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無口な天使  作者: ソルモルドア
王立剣術学園
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浮ついた雰囲気

新章になります!




 


 勇者召喚の儀式の段取りや事後対応に追われた僕はおよそ2週間ぶりに王立剣術学園の敷居しきいまたぐ。



 窓の外に見えるのは何も変わっていないはずの通学路。もう既に何年も通い慣れたはずの学園へと通じる舗装された道。でもやはり久しぶりの登校だからだろうか、見慣れたはずの景色が少し新鮮で僕は内心でわずかに緊張を覚える。それにどうしてだろう、今日はなんだか僕以外の生徒達もみんなみんなどことなく浮ついているようにも見えた。



「クリス様、どうかしたのですか?」



 豪華ではあってもお世辞にも広いとは言えない馬車の中。僕の横に座って至近距離から顔をのぞき込んでくるのは立場上妹で、一応僕よりも二つ年下のユーリちゃん。直接的な血のつながりは無いけれど、でも可愛らしい彼女はたぶん目に入れたって痛くない。



「……少し、雰囲気……」



 広い校門を通り過ぎ、小さな窓の外にワイワイと騒ぐ幾人かの同級生の姿を確認した僕はそろそろ着く頃かと一本の刀を手に腰を上げる。


 今日で勇者召喚を終えてから既に1週間。一時いちじ枯渇こかつしかけていた魔力も完全に戻り、何が原因かは結局わからなかったもののいつの間にかすり減っていた魔装の修復ももう完璧に終わっていた。やっぱり体を守る防御機構がしっかりしているというのは精神的にも安心できるし気が楽だ。



「う〜ん……あたしも風の噂に聞いただけなんですけど……今日はなんだか新入生が来るらしいのですよ。


 確か王様が優秀な子供を無料で学園に通わせることにしたとかなんとかだったと思うんですけど……」


「……そう、ありがと……」



 僕はワシャワシャとスカートのしわを手で伸ばす少しだけはしたないユーリちゃんを尻目に心中で頷く。勿論それはユーリちゃんの仕草が可愛かったからではなく、教皇が今日から勇者様や公爵家のご令嬢達が学園に通うことになっていると言っていたのを思い出したからだ。



「う〜ん、やっぱり可愛い女の子だと良いですよねっ!」


「……うん…って、え……?」



 咄嗟のことで思わず同意をしてしまったが、生粋の女の子なはずのユーリちゃんから飛び出した不可思議な言葉に僕は首を傾げる。



 ……僕としては優しそうな女の子が一番いいんだけど…でもなんでユーリちゃんまで……?



「あっ!クリス様、大丈夫なのですよ!

 あたしはクリス様一筋なのです!」


「……あ、ありがと……」


「えへへっ」



 なんだか少しだけ身の危険を感じた僕ではあったけど結局よくわからないままにまるで本当の妹のように可愛いユーリちゃんの熱い抱擁ほうようを受けたのであった……








 …………

 ………

 ……

 …









「あらクリスさん、例の件ではお疲れ様でしたわ。

 面会謝絶とのことでお見舞いに行くこともできませんでしたけど……ええ、こうして見る限り体調も悪くなさそうで私も安心しましたわ」


「……久しぶり……」



 久しぶりに辿り着いた4年生の教室、僕の隣の席に座ってニッコリと嬉しそうに笑う彼女の名前はソプラノ・ノール・イスラフェル。剣の貴族、イスラフェル家の次期党首でもある彼女だが、どうやら召喚した勇者様の容姿が明らかに剣の貴族に類するものであったことからここ最近は何かと忙しくなっているようでもあった。



「ええ、そういえば一度だけですが私も勇者様ご本人にお会いすることができましたわ。


 クリスさんは聖女ですし勿論知っているでしょうけど、と〜っても素晴らしい方でしたわよね」


「……う、うん……」



 勇者がクリスによって召喚されたということは詳しい内容までは触れられていないものの既にちまたに知れ渡っており、ソプラノがそう語り始めた時をさかいにまるで教室中が耳をそばだてているかのように静まり返る。



