闘技祭 勇者とライル 続
横っ跳びに跳ねたライルは片手で闘技場の石畳に着地。即座に足を振り上げてそこから遠心力を利用してさらに跳ぶ。
空中で体制を整え、前方を睨めばそこには既に突撃体勢を整えた勇者がいた。
「らぁ!逃げてんじゃねぇ!」
音速を超える速度で突撃をしてくる勇者の攻撃を躱すのはこれでもう何度目のことだろう。多くの擦過傷と引き換えにだが、ライルの瞳は既にしてその直線的な動きを完全に捉えていた。
……動作がわかりやすく読みやすい。自身の力を扱い切れていないのか……?
まるで幼子がいきなり力を手にしてしまったかのような歪さ。思考速度が実際の速さに追いついていないのだろう。勇者は力を持っていてもそれを扱いきれていない!
……ここだっ!
「ぶっ!」
そしてついに決まるカウンター。すれ違いざまに胴体に鋭い一撃を入れられたことで容易にバランスを崩して吹き飛ぶ勇者。その様子を尻目にライルは離脱する。
「……くっ」
しかし完璧な一撃を入れたはずのライルの顔色は優れない。さながら鋼を切断する時と同じ、いや、それ以上の硬さをライルは感じていたのだ。
……なんて硬さだ……あれ以上力を込めていたら刀が圧し折られていたっ……
幾度となく刀を振り、鍛えられているはずのライルの腕が痺れているというのが何よりの証拠。剣よりも強度の劣る刀が折れなかったのはいっそのこと奇跡と言っても差し支えはない。
「いってぇ……」
そして間も無く吹き飛んだはずの勇者が立ち上がる。自身の速さとライルの技術が上乗せされた一撃をモロに受け、地面に叩きつけられたにしては早すぎる復活であった。
「……」
未だ痺れが残る腕を庇うようにしてライルは余裕の表情で立ち上がった勇者を睨む。斬りつけたのはライルであったのだが、おそらくは勇者の方がダメージ受けてないぐらいであろう。
「くっそ、中々捉えらんねぇ。少し速度を落として貼り付いた方がいいのか?」
ライルの少しだけ頭上、虚空を睨む勇者の不可思議な視線にはまだ焦っている様子はない。未だに余裕の残るその声色はまるで何かを測っているようでもあった。
「ステータスだけだったら圧勝なのによぉ……くっそ!やっぱRPGみたいにゃいかねぇかっ!」
悪態と共に随分と速度を落として突撃をしてくる勇者。戦法の変化を警戒した
ライルは、半身分だけ立ち位置をズラして勇者を迎え撃つ。
「らぁ!」
「はっ!」
気合の声と共に袈裟懸けに振り下ろされた剣。紙一重の差でそれを避けたライルは、横薙ぎに模造刀を振るう。勇者はそれを屈んで避けると、ライルの足を刈るようにして鋭い蹴りを放った。
「なっ!」
思わずとっさに跳ぶようにして避けたライルに向かって繰り出されたのは、素早く体勢を立て直した勇者の超速斬撃。
……はやすぎるっ!
咄嗟の判断で下から掬いあげるように放たれたそれに刀を添えるようにしておいたライルは、勇者の異常ともいえる力をできる限り受け流し、そのままに利用して後ろへと吹き飛ぶ。骨と模造刀からギシギシと嫌な音がした。
「ちっ……流石は天才ってやつかぁ」
どこか諦観の籠った、悔しそうな勇者の声。勇者とライルの距離が一旦離れたからか、いつの間にか静まり返っていた観客から大きな歓声が湧き上がっていた。
……今のは危なかった……んっ?
この時のライルの視線は大部分が勇者へと注がれていたのだが、何がきっかけだったのだろう。観客席でどこか焦ったような顔をした父様の姿を僅かながらに捉えてしまう。
……何かあったのか……?
頭の片隅で疑問に思うライル。よくよく見ていれば父様だけではない。母様も含めて、会場にいる教会の関係者達が一様に不審な動きをしているではないか。
……まさかクリスに何か……?
