出会い
7話目です!
「己の内にある力の流れを感じろ」
一体何畳の広さがあるのだろう? とっても広い道場の端。10台後半と思しき青年達に混じって4歳になったばかりの僕は、小さな足を必死に曲げて座禅を組む。
「生き物ならば誰しも持っている生命力、それが闘気だ」
僕の隣でしっかりと座禅を組んでいるのは、もうすぐ7歳を迎えるライル。
幼い子に特有の少しぽっちゃりした感じが抜けた彼は、たぶん中々にカッコイイ。将来はきっとお父さんに似て男らしく、凄くかっこよくなるんだろう。羨ましい限りだ。
「心を鎮めて引き出すんだ。自分の内面と怖れずに向き合え」
お父さんは皆の前に立って、厳しい顔でそう話す。
位の高い貴族ではあっても、一応退役軍人に分類されるお父さんは、こうして時々、剣士見習いのような青年達ーーほとんどは下級貴族の次男や三男などーーに稽古をつけているのだ。
「……」
「クリス、大丈夫?」
コクリと隣にいるライルに頷きを返した僕はとっても微弱な、わかるかわからないかといった程度の出力で魔装の上から身体強化の魔法をかける。しかし、勿論それはお父さんの言うように自分の内面と向き合ったり、心を鎮めて引き出したようなものではない。
「うん…大丈夫! 凄い! クリスにも出来てるよ!」
「……ありがと……」
闘気を纏った僕を見て、ライルは小声で嬉しそうに言う。
ただの身体強化であれば、できて当然のようなものではあるけれど、でも褒められて悪い気はしなかった。
「何かあたたかいものに包まれるような感覚になれば成功だ!
雑念を排除し、意識を潜らせろ!
心身共に鍛えなければ至れない境地だが、これが出来なければ立派な剣士になることはできんぞ!!」
僕らの前で声を張り上げるお父さん。
でもやっぱり話を聞けば聞くほどに無茶苦茶なことだと僕は思う。
いくら体や心を鍛えたからといって、抽象的な概念だけで魔法を使えるようになるわけがないのだ。それをできるのはたぶん本当に才能がある人か、たぶん貴族の中でも英才教育を受けてきた人達だけで……
「成功者はそのままの状態を維持する訓練だ!
出来なかったものは引き続き瞑想を続けろ!」
結局出来たのは全体の半分にも満たなかったのだろうか。僕の座っている道場の端の方からでも、下級貴族の青年達の大半が顔に脂汗を浮かべながら集中を続けているのが見えた。
「……」
……やっぱり魔法の概念自体がなくなっちゃってるのかな……
少しだけ寂しく思った僕は、そっと自分の小さな掌に視線をおとす。
実戦経験がないままに結局4歳になった僕が纏っているのは、一年前よりもさらに出力が高くなって誰にも感知できないほどに洗練された魔装。たぶんここにいる誰よりも強い身体強化。
ライルと共に頑張って刀を振ったこの一年間の経験も大きければ、拙いながらに自分の力を扱うこともできるようになったと思っている。
「……うん……」
……確証はないけど、でも、僕はもうこの世界の誰よりも強いんじゃ……?
身の丈に合わない大きな力。きっとこの時の僕は天狗になっていたんだろう。
もう修行は十分。女神様がどうしてこんな僕をこの世界に転生させたのか、もうそろそろその意味を探しはじめた方がいいんじゃないかと思っていたのだ。
……先立つものがなきゃダメだよね……やっぱり実戦経験がないのは不安だし……
そう、ただ、何をするにでも僕にはこの時代の知識が少ないのだ。先行きが見えないことに対する不安というのはとても大きい。
……僕は何をすればいいんだろ……?
齢四歳のクリスは稽古の経験こそあれど、ライルがやっているような分家の子達との試合にはまだ参加したことすらなかった。
人を殺したことはもちろん、生き物を自分の手で殺したことさえもないのだ。力はあっても、足りていないものが多すぎる。覚悟、責任。その存在を知ってはいても、彼女はまだそれの本当の重要性には気がついていない。
……最初はやっぱりギルドとかに登録するべきなのかな……?
