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無口な天使  作者: ソルモルドア
王立剣術学園
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闘技祭 開催

思っていたよりも色々と目処がたったのでこっそり投稿です。どうかお気に入りが減りませんように……




 


 《大臣ブタ視点》



 窓の外から聞こえる耳障りな金管楽器の高いにワイワイと騒ぐ愚民共のやかましい声。加えて時折宙空から聞こえる爆発音。



「ぐぬぬぬぬ……」



 自らもまたその騒音の原因になっていることに気がつくこともなく汚い唸り声をあげ続ける大臣ブタ。彼は狭い部屋の中、一人で寂しく頭を抱えていた。



「うぬぬ、なぜあいつらはこうも能天気にっ……」



 彼が前にしているのは大量の、それこそ山のように積み上げられた嘆願書。常人が処理をしようと思ったら一月ひとつき二月ふたつきは徹夜を覚悟して働かなければならないであろうそれは、主に地方を治めている領主達から寄せられたもの。



「くそっ、こんなもの……」



 思わず破きそうになった嘆願書に書かれていたのは娘を勇者とお見合いさせたいなどといった忌々しい内容のもの。


徴税ができず領地経営がままならないというものやら、魔物の侵入が増えており荒廃しつつある領土の立て直しなどであればまだしも、お見合いの相談やら日程決めなどを取り継ぐほど大臣ブタは暇でなければ優しくもない。



「一体私にどうしろというのだっ……いや、それよりもなぜ私には縁談の一つも来ない……」



 勇者召喚に成功したことで気を大きくした我が王に城壁を建造、増築するようにと進言し鼻で笑われ一蹴いっしゅうされたのはつい先日のこと。勇者さえいればもはや国の防備に金を使う必要はないと軍費を削減する構えすらをも見せる我が王は、きっとこれ以上の騎士や兵士の増員などの案件にも首を縦に振ることはないだろう。



「あぁ、なんて忌々しい。こんな時に祭りなんぞをおこないおってからに……」



 王宮の中でも比較的高い位置にある彼の執務室。そこから窓を通して見える青く美しい空。それを背景バックに聖法とやらで描かれた花は確かに一見の価値はある。だが描かれるはたから消えていくそれは間違いなく刹那的なもの。



「ぐぬぬぬぬ……」



 意図せずして漏れる唸り声。


 勇者から魔物達の王と通じているのではないかという謎の嫌疑をかけられ、税金の横領を疑われ、つい先ほど危うく処分されそうになったばかりの大臣。


 彼からしてみれば謎の教義を語る教会やら青い空のような透き通った瞳をした勇者の方が気味が悪く、それらが関わっているもの全てがことごとく憎く感じられていた。そもそもあやつらが寄付と称して大量の税金を持っていかなければまだ余裕があったのだっ……



「秘密裏に、せめて食糧の備蓄だけでも……」



 切羽詰まった大臣は一枚の命令書を取り出してコソコソと何やら書き始める。


 おそらく南の穀倉地帯が魔物の群れに飲み込まれるのもそう遠いことではないだろう。これは我が王の信頼を裏切ってしまっているようなことでとても心苦しいことだが、それでもやはり今のうちにせめて食糧だけは平時の倍ほどに蓄えておきたい。



「ふぅ……」



 あっという間に書き終えた書類を見直して天井を仰いだ有能な大臣はきっとこのような国にいるべき人材ではないのだろう。だが、この世界において存在する国は王国一つだけ。


 悲しいかな、有能な彼は逃げるところもなければ使える主を変えることもできない。そう、良くも悪くも王国と彼らは一心同体なのだ……








 ………………


 《クリス視点》








 ヒュルルルルル~ポンッ!