「流れるように美しい金の髪に理知的な碧眼。優しそうな微笑みと紳士の鏡とも言えるあの立ち居振る舞い。


 あれほどまで素晴らしい殿方に会うことができるなんて……あぁ、私は久しぶりに自分の中に流れるこの血筋に感謝をしましたもの」


「……そ、そう……」



 眼をまたたかせほんの少し頬を染めながらソプラノは語る。



「な、なんてことだっ……金色の悪魔ソプラノが人間にっ……い、いや、お、乙女になっているだとっ!?」



 一体どこから現れたのだろう、まるで恋する乙女のようなソプラノの様子を見て僕と共に驚愕きょうがくを露わにしたのはフォルコンという名前の男子生徒。数年前から何の変化もないように見える彼は一応ターニッツ家という子爵家の跡継ぎで、いつも余計なことばかり言ってソプラノにポコポコと叩かれている可哀想な男の子でもある。



「ま、まさか僕の天使も同じ意見だっていうんじゃ……?」


「……う、う〜ん……」



 半分ほど絶望にり固められた瞳でこちらを向いてくる不気味なフォルコンの姿に僕は少しだけ引きながらも曖昧あいまいに頷く。


 正直勇者様自体にそこまでの魅力があるかどうかと言われれば勿論そんなことはないのだけれど、それでも聖女という立場上勇者様を馬鹿にするような発言をできるわけがないのだ。



「「「えっ?」」」



 しかし驚いたのはフォルコンだけではなかった。僕の頷きを見た教室中のいたるところから驚きの声が聞こえてくる。



「て、天使よ……そ、それはまさか本気で言っているのかい……?」


「……た、たぶん、いい人……」


「ううっ…ぐわぁあああーーー」



 謎の剣幕けんまくに押されながらも必死で僕が肯定をすれば、一瞬だけ呆然とし直後に泣きながら崩れ落ちるフォルコン他数名。



「最初からみゃくなんてなかっただろ?」

「諦めな」

「元気だせよ」

「お、俺がお前の彼氏になって慰めてやるよ」


「誰とも知らない馬の骨に僕の天使を持っていかれてしまうだなんてっ……」



 四年の歳月を経ていつの間にか仲良くなっていたのであろうクラスメイト達に慰められながらも未だに彼らは地に伏し続ける。いつの間にかフォルコンの横に立っていたターニッツ家の執事アルフレッドも困ったという顔をしていた。



「クリス様、いつもいつもお坊っちゃまを筆頭にご迷惑をおかけしてしまって……」


「……ううん……ビックリ、した、だけ……」



 申し訳ありませんと言いながら深々と頭を下げてくるアルフレッドに僕は気にしなくていいと告げる。



「天使は今日も白か……どゅふふ、僕としてはたまには違う色のっ」



 いつの間にか床に倒れこむだけでは飽き足らず、鼻から血まで垂れ流していたフォルコンはこの一言をきっかけに結局立てなくなるまでクラスメイト達に殴られていたのだが、どうしてそんなことになったのか僕にはよくわからなかった……








 ………………


 《ライル視点》








「どうぞ、入ってきてください」



 担当教師の言葉と共に勇者を先頭にして入り込んできたのは数人の女生徒達。他人を色眼鏡いろめがねで見るのは決して褒められたことではないのだが、おそらくその中の何人か、もしくは全員が勇者目当てで、ほんの一人か二人が補助金で授業を受けに来た真面目な生徒とやらなのだろう。



「俺の名前はハセガワノリヒコ。気軽にノリヒコって名前で読んでくれると嬉しい。


 あ〜っと使う武器は今のところ剣で趣味は読書とかか?

 まぁなんだ、こんな感じでええっと……まぁよろしく頼む」



 簡潔な自己紹介の後のとってつけたような笑顔。それを見たライルの周りにいる女子生徒や一部の男子生徒の瞳がハートマークに変化した。



「ノ、ノリヒコ君は今まで病弱だったため常識を含めてわからないことが多いと思います。

 も、勿論私も色々教えてあげるけど、そ、そう!皆さんで仲良くしてあげましょうね!!」



 勇者の自己紹介に顔を赤くしながらも補足を入れる女性の教師。その瞳にも漏れなくハートマークが浮かんでいた。



「……」



 では異界より呼び出された勇者様は教師を筆頭に全ての人からおおむね好意的に受け止められたのだろうか?


