刀を持って……
5話目です。
5月21日現在、何故か文章の消失を確認しました。
iphoneで編集したのが悪かったようで……
うろ覚えで申し訳ありませんが、書き上げるまで少々お待ちくださいorz
5月22日、一応書き上げたので投稿します。
お騒がせして申し訳ありませんでした(・・;)
前世では見たことがないほどに豪華で贅沢な装飾が数多く施された部屋。
その全てがおそらくプロのデザイナーによるものなのだろう、見るものに不快感を抱かせるほどの下品さはなく、そこにはただ上品な雰囲気だけが存在していた。
「当主様、失礼致します」
「うむ。メノトか。
クリスもよく来たな」
まるで僕らが来ることがわかっていたかのようにタイミング良く見ていた何枚もの書類の束から顔を上げたお父さんは常から鋭い視線を僅かに緩ませてこちらを見やる。
「当主様、お嬢様の刀の方が出来上がったと伺ったのですが……」
僕がメノトに連れられて入った部屋は今世の父の書斎。
前世の、僕の短い一生では触れたことがないようなものばかりが並ぶこの部屋はとても魅力的で、何でもないようなものまでが僕の瞳を惹きつけてやまない。
「あぁ、できているぞ」
でも今気にするべきことはそんなことじゃなくて……
「これが今日からクリスの刀だ。
勿論加齢に伴って新調はするつもりだが、うむ、やはり最初の刀というものは特別なものだな」
徐に椅子から立ち上がり僕の方へと歩いてきたお父さんが懐から取り出したのは一本の短い刀。
短いといっても二歳の僕と大して変わらない程度の長さがあるそれには美しい装飾が施されていて、素人の僕にでも一見して価値があることがわかるほどの一品であった。
「……っ!」
しかし前世の刺されて命を失ったせいだろうか?
その一本の美しい短刀を見た僕の背に何とも言えない冷たい怖気が走る。
「メノト、わかっているとは思うが最初は刀に慣れるだけでいい。
口に入れたりするのも刀を知る上では悪いことではないが、そうだな、極力クリスが大きな怪我をしないように目をかけてやってくれ」
そんな僕の様子に気がつくこともなくメノトに話しを振るお父さん。
「はい、当主様。
このメノトの命にかけてお嬢様には傷一つつけさせません」
「うむ。
だがあまり大袈裟なことを言うものではないぞ?
幼いうちに痛みを知っておくのもまた大切なことなのだからな」
見た目の恐いお父さんの前で緊張し、その手に握られた刀を見て戦慄する僕。
だけど、そんな僕を中心にしたままメノトとお父さんの会話は続く。
「はい、ですがやはりクリス様は女性なので極力後に残るような怪我はさせないように気をつけたいと思っているのですが……」
「ふむ…そうか。
そうだな。もし何か必要な物があったらマーチと相談していつでも気兼ねなく言いに来るといい。
出来るだけ便宜をきかせよう」
「仰せのままに」
一礼をしたメノトに満足げに頷いたお父さんはここでようやく僕に向かって話しかけてきた。
「クリスはよく大人しく待っていられたな。
うむ、これがわかるか?
これは刀というとても美しい武器なんだ」
刀について話すその瞬間、お父さんの眼差しが僅かに真剣さを帯びて……
「光を当てれば美しく輝くこれはともすれば一つの芸術品のようにみえるかもしれないが、そうだな……これは所詮は人を、生き物を、敵を殺すための恐ろしい道具でしかないんだ」
お父さんは僕の背丈よりも少し短い程度の短刀を抜いて窓から零れてくる太陽の光に翳す。
鈍く光る刀はまだ血を知らず、ただ、ただ美しかった。
「この刃の煌めきは命を奪う危険な輝き。
酷く美しい反面、使い方を間違えれば必ず己に跳ね返ってくる……」
私はかつて幾人もの剣士達がこの輝きに囚われ、帰ってこれなくなったことを知っている、と何処か悲しげな様子でお父さんは僕に語りかける。
「クリス、今はまだわからないかもしれないが……
そうだな……決して力に溺れてはならない。
そのことだけを覚えておいてくれ。
刀の美しさは常に死と隣り合わせだと」
「……」
死と隣り合わせの美しさ。
前世、凶刃によって亡くなったクリスにはその恐ろしさの一端がわかったように感じた。
「……当主様?」
「あ、あぁ。
これはまだクリスには少し難しい話だったな。
すまないなクリス、メノト」
過去を思い出していたのか、僅かの間だが、虚空を睨んでいたお父さん。
メノトがかけた声によって気を取り直したかのように彼は僕に話しかけてくる。
「まぁ何事も触れてみなければわからないだろう。
ほら、クリス、持てるな?」
しゃがみこみ、出来るだけ僕と目線の高さを近くしたお父さんは、優しく僕の頭を撫で、未だに思った通りに動かない僕の小さな手の上に一本の短刀を置く。
「ほら、お嬢様の刀ですよ?」
僕の手の上に乗った刀は重くて、美しくて、少しだけ鉄臭くて……
とっても綺麗だけど……でも、こ、これは……
「……」
言いようのない不安に顔を上げればそこにはニッコリと鋭い目線を和らげて笑う今世の父がいて、斜め上には淡く微笑むメノトがいて……
……ほ、本当は持ちたくなんかないんだけど……
「クリス、刀はあくまで道具、使い手によって良くも悪くもなる道具なんだ。
だからそう、不安そうな顔をしないでくれ」
喋らない僕の瞳を見たお父さんは一体何をそこに見たのだろう?
