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3:生徒会書記局局長、外上愛名

やっとクトゥルフ要素が出てきました。

わかる人にしかわからないって程度ですけど。

 入学式の看板は、校門に既に立てかけられていた。

 よく見ると、足の部分に補強した痕跡がある。どうやら壊れていたのはこの部分で、たぶん会長がトンカチ片手に直したのだろう。


「また振り出しか。会長、今度はどこで何してるんですか?」

 僕はぼやいて、校舎の中に戻った。




 * * *




 校舎に戻って、僕は腕を組む。困った。会長が今どこにいるかの検討が僕にはさっぱりつかない。

 これなら体育館に段ボールを副会長と一緒に運んだ後、他の先生や先輩に頼まれた仕事は副会長の「俺がするからお嬢を探すんなら探せ」という言葉に甘えればよかったかもしれない。


 しかし、そうか。僕って自分の体格の割には力が結構あったんだ。生徒会室で副会長が遠い目をしていた理由が、体育館で先生や他の先輩たちに驚かれてやっとわかった。


 ……副会長の言う通り、僕の筋肉どこについてんのさ?

 この腕、どう見ても同じ身長の女子くらいの細さしかないんだけど?


 当てもなく適当に校舎をうろつきながら意味のないことを止めどなく考えてた僕を、呼び止める声。


「百々目、五日くん」


 その名前に僕の胸の内側が、沸騰し、凍りつく。

 矛盾した感覚が同時に湧き上がる。

 心臓がドクドクと早鐘のように脈打ち、頭に血が無駄に巡って熱が溜まり、息が苦しい。

 そのくせ、手足はひどく冷たい。背筋には虫が這うような寒気が走る。


 僕はぜんそく患者のような呼吸で、油の切れたからくり人形のようなぎこちない動きで、後ろを振り向く。


 声の主を確かめる。




 * * *




「会長を探してるの? 百々目五日くん」


 緑の黒髪。鴉の濡れ羽。黒髪を賛美する言葉の見本のような、ロングストレート。

 その髪と対比するような、病的に白い肌。

 そしてまた、肌に対比する真っ黒な瞳。

 小柄で、細く、嫋やか。男が理想とする少女像。

 かぐや姫や白雪姫を連想しそうな美少女が、そこに立っていた。


 彼女は…………えーと……


外上(そとがみ)愛名(あいな)

 口の端を釣り上げた、人形めいた笑みを浮かべて彼女は言った。


「私の名前、いつまでたっても覚えてくれないのね。百々目五日くんは」

 眩みそうな熱さと、痛いくらいの寒さを感じる名前に耐えながら、頭を動かす。

 そうだ。彼女の名前は、外上。


 外上、愛名。


 生徒会書記局……、この高校に入って知ったけど、書記は人数が多いと「書記局」という独立した組織になる。彼女はそこの局長だ。

 僕と同じ、新二年年の……独立してるとはいえ、同じ生徒会の一人だ。


 ……どうして、どうして名前が一瞬、出てこなかったんだろう?

 こんな……こんな…………


「どうしたの?」

 小首を傾げて、彼女は尋ねる。

 小さな赤い唇に高い鼻。そして大きな、黒目がちな瞳。

 誰がどう見ても美少女と言い切れる外見をして、声も蜂蜜のように甘い。

 そんな糖度の高い声が、言う。


「百々目五日くん」


 どうして僕は、彼女を忘れていたんだろう?

 こんな、嫌な奴のことを。




 * * *




「……その名前で呼ぶのはやめてください」

 声が堅くなる。温厚に、穏便になんて無理だ。今、殴りかからないのだって奇跡に近いのに。


 会長に「扇歌」という名前をもらってから、生徒会はもちろん、クラスの友達からも「扇歌」か、副会長のように「扇」とか、「扇歌」から派生したあだ名で呼んでもらってる。僕の家の事情を知ってる人なんてほとんどいないけど、変な名前であることは一目瞭然だから、皆が特に理由も聞かずに納得して呼んでくれてる。


 けど、彼女だけは僕を呼ばない。

「扇歌」と呼ばない。


「百々目」なら、先生や親しくないクラスメイトたちはそう呼ぶので、嫌ではあるけどここまで怒りと嫌悪は感じない。

 だけど、彼女は何度言っても、何度訴えても


「どうして? 私は、『百々目五日』って名前好きよ。珍しくって、面白くって」

 無邪気に笑いながら、答える。

 僕の訴えを丸々無視して、僕の胸の内側を無遠慮に、無神経に掻き毟る。


 珍しい? 面白い?

