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無口な天使  作者: ソルモルドア
王立剣術学園
63/78

天使降臨

 


「……このまま手はず通りに」


「ええ。気をつけて」



 ギルド員の男と青年の小さな話し声。そろそろ陽が沈む頃であれば、クリスの身代金を教会や貴族達に請求しにいくのだろう。

 忘れてはいけないことだが、彼らはクリスを攫った誘拐犯なのだ。このスラムの中で少しでもいい暮らしをしよう、させようとする犯罪者。



「あなたの腕の良さは知っていますが……」


「……心配するな」



 心配そうな青年の言葉に言葉少なく頷く男。


 彼はちまたでもクリスが聖女として、アズラエル家の長女として大事にされていることが有名であれば、体面上身代金を安全に受け取るということはさして難しくないだろうという見解を示していた。



「……」



 ……僕はどうすればいいんだろう……



 その見解を聞いていたクリスはそっと俯く。子供達がどうしたのだろうとクリスの顔を心配そうに覗きこむ。


 男はクリスから見ても、こんなスラムにいることが疑問思えるほどの腕前を持っていた。達人級であるギルド員の男であれば、一人で生計をたてるぐらいはきっと余裕なはず。汚いスラムの中で健気に生きる子供達に、それこそ犯罪をいとわないぐらいに魅せられてさえいなければ、こんな罪を犯す必要もなかったのだ。



 ……悪い人じゃないのに……



 そっとクリスが顔をあげればバツが悪そうな顔をしたギルド員の男と目があう。

 彼はそっと呟くようにして言った。



「……では…行って来る」


「いってらっしゃーい!」


「きをつけてね~!」



 口々に男に向かって別れの言葉をかけ、手を振る子供達。渋い顔をする男とは対照的にクリスの周りに集まっていた子供達はみな一様に笑顔であった。



「!?」



 しかしクリスがここで感じたのは悪寒。男が歩いていく先、クリス達がいるところから壁を一枚隔てたところで感じ慣れた闘気が明確な殺意を帯びて膨れ上がる。



「……あ、危ないっ……!」



 クリスの切羽せっぱ詰った小さな叫び。そしてそれは歴戦の猛者でもあったギルド員の男の注意を喚起するのには十分であった。




「……むっ」



 廃材を蹴って咄嗟に一歩下がった男の目の前で光る幾筋もの剣筋。ワンテンポ置いて土煙と共に轟音をたててバラバラと崩れる壁。突然のことに驚き、怯える子供達。



「……貴様は?」



 油断なく抜き身の剣をそのまま構えたギルド員の男の前に立つのは、クリスもよく知る一人の青年ライル



「クリス、迎えに来たよ」



 舞う土埃の中。怪しげに煌く刀を片手で持ったライルはそう言って笑った……









 …………

 ………

 ……

 …









「……何のようだ?」



 徐々にかげりゆく夕陽。その顔の半分を暗闇に溶け込ませながら、油断なく剣を構えたままに言葉を発する男。



「犯罪者を前にしてやることなんて決まっているだろう?」



 ギルド員と思しき男を前に、笑顔のままにそう返答したのは自然体で立つライル。

 だがその声色は極寒の冷気ブリザード彷彿ほうふつとさせるほどに冷たく、およそ生きている人間の発する言葉のようには思えなかった。



「……そうか」



 ギルド員の男は避けることのできない戦いの予感に、無表情のままに剣の柄を握る腕の力を強くする。安物の剣がミシリと音をたてた。





「み、皆こちらに集まって……」



 一緒即発の空気にクリスの近くに立った青年が、戦いの煽りを受けないようにと子供達を一箇所にまとめる。目の前でいきなり起きたことであれば、きっと不測の事態に対処をしきれていないのだろう。クリスを人質にとるというところにまでは意識が回っていないようであった。



「ねぇ?おじちゃんはだいじょうぶなの?」


「こわそうなひとがきたよ……」


「きっと大丈夫ですよ。彼はとっても強いですから」



 自分よりも年下の子供達が動揺する姿を見ることで逆に落ち着きを取り戻したのか、青年は優しそうな笑みを浮かべて子供達をなだめる。

 だがクリスは、その見解が大きく間違っていると言うことを知っていた。


 本気を出した天才。ライルをとめることができる人間など、もはや王都にはクリスを除けばイリスと勇者ぐらいしかいないだろう。幾らギルド員の男が強くても、それこそ言葉の通り次元が違うのだ。





「……ならばっ!……押し通る!」



 先手必勝!

 抜き身の剣を振りかぶってライルとの間合いを詰めるギルド員の男。彼は烈波の気合と共に鋭い踏み込みで瞬間的に彼我の距離をゼロにする。



「はぁ!」



 怒号と共に暗くなりつつある屋内で交わる二人の男。クリスの大嫌いな刀が、剣が高速で一瞬だけ交錯する!



 カキンッ!


 そして廃墟に響く金属と金属がぶつかり合う甲高い音。



「……なっ!」



 しかしそれはまるで勇者との戦いの焼き直し。クリスが知るわけもないことだが、勇者を倒したときと同じようにライルの刀は、一刀の下にギルド員の男の剣を斬りとばしていた。



「終わりだ」



 クルクルと回って吹き飛ぶ銀色の剣先。

 驚愕しつつもギルド員の男が見たのは、無表情なライルの氷のように冷たい視線。彼の首元に鋭く迫ってくる鈍く輝く閃光。死神の鎌。



 ……死ぬのか……?