 いや、天才剣士としての破格の嗅覚のおかげか、はたまたその身に秘めたまだ見ぬ才能故か。ライルを筆頭とした数人の生徒達は目の前に立つ一人の男から危険な匂いを感じ取っていたのだ。



「これは……いや、明らかに洗脳……」



 どこに惚れる要素があったのかわからないレベルの自己紹介に、全くもって鍛えた形跡のない足捌あしさばき。制服を少し着崩しただらしない態度など何処をとって見ても勇者と断ずるのには不安要素しかないように見えたライルは小さく呟く。



「せやな…ワイもこれはももないって思うで……」



 深刻そうなライルの呟きに即座に反応を返したのは槍の貴族ミーカル家が長男にして次期党首でもあるグレン。内乱の時には共に肩を並べ、命をかけて強敵に立ち向かった二人の間にはとてもではないが浅いとは言いがたい絆があった。



「見てみぃ。ちょっとレイスがおんなっトルところなんてワイは初めて見たでぇ……」



 あんなんレイスやないと嘆くグレンの視線の先にいるのは斧の貴族が長女にして次期党首。グレンが密かに……いや、わりとオープンにおもいを寄せている相手でもあるレイスだ。



「異常だな……」



 ライルは深刻そうにそう呟く。


 基本的に誰に対しても高慢こうまんで鼻持ちならない彼女レイスがよりにもよって初対面の相手、勇者ということ以外には一切の素性がわからないような相手に対して好意的に、瞳にハートマークまでもを浮かべているところなんてライルには全く想像することすらできないものだったのだ。グレンの気持ちが全く届いていないことは周知の事実でもあるため別にそのことに対する驚きではない。



「グレン。後でリョウにも伝えようとは思っているんだけど……うん、これはもしかしたら何か大きな事件がおきるかも知れない。


 洗脳の類だったら厄介だし、レイスのことも放っては置けないかもしれないけど今は様子を見るだけにしておこう、いいね?」


「……せやな……ワイも同感や」



 ちょうどライルとグレンの密談が終わったタイミングで勇者を含めた数人の生徒達の自己紹介が全て終わったのだろう。彼らは纏めて教室の後ろに新しく配置された席へとつく。


 幸い真ん中の方の席であったライルやグレンとはそこまで近いわけではない。



「はい、これで一段落つきましたねっ!ですがもう一点連絡事項があります!つい先日、闘技場が完全に再建されたことはもう皆さんも知っていますね?そのことを踏まえて今度この学園全体で何かしらの出し物をおこなうかもしれません。


 まだ詳しい内容や日程は決まっていませんが、決まり次第HRで伝えますので一応念頭に置いておいてくださいね。以上!朝のHRはここまで!


 あっ、ノ、ノリヒコ君は後で私のっ…」


「起立!」



 注意事項を言い終えた思われる女性教師の声に反応して級長でもあるライルは声を張り上げる。ガタリと椅子を引く音と共に生徒達が立ち上がった。



「礼!」



 ライルの号令と共にクラスの生徒全員が壇上に立つ女性教諭に対してキッチリとした礼をする。



「……っ!?」



 だがその際、ほんの一瞬だけ勇者の何もかも見透かすような視線とは別種の、敵意にも似た殺意の篭った視線をライルは察知した。



 ……い、今のは……?



 背筋がぞっとするほどの恨み、長い間溜め込んできた邪悪な感情。思わずライルが硬直してしまうほどの負の気配。



 魔物っ!?いや、僕に気がつかれないほどの使い手がっ……



 腰の刀に手をかけ振り向き、機敏な動作で背後を警戒したライルの瞳に映るのは勇者を取り囲むようにして群がろうとする女の子達。一見すると何の問題も無さそうな平和な光景がそこには広がっているだけで……



「どうかしたん?」


「……いや……ううん、何でもないよ」



 一瞬だけ頭によぎった不穏な気配をしばらくの思考の後に気のせいだと流したライルは教室の最後列で一人俯く白髪の少女に気が付くことも無くグレンと共にリョウのもとへゆっくりと歩を進めたのであった……



今まであまり日の当たることがなかったキャラクターが登場してくるかもしれません。人物紹介を作っていないのでわかりにくいとは思いますが、どうか広い心でお付き合いいただければ幸いですm(_ _)m



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