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無口な天使  作者: ソルモルドア
世界を渡って
50/78

一段落

 


「……えっ?ボクが学園に?」


「ええ、それが王様と教皇様。二人から貴女に名指しでされた依頼の内容ね」



 見慣れた、もう何度も通いなれたベガの部屋。大好きだったマスターの面影がまだ残る執務室の中で疑問符を浮かべるボクに向かってベガは淡々と言う。彼女の表情は少しだけ厳しいものだった。



「もう言わなくてもわかっているとは思うけどこれは断れるレベルの依頼じゃないわ。そうね……もう依頼じゃなくて命令って言い換えた方がいいかもしれないぐらいには強制力があるものと思ってちょうだい」


「い、いきなりすぎるよ……しかも断れないって……」



 疲れているのだろうか?どこか刺々しい様子のベガを気遣いながらもボクは頭を半分ほど仕事用のものへと切り替える。



 ……王様から名指しで命令……しかも学園に通うってことは長期任務……?ボクに、銀の操者に戦いから、一線いっせん退しりぞけってこと……?



 クリスちゃんと会えたことで上がっていたテンションに思わぬ言葉で水を差されたボクは上手く働かない頭でぼんやりと自分の手を見つめる。するとそこには食べ終えたばかりの梨の芯が残っていて……



「はい」


「ゴミ箱はあっちよ」



 それをベガの机の上におけば彼女は露骨に嫌そうな顔をしてゴミ箱の方を指差した。



「……でリス、大丈夫?復活したかしら?ふざけてる場合じゃないのよ?」


「ゔっ……い、意味はわかったよ。でもどうしてそんな依頼がきたのかわからなくってさ……」



 少しバツが悪くなり、何回となく口の中で学園に通うと唱えてみてもまるで実感がわかなかったボクはベガに向かって文句を言う。



「だ、だっておかしいじゃん!今更学園に通う意味なんてないし……うん、そんなことより今もっと他にやるべきことがあるよ!」



 ボクの言葉を聞いたベガは小さく溜息を一つつき肩を竦める。否定しないということはどうやらベガもボクと同じ意見のようだった。



「そうね……私も同意見。

 でも……ほらこれを見て。これが一応の表向きの理由よ。貴女の明るい将来に向けて箔付はくづけをさせるために補助金を出してまで学園に通わせてやるって書いてあるわよね?」


「え〜っと、うん。そう書いてあるね」



 人払いをしているかすら確認することなくベガが取り出したのは一枚の依頼書。そこには確かに今回依頼について詳しく書いてあった。



「でもね、本当の理由は過激な思想を持っているかもしれない勇者様うまのほねの護衛だったり、お偉い貴族様やら興味本位の王族達を護衛することなのよ。

 ここに書いてあるのはぜーんぶ建前。イリスを利用して表向き、国民にいいところを見せたいのよ。有能であれば国からの援助で学園に行けるっていうふところの深さをアピールするつもりなんだわ」


「ええっと……そっか。納得はできないけど理解はしたかな。ボクの仕事は新しい制度の人材育成って建前たてまえで勇者様とかの護衛をすることなんだね?」


「本当にいい迷惑よ……建前からしてもうおかしいじゃない。もう人材教育なんてやっている余裕なんて無いって言うのにっ……国の上層部が状況を把握してなくてーーー」



 どんな依頼でも来るもの拒まずといったギルドの方針に逆らうかのような愚痴を苦々しい顔で延々と呟くベガはきっともう相当やる気がないのだろう。元々そこまで若くはなかった彼女だが、その目元には連日もたらされる訃報ふほうのせいもあってか、既に消えないほどに深いくまができていた。



「はぁ……リスも知っているとは思うけど、元々貴族の子息達が多く通うような学園よ。きっと勇者様が反教会派の貴族達にほだされないようにっていう意味もあるんでしょうね……。


 王族の親族、公爵家からも年頃の近い女の子を何人か編入させるっていうし……はぁ、厄介事が増えそうでなんだか憂鬱だわ」


「……ええっとなんだかかなり大事おおごとになってるみたいだし、これはもうどうしようもないみたいだね……」


「そうね…愚痴を言ってばかりでごめんなさいね。これも言い訳にしかならないんだけど、一応私も手を尽くしてできるだけ断ろうとはしたのよ?

