 赤や黄色のシールが張ってあるものが多く、結構安いの探してたんだな。と感心する。


「ヒドいな」


 うん。でもこのくらいは我慢だ。

 収入は定年間近の下っ端社員の父の分と母のアルバイトの分が少ししかなく、私立の大学に通う俺や高校に通う妹の学費など、出費は嵩むため、節約は大事である。

 そのせいもあってか、小さい頃から母について買い物にいっていた妹には、安いものを選ぶ習慣が付いてしまっているようだ。

 そのおかげで俺はきちんと学費を払ってもらえているわけだ。ああ、バイトはしていない。色々と事情があってな。

 ……色々だよ。


「何か作るよ。夕飯に。

 母さん今日は帰ってこないらしいし、てて(・・)もきっと外食でしょ。」


 てて(・・)は父のこと。

 何かのマンガに影響されたらしく、暫く前からこの呼び方だ。


「じゃ、よろしく。」

「チョコフォンデュでい?」

「今日?」


 バレンタイン二日前にそれはないだろう。


「冗談。チョコパイ作るよ。」


 今日の夕飯はチョコ系デザートになるのか。

 バレンタイン前の練習か?


「デザートでなく?」

「あたしはちゃんと他の食べるよ。」


 さらっとまぁヒドいことを。


「……ご飯だけでも炊いてくれるとうれしッス。」

「じゃ、メンチカツでいい? 古い肉が冷凍庫に沈んでるはずだし。」

「……妹様が作って下さるだけで何でもありがたいので文句など言えません。」

「じゃ、兄ちゃん作って。」

「あの、作ってくれンじゃねぇの?」

「働かざるもの生きるべからず、だよ?」

「……食うべからずだろ」


 おかしい。成績は、こと国語に関しては妹はかなりよかったはずなのに、こんなことを間違えるはずが……わざとだな。


「わざとだけど?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