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6:幕開けはいつも、絶望の結末

 まずは、縦に揺れた。

 建物を上下に振ったような衝撃。体感としては一分近く感じた、実際の時間はきっと一瞬ほどの間を開けてから今度は横に激しく揺さぶられる。


「! 地震!?」

「扇歌くん。こっちに来なさい」


 誰でもわかる当たり前なことを叫ぶしか出来なかった僕と違って、会長はいつもの声音で慌てたそぶりも一切なく、僕の手を引き、机の下に避難する。

 ごく普通の折りたためるタイプのちゃっちい机なので、僕と会長で机の脚を支えて、机が倒れないようにしながら、とりあえず揺れが治まるのを待つ。


「こういう時って、避難経路確保に扉を開けてから机の下に避難した方がいいはずだが、実際に扉が開かなくなるレベルの地震が起こったら、そんなことしてられんよな、普通」

「そうですね。ところで会長、スカートで胡坐はやめてください」


 僕は会長から目を逸らしながら、適当な相槌と切実な懇願をする。

 会長、お願いですから自分の性別の自覚と、僕の性別を考慮してください。校則に遵守した膝丈のスカートがめくれあがって、白い太腿が見えているのは目に毒なんです。


 こんな立ってもいられない、机の下から出れない地震で何を考えてるんだと自分に叱咤して、他のことに頭を働かせる。

 意識を会長以外に向けて初めて、僕は、合沢先輩や副会長たちは大丈夫なんだろうかと、今更な心配が心に浮かび上がる。


 浮上した感情のまま、とっさに僕は窓を見る。机の下なんて位置で見る窓からの風景は空で、先輩たちが見えるわけなんてないのに、何も考えず、ただあの人たちの無事を祈って、無事な姿を見て安心したくて、僕は見た。


 見てしまった。


 時刻は、地震が起こる前に生徒会室の時計で確かめた。確かに、まだ昼の1時前だった。


 春の陽気が心地よい、花見日和の天気と気候。窓の外には、地震なんて関係ない晴れ渡る快晴が広がっているはずなのに。


 地震が起こる前まで、確かに広がっていたのに。


 窓の外は、暗闇だった。




 * * *




 有りえない。


 頭に浮かぶのは、その単語だけ。

 何の想像も説明もつかない、ただただ否定する言葉しか浮かばない。

 窓の外の夜空とか雨雲ではない、暗幕で覆ったような暗闇以外を否定する。


「……おやおや。ずいぶんと体感時間が早くなったものだ。私も年かな」

 会長が机の下から這い出て、窓を眺めながら皮肉なのか冗談なのか、実は会長も混乱してるのかよくわからないことを言い出した。

 言われて初めて、揺れが治まっていることに気が付く。


「か、会長!? これは……」

「扇歌くん。私にわかると思う?」

 僕も机から出てきて、パニクリながら声をかけると、会長は少し困ったような笑顔で最後まで言わせずに逆に訊いた。


 僕は会長を何だと思ってるんだ。

 訊けばたいていのことは即答で答えてくれるほどこの人の知識は深いけれど、さすがにこんな意味不明な事態の説明がつく訳はないだろう。むしろ、即答で現状説明された方が怖い。


「すみません。わかった方が怖いです」

 思ったことを正直に答えると、会長は困った笑みのまま「そうか」とだけ言って、視線をまた窓の外に戻す。


 その困った笑みに一瞬、心が痛んだ。

 何故だかわからないけれど、僕の中で罪悪感がうずいた。

 それは会長がそういう表情をめったに見せないから、説明好きな会長が説明できずなかったことを気にしてるように見えたから、僕の自惚れだと思うけど、僕の不安を取り除けなかった事を悔やんでるように見えたから、感じた痛みだろう。


