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無口な天使  作者: ソルモルドア
気弱な聖女様
43/78

七色の虹

クリス→イリス→ライルの順番で展開しております。




 


 今日は特別な日。有史以来二度目となる聖女誕生の日。





「クリス、肩の力を抜いて。

 大丈夫、観客は皆スイカだと思えばいい」



 斜め上から聞こえてきた魅惑的みわくてきな声。

 僕が斜め上を見上げれば、もう随分と見慣れた教皇の眩しい微笑みが目に入る。



「ほら、私も横にいるから」



 その教皇が浮かべている微笑みは頼もしく、普段のどことなく黒い含み笑いとは違うもの。純粋に僕のことを心配してくれているのが伝わってくるものだった。



「……うん……」



 最低限使える程度に修復されてまだ間も無い闘技場。

 その裏方で教皇の言葉に曖昧に頷いた僕は、ともすればすくみそうになる足を必死で前へと進める。



 教皇がかなりの力で背中を押してきているような気もするけれど、極度の緊張状態にある僕にはそんなことを意識するほどの余裕はなかった。



「……クリス、悪いことは言わないから一応笑顔を心がけるといい。

 無表情のままだとまるで人形のようだと皆に思われてしまうからね」



 ……え、笑顔……



 考えている間にも一歩、また一歩と徐々に近づいてくる出口。

 眩しい陽光。



 すがるものが何もなかった僕は、とりあえずニヘラと笑い顔を作って教皇の方を向く。



「う、うむ……

 君にこれ以上を望むのは酷なことなのかもしれないな……」



 僕の背中を押していた教皇は、思わずと言った様子で苦笑いを浮かべる。


 僅かに体勢を変えた彼女の柔らかい手が僕の肩に回され、内心はどうであれ、僕は教皇と共に仲睦まじく歩くような格好になった。



「……」



 ……ぼ、僕がやるべきことは……



 気を取り直して出口の手前。僕は機能を半分ほど停止させた頭で、やるべきことを必死で反芻はんすうする。



 観客の前に出たら教皇が話をして……そのあと闘技場の中央まで進んで手を振って……

 あとは…あとは、魔法を発動させるだけっ……



「クリス、覚悟はいいね?」


「……えっ?」



 肩を押され足は進み、ついに僕は教皇と一緒に白日の元へと晒されてしまう。



「……っ……!?」



 心の準備もそこそこに途端に大きく開けた視界。

 円形の闘技場。何層もの観客席、一杯に詰まった数え切れないほどの観客が僕の眼に入ってきて……



「……ひっ……!?」



 すぐに歓声と言う名の音の暴力が僕を包む。


 物理的な衝撃に抗しようと僕の周りに常に展開していた魔装がたわみ、精神的な衝撃が僕の歩みを止める。

 数え切れないほどの視線が僕に突き刺さる。



 ……な、なんて数の……



 意味をなさない音の羅列が僕の耳朶じだを打ち、ただでさえオーバーヒート気味の脳をかき乱していた。

 熱気が、視線の圧力が僕を進ませない壁になって……



「クリス、おもてをあげて」



 そんな中不思議と耳に届いたのは教皇の小さな声。



「大丈夫、私達は愛されているんだ。

 皆が味方で私達に害をなすものはいない。


 ほら、勇気を持って」


「……愛……?」



 教皇の優しい言葉に恐る恐る僕は顔を上げて……



「……お父さ…ん……お母さ…ん……?」



 逆光のせいかボヤけてはいたけれど、でもそんな中で一番最初に目に入ったのは今世のお父さんとお母さん。


 教会で暮らすようになってから、学校に行くようになってしまってから、めっきりと会うことが少なくなってしまったお父さんとお母さんが、最前列から嬉しそうに拍手をしているところだった。



