攫われた聖女様
《ライル視点》
「クリスが攫われたっ!?」
「ライル、あまり騒ぐな。
まだ迷子になっているという可能性がないわけではない。そう結論づけるのは早計というものだ」
闘技場の裏方。
満身創痍になりながらも勇者の持った剣の刀身を切り落とし、これ以上の戦闘の続行を不可能と判断させたライルは、勝利の余韻もそこそこに闘技場を後にしていた。
そして今は父にしてアズラエル家の現当主でもあるライネスと言葉をかわしている。
「ですが、もしものことがあってからでは……」
「……焦るな。クリスもアズラエル家の娘。
少々厳しいかもしれないが、己の身を守れる程度には戦えるはずだ」
焦りを滲ませたライルの言葉に、父は首をゆっくりと振る。
必要以上の焦りは判断を鈍らせる。少なからず手がかりが見付かるまでは、闇雲に辺りを探しても意味はないのだ。
「最悪どこかの貴族の……」
「そう悲観することもない。既に出来うる限りの手は打ってある。ライルは安心して待っていなさい。
勇者との戦いで腕を痛めているのだろう?体を休めるのも仕事のひとつだぞ」
納得いかないというライルの言葉を聞いたライネスは、大きく育った自慢の息子の肩を叩いて言う。
クリスのことは教会とも協力し、総力をあげて捜索活動に励んでいる。暗殺ではなく連れ去ったのだ。おそらくは身代金が目的なのであろう。
ライネスの見解では、今のところクリスに危険が及ぶ可能性は限りなく低い。
「そうですか……」
痛めた腕を抑えつつライルは、無力さを感じて俯く。
……こんな時僕は一体どうすればいいんだろう……
「やっぱり自分の足で探すしかねぇんじゃないのか?」
悩むライルの後ろから、まるで思考を読み取ったかのような一言がかけられたのはそんな時。
「リョウ……」
「リョウ、もう怪我はいいのか?」
振り返ったライルの前にいたのは体のあちこちに包帯を巻いたリョウ。
お陰様でもう大丈夫です、とライネスに頭を下げたリョウはライルに向けて言う。
「なぁライル、悩んだって仕方がねぇだろ?
貴族やら教会の権力が届くようなところにクリスがいるっていうなら、俺達は確かに何もする必要がない。
だけどよ、逆に考えてみな。つまり俺達にはそういった権力が届かないところを探す必要があるんじゃねぇか?」
「……」
ライルはリョウの言葉を噛み砕き考える。
「……父様」
ライルの力強い瞳。ライネスはその瞳を見てかつての自分の姿を思い出す。
こうなってしまったら最後、幾ら体調が悪いから止めろと言ってもこの子は止まらないはずだ。
「……わかった。
どのみちその怪我で次の試合を戦うのは辛かろう。棄権の手続きは任せなさい」
それでお前の気が済むのならばそうするのもいいだろう、と言うライネスにライルは頭を下げる。
父様の配慮の感謝したのだ。
「ライルもリョウもくれぐれも無理をしてはならないぞ」
「はいっ!」
返事をしたライルは、背を向けて去って行くライネスを後目に見ながら、リョウと共に勢いよく闘技場から走り出る。
「リョウ、あんなことを言ったからには探す当てがあるんだよね?」
「あぁ〜、あんまり……ってか、全く自信はねぇんだけどな」
ライルのほんの少し前を走りつつ、少しだけ困ったような顔をしたリョウは片手で頭を掻きながら言った。
「なんっうか、教会の奴らも貴族のやつらもほとんど知らねぇってだけで、王都にはスラムがあるんだわ」
「……?」
疑問符を浮かべるライルにリョウは少しだけ苦い顔をして告げる。
「言っちまえば犯罪の温床。窃盗、殺人、強姦。そんなのが日常的におきてるようなところだな。もちろん貴族やら教会の権力も届きにくい。
金が目的で誘拐をするような奴らなら、それこそごまんといる」
「……そうか」
勿論いない確率の方が高いけどよ、というリョウにライルは一抹の不安を覚える。
内乱のときのような嫌な勘がライルに告げていたのだ。
「尚更そんなところにクリスをおいておくわけにはいかないな……」
腰に履いているのは、大会のときのように使い慣れない模造刀ではない。犯罪者だろうと、魔物だろうと、一撃の下に切り伏せることのできるライルの愛刀だ。
「お~い!ライル!リョウ!こっちや!」
唐突に聞こえた叫び声に自然と下がっていた目線をあげれば、少し離れたところで飛び跳ねている槍の貴族が長子、グレンの姿がライルの視界にはいる。
「馬車を確保したんやぞ!ワイに感謝せえ!」
特徴的な言葉遣いで得意げに叫ぶ親友の姿に僅かに毒気を抜かれたライルは、隣を走るリョウへと視線を向ける。
「あぁ~、もともとお前が断るだなんて考えてもいなかったからな。
ほら、グレンにも感謝しておけよ。あいつも手伝ってくれるらしいからな」
「まったく……」
お節介なやつ……
ニヤリと笑うリョウ。ライルもつられるようにして微笑んだ……
………………
《クリス視点》
「……恐くないのか?」
唐突にかけられた言葉にクリスは首を捻る。膝にのせていた小さな女の子もクリスの真似をするようにして首を捻った。
「……いや、いい」
クリスをここまでつれてきたギルド員の男は、それっきり静かに黙る。夜を待って教会にクリスの身代金を要求するというのだから、彼ももしかすると緊張していたのかもしれない。
「聖女様はお腹が減ってはいませんか?