優し気に、諭すように僕にそう告げる。
「……」
……これは道具で……使う人によって変わる……
妙にしっくりとくる言葉。
犯罪者が持っている刀と、国民を守る騎士が持っている刀は同じで……でも違うんだ。
なら、僕が持つこの刀は……
コクリと刀を貰ったお礼も兼ねて僕は頷く。
酷く薄っぺらいものだけど、でも、僕は心の中で小さな決意をしていたから。
「お、お嬢様っ!?」
「ク、クリス!
言葉がわかるのか?」
驚く父とメノトには気がつくことはなく、僕は手に持った刀に意識を集中していた……
…………
………
……
…
「父様、これがクリスですか?」
「……」
無言で見上げる僕の前にはきっとまだ5歳ぐらいなのだろう、黒髪黒眼で、どこか父の面影を残した少年がいた。
「ライル、妹のことをこれなんて言っていいわけがないだろう?
ほら、しっかりと謝りなさい」
「ご、ゴメンね……」
恐々と言った様子で僕に近寄り、僕の頬を指でつつくライルと呼ばれた小さな少年。
その行動はきっと無知からくるもので、悪意の欠片すらも感じなかった僕は大人しくされるがままになっていた。
「クリス、いま目の前にいるのがお兄ちゃんのライルだぞ。
会うのはこれが初めてだろうが二人とも仲良くするんだ」
僕の頭を撫で、同じようにライルの肩を叩いたお父さんは優しげな微笑みを浮かべて言う。
「はい!父様!」
大きな声でそれに返事をしたライルは嬉しそうに僕の手を取って笑った。
「父様!クリスは凄く柔らかいのですね!
大事にします!」
「うむ、だがあんまり乱暴に扱ってはいけないぞ?
まだ喋ることだってできないんだ。優しく、丁寧に扱うんだ」
重々しく頷くお父さんに笑うお兄ちゃん。
僕はなんだか少しだけ照れくさくて下を向く。
その様子を微笑まし気に見ていたメノトがそっと口を挟んだ。
「ふふふ、当主様。
せっかくですからお嬢様に刀の扱い方を見せて差し上げてはいかがでしょうか?」
「ふむ……そうだな……」
……刀の扱い方……?
メノトの言葉を聞いたお父さんは僅かに考える素振りを見せて……
「ライル、これから道場に行こうと思うのだが、お前は妹にいいところを見せられるか?」
試すようにまだ5歳にも満たないお兄ちゃんの方を向いてそう言ったのであった。
「お嬢様はここからお兄様の勇姿を観察していましょうね〜」
メノトに抱っこをされて連れて来られた先にあったのはここが本当に家の中なのか疑うほどにとても、とても広い道場。
その端、お父さんやライルから僅かに離れたところで普段の調子に戻ったメノトは僕に向かってそう語りかける。
「……」
……一体何をするんだろう……?
木の良い匂いとひんやりとした冷たさを足の裏で感じながら僕はいつもの如く無言でメノトに返事をする。
僕の背中に括り付けられた鉛の如く重たい刀が自由な行動を阻害していた。
「よし、ライル。
準備はいいか?」
「はい!父様!」
そしてそれから僅か数分後。
お父さんの声と、それに返事をするライルの力強い叫びが道場の中に木霊する。
「お嬢様、はじまりますよ」
メノトの言葉と共にシャキンという高い音が道場の中に響く。
ライルが腰に帯びた真剣を引き抜いたのだ。
……えっ?本物の刀を使って修行をするの……?
