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無口な天使  作者: ソルモルドア
犠牲の果てに
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魔王の慟哭




 


 視線の先、遥か遠く。永遠に続くとも思われる闇の終わり。

 まるで宇宙という広大な空間の中で儚く瞬く小さな星のような一つの光点が、そこにはあった。



「っはぁ!!」


『そうだ!いいぞ!素晴らしい!!』



 耳をつんざくほどの爆音と飛び交う怒号どごう

 光の速さで交錯こうさくするたびに幾度となく炸裂する裂帛れっぱの剣閃。



 そう、そこで行われていたのは、目立つ容姿に金色の髪を持った碧眼の美丈夫と、底なしの闇が繰り広げる常世とは隔絶したレベルの戦闘。



 だがしかし、その長きに渡った戦いもついには終わりを迎えようとしていた。



『どうした!なぜ、なぜ向かってこない!?

 まだだろう?まだ貴様は戦えるはずだっ!!』



 消え逝く蝋燭ろうそくの如く一瞬辺りを照らし、何かを庇うようにして煌々(こうこう)と燃え上がったその青年の姿をした輝きは、僕が辿り着くその直前、まるで役目を終えたかのように消えてゆく……








「……」



 グチャリという聞く者に生理的な嫌悪感を抱かせるような不快な音。

 クリスは一度背に生えた光の翼を大きく羽ばたかせると、バランスを取りつつ粘り気のある泥土でいどの上に着地をする。



 何かが焦げたような匂いが漂うそこは、今でこそ気味の悪い様相を呈してはいるものの、もとはと言えば王国と暗黒の大地との境界線。

 ほんの数日前にクリスが訪れたはずのところであった。



「……ここ……」



 クリスは首を巡らし、闇の中にかつての草木生い茂る緑豊かな大地を幻視する。



「……」



 クリスの内心に満ちたこの気持ちに名前をつけるとするならば、それはおそらく寂寥感とでも言うべき名なのだろう。

 僅か数日のうちに、積み上げられてきた自然が跡形もなく消え去ってしまっている。虚しさばかりがそこにはあった。



「……?」



 そんな汚泥に覆われた不毛の大地の上、クリスの銀色の視線の先。闇の中に小さなノイズがはしる。


 あれがきっとクリスがここに降り立った理由の一つ。

 彼女は本能で、ここに元凶まおうがいるという判断していたのだ。



『長い間……気の遠くなるほどの時の中で私は強者の訪れを待っていた……』



 あれを果たして人型と呼んでもいいのだろうか?



 クリスは闇の中から聞こえる低く、静かなささやきを聞く。



『1000年前、私には確かに死に場所があった……』



 静謐せいひつ

 無機質なようで、どこか切なげに発せられたその一言一言には、計り知れない絶望が、後悔がぬり込められている。


 魔王の眼前で僅かに残った何かの残滓ざんしが宙に溶けるようにして消えていく。



『そう、私は……私は今度こそ私を討つであろう神子ゆうしゃの存在を気が遠くなるほどの永劫えいごうの時の中で待ち続けていたのだ……』



 魔王は果たしてクリスに語りかけているのだろうか?

 それとも、ここではない誰かに向かって話しかけているのだろうか?



 それすらもクリスにはわからなかった。



「……」



 魔王と思しき異形の闇から目を離さないようにしながらも、クリスはあたりに視線をはしらせる。


 魔王が話していることに耳を傾ける必要なんてなければ、意味を理解する必要もない。

 クリスにとって一番大切な事。それはイリスを救えるかどうかというただ一点。



『くっくっく……』



 そんなクリスの様子に気がついた素振りの一つも見せずに魔王は嗤う。

 不気味に纏う闇を震わせる。



『罪深き人間……

 神も、勇者も、決して救いはしない……』



 段々とトーンが低くなっていく魔王の嘆き。

 まるでそれに呼応するかの如く、クリスの足元で急激に質量を持った闇が盛り上がる!



「……!」



 嫌な予感と共に咄嗟に飛びのいたクリスが見たのは、先ほどまで自分がいた地面から、闇の中から湧き出てくるようにして現れた魔物の姿。


 視野を広げれば、視界内の至るところ。まるで闇の中から這い出てくるかのようにして、魔物が一匹、また一匹と出現しているのが目に入る。



「……魔王の、力……?」



 悪夢にも似た光景にクリスが驚いたのは、僅か秒にも満たない短い時間。



 クリスは奇声をあげ、飛びかかってくる魔物ーー数匹の動物を無理やり寄せ集めたかのような外見をした化け物ーーを反射的に切り伏せ、距離を取る。



 気味の悪い感覚。敵の体を斬った時に特有の嫌な感触が、クリスに魔物の命を確実に奪ったという事実を再度確認させた。



『そうだ……そうだっ!

 終わってしまったのだっ!全てっ!全てがだっ!!』


「……っ……」



 クリスの耳朶じだを打つ憎しみに満ちた魔王の慟哭どうこく


 僅かに怯んだクリスの懐に入り込む黒色の何か。

 咄嗟にかかげたクリスの刀とその黒色の何かがぶつかり、闇の中に火花が弾ける。


 ギシギシミシミシとクリスの手の中で白銀の刀身が軋みをあげる。



『――助け―――』


「……え……?』



 力は互角なのだろうか?



 だが、しかしそんな拮抗した状態でザワザワとした何かをクリスの耳は捉える。


 抑えきれない不快感を感じた彼女は翼を羽ばたかせてさらに距離を取る。



「……今、なに……?」


『もはや止められるものなどいはしないっ!