「あ、あの、僕、頭を打ってしばらく気絶して気が付いたら日が沈んでいたとかでは……ないですよね?」

 最後は間違いなく、僕の自惚れで願望に過ぎないけれど、会長があんな笑顔をめったに見せないことは間違いのない事実だから、会長の笑顔が好きだけど、喜びや嬉しさ以外の感情が混じった笑顔は見たくないから、だから僕はとっさにマヌケな推論を口にした。


「あはっ! それが事実なら、少なくとも場所は保健室に移動させてるさ。私がお姫様抱っこでね」

 捨て身の受け狙いは幸い、滑らずに済んだ。

 会長が噴き出して、移動方法以外は嬉しいことを言ってくれた。

 ……うん。僕の身長体重なら、会長は余裕でお姫様抱っこできますね。絶対にしないでください。男の矜持を守らせて、お願い。


「幸か不幸か、君は頭を打って気絶なんかしてないし、私たちは最低数時間後か前かにワープしたわけでもなさそうだな。

 ……っていうか、ワープしたのが時間だけならいい方だな、これは」

「え?」


 会長の言っている意味がよくわからず、首を傾げる僕に手招きして呼び寄せて会長は窓を指さす。

 正確には、窓の外の下。普段なら中庭が見えるその場所を見ろと指さされ、素直にそこに目を向けて絶句。


 窓の外は、暗闇だった。


 これは星も月も見えない夜空でも、厚い雨雲に覆われた曇天でもないことは、初めからわかっていた。僕の上げた推論なんて、一〇〇パーセント間違いだとわかって上げた、本当に受け狙いになればよい方な推論だった。


 でも、これは予想外だ。

 まさか、地面さえ見えない、窓がただの黒い板になったような暗闇しか、そこにはなかった。




 * * *




「……何……これ……」

 窓を開ける勇気はなかった。窓を開けた途端、この闇が部屋の中を染め上げてしまいそうで怖かった。


 なんだ、これ?

 現状が全く把握できない。記憶をいくら辿っても、この状況を説明できる情報は見つからないし、こんな状況に陥る伏線だってわからない。わからないけど、一つだけ浮かんだ今の状況を例える表現。

