対立
「お前は……」
いきなり飛び出した僕を前にして一瞬だけ驚いたような顔をした勇者様は即座に虚空に視線をうつす。僅かな逡巡の間に一体何を考えたのだろうか?一つ大きく頷いた勇者様はまるで貼り付けたような笑みをその端正な顔に浮かべて言った。
「嬉しいよクリス、俺に会いに来てくれるだなんて」
「……?」
一体何を言っているのだろう。多くの生徒達が集まっている校庭の中心、僕は疑問に思いながらもライルを後ろに庇うようにして立ち、無言で微笑む勇者様と眼を合わせ続ける。
……やっぱり……
綺麗な碧眼を通して微笑む勇者様から感じたのは濃密な魔力の気配。信じられない、信じたくないことだけど僕の魔装が今も絶え間なくゴリゴリとかなりの勢いで削れていることからも、もう勇者様がかつての教皇と同じように何らかの眼に見えない攻撃を、精神汚染を僕に行おうとしているということは明らかであった。
「……ラ、ライル、悪く、ない……」
でも今はそんなことを言ったって仕方が無い。証明する方法もなければ何の証拠もないのだから。
「……もう、やめて……」
僕は震える体で勇者様と辺りを囲むようにして群がる上級生に向かって懇願する。何よりもまず僕はライルを助けてあげたかったのだ。
「……へ?」
聞き取れなかったのだろうか?それとも意味がわからなかったのだろうか?僕の言葉を聞いて不審そうに、少しだけ困ったような表情を勇者様は浮かべた。
「……あれ?俺のスキルがはつ……」
「……クリスありがとう。でも無理しなくてもいいんだ。ほら、こんなに震えて……やっぱり恐かったんだろう?
もう下がってて大丈夫。僕は全然平気だからね」
後ろから僕の肩に優しく手を置いたライルは僕がいきなり出てきたことに驚いたのだろう、ほんの少し戸惑ったような口調で、でもどこか嬉しそうにそう言う。
肩に優しくおかれたライルの手は温かく、いつものように僕の心の緊張を優しく解してくれた……
「……ううん……」
でも僕は普段のようにライルの後ろに隠れたりはしない。僕は首を振り、肩におかれたライルの手を取って無理をしないでと伝える。一人で大勢の人から敵意を、暴言を浴びせられるのが辛いっていうのは僕が一番良く知っていることだから。
「……ライル、一人、じゃない……」
今も僕とライルに向かって悪言雑言の限りを尽くす勇者様の周りの女の子達。一人で受け止めきれないほどに凝り固まった悪意でも……
……大丈夫、二人ならきっと耐えられる……
「いやぁクリス!よく言った!
それに比べてライル!おめぇは元気がねぇぞ!」
「……?」
「リョウ?」
突如として僕の頭を何か大きな手のような無骨なものがグリグリと撫で回す。ライルとは違って荒々しいその感覚に眼を細めて斜め右上を見上げればそこにいたのはユーリのお兄さんで戸籍上は僕の義兄にもあたるリョウ。二刀の刀を腰に挿した長身でガタイの良い青年を僕は揺れる視界の中に発見したのだ。
「わりぃなぁ!他人の喧嘩に口を突っ込むってぇのが無粋だっていうのは百も承知なんだがよ、いくら俺でもそろそろ見過ごせねぇ!
ノリヒコだったか?てめぇ、転入して幾日も経たないうちから俺の義兄弟に難癖つけるとはぁいい度胸じゃねぇか!」
「あ゛?誰だてめぇ」
来るなり喧嘩腰のリョウと僕らと話していた時とは打って変わって物騒な雰囲気を醸し出す勇者様。
お互いに目を合わせた瞬間からきっともう相容れない関係だと認識したのだろう。瞬時に二人とも殺気立ち、今にも刀を、剣を抜かんばかりの姿勢に移行する。
「ワ、ワイもアカンと思ってるでぇ……」
長い槍を背負って小さくコソコソと出てきたグレンはふと横を見た僕と目が合う少し罰が悪そうに笑う。
「クリスもべっぴんになってんなぁ、どない?今度ご飯せやけど一緒に行かへん?」
「グレン、僕の妹に……」
「ほ、本気にしぃなやライル、冗談そやかて」
リョウや勇者様に負けるとも劣らない殺気のようなものを噴き出したはじめたライルに冷や汗をかきながらもグレンは弁解する。でもなんだかんだで彼はライルの緊張をほぐそうとしているのかもしれない。僕は殺伐とした校庭の中で仲の良さそうな二人を見てなんとなく安心したのだ……
「クリスちゃん……」
多くの生徒達の間に隠れるようにしてどこか悲しげな瞳をクリスに向ける少女。かつて自分を虐げていたような人達とクリスが仲良くしているのを見て彼女は一体何を思ったのであろう。
結局リョウと勇者様を中心にした僕らと女の子達との睨み合いは先生達が止めに入るまで続いたのであった……
【リョウ・アズラエル(旧名:リョウ・ディグリー・エペイスト):15歳:♂
職業:王立剣術学生
出身:名誉貴族エペイスト家が長子(内乱の際に取り潰し)
Level:28
力:84
身の守り:65
素早さ:75
加護:???