 でも替えの人間を用意しようにも結局学園の内部に不自然なく潜り込んで勇者様の護衛をできるような人材が貴女以外に見付からなくて……」



 項垂うなだれ、謝ってくるベガに仕方がないとボクは肩をすくめてみせる。


 確かにボクが出撃すれば押し返せるであろう戦線も、学園に通っている間に戦場で救える命の数も多いかもしれない。でも、やっぱりそれ以上に勇者様一人の方が大切なのだ。実力はわからなくてもその存在だけで多くの人の士気をあげて、明るい希望の光を見せてくれるのだ。



「……それにね、リス。学園には貴女と同年代の貴族の子息達がいるの……もしかしたら貴女には辛い思いをさせてしまうかもしれないのだけれど……」


「……あっ、ええっとベガ。ボクはもう昔のことなんて覚えてないし、今更別に気にしないから元気を出して。


 それよりもさ、ほら、ボクが手伝いにいける戦線ってあるかな?学園に編入するまでの間だけでもできるだけ手伝いたいんだ」


「リス……」



 王様と教皇様から出されたという依頼の契約書に軽くサインをしてボクは努めて明るく笑う。


 勿論かつてボクのことを虐めて殺しかけたような奴らがいる学園に行くのは嫌で、それこそ一時いっときだって忘れたことなんてないけれど……でも、もうボクは昔のように弱いわけじゃないんだ。そんな些細なことに心を惑わされるわけにはいかないんだ。ベガに迷惑をかけるわけにはいかないんだ。



「リス、貴女は私やマスターと違って随分素直ないい子に育っていたのね……ありがとう……学園にまでは一緒に着いていくからね……」



 席から立ち上がったベガにボクは抱き寄せられる。柔らかい感触と、どこかマスターに似た暖かさを感じた。



「でも無理しなくてもいいのよ。


 貴女はまだ子供。他の子達が遊んでいる間に戦うのは辛かったでしょう……いい?心の底から楽しむことなんて今はまだ無理かもしれないけど、でも、それでも少し楽しんでくるといいわ。常に息を詰めて生きていたら人間続かないんですもの……」


「う、うん……でも、は、恥ずかしいよ……」



 ボクは柔らかいベガの腕の中で顔を赤くする。




 勇者に見合わない者であると判断した場合は秘密裏に、かつ速やかに処分せよ。

 警戒されないよう、護衛だとバレないように行動せよ。



 ボクが色々と頭を悩ませることになるのはまた別の話し…









 ………………


 《クリス視点》









「……僕の妹から手を離して貰えないかな?」



 扉の前に立った僕のお兄さん。ライルは怒りからか端正な顔を歪めてそう静かに言葉を紡ぐ。その静かさがむしろ瞳の中で燃える怒りの炎との対比でより不気味に思えた。



「おおっと、これは失礼」



 それに飄々とした態度で答えた勇者様はなんだか危険な雰囲気を纏った左手を暫く宙空で彷徨さまよわせて……結局僕の肩におく。



「……?」



 肩を掴んで引き寄せられ、さらに幾分か距離が近くなった勇者様を見上げれば彼はニヤニヤと怪しい笑みを浮かべながらライルを見ており、ライルの方は米神こめかみにビシビシと青筋をたてていて……



「離せって言ったのが聞こえ…」


「なぁなぁクリス、この礼儀知らずなイケメン君は一体どこの誰なんだい?そうだなぁ、俺は自己紹介もしないでいきなり部屋に入ってくるような無礼者の言うことは危ないから聞かない方がいいと思うんだが」



 ライルの言葉を遮るようにさらに大きな声で言った勇者様は、なぜかイケメンという単語を強調しながら僕の方へと話しを振ってくる。距離感は非常に近い。



「え…僕、お兄……」


「……クリス、無理して喋らなくても大丈夫だよ。


 僕の名前はライル・エスト・アズラエル。そこで貴様がみだりに触れているクリスの兄だ!」


「へぇ……で?証拠はあんのか?あぁ?

