時の流れは……
6話目です( ´ ▽ ` )ノ
編集しんどい……近いうちに隔日投稿か、もう少し遅れるかもわかりません(・_・;
柔らかいベッドの上。額から垂れてくる汗を拭った僕は、あらかじめ決めていた通りに確認を、検証をおこなうことにする。
「……すっー…はぁー……」
僕の左腕に当てられた短刀。
暗闇の中でも怪し気に煌めくそれは、僕の不安を助長する。
「……や、やるっ……!」
……でも勝算はあるんだっ!
理論的には間違っていないはずだし……たぶん、失敗しないはずだからっ……
ドキドキと張り裂けそうなほどに高鳴る心臓。落ち着けるために何度もした深呼吸。
最後には息を止めて目を瞑り、僕は思いきって短刀を持った右手を引いた!
「……っ……!は、はぁ……成功……」
戦々恐々としながらもゆっくりと目を開けば、僕の体から皮膚一枚の、ほんのギリギリのところで止まる刀が視界にはいる。
血は一滴たりとも出ていないし、勿論全く痛みはない。
……よ、良かった……
安堵のため息と共に少しだけ零れる涙。
「……切れ…ない……」
僕は自分の感覚に間違いがないか確かめるためにもプニプニとした自身の皮膚を触り、切れていないことを確認する。
「……成功……」
暫くは実感がわかなかったが、言葉の意味をじっくりと噛み締め、何回も口の中で呟くことで段々と嬉しくなってきた。
「……これで…僕……」
そう、僕の体は何度刀で刺そうが、切ろうが無傷のままなのだ。
これで、これで僕は前世のように悲惨な最期を迎えることはっ……
「……う、うん…良かっ…た……」
お兄さんとして紹介されたライルに触発されたこともあったが、やはり前世のように何も出来なくて死ぬのが嫌だったからというのが一番大きな理由。
勿論失敗をして怪我をしてしまう危険性もあったけど……でも、でも僕は成功したから……
「……本当…良かった……」
僕がおこなったのは、身体中の骨、筋肉、血管などありとあらゆるものを強化する魔法の改良版。
密度を高め、圧縮したそれは、従来のもの以上に魔力を消費するけれど、でも常に、どんな時にでも僕のことを強化し続けてくれる優秀なもので……
「……ふふふ……」
そう、僕は赤子の特権か、短い時間、少ない鍛錬で飛躍的に伸びていく魔力を使って、前世の僕では世界がひっくり返っても使うことができなかった大技、選ばれた一握りの人にしか使えないような特別な魔法を展開したのだ。
「……でも…少し…複雑…気分……」
幼い手の平。不釣合いに高度な魔法。
考えてみれば、僕が今手にしているこの力は、前世であれほどまでに努力しても届かなかった高次元の力なのだ。
かつては決して届くことのなかった頂き。こうも簡単にたどり着けてしまうのは、この体が持つ才能故のことなのだろうか?
それとも女神様の加護のおかげなのだろうか?
「……やっぱり…才能……?」
嬉しい反面、クリスが感じていたのは一抹の虚しさ。
人の半分しか才能がないのなら、人の2倍努力しなさいと偉い人は言うけれど……
でも、才能がある人が1日に12時間以上密度の濃い努力をしていたら、一体どうするの……?