スキル:???
特記事項:養子、二刀流、6年生】▲
…………
………
……
…
「クリス様、大丈夫ですか?」
「……大丈夫……」
久しぶりに帰ってきた寮の部屋。椅子に座ってマッタリとしている僕の顔を覗き込んできたユーリちゃんに僕は心配しなくても大丈夫だよという意志を込めて微笑みを返す。
「……むぅ」
だがそんな僕の意志はうまく伝わらなかったようで、不満そうな顔をしたユーリちゃんはその可愛らしい顔を膨らませて言った。
「食堂で兄に聞いた時もクリス様と同じ事を言っていたのですよ。でもこれだとなんだかあたしだけ除け者みたいで嫌な気分なのです」
「……えっ、いや……」
一体どう答えるべきだったのだろう。説明する言葉を探し、結局いい言葉が見つからなかった僕は口を開いたまま固まって……
「はいです」
「……?」
いきなり口の中にひろがる甘い感触に僕はびっくりして眼を見開く。そんな様子を見てフフフとユーリちゃんは笑った。
「あたしはクリス様が憂鬱な顔をしているを見るのが嫌なのですよ。後はあたしが知らないことなのに馬鹿な兄が知っていて、しかもそれに関わっているっていうのもと~っても嫌なのです」
ポイっと口の中に投げ込まれたのはたぶんイチゴ味の飴。甘く、疲れや不安を取り除いてくれるそれを僕はぺろぺろと舐めながらユーリちゃんの話しに耳を傾ける。
「でもきっとあの馬鹿兄が教えてくれなかったってことは穏やかなことじゃないんです。だからあたしは聞かないんですけど……」
ユーリちゃんは僕と目を合わせていった。
「もしクリス様が悲しむようなことになったらあたしは馬鹿兄を許さないのです。あたしはいつでもクリス様の味方ですから何かあった遠慮なく相談するのですよ」
「……ユーリ、ちゃん……」
クリスの知るところではないがその言葉はかつてイリスが教会の上で呟いていた言葉と図らずして酷似していた。心が温かくなる一言であった。
「……ありがと……」
時刻は深夜。
太陽が沈んでから既に数刻の時が経ち、鳥ですらも寝静まった夜はとても静かに更けていく。
しかしそんな中、半月の淡い月光を受けて銀色に輝く小さな少女がとある部屋の窓の前、バルコニーの手すりの上に立っていた。
およそ人が立つところではなく、落ちれば打ち所が悪くなくともまず死は免れないであろうほどの高さにあるバルコニー。そんなところに無言で佇む彼女は自殺志願者か、あるいは暗殺者か……いや、それらはきっと全て違うのであろう。
その少女の髪と同じように美しく輝く銀色の瞳には悲しみや絶望、諦観といった負の感情の一切が浮かんでいないのだから。
「……」
まるで月の化身のように美しい彼女が無言で顔の前で左手を振ればその細くたおやかな指先に沿って銀色の光の粒子が噴き上がる。その銀色の粒子は何故か仮面の形を描き……一体どこから出てきたのだろう、不思議なことに次の瞬間には美しい彼女には相応しくないほどに不気味な仮面が手元には顕現していたのだ。
「……僕、幸せ……」
徐に不気味な白い仮面で美しい素顔を隠した彼女はまるで誰かに語りかけるように、自分に言い聞かせるかのようにポツリと独り言を漏らす。小さな鈴を鳴らしたときにでるような透明感のある声が途切れ途切れに仮面の下から発せられた。
……学校は少し疲れるけど……今日は喧嘩をしちゃったけど……でも、それでも色んな人がいて楽しいよ……
美しく、小さな彼女は神聖な空気をそのままに天を仰ぐ。
……最近は少し勇者様が恐いけど……でも、たぶん勇者様は僕たちの力になってくれるから……
「……イリス、は、幸せ……?」
同じ月を彼女も見ているのだろうか?いや、きっと僕に似た彼女なら見ているのだろう。
問うた言葉に勿論返事は無いが、でも、それでも銀色に輝く彼女は仮面の下で満足気に淡く微笑んだようにも見えた。
「……そう……」
暫くの間の後にクリスは一度だけ寮の部屋の中、寝ているユーリちゃんとウサギの人形ウサたんのことを一瞥し、頷く。
身長に比べると少し長いようにも見える一本の長刀を担いだ彼女は僅かな集中の後に輝く魔法陣を展開しその小さな背中から光の翼を生やす。