 その名前は、僕を憎みつつ利用しようとする家の名前で、五日という名前は僕が憎まれて蔑まれて、無価値だと言われた証明だ!


 そう怒鳴りつけて殴ってやりたかったけど、それがこの女にはまさしく暖簾に腕押しであることを知っている。

 何を言っても、それこそ手を出しても、傷つくのは僕だけでこいつが傷つくことはない。傷をつけ返すことは出来ない。

 だから僕は、喉まで出かかった言葉を荒い呼吸に変えて、拳は爪が刺さっていたいぐらいに握りしめて堪え、話を変える。


「……何か用ですか?」

 彼女からの頼まれごとなんて正直言って死んでも嫌なぐらいだったけど、用がないのならこの女は僕をつけ回す。

 どういう訳か彼女は僕を気に入ってるらしく、何かと話しかけたり一緒にいたがる。本気でやめてくれ。僕の堪忍袋はそんなに頑丈じゃないんだ。


「会長なら、さっき図書室に入っていくのを見たわよ」

 現金なことに、その言葉で僕の顔や拳の強張りはいくらか解けた。


「……本当に、会長が大好きなのね。百々目五日くんは」

 向こうにもそれがわかったらしく、客観的に見れば愛らしく、僕から見たら憎らしい笑みが若干呆れられたような苦笑に変わる。


「ねぇ。会長のどこがいいの?」


 呆れられるのも腹が立つけど、あの甘すぎる匂いと蜜で獲物を誘うような笑みよりこっちの方がマシだと思っていたら、まさしくその笑みを浮かべて彼女は僕の顔を覗き込む。

 真っ黒な眼、底のない穴のような、(うろ)のような瞳がすぐそこにあった。


 いつの間に、こんな至近距離まで近づいてきたんだ!?

 僕はとっさにバックステップで、距離を取る。合沢先輩が僕に対してやったよりも、あからさま露骨に、嫌悪を隠しもせずに。


 罪悪感はない。

 外上愛名に、傷ついた様子は一切見当たらないから。


「そんなに、私のことが嫌い?」

「ええ。大嫌いですよ」

 蜜の笑みで尋ねる彼女に、真っ正直に返す。この言葉で、僕のことを嫌って近寄らなくなって欲しいから。


「そう。私は百々目五日くんのこと、大好きよ」

 けど、彼女の笑みと言葉は揺るがない。

 僕のことをまっすぐに見つめて、大好きと言い切る。


 僕自身ではどうしようもできない、生まれて来る前から決まっていたことで、憎まれて、嫌われて、蔑まれてきた僕にとって、真っ直ぐに僕を見てくれる好意は、この上なく嬉しいもの。そうであるはず。