 どこか気が抜けたような音と共に空中で爆発した小さな球体が青空に小さな花を幾つも咲かせる。それは前世では確か花火と呼ばれていたもので、今生においてはつたないながらに僕と教皇で開発したものだ。



「ふむむ、なかなかどうして悪くない出来じゃないか」



 円形の闘技場。目一杯めいっぱいに詰めかけた観客達。その全てから見える位置に立った教皇は多少予想とは違ったもののまぁこんなものだろうなどど呟いて満足気に頷く。


 そう、もう既に時は流れて月末。ライルとリョウが参加することになっている闘技祭なるものが開催されてしまっていたのだ。



「クリス、これは君の協力無しにはきっとできなかった演出だよ。ありがとう」


「……お互い、さま……」


「ふふふ、そう言ってくれると私も嬉しいかな。だがこれほどまでに美しいものを見たのは随分と久しぶりだよ」



 空の青をキャンパスの下地にして描かれたカラフルな花はとても美しく、多くの人達の目と心を奪う。たぶんこの時代においてこんな試みは今まで試されたことすらもなかったのだろう。



「やはり素晴らしい発想だな。うむ、クリスは教会にとっても、王国にとっても重要な人材だ」


「……ありがと……」



 手放しで褒めてくる教皇に少しだけ恥ずかしくなった僕は俯く。


 だがこのニッコリと僕に微笑みかけてくる教皇は本当に本心からそう思っているのだろうか?


 長い間一緒に暮らしていた僕でもこの人の考えていることはやっぱりわからない。少なからず浅くない縁は、絆はあると思うのだが、結局のところ僕だけがそう思っているだけのような気もするのだ。



「うむ、ではそろそろ始めようか」



 僕のお礼の言葉を聞いた教皇は再び満足げに笑うと、おもむろにあげた綺麗な指先でしなやかに宙空に魔法陣をえがき始める。



『振動、拡散、我が声を伝えよ』



 詠唱に従って大気が僅かに歪む。教皇にとっても使い慣れた魔法、拡声の効果を持った聖法はその効果をたがうことなく十全に発揮しているようであった。



「親愛なる兄弟姉妹の皆、今日はこうして集まってくれてありがとう。随分と多くの人達が集まってくれているようで私はとても嬉しく思っているよ」



 そして語られる定型分。各地を一緒に遊説ゆうぜいしていたクリスにとってはもう幾度となく聞いたフレーズだ。



「とはいえ今日は無粋な話しをするつもりは一切ない。そう、今、私は神と私の名の下に第一回闘技祭を開催を宣言しよう!」


「「「おおぉぉおおおおお!!」」」



 割れんばかりの拍手と歓声。ギルド員や王国兵の多くは警備のものを残して戦線の維持に出払っているのか、それらしき姿をあまり確認することはできなかったが、やはり娯楽の少ない平民達にとっては数少ない大きなイベントなのだろう。その期待は非常に大きなものであった。



「……凄い……」



 僕は教皇の横でなるべく小さくなる。そう、今日の主役は僕ではないのだ。ならば目立つ必要は全く、これっぽっちもない。



「ではクリス、私達もそろそろ下がろうか」



 僕はそう言って堂々と歩き去る教皇の後ろについてそそくさと会場を後にする。


 このあと予定では確か学園の生徒達の出し物に続いて勇者様やライル達の試合と続いたはず。



 ……何も起きないで終わればいいんだけど……



 事前にお父さんから言い含められたせいか神経質になっているのだろう、辺りに悪い気配がないことをこっそりと確認した僕は人知れず詰めていた息を吐いたのであった……








 …………

 ………

 ……

 …








「……ライル……」


「クリス、別にそんなに心配しなくても大丈夫だよ」



 場所は選手控え室。貴族だからだろうか、それとも純粋に参加する選手が少ないからなのだろうか。リョウとライルに会いに来た僕は別段他の選手に絡まれることもなく彼らの体調を調べることができた。



 ちなみに勿論結果は良好で、毒を盛られたようでもなければ、傷つけられたような後もーーこれは修行の時についたものと見分けがつきにくいがーー大事に至りそうなものは一切存在しなかった。



「クリス、父様に言われたことを気にしているのかい?」


「……ううん……」



 少しだけ気遣わしげに問いかけられたライルの疑問に僕は首を振って答えを返す。


 確かにわざわざ魔法的な検査で体の異常を探したことにお父さんから言われたことが関与してないといえば嘘になる。だがやっぱり純粋に僕がライルのことを心配に思ったのも大きかったのだ。