アズラエル家と教会が共に行動していることなど滅多にない。結論が出るまでにかかった時間はほんの一瞬。何かを呟く勇者を尻目に、ライルはこの戦いをいかに早く終わらせるかを思考を巡らせ始める。
……もしクリスに何かがあったんだとしたら……うん、僕はこんなところで油をうっている場合じゃない……
思えばリョウのところにクリスが来なかった時から変だとは思っていたのだ。闘技場の人混みに揉まれて迷子になってしまっているだけならいいのだが、最悪もしかすると……
「うらぁ!」
先程よりも速く、力強く勇者から繰り出された素早い振り下ろし、横薙ぎ、鋭い突き。その全てを予備動作だけで判断したライルはまるで未来が見えているかのように先へ先へと回避をおこなう。
細かい傷が身体中にできるが、決してライルは勇者から目を離さない。瞬きすら惜しんで勇者の動きを脳裏に焼き付けていく。
いつの間にかライルは刀を鞘へとしまっていた。
「ちょこまか動いてんじゃねぇ!」
刀を持ってすらいないライルに怒ったのか、さらに乱雑な動きで速度を増す勇者。彼の剣が石畳に打ち付けられる度にそこが爆ぜ、無茶な動きに勇者の持った剣が刃こぼれし軋みを上げる。
耐えきれないほどの風圧に晒されながらもライルは、鍛え抜いたその瞳でただひたすらに勇者の隙を探し続けていた。
「……」
決まりきった癖に咄嗟の行動パターン。無駄な動作の多い足捌き。予備動作の大きな横薙ぎ。射程の限界。
そしてライルが待ち望んでいた瞬間がやってきた!
「いい加減あたれぇ!」
痺れを切らせて振り上げられた剣。唐竹割のように大上段から振り下ろされようとしたそれを見たその瞬間。ついにライルの体が勝利に向かって動く!
彼は瞬時に流れるような動作で左に小さく体を動かし、鞘に入ったままの刀に手を掛けて……
「!?」
キンッ!
勇者の困惑した声と同時に闘技場に響いた甲高い音。高性能な勇者の瞳といえども捉えきれなかったのだろう。
一度だけ勇者の速度と同等の速さで繰り出されたライルの模造刀は、抜刀の一撃で脆くなった勇者の剣を真っ二つに叩き折る。
「は……?」
呆けた勇者の視界に最後にうつり込んだのは、己に降りかかる銀色の剣閃だった……
…………………
《クリス視点》
「降りろ」
「!?」
ゴトゴトと動いていた馬車が止まると同時に聞こえた冷たい声。横にいたギルド員の男が何かを発したと思った次の瞬間、クリスはまるで猫のように襟首を持ち上げられていた。
「動くな」
「……?」
乱暴に蹴り開けられた馬車の扉。そこから思ったよりも優しく地面に降ろされたクリスは、恐怖よりもまず疑問符を浮かべる。
辺りは見るからに粗末な建物が並んだスラム街。とてもじゃないが病院があるようには思えなかったのだ。
……ここはどこ?……リョウは……?
「……リョウ……?」
斜め上向いて問いかけたクリスに対する答えは鉄の手錠がはめられる無機質な音。いつの間にか後ろ手にガチャリと付けられたそれに、クリスの中で言い知れない拒否感が、恐怖が湧き上がる。
「聖女様、状況はわかりますか?」
クリスに手錠をかけたギルド員の男とは別の、前の御者台から降りて来た青年が優しげな声で問いかけてくる。
クリスは嫌な予感を感じながらも、大人しく首を横に振ることで答えを示した。
「そうですか……ですがまずは注意事項から順に説明をしていきましょう」
どこか辛そうにそう言った青年は、何かを噛み殺すような苦い顔をしてクリスに告げる。
「言いですか?無口な聖女様であればその心配はないかもしれませんが、貴女は私達が許可をした時以外喋ってはいけません。勿論暴れるなんてもってのほか。
これから私達は仲間達と合流しますが、貴女が何かしらの抵抗を行ってそこに辿り着くのが遅れた場合、1分につき1人ずつ事前に捉えていた子供達を殺します」
どこかお通夜のような沈鬱な面持ちで話す青年。クリスにはその意味がよく飲み込めない。
「いいですね?貴女が聖法と呼ばれている技術を納めていることは知っています。
手錠をされた上で使えるとは思いませんが、勿論それを使ってもいけません。
二度は言いませんよ。痛いのは嫌でしょう?大人しく従ってくださいね」
「……」
ようやく合点がいったのか無言のまま硬直するクリス。ギルド員の男に肩を叩かれることでようやくクリスの世界に色が戻ってきた。
……そっか……僕は攫われたんだ……
両手首に付けられた手錠は重く、クリスから余裕を奪う。
……嫌だな……
魔装を纏っているおかげで多少乱暴に扱われようが肉体的な痛みは一切ない。でも、それでもクリスは辛かった。
……僕はどうしたらいいんだろう……?
