ミーハーな女の子
二時間目と三時間目の間。少しだけ長めの休み時間。
なぜかいつの間にか文民ーー武器を持たず、将来官僚になるためのコースーーへと編入をさせられていた僕のもとに一人の少女がやってくる。
「クリスさん、今日は例のあの方が木刀を振られているそうですの。もし良かったら一緒に見に参りませんこと?」
多くの人達がお喋りをしていたり次の授業のための予習をしている教室の中。小声で僕に向かってそう言うのは可愛らしく頬を朱に染めたソプラノで、例の方というのは十中八九勇者様のことなのだろう。
格好の良い勇者様は転入してから一週間とたたずに学園内でも知らない人がいないというぐらいには有名になっていて、勇者であるということまでは知られていないものの王様の隠し子であるとか、イスラフェル家の行方不明になっていた長子なのではないか、といった憶測が多数飛び交うまでになっていたのだ。
「勿論いいですわよね?
この機会を逃してしまっては上級生の教室にまで行かないと会えなくなってしまうんですから」
「……う、うん……」
勇者様のことが好きで好きで仕方が無いといった様子のソプラノに僕は内心で辟易としながらも頷き、手を引っ張ってくる彼女に続いてヨロヨロと歩を進める。次の授業は前世からずーっと僕が苦手な数学の授業なのだが、今はそれまでに戻ってこられるかがとても心配であった。
「あぁ天使っ!そんな悪魔に着いていかないで僕と一緒におはなっ……い、行かないでくれぇ〜」
なんだか後ろで誰かが叫んでいるようだったけれど、ソプラノにがっちりと手を掴まれ、いつの間にか小走りになっていた僕にはどうしようもなかったのだ……
「ほら、クリスさん!あそこにいらっしゃるのが勇者様ですわ!」
テンションの高いソプラノに導かれて辿り着いた先は校庭の端の方にある藪の中。高い木々の裏側で陽の光が当たらなければ暗くてジメジメとしており、お世辞にも居心地が良いとは言い難い。
「あぁ、太陽の光を受けてサンサンと輝く金髪、それにあの太刀筋。やっぱり勇者様。救世主というだけのことはありますわ……」
あたりに僕以外の誰もいないということを確認してから勇者様という名前を出し、ウットリとした瞳で元から高かったテンションをさらに上げていくソプラノ。
「ほら!クリスさんもしっかりと刮目して!
あぁ、あの取り巻きの人達がとっても邪魔!わ、私の勇者様にあんなに近づいてっ……
で、でもここで出来る限り勇者様成分を補給しておかないと午後からへばってしまいますし……」
「……そう……」
僕は内心で首を傾げながらもソプラノの意見にとりあえず頷く。
……確かに太陽の下で輝く金髪が綺麗だとは思うけど……でも僕としては黒の方が落ち着いていていい気もするし……
……それにあのぐらいの太刀筋だったらお兄さんのライルとかリョウとかの方が全然鋭い気がするんだけどなぁ……
多くの女の子達に囲まれながら笑顔で剣を振るう勇者様。それを無言で、まさに目を皿のようにというのが相応しいほどに集中して見つめるソプラノ。彼女はきっと僕には見切れないような匠の技を勇者様の剣技の中に見出しているのだろう。真剣な表情をした彼女の横で僕はこっそりライルやリョウの姿を探すことにした。
……ええっと……将来官僚とかじゃなくてお父さんみたいに戦場に行くことになっているライル達もたぶんこの辺りにいるはずなんだけど……
今更な説明だが僕のような文民クラスの生徒達と将来戦場にでることになる生徒達では受ける授業がかなり違うのだ。同じ学年であれば普通に同じ教室で授業やHRをするといったことも勿論あるのだが、別々の教室に移動することも多く、学年が上がれば上がるほどその接点は少なくなる。
……あっ!いた……!
そんなことを考えている間に強化した瞳で僕が捉えたのはリョウと槍の貴族の長男であるグレンと一緒に何かを話しているライルの姿。残念なことに刀を振っているわけではなかったようで、その綺麗な太刀筋を勇者様のものと比較することは勿論、見て楽しむこともできなかった。
「あら?あの方は一体何を……」
「……えっ……?」
突如としてソプラノから噴き出る不穏な空気。ビックリした僕が恐る恐る勇者様の方へと目を戻せばそこではどうやら口論が起きているようだった。
「人の……取る………て……よくもやってくれたなっ!」
聞こえてきたのは怒りに満ちた途切れ途切れの言葉。常時魔装によって強化されているクリスですら上手く聞き取れない言葉であればソプラノに勿論聞き取れるわけもなく……
「あの人、もしかして私の勇者様に難癖をつけて喧嘩を売っているんでしょうか?
……ええ、き、きっとそうですわ!な、な、なんて無礼な……」
「……えっ?……ぁ、ま、待って……」
僕が止める間も無くソプラノは怒りのままに藪の中から走り出てしまったのだ。
「……」
……どうしよう……?