「よし!しっかりと集中するんだ!闘気を纏え!」
「はいっ!」
疑問に思う僕をおいてお父さんの声に従って徐々に意識を研ぎ澄ませていくライル。
その体を微弱な魔力の膜が覆うのを僕はハッキリと視認した。
……あ、あれは身体強化の魔法?
それにしてはかなり出力が弱いみたいだけど……
ライルの前にあるのは一体の藁人形。
大の大人ほどもあるそれは、どう考えても身体強化すらろくに出来ない5歳児に斬れるような代物じゃなくて……
「はっ!」
「……っ!?」
だから僕は信じられなかったのだ。
「お嬢様、もしかしてビックリしちゃいましたか?
でも大丈夫ですよ、あれがお嬢様のお兄様の実力なんですから」
意識の端で聞こえたのは僕をあやすようなメノトの声。
ゴトリと上半身を切断されて床に転がる藁人形。
……大したことのない身体強化の魔法だったのに……刀の腕前がいいの……?
魔力を集中させてライルの姿を観察していた僕が見たのはたぶん年齢に似合わない刀の技術。
5歳にして既に人を切り伏せるだけの力を持ったライルの姿に僕はひそかに戦慄していた。
「悪くない、いい太刀筋によく練られた闘気だった。
だがなライル、この切断面をよく見てみるといい」
「……はい」
斬り伏せた藁人形を持ち上げ、その断面に指で触れるお父さん。
「わかるか?まだ少し荒いな?
これはまだ動きに無駄があるということだぞ」
……闘気って……
あの動きで無駄があるの……?
無意識のうちにメノトの服の裾を掴む僕の前でお父さんはスラリと刀を抜く。
「いいかライル。クリスもまだわからないだろうが一応見ておくといい」
お父さんの体が淡くひかり、微弱な魔力がその体を覆う。
「これが闘気だ。
わかるな?
魔物と戦う上ではなくてはならない大切な力で、命とも直結した力の源だ」
「はい!父様!」
そしてお父さんが剣を構え、辺りの空気が一段寒くなる。
「冷静に相手を良く観察しろ。
相手の闘気の流れを見定め、次の動きを予測し……」
半分になった藁人形。
その藁人形に向かってお父さんは徐に刀を向ける。
……ま、魔力は薄いけど……でも、な、なに?この迫力はっ……
「必殺の一撃を叩き込む!」
僕の前でぶれるお父さんの影、宙空をはしる一筋の銀閃。
「わかったか?
いや、わからなくてもいい。
ただ今の動きを念頭において素振りをするんだぞ」
瞬きよりも短い一瞬でキンっという甲高い音と共に鞘に納められる刀。
まるで今斬られたことに気がついたかのようにさらに二等分にされた藁人形が地面に落ちて……
「お嬢様?
大丈夫ですか?」
僕は驚きのあまりメノトに揺すられるまで暫く動けなかったのだ……
…………
………
……
…
金色の満月が全天に輝く深夜。
多くの人々が眠りに付き、静まり返った屋敷の中庭にはなぜか一人の幼女の可愛らしい銀色の影があった。
「…刀……闘気……死ぬのは……嫌……」
考え込むように俯く幼女は小さな声でポツリポツリと独り言を呟き……やがて決心したように面をあげる。
「ふぅ……」
高ぶる心を抑えるかのような深呼吸。
何でもないそんな動作で風も無いのに辺りの草花がザワザワと揺らめいた。
『守る、纏う、絶対の盾』
銀色の少女から突然不思議な響きを持って発せられた不可思議な言葉は中庭に響き、大気の中で反響を繰り返す。
『展開、追従、不可視の障壁』
銀色をした少女のまわりに展開したのは複雑な文様が描かれた魔法陣。
ライルやライネスが闘気と呼んでいたものよりも遥かに濃密で莫大な量の力の渦が中庭の一点に集中する。
『継続、圧縮、身体強化』
輝きを増す魔法陣、回転し、銀色の少女に纏わり付く大気、力の奔流。
風がまるで悲鳴のような声で叫んだ。
『起動、展開、鎧となって我が身を守れ』
淡く発光をはじめる銀色の少女。
彼女は空に浮かぶ満月が霞み、まるでみえなくなるほどにまで際限なく輝きを増して……
「……成…功……」
「何奴っ!?」
クリスの父ライネスが中庭にたどり着いたときにはもう、そこには普段となんら変わらない夜があっただけであった……
すいません、後の話の展開と前の話の展開を読んで思い出しながら書いています。
どうか復旧まで今しばらくお待ちください。
矛盾点など、意味がわからないところが多々あると思います。
ご報告いただければ幸いですm(_ _)m