お口にあうかはわかりませんが、食事ならありますよ?」
心苦しそうな顔をした青年は、こう言ってクリスに気を使ってくれているようではあるが、クリスはその言葉に首を振って返事とする。
魔法使いでもあるクリスは、その気になれば全く食事や睡眠を取らずに活動をすることができるのだ。その日の生活も苦しそうな人達からこれ以上何かを取る気にはなれなかった。
「せいじょさま~、のどかわいた~」
膝に座った女の子が振り返るようにしてクリスの顔を覗きこんで言う。
「……少し、待って……」
クリスは小さな女の子の頭を撫でながらギルド員と思しき男に視線をおくる。コップのひとつでも貰えれば、魔法で水を精製するつもりであった。
「……そこだ」
しかし男が指をさしたのは一つの薄汚れたバケツ。おそらく雨水をためこんであるのだろうそれは、非常に汚く、薄汚れたものであった。
「この近くには井戸もありませんからね……」
クリスの視線を受けて少しバツが悪そうな顔をした青年は言う。そのバケツから金属製の汚れたコップで水を掬って飲む子供達の姿を見たクリスは心が痛くなった。
……酷い……
クリスとて教会が寄付と称して多くの人々から税を徴収していたのは知っていた。だが、いつも大通りしか見ていなかったクリスは気が付かなかったのだ。
そう、聖女になる前と同じ。貴族の汚い部分や教会の発展の裏、影の部分からまたクリスは遠ざけられていたのだ。
「……降りて……」
優しく女の子を膝の上から下ろしたクリスは、ゆっくりと雨水を掬って飲む男の子達の方へと近づく。
いきなりクリスが近づいてきたことに驚いたのか、その辺りに屯っていた男の子達はギョッとした様子で眼を見開き、騒ぎ始めた。
「な、なんだよ!」
「こ、こっちにくんなよ!」
しかしクリスは彼らの言葉に耳を貸すことはない。教皇について孤児院を回ったこともあるのだ。こと子供に関してはそこまで苦手意識があるわけではない。
「お、おい!なにをっ!?」
男の子の一人が叫ぼうとしてクリスの目線の先、水面の変化に気が付く。
「水が……」
驚く青年に、無言のまま眼を見開き、警戒をするギルド員。しかし子供達は無邪気なものだ。
「すげぇ!ねえちゃん、すげぇな!」
「こ、これ、もしかしてねえちゃんがやったのか!?」
驚く子供達の目線の先には、先ほどまでの濁りが嘘のように透き通った水があった。陽射しを反射してキラキラと輝く水からは、どこか甘い匂いすら漂ってくる気さえする。
「……そう……」
どこか得意げな顔をしたクリスが微笑めば、小さな魔法陣が虚空に浮かび、パリッと言う音ともにバケツやコップが新品同然に綺麗になる。
超音波と魔力による分解を併用した洗浄程度、前世では日常的におこなわれていることであった。
「あたしももらうね!」
青年とギルド員。信じられないと瞠目する二人の大人の手前。先ほどまでクリスの膝の上に乗っていた女の子は、嬉しそうにそう言うと、美味しそうに綺麗なお水を飲んで笑った……
誤字脱字、意味不明なところが多々あると思います。作者も拙いなりに必死に書いてはいますが、おかしいところを報告していただけると嬉しいです(^◇^;)