「……」
どこか憂いを帯びた瞳で暗闇を見つめる幼女。
こうして二歳にして前世ではどう足掻いても辿りつけないような高みへと達した僕は、一抹の虚しさと共に、驚異の身体能力を手に入れたのだった……
…………
………
……
…
「……」
僕がこの世界に転生してからもう既に三年もの月日がたった。
何も喋らず何もなさずただ息をして、生きているだけの毎日。
魔力の鎧、魔装を手に入れて、でも何をするわけでもなく、ただ魔力を増やしながらぼーっと毎日を生きているだけ。
「ライルはもう随分箸を使うのが上手くなったな」
「ええ、貴方。ライルはなんでもできるのよ」
「はい!なんとか最近使えるようになってきました!」
家族全員で食べる食事。
僕の横に座って、時折スプーンで僕の口の中にスープを流し込みながらお父さんやライルと話すのは、お母さんであるマーチだ。
美人だが、どこか幼く見える顔。
長い黒髪に少しだけ茶色っぽい瞳。瞳はお父さんほどではないけれど、多少鋭い部類にはいるのだろう。
「……」
無言で彼らの話しを聞きながら、口の中に入ったものを小さな口で僕は咀嚼する。
美味しいけど、どこか控えめな味付け。
量はさほど多くない。
「はい、クリス。あ〜ん」
「……」
パクリ、モグモグごっくん。
そろそろ自分でご飯を食べ始めてもいいような気もしてはいるのだが、いかんせん一般的な三歳児がどの程度の器用さを持っているのかわからない。
赤子についてまるで知識のない僕は、結局今日もお母さんに食べさせてもらっている。
変なことをして家族から嫌われたら、愛想をつかされたりしたら大変だから……
「はい、あ〜ん」
「……」
パクリ、ムシャムシャごっくん。
「ははは、マーチはクリスが大好きなんだなぁ」
「あらやだ、貴方ったら。
私はライルも貴方も大好きよ」
いつも通り少し大きめの机に四人で腰掛け、食事をしていて気がついたことだけど、前世で想像していた貴族よりも、今世の僕の家族が食べているものは遥かに質素なものであるようだ。
「貴方、今日のご飯も美味しいですね。
クリスも嫌がらないでしっかり食べていますよ」
「うむ。
よく食べ、よく鍛え、よく寝るのが子供の仕事だからな。
ライルも沢山食べなさい」
「はい!父様!」
「……」
……それだけじゃたぶんダメなんだよね……
白く柔らかい変な粒や、黄色っぽい変な汁。焼かれた魚が出ることもあれば、麺類の類、たぶん海の中にいる貝のようなものも出る変な食事をボソボソと食べながら僕は思う。
「……」
平和な毎日。変わらない日常。
そんな中でほんの少しずつ積もっていく焦り。
女神様がせっかく期待してくれているっていうのに……僕は、まだ何もできていない……
時折生臭過ぎて食べれないようなものもあるけれど、それ以上に誰かと一緒に食べる楽しい食事。
でも、僕はこのままでいいのかと内心でいつも疑問に思っていた……
夕食が終われば次にするのは勉強。
とはいっても未だ三歳児である僕は簡単な書き取りと、話を聞くだけなのだが……
「こうして1000年前に突如として現れ、人々を絶望の淵へと叩き落とした魔王は滅びました。
魔王を破ったのは、神に選ばれた四人の青年と一人の少女。
失った土地は多く、多大な犠牲の上に得た辛勝ではあったけれど、それは紛れもない勝利で、後に剣の勇者、斧の勇者、刀の勇者、槍の勇者、そして聖女と呼ばれる5人によってこの王国は再建されたのです……」
やっているのは歴史の中でも最も重要な部分。
僕の全く知らない建国史。
たぶん今日がその授業の終わりなのだろう。
「……っ……」
メノトはパタンと子供向けに書かれた本を閉じる。
挿絵ばかりでほとんど1ページに文章がないような本ではあったけれど、中に書かれている内容は僕にとって決して容認できるものではなかった。
「……ぁ……」
パクパクと僕の口が動く。
全く知らないなんてことがあるわけないし……
やっぱり今日こそ何か言わなくちゃ……でも、なんて……
「では、今日のお勉強はここま……?
お嬢様、どうかしましたか?」
少し心配そうに僕を見るメノト。
彼女は暫くの間、怪訝そうにクリスを見ていたが、少し後に僕が何をやりたがっているか理解したのであろう。
ありがたいことに無言で何も言わずに僕のことを待っていてくれる。
……急いで、頑張らなくちゃ……
「……おっ……ぇ……」
無言で励ますように僕を見るメノト。
恥ずかしいけど、不安だけど……
僕は必死になって体に纏った障壁の出力をあげる。
物理的に、魔法的に僕を守ってくれるこの障壁があれば、僕は…僕は……
「……ぉ、お、王国……ほ、滅び…た……?」
言ってからなんで吃ってしまったんだと後悔し、恐る恐るメノトを見る僕。
でも、僕の視界はすぐに何か柔らかいものに覆われて見えなくなってしまった。
「ぉ、ぉ、お嬢様が!お嬢様が!!」
僕の頭の少し上のあたりから、メノトの感極まった声が聞こえ、即座に抱き上げられた僕はそのまま部屋から連れ出される。
僕を抱えたままメノトはかなりの速度で廊下を走っていく。
「当主様!当主様!お嬢様が!お嬢様が!」
「ど、どうしたメノト?」
荒く息を吐き、吃りながらも喋るメノトはどことなく僕に似ていて、何故だかとても親近感が湧いた。
「しゃ、しゃ、喋りましたー!!」
「なっ、なんだとぉ!?