 それにそのお兄様とやらが一体何のようだってぇんだよ。貴族のお坊ちゃまが勝手に入ってきて俺とケンカでもしようって腹づもりか?」



 怒れる天才剣士ライルを前にしても余裕の笑みを崩すこともなく、まるで悪びれたところがない様子の勇者様は少し口調を変えて逆に挑発を重ねる。ライルはそれを見て唇をワナワナと震わせながら言った。



「伝える内容ならある!

 これが会議の結果だ!これから貴様には学園の最上級生として入学してもらう!


 武器の扱い方は勿論、戦場、闘気に対する理解を深める機会を与えようって言う王様の配慮だ!感謝しろ!!」



 ズイズイと近寄ってきて僕の手を少々乱暴に掴み、勇者様から引き剥がしたライルは何かが書かれた紙を幾枚か豪華な机の上に投げ捨てる。



「ああ〜学園ねぇ……」



 肩を竦めた勇者様は宙空を眺めて何かを思案して……



「いや、これもテンプレだよな?

 勇者とかで召喚されたやつって大抵学園とやらに通ってるからな……


 よし、いいだろう。通ってやるからもうお前は出てけ、邪魔だ」



 何かよくわからないことを呟いた後でライルにしっしと手で出ていけと合図をする。



「行くぞクリス!」


「……ぇ……?」


「あっ、お前勝手に俺のクリスをっ……」



 少し強めに手を引かれ、腰を支えられた僕はライルに半分抱かれるようにして部屋から連れ出される。すぐにライルが扉を閉めて外側から鍵をかければ、勇者様の声は完全に遮断されて聞こえなくなった。




「クリス、手を強く掴んでごめんね?大丈夫だったかい?

 あぁそうだ、あいつに何か嫌なことをされなかったかい?」


「……うん、平気……」



 僕の腰から手を離し中腰になって視線を合わせてきたライルはまるでお父さんが僕を見る時にするような優し気な瞳で僕のことを観察する。後ろからドンドンと扉を叩くような音が聞こえているようだが、勇者様も扉を壊すつもりがないようであれば、ライルももう完全に無視していた。



「そっか、それなら良かったんだ……でもね、クリス。お母さんにも言われただろう?

 いくら勇者様だからって男と二人きりになってはいけないんだ。クリスみたいに可愛くてちっちゃい女の子を狙う男の人はたぶんクリスが考えているよりもずーっとずっと多いんだからね」


「…え……?」



 勇者様に対する憎悪を糧にしているのだろうか?ライルの瞳の中に宿っているのは何とも激しい怒りの炎で、未だに衰えることのないそれを見た僕は少しだけ後退りする。



「今度から勇者様への伝言は僕やリョウが引き受けるよ。いいね?なるべくクリスは勇者様と会わないように」


「……う、うん……」



 有無を言わせぬ言葉。小さく頷いた僕を見て満足そうに笑ったライルは少しだけ距離を取っていた僕の手を掴んで引き寄せる。



「いい子だ」


「……!?」



 少し湿った温かい感触を僕は額に感じた。



「そうだ、遅くなったけど召喚成功おめでとう。僕はクリスならできるって信じてたよ。それでね、そのことを祝うためにもこれか実家でパーティーがあるんだ。ほら、クリスも父様と母様に報告をしに行こう」


「……」



 何故かいきなり僕の額におとされた軽いキス。

 ライルからいきなりキスされて戸惑う僕はまるでお姫様のようにライルに運ばれる。額を服の袖で拭いてみればなんともライルが悲しそうな顔をしていた。



「……ク、クリスの好きな甘いものも沢山出るからね。うん、大丈夫。誰とも話さなくても構わないような身内のパーティーだから気を許していてくれていいんだよ」


「……うん……」



 甘いものは嫌いじゃない。


 内心で期待を抱く僕の頭の中からはいつの間にか勇者様の奇妙な行動や、削られた魔装といった不可解な出来事に対する疑問が抜け落ちていた……



これにて5章は終了です。

しかしなんだかだんだんと短くなってきてしまっていますね……


少しリアルが急がしいこともあってまた暫く間があくと思います。

どうか忘れないでやってくださいorz


ここまで読んで下さった方々に心からの感謝を*\(^o^)/*

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