エピローグ
『魔王はね、たぶんもう死んじゃってるんだ』
「……死んで、る……?」
『うん、今の魔王を動かしているのは、恨みと後悔と悲しみ、あとはきっと、過去の忌まわしい記憶』
「……過去、の……?」
『ボクには聞こえる。魔王が辛いって言ってるのが。
誰かが救ってあげなくちゃいけないって、そう思ったんだ』
「……」
『クリスちゃんならわかるよね?
魔王は自分の眷属を殺された恨みと、死にたいって気持ちの間で板ばさみになってる』
「……うん……」
実際に体験することは出来なくても想像することはできる。
リョウ達から聞いたことから、クリスは魔王の気持ちを推し量ることが出来る。
実際に刃を交えたからこそわかる、魔王の悲しみの深さ。クリスはきっと思いやることができるだろう。
たぶんクリスやイリスと同じように、魔王も心に深い傷を負っているのだ。
頷くクリスの横、クリスに抱えられるようにして空を飛ぶイリスが徐に片手をあげる。
『光を……』
力の波動を感じることはなかった。
だが、分厚く広がる悪意を裂くようにして太陽が顔をだす。
太陽は消えたわけではなかったのだ。
ただ、覆い隠されていただけ。
『暗黒の大地を覆っているのは、ただの分厚い雲なんかじゃないんだ。
幾星霜と積み重なってきた人の悪い心が、邪悪な魂が救いを求めて彷徨っていたんだよ』
「……これが、全部……」
『大切なことは赦すこと。憎しみは争いしか産まないから……ね?』
イリスの言葉を聞いたクリスは一人で考える。
果たして自分は許すことができるのだろうか?
前世で自分を虐めた沢山の人達を、僕の命を奪ったあの青年のことを……
『……』
「……」
クリスの綺麗な銀眼とイリスの透き通るように透明な紅瞳が交錯する。
イリスの瞳に宿っているのは、 果たして慈愛の心なのだろうか?
『ボクは気がついたんだ……人を動かすのは絶対に憎しみや恐怖、負の感情じゃいけないんだって』
「……うん……」
『だからまずボク達からはじめるんだ。憎しみの連鎖を断ち切るんだ』
ボクも手伝うから。
綺麗なイリスの瞳に魅せられたクリスは頷く。
クリスの過去のトラウマは深い。
でも、忘れる以外の方法で彼女は許す努力をする。
一人では重過ぎる過去でも、二人で分かち合えばきっと耐えられる。赦すことができるから。
「……赦す……赦すよ……僕はあの人達を赦す」
黒かったクリスの魔装が純白へと変化する。
やがて片翼の天使は戦場に到達した……
…………………………
《旧王国より見つかった黄ばんだ人物事典より抜粋》
:クリス・エスト・アズラエル
刀の貴族とも言われるアズラエル家の長女。聖女で主人公。一章では幼女。一桁前半の年齢。二章では少女。最終的には13歳。
前世も含めて数多くの別れと出会いを経験した彼女は、最後に大きく成長した。
孤児院を建設し恵まれない子供たちの母になった、神の元へと昇り天使になったなど様々な逸話があるが、どれもその信憑性は定かではない。
:ライネス・エスト・アズラエル
アズラエル家の49代目当主。クリスとライルの父。
魔物との全面戦争を辛くも生き残るが、それを期に当主の座を退き、戦後処理には積極的に関わろうとしなかったと言う。
:マーチ・エスト・アズラエル
ライネスの妻で、実妹。クリスとライルの母。
最後までライネスを支え、仲睦まじく生きたという。
:ライル・エスト・アズラエル
アズラエル家の誇るべき天才。長男にして50代目当主。
戦争のさなかに両目を失明するも、そのおかげか彼には他人には見えないものが見えるようになったという。
戦後、その功績を称えられ刀神の称号を賜るが、家族といる時間を一番大切にし、常に傍にいる妹とその友人のことを最も大切に思っていたという。
:メノト・ハスデヤ
クリスの乳母。
光を失ったライルを支えるべく奮闘していたが、やがて何かに耐えられなくなったかのように彼女は姿を消した。
一体どこにいったのだろう?
:リョウ・アズラエル
ユーリの実兄にして、アズラエル家の養子。
刀神とも言われたライル・エスト・アズラエルのパートナー。豪胆であることでも知られる漢。
長らくアズラエル家にて滞在していたらしいが、戦後、落ち着いてからは、旧暗黒大陸開拓軍へと志願し、そのまま帰らぬ人となった。
現在まで伝わる二刀流の開祖とも言われているが、その真偽は定かではない。
:ユーリ・アズラエル
リョウの実妹にして、アズラエル家の養子。
聖女の良き理解者として有名だったが、戦後暫く後に心労からか体調を崩したとされる。
兄の死が引き金だったのか、それ以外の何かが関係していたのかは定かではない。
彼女は死ぬ最後の瞬間までピンク色のウサギの人形を手放さなかったらしいが、一体なぜだったのだろうか?
