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無口な天使  作者: ソルモルドア
重なる運命
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目を逸らさないで



 


 《ライル視点》





 薄暗闇の中、けた違いの質量を持って振り下ろされる黒く、巨大な鎌。


 大きく距離を取り、危なげなく回避をしたライルは、反撃をするよりもまず先に、敵の様子をうかがう。



 ……焦るな、焦るなライル。今、自分にできる事を最大限にっ……



 身の丈を遥かに越えるその一撃をマトモに喰らえば、ライルであってもおそらく即死、良くても瀕死はまぬがれないだろう。


 はやる心を抑えて、ライルは自分で自分に言い聞かせる。



 ……今は、今はまだ耐えるしかないんだっ……



 年の頃が同じぐらいの少女に前衛を任せているというのは、貴族としても、ライル自身としても、非常に心苦しいこと。

 だが、事実、ライルの技量では相手にならないのだから仕方が無い。自身に出来ることをこなすより他にない。



 ……出来るだけ注意を引きたい……僅かに見える活路をっ……



 ライル達が相対している相手は、恐ろしき魔将。

 その桁違いの体力と硬さ、スタミナの量は、並の魔物とは一線をかくしていると言えるだろう。消耗戦は明らかな悪手。



 ……眼さえ、眼さえ潰せれば……



 しかし、激戦を繰り広げている傍ら、ライルの瞳はしっかりと捉えていた。

 目の前にいる蜘蛛状の魔将が、その複眼を使って、白髪の少女の姿を追っているところを。少女の体に、徐々に傷が増えてきているということを。



 ……まだだ、まだガードが硬い……



 ライル達に見える僅かな勝ち筋。


 隙をつき、複眼を潰した上での逃走。



 白髪の少女の体力も有限なれば、有効打が与えられない今、そうするより他に活路はない。



「こっちだ化け物っ!」



 ライルは比較的状態の良い本を拾って、蜘蛛へと投げつける。


 全くダメージは与えられなくても、多少なりともウザったいと思わせればそれで良い。

 この繰り返しが、致命的な隙を誘うのだ。



「やあぁ!」


「うおりゃあ!」



 白髪の少女の鋭い一撃が蜘蛛の体に食い込めば、リョウが何もないところで奇声を上げる。


 やっていることは馬鹿らしいが、これで良い。これも作戦の一つなのだ。



「おっと!危ねぇな!!」



 蜘蛛の鎌が届くかどうか、ギリギリの距離を維持して煽りを続けるライルとリョウ。


 そして、そんな無駄とも思えるやり取りを幾分いくふんか続けた後に、とうとうチャンスはやってくる。



「「跳んだ!?」」



 何の前触れもなく跳躍し、天井に張り付いた蜘蛛状の魔将。


 地上で戦っているから、ライルとリョウが邪魔なのだと気がついたのだろう。白髪の少女の動きを、捉えにくいということに気がついたのだろう。


 範囲攻撃でも行うつもりなのか、魔将の瞳が怪しくくれないに輝き、その口内に光が凝縮されていく。



「いまだっ!」



 しかし、広範囲に被害をもたらすであろうその攻撃の予備動作は、同時に最大のチャンスでもあったのだ。



「グレン!槍!」


「ワ、ワイを忘れるな!」



 眼を向けることもなく、グレンの名前を叫び、蜘蛛の魔将を追うようにして跳躍をする白髪の少女。


 その彼女の白い軌跡と、いつの間に起き上がっていたのだろう、足を潰されながらも、上半身のみの力でだけで投げられたグレンの槍が重なる!



「ワイのこってはええ!チャ、チャンスを見逃すな!」



 ライルの心配するような視線に、血反吐を吐きながら、必死の形相でグレンは応える。

 彼らの視線の先では、白髪の少女が美しく宙に舞っていた。



「……届けっ!!」



 闇の中に響き渡る白髪の少女の高く、澄んだ声。


 自身の剣を放り投げ、グレンが投げた槍を空中で掴んだ彼女は、空中で弓なりに体を逸らし、それに全身全霊の力をこめて投擲とうてきする!



「ライル!」



 少女の叫びと共に、蜘蛛の毛深い足を穿うがち、貫通する銀色の槍。

 勢い余ったそれは、朽ち果てた天井に大きな亀裂きれつを生む。


 堪らずに身悶えした蜘蛛が、崩落する天井と共に落ちてくる。亀裂が走った天井では蜘蛛の体重を支えることが出来ない。


 そう、空中に身を投げ出した状態の今、目の前にいる魔将は隙だらけっ!