「……うん……」
バサリと勢いよく広がるクリスよりも遥かに巨大で荘厳な光の二枚羽。キラキラと舞い散る美しい銀の粒子が辺りを白く染め、夜の清く澄み切った風が噴き上がったと思った次の瞬間にはもう彼女は眼下にある通学路へと躊躇うことなくその小さな身を躍らせていた。
「……」
もう幾度となく聞いた風切り音。それをBGMに降下をしながらクリスは冷静に状況を把握する。
……北西、邪悪な気配が集まってる……
この物騒なご時勢ならば勇者ではないクリスにも出来ることは多い。聖女としてではなくとも黒衣に身を包み銀色の羽を生やした天使として救える人だってそれこそ数えられないほどにいる。だから……
「……僕、頑張る……」
力の篭った、強い意志を持った銀の瞳はもう血に汚れたところでその輝きを弱めることは無い。それは女神様のために。何よりも守りたい家族と友達のために頑張る理由があるから。
北の空、銀色の残滓を撒き散らしながら闇夜を飛翔していく少女の影はあっという間に小さくなって視界から消えた……
………………
《教皇視点》
「ふむ……」
学校側に待機させている勇者と聖女の護衛達からの細かい報告を聞いた教皇は最近少し白髪が増えてきたようにも感じる毛髪を撫でつけ思考する。
「勇者とライルか……」
どことなく浮かない表情に気のない声。
だがそれも仕方が無いことだろう、ようやく一段落できたというタイミングで至急考えなくてはいけない案件が出来てしまったのだ。しかもその内容が聖女と並んで国民の希望の星とも言える勇者と、刀の貴族はじまって以来の天才児といわれる少年についてであれば尚更のことであろう。
どちらも王都に住んでいれば一度や二度とは言わずに頻繁に名前を聞くような有名な人物であり、おそらく知らない人間はいないとまで言っても過言ではないのだから。
……できればどちらにも頑張って欲しいのだがな……
王国の情勢があまり芳しいものでなければ心の底から教皇はそう思う。時折現れる謎の天使が崩れかけた戦線を立て直してくれるからといって、勇者がいるからといって、国のトップに位置する者達がそんな不確かな個人に頼り切るわけにもいかないのだ。
「ふむ……」
一番良いのはお互いに良きライバルとなって鎬を削り合い、切磋琢磨してくれることなのだが現実というものは得てして非情なものだ。部下からの報告によるとそうなる可能性は限りなく低く、このままではお互いに潰しあうような事態にも発展しかねないとのこと。実際今日も転入数日目という早い段階にして既にかなり際どいラインまでいってしまったらしい。
……潰しあうならばいっそのこと片方に絞る……むしろこちらから積極的に間引くべきなのか……?
教皇の頭を過ぎったのは『船頭多くして船、山に登る』というかつての故人が残した格言。
幸いにして王国の中には勇者や天才剣士ライル以外にも銀の操者などと言った巷でも有名になるほどに力を持った人間はことのほか多い。自分や聖女、現役で活躍する貴族達を含めれば先導者は十分いると言っても過言ではない。
「どちらかを切ることになっても大した痛手にはならないか……?」
教会の威光は既に並び立つものがないほどに高く、今更王族を含めた貴族が束になったところで比肩するもでもない。ならばいっそのこと勇者が言っていたことを信じて従ってみるのも悪くはないのか?
「……誰か!
私はこれから王の下へと行く。謁見の用意を」
「はっ!わ、わかりました!」
どんなに迷っていたとはしても一度決断を下せばそれからの行動は早い。手を打ち鳴らした教皇の要請に応えた数人の聖職者達。彼らが慌しく準備をしているその様子を満足気に眺めながら教皇は頭の中で今後の展開を予測し計算をしていたのであった。
既に自分の思考が勇者によって侵されてきているということにも気がつかずに……
あと何話か投稿をしたところで少し更新停止が入るかもしれません(´・_・`)
どうにも忙しい時期でして……もしここまでこんな駄作に付き合って読んでくださっている方がいましたら、どうぞお許しください(>人<;)