:メイソン・レムノース
誇り高きアズラエル家の筆頭執事。
ライネス、ライルと引き続きアズラエル家に仕え続けた彼は、最後の瞬間までアズラエル家のためにその人生を費やした。皆に看取られ、穏やかに息を引き取ったという。
バトラーの鑑。
〔イスラフェル家〕王都から見て北の地を司る剣の家系
:イリス・ノール・イスラフェル
剣の貴族とも言われるイスラフェル家の本当の長女。銀の操者と呼ばれる凄腕ギルド員。
戦死したとも、後にアズラエル家の食客になったとも伝えられる謎の多き人物。
素性は確かではなくとも、英雄の一人には違いなく、今も尚多くの人々から尊敬の念を集めている。聖女と共に天に召されたという説もあるが、これも信憑性があるわけではない。
:アルト・ノール・イスラフェル
イスラフェル家の当主。イリスとソプラノの父。
「そ、そこにイリスがいるのか?」
アズラエル家の50代目当主、ライルとの会談。その始まりの言葉はあまりにも有名である。
戦時中に致死的な負傷を負った彼は熱に浮かされ、間もなくこの世を去ったと言う。
:ソプラノ・ノール・イスラフェル
戸籍上のイスラフェル家の長女。イリスの実妹。
勇者を心の底から愛していたとされ、叙事詩にもよく出てくる。勇者の恋人役として有名で、巷での人気は高い。
女人でありながらイスラフェル家を継ぐものの、生涯結婚することはなく、イスラフェル本家の血筋は彼女で途切れたとされる。
:セバスチャン
イスラフェル家の筆頭執事。
長年イスラフェル家に仕えていた執事。
だが、戦後はなぜかアズラエル家に仕えていたようだ。
彼曰く、真の主人のいるところに、だそうだ。
〔ジブリール家〕王都から見て南の地を司る斧の家系
:レイス・エテラ・ジブリール
ジブリール家の長女。可愛いが、性格が悪い。
ライルに積極的にアタックをするもののその甲斐なく振られる。結局グレンのところへ嫁入りしたらしい。
〔ミーカル家〕王都から見て西の地を司る槍の家系
:グレン・ランスィ・ミーカル
ミーカル家の長男。
アズラエル家が50代目当主、ライル・エスト・アズラエルが唯一背を任せたとされる二人の漢の中の一人。戦争のさなか負った傷が元で半身不随に陥るも、その槍捌きは歴代の当主の中でも随一であったという。
戦後は後世の育成に努め、明るい彼の周りからはいつも笑いが絶えなかった。
〔ギルド〕
:ベガ・アメンバー
初代ギルドマスターにして、凄腕暗殺者。
全ての戦後処理を終え、ギルド経営が軌道にのったと思ったそのときに引退を表明。
あとは一人で静かに余生を過ごしたとされる。彼女がどこでどうその生を終えたのかに関しては諸説あるが、おそらく長生きはしていないであろう。
〔その他〕
: フォルコン・アルマ・ターニェツ
誇り高きターニッツ子爵家の嫡男。
戦後、己の力の無さを恥じた彼は、昼夜を問わず刀を振るっていたという。
旧暗黒の大地を最も開拓し、王国の領土を広げた英雄の一人。刀に一生を捧げた武人として尊敬の念を集めている。
:大臣
後世の人々からも大絶賛を受ける稀代の為政者。過去の歴史にも通じ、大局を見ることのできる賢人。
戦後、勇者から聞いた民主主義を形にし、制度として導入した彼は、まさしく賢者と呼ぶに相応しい偉業を達成した。
様々な場面に登場し、迷える英雄達を導いたとされる彼は、未来を予知する力を持っていたとされる。政治家を目指す多くの人々だけでなく、学問の神として、今も大衆から崇められている。
:教皇
親に捨てられ、神を騙った哀れな詐欺師。
神の元に人々はみな平等である。
大臣の保護のもとで布教活動をおこなっていた彼女であったが、以前までの覇気は何処へいったのか。心労のせいか長生きはできなかったそうだ。
近代に至るまで根強く残るニクズク教の開祖である。
…………………………
『本当に良かったの?』
「うん」
腰に届かんばかりに伸ばした銀色の髪を風に靡かせ、美女は微笑む。
『ありがとね』
彼女達が見つめる視線の先。どこまでも続く地平線の果てから昇ってくる太陽。
大好きな人と一緒に見るその景色を、クリスは心の底から綺麗だと思ったのだった……
END
9月15日12時現在
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初めにこの場を借りて謝罪をさせていただきます。
きっとこの小説をここまで読んで下さった方々の多くは、不快になり、作者を恨んでいることと思います。ですが、それは作者が意図してやろうと思ったことではないのです。どうかお許しくださいm(_ _)m
この小説はダラダラと続けるよりもここで終わらせるのが一番だと思ったため、これにて完結とさせていただきます。今のところの予定では、これ以上新しい話しの追加はありません。誤字脱字の修正、校正のみをさせていただきます。
本当に申し訳ありませんでしたm(_ _)m
ここまで読んで下さった方々に感謝の気持ちと、精一杯の謝罪の念を込めて、これを後書きの最後とさせていただきます。
感想や評価は本当に励みになりました。またどこかでお会いできることを楽しみにしています(( _ _ ))
本当にありがとうございました( ^ω^ )




