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無口な天使  作者: ソルモルドア
重なる運命
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いい夢だったよ

 


 視界にはいる人々の生活の明かり。営みの炎。


 無事に戻ってこれたという安心感を抱きながらも、クリスは真っ先に意識を失い、失明してしまったライルと、その一行を魔法を使ってアズラエル家に運び入れる。



「「お、お嬢様!?」」



 警備兵の制止も聞かずに、門を押し開け、何の連絡もなく唐突に入ってきたクリス達の姿に慌てだす多くの使用人。


 クリスの格好はさほどおかしくなくとも、血で染まり、ボロボロになったライル達の姿は、仮に意識があったとしても看過かんかできるものではない。

 死んだように倒れているのであれば尚更だ。



「……ただいま……」



 ギリギリ聞き取れるようなか細い声。


 しかし、長年の経験からクリスのことをよく知っている使用人達であれば、そんな小さな声であっても聞き逃すはずなどない。



「お嬢様、お疲れ様でした……」



 帰ってきたクリスの言葉に籠もっていたのは、後悔と自責の念。



「当主様も心配していらっしゃいましたよ」


「……ごめん……」



 全てを確かに察した執事長メイソンは、多くを問いただすこともなく、フラフラと今にも倒れそうなクリスを支えると、労わるようにゆっくり寝室へ運んだのであった……









 ………………


 《勇者視点》









 多くの魔物が蔓延はびこる暗黒の大地からライル、グレン、リョウの三人が持ち帰った軍事記録。


 アズラエル家によって公開され、即座に作られた数多あまたの写本は、各貴族達に配られるとすぐに、それぞれが抱える学者達が解読にいそしむことになる。



 そして、それが剣の貴族、イスラフェル家に身を置く食客しょっきゃく。元大臣と元勇者の下に、資料として届くのもまた必然のことであった。

 疎まれていることとは別に、利用できることには利用するつもりなのであろう。



「どうだ?

 俺にはサッパリなんだが、大臣さんには読めるのか?」


「ぐぬぬ……ところどころに混ざる秘伝書と似た文体。

 これもまた規則性がわからん……いや、だが成り立ちを考えれば……」



 顔を赤くして唸りをあげる大臣。


 そんな大臣を傍目に、勇者は目を瞑る。


 既にライル達一行が王都に帰還してから2日の時が経っていた。

 勇者が秘伝書と呼ばれる怪しげな本を読んだあの日から数えれば3日余り。


 日本語で書かれたあの本が真実を語っているのであれば、そろそろ覚悟を決める時が近づいているのかもしれない。



「なぁ、大臣さん。

 俺はちょっと外出してくるわ」


「ぐぬぬぬぬ……」



 ほとんどの毛根が死滅し、もはや更地さらちとなってしまった頭皮を掻きむしる大臣に、果たして勇者の言葉は伝わったのだろうか。


 明らかにちょっとそこまでといった様子ではない勇者の格好に、結局最後まで大臣は気がつく素振りを見せることはなかった。



「色々悪かったな……」



 どこか哀愁を纏った不思議な響き。


 疑問に思った大臣は振り返る。



「……勇者?」



 だが、もうその疑問に答える者はいない……










「俺はもう抜けさせてもらうわ」


「わかるか?

 前にも話しただろ?俺は剣を振って喜ぶような人種じゃねぇ。

 ここらでトンズラこかせてもらうってことだな」


「とはいえ、タダで逃げるってのもあれだからなぁ。

 ほれ、情報だぞ。なんでも大事なのは惑星の動き……あ〜、星。夜空に浮かぶあれな?