 会長の言う通り、時間だけワープの方がたぶんマシだ。


「まるで学校に箱を被せたみたいだね」

 僕が思い浮かべた表現を、会長がこともなげに口に出す。

 現実からこの学校、少なくともこの部屋は隔絶されていることを認める例えを、口にした。


「……『まるで』で済めばいいですよね、それ」

 状況がわからない。何が起こったかがわからない。何をすればいいのかがわからない。わからないことだらけで、何がわからないかがわからなくなりそう。


「済めばいいじゃない。済ますんだよ」


 なのにこの人は、揺るがない。


「扇歌くん、とりあえず部屋から出るよ。まずは状況確認と、他に残っている人間がいるかいないかを探そう」


 黒い瞳に、困惑も混乱も怯えもない。

 外の闇に似た色の瞳なのに、輝きに満ちた目に僕を映して宣言した。

 普通じゃないこの状況。廊下は節電で電燈がついていないから、窓の外と同じように部屋の中からはどうなっているかがわからない。

 ここから一歩でも外に出るだけで、あの闇に飲み込まれるかもしれない。


 何もわからないことが、嫌な想像を次々と駆り立てる。怖いと泣き叫んで、膝を抱えて隅っこでただ怯えていたい。それが何の解決にならなくても。

 そんな弱音を訴える僕は、確かに存在する。

 存在するけど――


「……はい!」

 そんな僕の訴えを、臆病な僕をあっさり握りつぶせるほどの大きな自分がいた。

 会長に情けない所を見せたくない。会長に少しでも頼りにされたい。この人と共に、隣を歩みたいと願う自分の声の方が、僕の弱音よりもはるかに大きかった。


「うん。いい返事だ」

 僕の返事で、満足そうに笑って頷く会長。

 それだけで僕の弱音はさらに小さく、身の程知らずな自分がさらに大きくなる。


 身の程知らずというより、事の重大さを理解できていない子供だ。

 僕がついて来ることを前提にした会長の宣言で、もうこの状況の恐怖が消えていた。

 僕ならついて来てくれると信じてくれていた、僕なら連れて行っても足手まといにならないと信頼してくれた。勝手にそう解釈して、浮かれてしまった。


 ワクワクしていた。

 これでも僕は男なんだ。副会長よりも力があるって所を、少しは頼れるところもあるってことを見せれると思ったら、ドキドキした。


 他者を心配して部屋から外に出ようと言った会長と僕は、全然違う。

 僕はあまりにも子供で、身勝手だった。

 だから、罰が当たったのかもしれない。


「扇歌くん。少し待っててくれ。ちょっと連絡が着てないか、そもそも連絡が取れるのかの確認だけするから」

「はい、わかりました」


 会長がスマホをスカートのポケットから取り出して、画面に指を滑らせる。その間に僕は、自分の鞄を持って、扉の前で待つ。

 ただ、扉の前で直立不動になって待っていればよかった。そうしておけばよかったのに、僕は何気なく扉に手を掛けた。


 廊下がどうなっているのか、ただ単に暗いだけなのか、それともすでに廊下さえも窓の外の暗闇に侵食されているのか、その確認だけでもしておこうと思った。




 * * *




「ふむ。やっぱり駄目だな。文字化けで時間すらわからん。

 おまたせ、扇歌くん。……? 扇歌くん?」


 背中で、会長が不思議そうな声を上げるのを聞いた。


 僕はその声に答えられない。


 僕の中で、僕の声が逆転していた。


 会長に頼られたいという願いは、見る影もなくしぼんで消え失せて、半狂乱で叫ぶのは弱い僕。


 例え会長に失望されても、それでもいい。それがいい。


「……扉が、開きません」

 かすれて、震えながらも精一杯絞り出した言葉。


 弱い僕が訴えた、会長をここから出さないための嘘。


 僕は、扉を開けられなかった。廊下の確認すら、出来なかった。


 扉に手を掛けた瞬間、見えたから。




 何本も、何本もの槍が刺さった背中。


 腕は二本とも、足は片方、槍で吹き飛ばされ、千切れて、廊下の端に転がっていたのが見えた。


 刺さった槍が多すぎて、腹部は原型を留めていなかった。


 上半身と下半身を繋ぐのは、内臓でも皮でもなくむき出しになった脊椎。


 それさえも抉られ、黄色みがかった液体が、骨髄が零れて血に混じった。内臓と肉片が混ざった血の海に、混ざっていく。




 ただの想像にしては、あまりに鮮明で生々しい映像。


 映像だけじゃない。視覚だけじゃない。全身で、五感で、僕はその光景を、その瞬間を体験した。


 鼻につく錆の匂いと、その匂いでこみ上げた吐き気、自分の胃液の味。失われていく体温。柔らかな肌が堅く固まっていった。


 激痛を、苦痛を僕に見せまいと耐えて、食いしばった奥歯の割れる音がまだ、耳に残っている。


「……扉が、開きません。……ここから、出れません」

 僕は嘘を吐く。


 扉の外では誰かが、先輩や副会長が助けを求めているかもしれない。その可能性を無視して、見捨てて、僕は最低な嘘を吐き通す。


「――ここから、出れません」


 出ないでください、会長。

 貴女に憎まれても蔑まれても失望されてもいい。


 それは、僕が見てしまった、嫌な予感とか虫の知らせなんてものじゃすまない、今さっき体験したような感覚に陥る幻覚が、現実になるくらいなら、僕は貴女に嫌われる方がいい。






 貴女が死ぬより、ずっといい。


やっと本編開始。

クトゥルフの要素はほとんど出てないけど、ファンタジー・ホラー要素をやっと出せました。


それでは本編に入ったことですし、できれば週一、最低月二の更新を目指しますので、これから本格的にお付き合いをお願いします。

より良い作品を書くために、皆様の率直な感想や批評もお聞きしたいので、できればで結構ですので、よろしくお願いします。


それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました!

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