「ライル、おめぇは兄想いのいい妹をもったな」



 僕の拙い言葉でもきっと思いは伝わったのだろう。



「ふふふ、クリスありがとう」


「……うん……」



 茶化すようなリョウの言葉にも動じないで少し赤い顔をしながらお礼を言ってきたライルに僕は頷きを返す。


 幼い頃からこんな僕にも優しくしてくれたライルはイリスのこともあって少し歪んでいるのかもしれない。でも、生きている間に歪まない人なんていないのだ。


 だからそれも含めて僕はライル受け入れる。彼は前世持ちの僕にとっても頼り甲斐があって優しい兄。少しは恩返しがしたかった。



「んっ?そろそろ一年生の出し物が終わった頃か?」



 リョウの言葉と共に扉を経て外から聞こえてきたのは万雷の拍手。王立剣術学園の生徒達が学年ごとの出し物で場を盛り上げているのだろう。



「そうみたいだね。っと、そういえば僕たちのクラスはたしか演奏だったと思うんだけどクリス達のクラスの出し物は何になったんだい?」


「……」



 未だに鳴り止まない拍手をぼんやりと聞きながら僕は記憶を辿る。自分が参加してないことであれば思い出すのも容易たやすいことじゃない。



「……確か…….組み、体操……」



 僕の言葉に一瞬だけ顔を見合わせたリョウとライルは少しだけ微笑んで言った。



「クリスが出ないのは残念だけど、でも中々面白そうじゃないか」


「でもよぉ……なんともまぁ闘技祭って名前負けしてるよなぁ……」



 微笑ましいものをみるようなライルに少しだけ呆れた様子のリョウ。



「……うん……」



 まるで緊張している様子のない二人を見ていて僕も少しだけ微笑みを漏らす。普段と違った、慣れない環境で知らないうちに張り詰めていた緊張が楽になったのであった……








 ………………


 《イリス視点》









 扉を隔てて聞こえる割れんばかりの大歓声。何度目かのそれを聞いたボクはそろそろ出番が近いことを知る。



「まさかまさか銀の操者様は緊張していらっしゃるのかな?」


「……」



 ボクに向かって少し皮肉気な笑みを浮かべて話しかけてくるのはどこかの貴族のなんだか偉そうな息子。


 この日のために前線から呼び戻され、わざわざこの大会に出場するというぐらいなのだから、その腕前はきっと貴族を代表する程度には高いのだろう。



 ……まぁそんなに強そうには見えないけどね……



 無言のボクは内心でそう呟く。感じ取れる闘気の量こそ確かにそこそこ多そうではあるが、やはりライルや勇者が纏っているような強者のプレッシャーが存在しなかったから。



「いやいや声も出せませんか……まぁ、平民上がりのギルド員がこの状況で落ち着いていられるわけもありませんね」



 名前も知らない貴族の男は自身の獲物、長い棍棒のようなものをポンポンと叩いて嗤う。短い時間とはいえこんな男と同じ待合室になった自身の不幸をボクは呪った。



「おやおや、そろそろですか」



 数回のノックと共に開かれた扉。そこにいた職員の指示でボクらは立ち上がる。



「参加者全員で一度舞台上に上がってもらいますので着いてきてください」


「ふんっ!ふんふんっ!」



 教会の法衣を纏った職員に対して露骨な威嚇いかくをしながら歩く貴族の息子。そんな彼を横目に観察しながらボクはゆっくりと歩く。



 ……大人気ない……貴族が落ちぶれたのも仕方がないことなのかもしれないね……



 誰が見たって嫌な気分になるような行為を何の臆面おくめんもなくやる彼らは、悲しいことだけどやっぱりボクらのことを真っ当な人として、対等な相手として認識してないのだろう。



 ……やっぱり負けたくないな……



 元々嫌々参加した大会ではあったけれど、でもこんな人達に負けたくはない。花を持たせたくもない。


 怨敵ライルが出場して、聖女としてのクリスちゃんが見てくれているというのなら尚更だ。



「……」



 無言で、時折鼻を鳴らしながら歩く男と一緒のボクらは狭い通路の先に見える光に向かってあゆみを進める。



 ……頑張ろう……



 懐にクリスちゃんから貰った短刀はなく、腰から下げた細い剣は刃を潰した慣れない模造剣。



「いいハンデだっ!」



 その頼りない柄を一度だけ握りしめたボクは強い決心と共に光の中に足を踏み入れた……



いつも読んでいただき本当にありがとうございますm(_ _)m

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