 あれの並び方が、魔王の封印にとっても重要なんだってよ」


「まぁ詳しいことは大臣に聞くといい。

 あの調子なら明日の朝にはきっと全部翻訳できてるはずだからな」


「ライルのことは残念だった。

 よろしく言っておいてくれ」



 矢継ぎ早に喋る勇者。

 彼は決してベッドに腰掛けるクリスと瞳を合わせようとはしない。



「気がついたんだ。

 俺にはお前のレベルが見えねぇ。

 何を言ってるかきっとわかんねぇだろうけど、それはきっとお前が俺よりも遥かに強いってことの証明なんだ」


「安心しな。お前ならやれるさ。


 ほれ、おそらくあと2日。

 それでもう完全に魔王とやらの封印が解ける。

 それまでにどうやったら魔王とやらを倒せるのか考えておくといい」



「……うん……」



 窓枠に腰掛ける金髪碧眼の青年。勇者の言葉を真剣な顔をしてクリスは聞く。


 以前とは違い、言葉の粗暴そぼうさは変わらなくとも、どこかヘラヘラとした態度が抜けた彼はとても格好が良かった。


 前世、クリスを刺し殺した男と似た容姿。少なからず苦手意識を持つクリスがそう思うのだから、きっと世間一般の人から見れば、格好が良いという言葉の範疇はんちゅうに収まり切るものではないのだろう。



「お前は止めないんだな。

 教会の奴らは、あのスカした教皇も含めて、俺を殺すか、なんとかして戦場に送り込もうとするのによ」


「……」


「いや、いい。

 忘れてくれ。何も止めて欲しいわけじゃねぇんだ」



 どこか罰が悪そうに真顔で頬を掻く勇者の気持ちを、クリスは察することができなかった。

 だが、彼女は想像することができる。



「……つらい……?」



 こちらの都合で呼び出し、辛い現実を押し付けられた上に、一度の敗北から無能の烙印らくいんを押され、周りの人々から疎まれる。


 それは果たして自業自得なのだろうか?

 全てが全て、勇者のおごりが招いた当然の帰結なのだろうか?