正直に魔法を使えば、なんの苦もなく二人を捕らえることはできるだろう。でも本当に人質がいるというのならそれは悪手以外のなにものでもない。
……忘れてた……恐いのは魔物だけじゃなかったんだ……
クリスの意識の片隅にものぼらなかったような日陰を、王都の表の大通りからはかなり離れているであろう汚い街の中を、クリスはオドオドしながら歩く。
本当に王都の中なのか眼を疑うような景色が続く中で、クリスは自分よりも小さな子供から大人まで、雑多な人達がそこで暮らしている姿を見た。
「やった!せいこうだぁ!」
「ふたりともかえってきたぞぉ!」
一体どのぐらいの距離を歩いたのだろう。複雑に入り組んだ道を超えて辿りついた先にあったのは、老朽化の進んだ粗末な建物。そこではクリスの眼を疑うような意外な光景が広がっていたのだ。
「……ぇ……」
どこから出てきたのかもわからないような子供たちが、前世の僕のようにボロボロの衣服に身を包んだ子供たちが、純粋な笑顔を浮かべて僕の横を走って回る。
「……!?」
その子達の背を追うように後ろを向けば、あの冷たかったギルド員までもが満面の笑みを浮かべているではないか。
「うわぁ~、せいじょさまってきれ〜」
「よくきたね~」
事情をわかっていないような子供達は、和気藹々(わきあいあい)といった体で僕の服の裾を引っ張り、少し歳を重ねた少年達は遠巻きに僕のことを見つめてくるだけで近づいてはこない。
大勢の人達から奇異の視線で見られていた僕ではあったが、不思議と嫌な感じはしなかった。
「皆、もう安心して大丈夫だよ。
作戦は成功したんだ。これで暫く暮らしに困ることはないからね」
いつまでたっても彼らの仲間と思しき大人が姿をあらわすわけでもなければ、人質らしき子供がいるようにも思えないこの状況。小さな男の子が運んできた粗末な木の箱に腰を下ろさせられたクリスは思考する。
……ここはスラム街……僕を攫ってきたこの二人はもしかしてここの人達を助けてあげたかったの……?
ここで生活しているのは魔物との戦争で潰された集落の子供達か、脱走してきた少年兵達か。もしかしたらかつての僕のように、奴隷のような立場で扱われていた者たちだっているかもしれない。
少なくても恵まれない立場の人間なのだろう。
……魔法を使って抵抗しなくて本当によかった……
クリスは心の底からそう思う。この二人がスラムの子供達を救うために僕のことを攫ったんだろうと思えば、なぜだかクリスの心はとても温かくなった。
「……よかった……」
身代金を請求するのか、はたまた反教会派の貴族に売りつけるのか。彼らがやったことは悪いことだけど、でもそれはたぶん善意から来た行動。
もしかしたら彼らは、周りの反対を押し切って奴隷だった前世の僕を魔法と引き合わせてくれた先生のような心境だったのかもしれない。
小さな子供達と戯れるどこか優しそうな顔をした青年。僕が逃げ出さないようにと、僕の手錠に繋いだ鎖をこれでもかと言わんばかりの力を込めて握るギルド員。
小さな子供達に囲まれ揉みくちゃにされながらも、クリスは僅かに微笑んでいたのだ……
下手くそなりに頑張って書いております。長期休暇に入ったので少しでもペースをあげららるように頑張っていきたいです。