「……」



 大好きな両親から一旦眼を離して横に立つ教皇を見上げる。

 僕の視線に気がついた彼女は、ゆっくりと観客に手を振りながら僕に向かって微笑みを落とす。



 ……お父さんとお母さんになら……



 ライルやユーリ、リョウがいないことが気がかりだけど……でも、それでもあの二人になら……



 僕は小さく手を上げて今世の大切な家族に向けて振る。


 僕の着ている薄い聖装が、銀色の髪飾りが陽光を浴びてキラキラと光った。



「「「わぁああああ!!」」」



 途端に何かが爆発したように大きくなる歓声。



「ふふふ、凄い人気だ」



 思わず後退しそうになる僕を支えた教皇は、笑みを崩さずに一つ簡単な魔法を使う。



『振動、拡散、我が声を伝えよ』



 詠唱にあわせて出現した小さな魔法陣。

 教皇の体から発せられた微弱な魔力が、魔法陣へと染みこんで間も無く魔法陣が起動する。



「親愛なる兄弟姉妹の皆、今日はこうして私達のために集まってくれてありがとう」



 十全じゅうぜんに魔法が発動したことを確認した教皇は、僕の横で両手をあげて観客全員に語り始める。



「今日は有史以来二度目となる聖女生誕の日。

 後世においても今日、この日は記念すべき日として語り継がれることになるでしょう」



 魔法で拡声された教皇の声は闘技場中に余すところなく届き、魔法を知らない大多数の人達の動揺を生む。


 そんな戸惑う民衆を見てまるで慈母の如く教皇は笑った。



「とはいえ、そんなめでたい日に私の説法を聞かせるのは無粋というもの」



 ……そ、そろそろ僕の出番っ……



 掌にかいた嫌な汗を薄い聖装で拭いた僕は、ひそかに決意を固めて心の準備をする。



「今日お集まりいただいた私の兄弟姉妹達には、その目で神の奇跡の一端を直接見ていただきましょう。


 聖女様、お願いします」



 教皇は最後に僕に笑いかけてそっと肩を押し、下がっていく。


 僕はなるべく静まり返った観客を見ないようにしながら、一人でゆっくりと闘技場の中央へと進んだ。



 ……大丈夫……ぼ、僕はやるんだっ……



 集中する視線。乾いた唇。震える手足。


 何もしていないのに荒くなる息を必死で整え、油の切れたブリキのような足を動かして、僕は僕の聖女としての決意を、報われない人達を救う力をここに示す。



「すぅー……はぁーー」



 一度の深呼吸。

 体内の魔力は僕の意志に沿って動き、僕の手は決まった軌跡を描いて宙空に綺麗な光の線を引く。



 今まで、それこそ数え切れないぐらい葛藤かっとうしてきたのだ。今更何を悩むことがあるのだろう。僕にはやるべきことが、為したい事があるのだ。



『ぎ、凝縮…増幅、微小な塵を核となせ』



 僕を中心として展開した大きな魔法陣。

 詠唱によって出現したそれの効果によって、闘技場の縁に沿うようにして幾つもの大きな水の塊が顕現する。



『造形、迸り、天頂にて合流せよ』



 僕が付け加えた追加の詠唱。淡く発光しながら回転を始める巨大な魔法陣。

 水の塊から噴き上がるように伸びた幾つもの水のアーチが、僕の頭上で交わる。



『低速、偏光、七色のアーチを描け』



 僕が描いた幾本もの光の線と回転する魔法陣が合流して……



「……成…功……」



 ゴクリと多くの観客達が息を呑む音を僕の耳は捉えていた。



 空中で作られた水のアーチ。ゆっくりと落ちてくる宝石のように煌く無数の水滴。屈折した太陽光が生み出す無数の美しい虹。



 ……上手くできたかな……?