「……涙……」



 知り合いが、友が、家族がいない世界は優しくない。

 前世で浅からぬ経験があるクリスには、勇者の気持ちがよくわかる。



「おいおい、こんなゴミみたいなオヤジに優しくしたって何も得られる物なんてありゃしねぇぞ?」



 少しおどけた風に笑う勇者。

 その頬に涙が流れた跡はなかった。星明かりのイタズラ。あるいは、クリスの思い過ごしだったのだろうか……



「じゃあな。俺はそろそろ行かせてもらうぜ。

 たぶんもう二度と会うこともないだろうよ。


 ……元気でな」


「……さよなら……」



 振り返ることもなくクリスの部屋の窓から、王都に満ちた夜の闇の中へと消えていく勇者。



 結局勇者のことをクリスは引き止めることはしなかった。


 彼の瞳から、かつてクリス達のためにと軍を率いて王都から離れた時のライネス、クリスの父と同じ力強さを感じたから。

 同じだけの諦めを感じたから。



「……さよ、なら……」



 勇者の背は、初めてクリスが勇者を見た時よりも遥かにみすぼらしく、小さい。


 意味もなくクリスの銀眼からポロリと涙が零れた……









「どこに行かれるのですか?」


「……こんな夜中に散歩か?風邪、ひいちまうぞ?」



 勇者に似た金髪に碧眼。傍目から見れば兄妹にしか見えないほどに、勇者とソプラノの姿は似ている。



「いえ、どうにも嫌な予感がしたものですから」


「……」


「もう、ここには戻られないつもりでしょう?」


「……さぁな」



 ソプラノを前に、曖昧に言葉をにごした勇者は目を背ける。


 勇者には合わせる顔がなかった。この世界に生きる人間は、勇者が知っている世界の人間に比べて酷くまぶしすぎる。

 既に自分が汚いと自覚してしまった勇者には直視することができない。心から向き合うことができない。



「いや、俺のことは忘れろ。

 もう二度と会うこともねぇ」


「逃げるのですか……?」


「ああ。

 あと2日だ。2日で、魔物の中の魔物。

 魔王とやらが復活する。

 そんな化け物共と俺は戦いたくないんでね」



 顔を歪めて唇を噛むソプラノ。

 そんな彼女を勇者はあざける。



「お前らは誇りやら、貴族の矜持きょうじとやらに従ってバカ正直に戦って死ねばいい。

 俺はゴメンだね。そんなのできるわけがねぇ」


「っ……」


「俺は相手の実力がわからねぇほどのバカじゃねぇからな。

 当然だろ?俺はとっとと逃げさせてもらうわ」



 ソプラノは勇者の言葉を信じられないような面持ちで聞く。



「あ、あなたは……」



 二の句が告げない。目の前にいる男が何を言っているのか理解できない。



 多くの国民が、辛い現状を理解したうえで、折れかけた心で戦っているというのに……


 誰もが不安を抱えたうえで、必死になって戦っているというのに……



「貴方は恥ずかしくないのですか!?」



 気がつけばソプラノは叫んでいた。

 今までに無いぐらいに激昂げっこうしていた。


 彼女は間違いなく勇者に惚れていたのだ。愛した人故に、そんな発言を許せるわけもない。



「私は……」



 ソプラノは歪んでいた。


 自分を見てくれない両親。いつの間にか捨てられていたイリス


 常に優秀で、一番で、優等生でいなければいつ自分が捨てられるかもわからない。いつでも心の奥底にあったのは脅迫観念きょうはくかんねん



 そんな彼女にとって、勇者はとても自由で、強くて、自分の意思を持った人に見えていたのだ。

 自身と酷く似た容姿をしていながら、常に我が道を行く勇者の姿は憧れでもあったのだ。



「私は貴方のことが……」


「やめろよ」



 しかし、目の前にいる勇者は、ソプラノの気持ちを聞くことすらも拒絶する。



「お前らの勝手な考えを、気持ちを俺に押し付けるな。

 俺はこんな世界に縁なんてねぇ。どうなろうと構いやしねぇ。


 正直なところ、ゴミみたいな奴等が何人死のうが、俺の知ったことじゃ……」



 ズドン!



「ぶっ!」



 言葉の途中で音をたてて勇者の頬に炸裂さくれつする重い拳。

 数歩 踏鞴たたらを踏んだ勇者は、その視線を所在しょざい無げに彷徨さまよわせる。



「いてぇじゃ…」


「み、見損ないまじだ!

 わだじは、わだじは!貴方がもっど!やる時はやる人だど……もっと正義感の強いびどだと……」



 暗闇の中に響く涙声。


 クルリときびすを返すと、ボロボロと涙を零しながらソプラノは勇者の前から走り去っていく。


 勇者は咄嗟に呼び止めようとその手を伸ばして……否、結局その手を下ろす。



「はは、いってぇ……」



 勇者は引き攣った笑みを浮かべると、己の頬に手を当てる。

 ピリピリと刺すような痛みを感じた。



「普通そこは張り手じゃねぇのかよ……」



 また自嘲気に勇者は笑う。


 だが、これでいいのだろう。


 最後にソプラノを傷つけてしまったことは、確かにとても気がかりだが、彼もよくわかっているのだ。

 己がいかにダメな人間か、こんな人間に構っているということ自体が、いかにマイナスかということを彼はよく知っているのだ。



「はぁ、結局ハーレムの一つも作れなかったなぁ……」



 ライルにリベンジがしたかった。

 可愛らしい聖女クリスともう少し話しがしたかった。

 もっとしっかり大臣に、迷惑をかけた貴族の人達に謝っておくべきだった。


 傷つけた女達は……きっともう、スキル無しでは会ってすらくれないだろう。わざわざ傷をえぐることもない。会う必要もない……か。



「まぁ、そろそろ気張って行くとしますかね……」



 この世界は酷くつまらない。

 もう帰るべき場所もなければ、待っていてくれる人もいない。


 一度死んだ身の上であれば、きっといい夢が見れた方なのだろう。



「西か……こっちだな」



 王都の高い城壁を、まるで苦にもせず乗り越えた勇者は、西を目指してゆっくりと歩み始める。



 そして、この日を境に、ついぞ勇者の姿を見た者はいなかった……





この章はこれにて終わりです。

段々と話が終盤に近づくにつれて複雑化してきました。


矛盾点などが多々あると思います。ご報告いただけると幸いです。

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