パパか!パパと言ったのか!?
ええぃ!とにかく祝いだ!総出で宴の用意をしろ!!」
耳が痛くなるほどの大声をあげて騒ぐ二人。ご飯の後なのにすぐに宴の支度に取り掛かる執事。
いつのまにか僕の疑問などどこかへ吹き飛んでしまったようで、余りの騒ぎように僕は目を回していたのだった……
…………
………
……
…
背も多少伸び、刀も一回り大きなものに新調された今日この頃。
早いもので魔力の鎧を張り巡らせてから今日でちょうど一年。
奇しくもこの日が三歳になった僕のお喋りデビューの日となったのだ。
「……ふふふ……」
僅かな達成感と共に笑う僕。
何よりも他人としっかりコミュニケーションを取れたという事実がとても嬉しかった。
「……でも……」
でも、そう、報告は嬉しいことばかりではない。
「……未来…かなり…先の…世界……」
歴史の授業から発覚した事実。
前々からおかしいとは思っていたけれど、今日ようやく僕は確信にいたったのだ。
「……魔法が…ない……」
この世界、いや、正確にはこの時代と言うべきであろうか。
この時代は前世の僕が生きていた時よりもたぶん1000年以上は未来の世界で、かなり魔法が廃れた世界なのだ。
「……未来…魔法…ない……」
聖女と呼ばれる1000年前にいた女性を最後に、魔法の使い手はこの世から姿を消した。僕にとって身近なものであった魔法が、ここでは御伽噺の中のものなのだ。
「……寂しい…かな……」
そして貧相な身体強化の魔法を闘気と呼んで操るお父さんやお兄ちゃん。
超達人級ともいえる刀の腕前。それに見合わない魔法の熟練度の低さ。
「……魔物…どう…してる……?」
前世の僕がいた時からもいた魔物。
当然、この時代にもいるらしいのだが……
「……そのため…刀…修行……」
2歳からという早すぎる戦闘訓練。
マナーや礼儀作法などをあまり学ばない貴族らしくない大貴族。
全て、魔法を失った人間が脆弱な身体強化という魔法だけで魔物と戦うために……
「……そっか……」
たぶんこの世界は、僕が前世で生きていた時代よりも殺伐とした時代。
強さが、成長の速さが重要視される世界。
「……僕…気がつく…遅かった……」
吃ってばかり、黙り込んでばかりで……消極的で……
「……知らない…とこ…誰か…戦ってる……」
女神様からこの世界を託されたというのに……
救世主だとか自分で言ってたくせに……
「……積極的…頑張る……」
たぶん僕が纏っている魔力の鎧、魔装とでも言うべきこれはきっと破格の性能で……
僕が持ってる魔力の量はきっと誰よりも多くて……
魔法が使えて、身体能力が充分なら、じゃああと足りないのは……
「……戦い方…経験……皆…守る…意志……」
大っ嫌いな貴族。でも、大好きな家族。
優しい皆を守るために僕も全力で頑張ろう。
下手くそなりに刀も振ろう。
僕は救世主になるんだから!
それは重い決意。
三歳にして彼女は前世、生きていた時代とこの時代の違いに気がつき、真にこの世界の住人として、刀の貴族としての一歩を踏み出すことになったのだった……
《人物紹介》
クリス……主人公。現在二歳と少し→三歳ぴったし。現幼女、元男の娘。お嬢様。
最近攻撃力と防御力が大幅に上昇した。
メノト……クリスの乳母。実は脳筋。
お父さん……現当主。厳めしい顔をしているが意外と子煩悩。
お母さん……本名マーチ・エスト・アズラエル。
クリスの容姿が問題で一時不倫を疑われていたが、二年経ってようやく認められた。
ライル……クリスお兄さん。現在5歳手前→6歳手前。お父さんとよく似ている。
わりとなんでもできる。
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