 神子を失った貴様らにはもうっ!もう私を止めることなどできはしないっ!!』



 魔王はクリスの疑問に答えるわけもなく、ただただ嘆いている。

 闇は身を切り裂かれているかのような悲鳴をあげ続ける。



「……何か、言ってる……?」


『―――死に――助け―――』



 悲鳴の合間に聞こえる、やけに耳に残る雑音。


 魔法的な攻撃を受けたわけではない。なのに頭の内側を何かが這えずり回っているかのような、そんな気持ちの悪い感覚が、絶え間無くクリスを襲っていた。



『くっははははははははははははは!!!!』



 絶望に濡れた哄笑こうしょう

 何の前触れもなく魔王がいた場所に現れた巨大な一つの目玉。


 赤く血走ったそれは、前に立つクリスのことさえもうつしてはいない。



「……くっ……」



 ここに至っては、既にクリスにイリスを探す余裕など残ってはいなかった。


 魔王と思われる気味の悪い巨大な目玉を中心に渦巻く邪悪な魔力と、意味のわからない言葉の羅列。

 悲鳴のような音を立て続ける闇までもが、クリスから戦う力を奪っているのだ。



脆弱ぜいじゃく情弱じょうじゃく惰弱だじゃく羸弱るいじゃく柔弱じゅうじゃく!軟弱!』



 血走った眼球が、まるで何かの鎖から逃げ出そうとするかのように暴れていた。

 怨嗟の叫びをあげていた。


 手負いの魔王は正気を失っている。その瞳は何もうつしてはいない。



『―――殺してくれ―――暗くて恐い―――』


「……」



 風に乗って聞こえてくる魔王のものとはまた違った悲痛な雑音。


 クリスの周りの闇が盛り上がり、それらが次々に亡国の兵士達の姿をかたどっていく。


 どこかで見た覚えのあるような鎧に身を包んだ彼らは、間違いなくクリスの前世と近しい時代に生きていた人々の成れの果て。


 死して尚、この世に留まることを余儀なくされた哀れな亡者達。



『痛い!痛い!苦しい!辛い!辛い!辛い!辛い!』


「……そう……」



 絶え間無くとんでくる悪意の、絶望の塊。


 だが、身を守るために光の障壁を張り巡らせたクリスは、ヒビ割れていくそれを前に全てを理解する。



 ……魔王はきっと……



 人工的に産み出された、魔物を作る魔物。

 一国を陥とし、過去の英雄によって1000年もの間封印されていた魔王。

 誰からも恐れられ、疎まれる御伽噺の中の化け物。



 ……死にたがっている……



 血涙けつるいを流しながら、あたり幸いと死を振りまく巨大な眼球。

 遠くの地平線、咲いていた草木が急激にしおれて枯れる。


 クリスが幾重にも展開した光の障壁を食い破ろうとするかのように闇が迫ってくる。



「……」



 無言のままにガリガリと物理的なプレッシャーに圧されるクリス。

 ぬかるんだ大地に、細い二本の線が刻み込まれた。



『はははははははははは!!』



 壊れたように笑い続ける巨大な目玉と、クリスの鋭い視線が絡み合う。


 クリスの銀眼とは対照的に、血走ったその巨大な瞳から読み取れたのは、諦観と絶望、怒りと悲しみ。



 闇に覆われた大地にあって、唯一の光。

 そんなクリスに少しでも近づこうと魔王は僅かに、本当に少しずつ移動を開始する。



『なぜ造った!なぜ私を産み出した!!

 なぜ神は人間しか救わない!なぜだ!!』



 クリスの答えを待つこともなく巨大な瞳の前に収束し、間髪入れずに放たれる赤黒い閃光。

 それは輝くクリスの障壁を貫き、咄嗟に身をかわしたクリスの肩を掠めるようにして地平線の彼方へと消えていく。



「……っ……」



 ワンテンポ遅れてクリスの肩から噴き上がった赤い鮮血。


 今生において初めて感じた痛みらしい痛みに、クリスの可愛らしい顔が歪む。



「……痛い……?」



 そう、肩に感じるこれは痛み。

 刺すようなこの痛みは、クリスが刀を振るたびに、相手に与えていたもの。



 前世では感じ慣れていたはずの痛みを、クリスはやけに新鮮に感じていた。



「……痛み……」



 何故か目の前にいる魔王と被る脳裏に浮かんだ前世の自分、鮮明な痛み。

 耳に残る死にゆく誰かの断末魔は、たぶん魔王の慟哭とよく似ている。



『なぜだ!なぜだなぜだなぜだっ!!』


「……」



 ……ううん、目的を見失っちゃダメ……



 だが、クリスは一瞬だけ感じた同情、親近感を即座に打ち消す。



 彼女はここにイリスを、大切な友達を救いに来たのだ。

 安全な勝利を犠牲にしてここまで来ているのだ。


 何も成さずに、ここで魔王なんかに負けてしまっては笑い話しにすらならない。



『ーーーー』



 知性の欠片すらも感じられない咆哮と共に、再び射出される赤黒い光線。


 クリスは背に生えた光の翼を振動させると、宙を滑るようにしてそれを躱す。


 一瞬後。赤黒い光線が銀色の残像を穿うがつが、既にその余波ですら、クリスを捉えられはしない。



『ははははははははは!!』


「……」



 闇を纏い、笑い声をあげながら戦う魔の王と、光を纏い、静かに戦う小さなクリス。


 次から次へと湧き出てくる亡者達はその戦いの余波だけで崩れさり、もはやその戦いに介入すること許されない。



『私が作り変えるっ!私が塗りかえるっ!

 この世界を!私の、私達のためにっ!!』


「……」



 膨れ上がる二つの魔力。

 人智を超えた二つの力は、互いに互いを喰らい合うようにして混ざっていく……





亀更新で申し訳ないですorz

おそらく完結までこのペースだと思います。

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