 加速された思考。一瞬の後に全てを悟った男はゆっくりとまぶたを閉じる。一合と打ち合わずに死ぬのは不本意と言わざるをえないが、死とはすべからくみな理不尽で唐突なもの。


 助かる術などない。自分の剣が届かなかったのならば、もう子供達を貧困から救うこともできない。

 呆気ない幕切れに走馬灯のように彼の半生が瞼の裏を過ぎる。



 ……無念……



 思考の全てを断ち切る銀色の剣閃が彼の走馬灯を断ち切り……いや、死すべきはずの彼の頬に触れたのは優しく、まるで羽のように柔らかい何か。



「……天使?」



 踏鞴たたらを踏んだ状態で彼が眼を開いて見たのは、白い仮面を被って背から羽を生やした銀色の少女の姿であったのだ……










 ………………


 《勇者視点》










 眼に映るのは染み一つない白亜の天井。背中にあたる柔らかなベッドの感触に一抹いちまつの安心感を感じた勇者はポツリと呟いた。



「……俺は…負けたのか」



 そう口にすれば、どうしようもなく心の奥から溢れてくるこれは……



「悔しいのか……?」



 それは久しく忘れていた感情。前世において、負けるのが当たり前だった人生において、それはもう随分と昔に風化したはずの感情。



「くそっ……」



 思い出そうとすれば、事の詳細が苦もなく彼の脳裏に浮かび上がる。


 戦った土俵は同じだった。ステータスでは、能力値的には遥かに有利であった。

 前世の、生まれながらにして負け組みだったあの頃とは違う。神によって与えられた、最高の力を持ちながらにして、自分はただの人間てんさいに負けたのだ。



「情けねぇ……」



 まさか剣が斬られるとは思っていなかった。使い慣れない盾が邪魔だった。言い訳だけは饒舌じょうぜつに浮かびあがる。だが、そんなことよりも……



「……俺が傲慢だったんだ」



 天才が潰されるところを見たかった……普段他者を見下しているようなやつの自尊心を踏みにじってやりたかった……まける側の人間の気持ちを味あわせてやりたかった……



「ほんっとに情けねぇ……」



 この部屋の中に自分以外の人間が一人もいなかったのが幸いか。彼はほとばしる感情をそのままに悔し涙を流す。




【ハセガワ・ノリヒコ:18歳:♂


 職業:勇者

 出自:地球



 Level:3


 生命力:200/255

 体力スタミナ:155/255

 力:255

 身の守り:255

 素早さ:255


 加護:地球神の加護(?)

 スキル:鑑定眼(レベル1)ニコポ(レベル3)ナデポ(レベル2)勇者補正(レベル1)

 特記事項:イケメン


 残りスキルポイント……6pt】▲




 涙に濡れた瞳で虚空を見上げれば、そこにあるのは己のステータス。レベルの上昇と共にそこには見慣れぬ文字列があった。



「スキルポイント……」



 勇者はすぐに気がつく。ステータスこそ上がってはいないが、きっとこれがレベルが上がったことによる恩恵なのだろうと。

 前世の記憶と照らし合わせてみればすぐにわかる。このポイントを消費することでおそらくスキル、言い換えれば、何らかの技能を手に入れられるはずなのだ。



「……いや」



 しかし勇者は、そのスキルポイントと書かれた文字列を触ろうと伸ばした己の指に、鋼の意志で制止をかける。


 確かにここで新しいスキルを覚えるのは簡単なのだ。それこそいつだって簡単に強くなれる。

 遠距離から一方的に攻撃できるようなスキルを覚えれば、この世界の人間にはおよそ負けるはずがない。息をするぐらい簡単に最強になれる……もうこんな悔しい思いをすることもない。

 いけ好かない天才ライルにだって造作もなく勝てる……



 だけど……だけども……



「俺はっ……」



 勇者は震える指先でウィンドウを消した。


 大勢いた観客の前、一敗地に塗れたことで勇者は気がついたのだ。

 何の努力も無しに手に入れた力にはなんの重みもない。己のものでない力で勝ったところでただ虚しいだけ。負ければ苦すぎる後悔だけが残ると。



「次は勝つぞ……」



 特典を全て捨て去るような馬鹿なことなどはしない。だが、このままの状態で次はあの天才ライルに打ち勝つだけの力が欲しかった。見返してやりたかった。



「あ、あら勇者様!目を覚ましましたのね!」



 ノックと共に優雅な動作で扉を開けて入ってきて顔を綻ばせたのは、確かソプラノとか言う名前の美しい少女。何の努力もせずに力を手に入れた卑怯な自分なんかには釣り合う筈も無い女性。



「あぁ。俺はようやく目が覚めたみたいだ……」



 思えばこうして誰かの顔をしっかりと見たのはこれが初めてだったのかもしれない。


 勇者は初めてステータスを見ることなく、しっかりと彼女ソプラノの綺麗な碧眼を見て話しかけたのだった……






そろそろ無駄に長かった6章も終わりです。


もしここまで読んでくださるような優しい方がいらっしゃいましたら、この場を借りて深く感謝を捧げたいと思います。

本当にありがとう!!


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