一人藪の中に取り残されて困った僕は無言で天を仰ぐ。
既に三時間目の授業は始まっていた……
………………
《イリス視点》
着なれない制服に頼りないスカート姿。普段使っている剣よりは幾分か細く強度の落ちた細剣を腰に、随分と昔にクリスちゃんから貰った短剣は懐に。
僅かに緊張し、ともすれば竦みそうになる足を叱咤してボクは口を開く。この程度初めて戦場に出たときの事や、誰かの命を預からなくちゃいけなくなった時に比べれば全然大したことなんてないのだ。
「ボ、ボクの名前はリス・アメンバー。
国からの補助金で今年の一年だけですが学園でお世話になることになりました。み、短い間だけですけどよろしくお願いします!」
「……」
これで勇者を含めた護衛対象の人達の後、最後にボクの偽名を使った自己紹介が終わったのだが……でも悲しいかな。最初に自己紹介をした勇者のインパクトが強かったからか、その後に続いた貴族の人達の自己紹介の方が気合が入っていたからか、誰もボクのことなんか興味がないようでクラスにいる誰一人としてボクに拍手一つすらしてくれなかったのだ。
……ま、まぁ目立たないっていうのはたぶんいいことなんだけどね……
少しだけ悲しかった。内心では人気者になれたりしないかな、なんてほんの少し期待してもいたんだけど……でも残念なことに出だしはあんまり上手くいかなかったようだ。
「……あっ、み、皆自己紹介が終わったのね?
な、ならえ〜っと、そうね……はい!みなさんは一番後ろの空いた席に座ってくれますか?」
「わかりました」
迷うことなく了承の返事をして颯爽と肩で風を切るようにして窓際の机へと向かう勇者。ボク以外の女の子達は彼の隣の席へとつこうと必死で争っているのが傍目にもわかった。なんでそんなにみんな勇者の隣に行きたがるのだろう?
……う~ん確かにカッコいいって思わないわけじゃないんだけどさ……でも、なんだかあんまり好きな雰囲気じゃないんだよね……
このような気持ちになることを生理的に合わないというのだろうか?
ボクを捨てた実家、イスラフェル家のもつ特徴的な容姿と酷似した容姿をした勇者とあったのはこれでたぶん二度目になるのだが、どうも彼の瞳から嫌なものを、何かを見透かされているような不快感を感じるのだ。
ついさっき教室の前でもなんだか同情の眼差しを向けられているような気がしたというのも記憶に新しい。
……う〜ん……もしかしたら自意識過剰ってやつなのかな……
同年代の子供達を意識しすぎているのだろうか?やっぱり初めての学校、慣れない環境で知らない人達に囲まれて少し緊張しているのだろうか?
……とりあえず気を引き締めなくちゃ……
自分の中で一応の結論を出したボクはヒラヒラとしたスカートの裾を握りつつ極力気配を薄くして辺りの様子を探る。勇者を含めた護衛対象に敵意を持った人間が近づいていないかどうかを探すのだ。
「……?」
そしてさして広くもない一般的な教室。少しだけ前方に感じたのはなぜか不快感を抱くような、ザラついた嫌な気配。
「起立!」
ボクはその声を聞いてようやく気がつく。
あぁ、そうだよ。やっぱりいるんだよね……うん、あれがたぶんライルでその横に座っているのがグレンか……
幼少期、最後に見た時に比べると遥かに大きくなった彼らはきっと恵まれた環境で過ごしてきたのだろう。多くの平民を見下してノウノウと生きているのだろう。
クリスちゃんのように綺麗で優しい貴族なんて滅多にいないのだから。
「礼!」
「っ……」
優等生ぶった態度で号令をかけるライルの態度にほんの僅かに殺意が漏れる。幼い頃に受けた心の傷は歳を経るごとにむしろ深く、もう修復できないほどになっていたのかもしれない。
……ダメッ、抑えなくちゃ……ボクは仕事で来てるんだから……流されない……
何かに気がついたかのように刀の柄に片手を当てて険しい顔で辺りを見渡すライル。幼少期から神童と言われていた彼の実力は、危機察知能力は未だに健在のようであった。
「……」
ボクは震える手を押さえて気配をさらに薄く、誰にも見つけられないように辺りと極力同化させる。
そんなボクのことを面白いものを見つけたような、興味深そうな眼で見つめる勇者に気がつくこともなく……
【イリス・ノール・イスラフェル(偽名:リス・アメンバー):15歳:♀
職業:ギルド員、銀の操者、学生
出身:剣の貴族イスラフェル家
Level:55
力:115
身の守り:35
素早さ:135
加護:???
スキル:???
特記事項:貧乳、捨て子、6年生】▲
誤字脱字、意味不明なところが多々あると思います。もしよろしければ報告していただけると嬉しいです!