魔物と戦いたいわけじゃないけど……でも、それでも慣れなきゃいけないことだってあるだろうし……
どこかに手に入れた力を使ってみたいという願望があったのだろう。自身の力を誇示する機会が欲しかったのだろう。
それはかつて迫害を受けていた反動だったのか……心を置いて力だけを先行して手に入れたクリスは、その力というものがこの世界においてどれほど大事なものか、結局理解しきれなかったのだ……
…………
………
……
…
「今日はこれから出掛けるぞ」
落ち着いた雰囲気の漂う書斎。僕とライルを呼んだお父さんは唐突に、前触れも無くそう言った。
「……」
「父様、どちらに行かれるのですか?」
ライルの質問に僅かに笑みを浮かべたお父さんは言う。
「相手は私達と同じ大貴族、剣の貴族だ。
歴史の授業でやったかもしれんが、今の当主は昔からの私の戦友でな。仲の良い相手なんだ。
ライルはよく行っているようだが、クリスは初めてだろう? 単なる顔合わせだ」
「はい、わかりました」
コクリと頷いた僕と返事をしたライルを見て満足気に微笑んだお父さんは、横に控えていた執事に告げた。
「馬車の用意をしてくれ。
私はこれから子供達と剣の貴族の屋敷に行く」
「御意に」
思えばこれが僕にとって初めての親公認の外出で、運命の出会いになるものだったのだ。
王都内の舗装された道だからかゴトリゴトリとそこまで激しく揺れることもない馬車の中。
横で苦笑するライルとお父さんを尻目に僕は馬車の窓に貼り付き、噛り付くようにして外の景色を眺めていた。
「……ない……」
前世では見たことがないような食べ物が並ぶ露店。服屋や武器屋、雑貨屋は幾つも見えるのに、でも、やっぱり魔法関連のお店だけがぽっかりと忘れられたように一つもない。
大好きだった魔法に関するものが何一つとしてないことを少し寂しく思うと同時に、悲しいかな、それは魔法が廃れたということを理解するのに十分すぎる光景だった。
「……」
馬車は王立剣術学校とデカデカと書かれた大きな建物の前を通りすぎ、お城を回り込むようにして街の東側から北側へと進んでいく。
「父様、いつ見ても城下は人が多いですね」
「うむ。
やはり王都が一番安全な都市だからな。人の流れも物の流れも全て王都を中心にして回っているんだぞ」
お父さんの言うとおり、酔ってしまいそうなほどに多い人の波。中でも武装をしている人や体に傷を負っているような人が多く目に付くけど……
……そっか…回復魔法もないんだもんね……
人の波をかき分けるようにして進む馬車。時間にすればおよそ1時間ぐらいだろうか。
止まった馬車の目の前にあるのは、僕達の住む屋敷と同じぐらいの大きさの屋敷であった。
「やっと着きましたね」
「うむ。
クリス、ここが私の戦友の住む屋敷だぞ。
そういえばライル、クリス、お前達と同じぐらいの年頃の子供がいるらしいからな。仲良くしてやってくれ」
「はい。
ですが父様、僕はもう随分仲良くやっています」
「……え……?」
「はっはっは!
そういえばそうだったな!」
嬉しそうに笑うライルと上機嫌なお父さん。だけど僕の気持ちはかなり複雑だ。
……ライルは僕と一緒で刀以外に友達はいないと思っていたのに……
内心で僅かに裏切られたような気持ちになる僕。
「ほら、クリスも行こうか」
「……」
ヒョイっとうなだれた僕を持ち上げ、ライルと手を繋いだお父さんは御者も兼ねていた我が家の執事さんを引き連れて、剣の貴族のお屋敷の中へとズンズン入って行く。
「お待ちしておりましたライネス様。
当主が道場の方にてお待ちになっております。
どうぞこちらへ」
「うむ」
ズンズンと肩で風を切りながら進むお父さんを出迎えたのは、年輩の男の執事。彼は丁寧な言葉で僕たちを先導してくれる。
「父様……」
「あぁ、流石によく訓練されているな」
ライルとお父さんが何かを話しているが僕にはよくわからなかった。
「こちらになります」
初見では覚えられないほどに複雑な道のりを経て辿り着いたのは、アズラエル家のものとあまり造りの変わらない道場。
「アルト、ライネスだ。入るぞ」
ノックをし、扉の手前でそう告げたお父さんは返事を聞くこともなくズカズカと踏み込んで行く。
そして、お父さんは腕に乗ったまま一緒に入った僕はまずその目を疑った。
「ああライネス、すまない。
少し取り込んでいてね」
「アルト…お前、これは……」
そこにいたのはアルトと呼ばれた一人の男。
金髪で碧眼。整った容姿を持ったそいつは僕を前世で刺し殺したあいつにそっくりで……
「……っ……」
僕はとっさに動きそうになった手を、自分でも驚くべきほどに驚異的な精神力で抑え込む。
……似てるだけ……少し老けてるし、やっぱり似てるだけだから……僕は復讐なんて……
思えばそれは、一種の防衛本能だったのかもしれない。
僕の真っ白になった頭の中では、二つの意思が鬩ぎあう。
「教育だよ、教育。
いつまでも闘気を纏うことすらできない我が子に修行をつけていただけさ」
「やりすぎだぞアルト!