 ……なのに僕は、彼女の好意を嬉しいと思えたことがない。むしろ、吐き気さえも覚える。


「……何故?」

 その吐き気をこらえて、尋ねた。


「?」

「……何で、貴女は僕なんかが好きなんですか?」


 不思議そうに小首を傾げる彼女に、もう一度尋ねる。

 僕を好きな理由。

 尋ねる意味は、和解や理解の為じゃない。拒絶の為だ。

 外上愛名に好かれたくない、彼女に好かれるくらいならどんな最低な行いだって、彼女限定でなら出来るししてやるという、完全にヤケクソな考えから尋ねた。


 後になって思う。この時の僕は、全然我慢できてなかった。むしろ、我慢なんかしない方が良かった。変に耐えたから、思考が空回って変な方向に飛んでいた。

 我慢なんかせず、怒鳴って殴って立ち去れば良かった。

 相手にしなければ良かった。


「……じゃあ、何故、貴方は会長が好きなのかしら? 百々目五日くん」

 毒蜜の笑みで、こんな質問を返されるくらいなら。




 * * *




「美人だから? 頭がいいから? お家がお金持ちだからかしら?」

 ……そんな理由では、たかがそんな上辺だけではないことくらいわかっているくせに、歌うように、囀るように、彼女は憶測の理由を上げる。


「……やめろ」


「うふふ……。違った? じゃあ、名前をくれたからかしら? いつも、自分の守ってくれるから? 誰からも頼りにされる、強い所が好きなの?」


「黙れ!!」

 叫んでも、彼女の囀りはやまない。


 両手を広げて、スカートと長い黒髪をふわりと広げて、揺らして、蝶のようにクルクルと廊下を舞う。

 見た目も、動きも、蝶や妖精を思わせる。

 けれど僕には、獲物のネズミを狙い澄ます、鎌首をもたげた蛇のように見えた。

 その連想は、彼女が全く足音を立てないからかもしれない。


 足音を立てず、這い寄るように彼女は僕に近づき、昏い瞳が僕を映す。

 外上愛名は、謳う。


「だぁれの手も借りないで、一人で生きていけるあの人が、……貴方のことなんて必要としない会長が好きなのね。百々目五日くん」


「!」

 上がった右手を、咄嗟に止めた左手。止めたその腕に対して思ったことは、感謝か止めたことに対する八つあたりかすら、僕にはわからない。

 ただ必死で、頭に血が上った自分に言い聞かせていた。


 駄目だ。殴るな。今さっき、自分が体格の合わない腕力を持ってると知ったところだろう。こんな奴を殴っても、罪悪感もなければ達成感も満足感もない。


 ただ、会長に迷惑をかけるだけだ。

 だから……耐えろ。

 もう、こんなの無視して行ってしまえ。

 図書室に。会長の元に。


 ふー、ふーと、威嚇する猫のような呼吸で僕は右手を何とか下ろし、自分に言い聞かせて、足を、体を反転させる。

 外上愛名に背を向ける。


「……殴ってもくれないのね。本当、貴方は会長会長会長、会長のことばかり」

 背中の、つまらなそうな声音を無視する。


「私、一人で十分なくせに、貴方を独占する会長が嫌い」

 無視しても、蜜であり毒である少女は勝手に語る。


「私は、一人で生きていけない、弱いあなたが好きよ。百々目五日くん」

 今更な質問の答えを、勝手にしゃべり続ける。

 大嫌いな僕を、全肯定する告白。


「私も一人で生きていけない、誰かに頼らないと何もできないから、だから一人で何でもできる人は嫌い。貴方みたいな一人では何もできない人と、一緒に力を合わせて生きていきたいと思ってるの」

 僕を肯定し、会長を否定する言葉。


 僕と共に生きたいという願い。


「それでも、私のことが嫌い?」


 曲がり角、二階へ上がる階段の前で僕は顔を向ける。

 外上愛名に向けて、視線を合わせた。


 無視するつもりだった。それが賢い。それが一番、傷つかない良い方法だとわかりきっているのに、バカな僕には出来なかった。

 僕は、彼女の問いに答えた。




 * * *




「死ね」


 最大限の拒絶で答えた。


「あら。残念」

 それすらも、昏い瞳は飲み込んで嗤った。


外上愛名:16歳。新二年生。生徒会書記局局長。

座右の銘は「理想主義は悪漢より始末が悪い」


愛名のモデルは、西尾維新の「物語シリーズ」の忍野扇と、アニメの「魔法少女まどか☆マギカ」のきゅうべえ。

モデルの作品とキャラクターを知ってたら、もうこれだけで、彼女が物語でどういう役割を担ってるかがわかるという(笑)。


私、クトゥルフものって読者が登場人物に「志村、後ろ後ろー!!」的な、こっちはわかってるのにキャラはわからないもどかしさが醍醐味だと思ってるので、彼女の正体を隠す気がありません。そもそも、偽名がまんま、隠す気ゼロで有名な方ですし。

この偽名がそのまんまという縛りで、彼女はむしろ名前がなかなか決まらなかった。「外上」が浮かばなかったら、彼女の名字は「内藤」だった。良かった、浮かんで。


それでは、クトゥルフを知らない人には良くわからないあとがきまで読んでくださって、ありがとうございましたー!

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