「リョウ!」


「おうよ!」



 タイミングは完璧。崩落する瓦礫がれきの間を縫うようにして、息を合わせた二人は、瞬時に距離を詰める。



「「はぁああああ!」」



 空中で身をよじり、緑色の体液を撒き散らしながら暴れる蜘蛛。

 突き刺すべき目標を、完全に捉えたライルとリョウの渾身こんしんの一撃。



「やったぞ!」



 手にかかる気味の悪い感触と共に、ライルが抱いたのは一瞬の安堵。

 しかし、その直後にライルの良い瞳は、予想外のものまで捉えてしまう。



「っ!」



 刺されたことによる痛みで、より一層激しく空中で身を捩った蜘蛛の足先。

 それが、落下の体勢にあった、白髪の少女の仮面を僅かにかすっていたのだ。



「君はっ……」



 風圧によって、高く舞い上がる銀色の仮面。

 露になる少女の端正な顔立ち。ライルの記憶が刺激される。



 ……グレンや僕の名前を知っていて……白髪紅眼……その容姿は……



 時間にすればほんの僅か。ライルの中に生まれた本当に小さな動揺。



「馬鹿!すぐに離れろっ!」



 しかし、一瞬とはいえ呆けていたのもまた事実。ライルには白髪の少女の叫び声が、何処か遠くに聞こえていた。



 ……あの少女を僕はっ……!



「もしかして……っ!?」



 ライルの眼前で高まる不穏な気配。


 血塗れの複眼が怪しく輝き、気がついた時にはもう遅い。

 リョウに続いて複眼に突き刺したままの刀から手を離し、咄嗟に距離を取ろうとするライル。


 しかし、暗黒の大地に満ちた毒を吸い込んだライルの体の動きは予想外に鈍く、とてもじゃないが避けきれない!



「「「ライル!」」」



 仲間達の叫び声。

 空中でライルに向けて伸ばされる白い少女の細いかいな。必死にその腕を掴もうとするライル。



「とど、かないっ……」



 苦しげに歪んだ少女のかんばせ

 それを最後にライルの視界は白熱し、彼の世界から光が消えた……










 ………………


 《勇者視点》










「はは、これじゃあ、誰も読めるわけねぇよな……」



 夜の王宮。人気のない部屋の中に、勇者の小さな、乾いた笑い声が響く。


 彼が今、手に持っているのは、一冊の本。

 丁寧に装飾がなされてはいるが、きっと作られてから随分と長い年月が経っているのだろう、黄ばんだそれは酷くボロボロだ。



『この文字が読める方へ』



 表紙に書かれていたのは日本語。彼の世界で使われていた言語。


 意識の片隅にも浮かぶことのなかった文字や言葉の違い。

 掠れてはいるものの、懐かしいその字体は、彼に郷愁きょうしゅうの念を抱かせるには十分だった。



「俺以外にもいたんだな……」



 優しい手つきで、勇者は手に持った本の表紙を撫でる。



 時間にすればおよそ1000年前。

 勇者のように神様にあったわけでもなければ、気がつけばこの世界に一人でいたという少女の物語。


 出会いと悲劇、命を賭してこの世界を魔王の手から救った聖女の物語。



「……」



 無言で読み進めていく勇者の瞳に浮かんでいるのは同情か、それとも憐憫れんびんか。



 やがて全てを読み終えた勇者は、そっとその本を書棚の奥へと戻す。


 きっと勇者以外に、もうこの本を読める人間はいないだろう。後は朽ち果てるのを待つばかり。



 ……せめて静かに、安らかに眠って欲しい……



 らしくもない思考に、勇者は苦笑を漏らす。

 チラリと窓の外を見れば、その大部分を暗闇に覆われ、今にも闇に食べられてしまいそうなほどに細い月が、彼の眼にはいった。



「もう時間がないか……」



 ポツリと呟いた勇者は、物語を思い出す。一読しただけだが、細部まで思い出せる。



 ……俺には何が出来る?スキルとしての魔法しか知らない俺の限界は……



 確実に迫ってくる終焉しゅうえんの足音。

 自身の無力さに涙が零れた。



「くそっ……こんなの俺のキャラじゃねぇ」



 (痛いのは嫌だ。努力するのは嫌だ。

 でも、強くなりたい。それでも、他者を見下して生きていたい)



 勇者の心の中でそう叫ぶ、もう一人の卑屈な勇者。



(他人は他人だろう?俺は俺のままでいい。

 都合の悪いことは聞き流せ!俺がやらなくたって、どうせ誰かがやるんだ。他の誰かに任せればいいだろう?

 もともと俺はこの世界の人間じゃない。どうして手を貸す必要がある?)



「わかってる!わかっちゃいるんだっ!!」



 未だに魔物の一匹とも戦ったことのない勇者。

 名ばかりの愚か者。


 国からも見捨てられ、その命には、もはや紙束ほどの価値もない。

 あと一月もすれば、きっと誰の口の端にも上らなくなるような取るに足らない存在。



「そんなんわかってるんだよ……」



 やがて、愚か者は何かに耐えるように俯くと、その姿を闇に溶かして消えた……





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