いくらなんでもこれは酷すぎる!!」
「ライネス、いくら君でも他人の家の教育に口を出すのはいただけないね。
死に瀕することで見えてくるものだってあるんだよ?」
自分を抑えるのに必死になっていた僕は、眼前でおこなわれている修羅場を認識していなかった。
アルトと呼ばれた男が、一人の小さな、白い子供を瀕死になるまでズタズタに斬っていたなんてことにさえ気がつかなかったんだ……
………………
ボクの目の前で振り上げられる銀色の剣。天を突くようにしてあげられたそれは、恐怖に慄くボクの目の前で消える。
「あぅ」
突如としてはしる鮮烈な痛み。
右腕が、と思った次の瞬間には太腿からも血が噴き出していた。
「ひぃっ」
口から出るのは悲鳴。
痛みに耐えて精一杯前を向けば、またいつの間にか剣が振り上げられているではないか。
陽光を反射した剣先がキラリと美しく輝く。
「つっ!?」
わざとわかりやすいように振り上げられて……しかし今度はゆっくりと振り下ろされる剣。
……これならなんと…ぇ!?
ガツン!
斬られては堪らないと必死に手で持った剣で受け止めれば、それは予想よりも遥かに重い剣戟で……
「闘気を纏え!相手をよく観察しろ!」
カランカランという聞き慣れた音ともに叩き落とされるボクの剣。不自然に伸ばされた腕の筋肉が悲鳴をあげる。
「あっ…ぐっ!?」
すぐに落とした剣を拾おうとした手を蹴られ、肩のあたりをしたたかに切り裂かれる。
「相手から目を離すな!死にたいのか!」
間一髪、突き出された剣を半身になって躱して……次の瞬間には腰の骨が砕けんばかりに物凄く重い蹴りを受けてボクは床に倒れていた。
「軸をずらすな!立て!その程度の怪我ならどうってことはないだろう!立って剣を取んだっ!」
「うぅ……」
一体何がおきたのだろう?
痛みで朦朧とするボクが聞いたのは父さんの怒鳴り声。でももうその内容を聞き取ることはできなかった。
「――見ろ!――剣――!闘――!!」
「……えぐっ…」
痛い…痛いよ……
もう一年近くも繰り返されてきたこのやり取り。まるで進歩のないボクの技術。慣れることの無い苦痛。
同年代にいる天才と名高いライルは勿論、グレンという槍の貴族の子も、レイスという斧の貴族の子も随分前から闘気を使えているのに……
なんでボクだけ……
父さんから繰り出される剣は鋭く、疾い。そこには愛なんてないし、あるのは鮮烈な痛みと消えない恐怖だけ。
「ゔっ……」
「―――」
「――!……お嬢様、失礼しますね」
父さんから何かを申し付けられた執事のセバスチャン。
耳元で小さく断りをいれた彼に優しく抱き上げられ、ボクはまたいつも通りにカビ臭い地下牢へと運ばれる。
暗くて寒くてジメジメとしている牢屋。
とてもじゃないけど人が暮らせないようなこの環境。たぶんこれはお仕置きのようなものなのだろう。普通なら嫌がるんだろうけど、でもボクがここで感じるのは安堵。
……うん、ここにいれば痛い思いはしなくていいから……
「お嬢様…私には見ていることしかできず…すみません……」
「……ううん、いつもありがとね……」
「っ……私は何も……」
手当を終えて、目頭を押さえて去って行くセバスチャン。
だけど、きっと彼は後でまた何か食べれる物を持って来てくれるのだろう。彼には感謝をしてもしきれない。
「……今日も一杯怪我しちゃったな……」
強い力を持ち、優秀な遺伝子を代々受け継いでいる貴族。でもボクは子供の頃から英才教育を受けているのになぜか満足に剣を使うことも、闘気を纏うことすらもできなくて……
「もしかしてボクは……」
真っ白でお父さんやお母さんのように明るい金髪じゃないボクの髪。
家系に誰もいないという血のように赤い瞳。
抜けるように、恐いほどに白い肌。どことなく低い視力。
「ボクは…ボクは……」
妹は蔑むような目でボクを見ていた。父もたぶんゴミを見るような目でボクを見ている。母はそもそもボクを見てさえくれなかった。
「もう…もう嫌だよぉ……」
お腹が空いた、体が痛かった、一人で寂しかった。
「うぅ……」
いつしかボクは泣きながら眠りについていたのだった……
《人物紹介》
クリス……主人公。現在四歳。現幼女、元男の娘。お嬢様。
常時展開している魔装のおかげで攻撃力と防御力が馬鹿に高い。
メノト……クリスの乳母。実は脳筋。
お父さん……本名ライネス・エスト・アズラエル。
刀の貴族の現当主。厳めしい顔をしているが意外と子煩悩。
お母さん……本名マーチ・エスト・アズラエル。
クリスの容姿が問題で一時不倫を疑われていたが、二年経ってようやく認められた。
ライル……クリスお兄さん。七歳手前。お父さんとよく似ている。
わりとなんでもできる。
アルト……剣の貴族の現当主。金髪に碧眼、爽やか系で一人称が俺。
前世のクリスを殺した貴族にそっくり。
ボク……剣の貴族の長女。ライルと同じ歳だが、戦闘力皆無。魔力(闘気)が一切ない。アルビノ少女。
誤字脱字、意味不明なところがありましたらご報告いただけると幸いです( ´ ▽ ` )ノ