0:貴女に都々逸俳句の恋歌を
自分の名前が嫌いだった。
今でも嫌いだ。
世間体の為に、生まれる前に殺せた僕を、生まれてすぐに捨てればよかった僕を、殺しも捨てもせずにただ飼い殺す「百々目」という家の名前が嫌いだった。
僕なんていらなかった、僕のことを少しも考えたくなかったという思いが丸見えな、三月五日生まれだから「五日」という名前も、大嫌いだった。
「じゃあ、『扇歌』と今日から名乗りなさい」
その人は、当たり前のようにそう言った。
僕が自分の名前を嫌っている理由を聞きもせず、提案ですらなく、一人で勝手に決めつけた。
それは命令ではなく、もう既に決まったことに対しての指示。
「知らないのかい? 『都々逸坊扇歌』を。今はいないが、『都々逸俳句』を得意とする落語家が襲名する名前だよ」
呆気にとられる僕に、あの人は得意げに胸を張って教えてくれた。
僕に名乗れと言った名前の由来を。
その落語家や、「都々逸俳句」というものを、僕は全く知らなかったけど、その名前は、僕の本名から連想しただけの、テキトー極まりない名づけだという事だけはわかった。
「何だ。そもそも『都々逸俳句』を知らないのか。七・七・七・五調の定型詩だよ。聞いたことがないかい?
『ざんぎり頭を叩いてみれば、文明開化の音がする』とか、『三千世界の烏を殺し、主と朝寝がしてみたい』とか」
……テキトーにつけられた名前が嫌いだった。
何の願いも、祈りも、望みも、この名前には込められていないから。
「あとは……、あぁ、これは私が結構好きな詩だ」
――でも、この名前は好きになった。
「扇歌」という、何の願いも、祈りも、望みもない、テキトーにつけられたこの名前を好きになった。
「『諦めましたよ。どう諦めた? 諦めきれぬと諦めた』
どうだ? いい詩だろう?」
沼瀬千年という、変わり者の生徒会長を好きになった。
初めまして、浅海です。
やたらとカオスなキーワードだらけなクトゥルものです。作者も、どんな話を書く気だなんだ私はと、自分であきれ返りました。
まったりのんびりと更新していきたいと思っていますので、どうか気長に末永いお付き合いを。
それでは、ここまで読んでいただきありがとうございます。
さすがにプロローグだけはなんなので、次話は1時間以内には上げる予定ですので、楽しみにしていただけると幸いです。