 これは前世で僕が考えていた魔法の合成。

 一度出した魔法陣に対象を変えて追加で指示を付け加える。単純だけど、でも少しだけ色々な行程こうていはぶけるんだ。



 ……うん、これで前世の僕も……



 ピシャピシャと僕の体に、聖装にあたって弾ける水の粒。


 自分で作り出した七色の綺麗な虹を心に刻んだ僕は、弱かった僕と、前世から引きずるトラウマと決別……いや、その全てを受け入れる。



 ……もう引き返せないから……僕は聖女で…皆に力を見せちゃったから……



 耳の鼓膜が破裂しそうなほどの拍手も、多くの観客の歓声も、教皇の唖然あぜんとした顔も今のクリスの耳には届かず、その銀の瞳には映らない。

 でも、彼女はここで一つ大きく成長したのだ……










 ………………


 《イリス視点》










「いいわね、チームリーダーは《銀の操者》よ。

 今回の任務は極秘、特級機密事項として理解してちょうだい」



 人を使うことに慣れた、良く言えばしっかりとしたベガの声が薄暗い部屋の中に響く。



「「了解だ」」


「「わかった」」



 その言葉を聞いてコクリと頷いたボクを筆頭に、各々が了解の言葉をベガに伝える。



「ええ、なら資料を配るわ。

 読み終えたら各自その場で燃やすように」



 今回、僕が受けることになった任務は、ギルドの中でも特級機密事項に指定された非常に危険極まりない任務。


 それは掲示板で人員を募集するような一般の任務とは一線を画したもので、内容の一切が他言無用。


 任務に参加するもの同士の王国内でのやり取りにも制限を受ければ、外部に力を借りることもできないと異質なものなのだ。



「全員遺書は残したわね?

 探索には教会から派遣された司祭の一人も同行する予定になっているわ。

 今のうちに陣形の確認を密にお願い」


「うん」



 僕はベガの言葉に再び頷きを返して、席から立ち上がる。



 教会からの依頼。暗黒の大地に眠る過去の遺跡の発掘とその調査。


 その道の学者や真面目な大臣の耳にでも入ったら、暗黒の大地に巣食う魔物を不用意に刺激するものとして死ぬまで牢屋行きになる可能性もある危険な任務。



 そんな致死率の高い任務が今回ボクに任されることになった理由は……そう、たぶん貴族に嫌われているから。



「ほとんどの人はもう知っているとは思うけど、ボクが今回、任務のリーダーを務める《銀の操者》だよ。

 使用武器は剣で、得意距離は近接フロント。長くて辛い任務になるとは思うけどよろしくね」



 いつ死んでも不思議じゃないような立場の人間で、それなりの強さがあって、反教会派の人間。つまりは貴族達に垂れこむ危険性が低いから。



「じゃあこれから全員で自己紹介。得意なことも含めて話し合った後で、サラッと作戦の内容の全容を確認。その後で細部を詰めていくよ。

 何か質問があったらその都度してくれると嬉しいかな」



 でも僕は内心でこの任務に携われることを誇りに思っていた。



 ……この任務はきっと教会にいるクリスちゃんの力に……

 ボク達に神の奇跡を見せてくれた聖女クリスの力になるはずだから……



「じゃあまずは俺からだな……」



 ベガやボクを前にして訥々(とつとつ)と話し始める弓を担いだ男。



 齢13歳にして初めて本格的な遺書を書くことになったボクは、これから運命を共にするであろう仲間達の話しを真剣な面持ちで聞いていた……











 ………………


 《ライル視点》











「ふうぅーー」



 一人の少年の呼気に合わせて辺りの大気が歪み、その体から発せられた過剰量の闘気がそれに質量を与える。



「……」



 高まった気がある一点を超えれば、それを境に全てがピタッと静まり返る。


 荒れ狂う闘気ではなく沈黙。気がつけば存在すらも薄く研ぎ澄まされた刀気だけが辺りに満ちていた。



「……ふっ!」



 そして唐突に吹く一陣の風、舞い落ちる木の葉。


 氷が割れたようなキンッという高く研ぎ澄まされた音が辺りに響き、銀色の一筋の光が大気を裂く。



「……」



 空中で静止し、ゆっくりと、本当に徐々にズレていく木の葉。



 それは剣閃の残滓が消える頃になってようやく、切られていることに気がついたようにバラバラになって散っていく……



「まだっ……」



 だがしかし常人とは一線を画した鋭い斬撃を繰り出した少年ライルは辛そうにそう呟いた。



 ……まだだ、まだ届かない……

 これじゃまだ大事なクリスを守れないっ……



 彼の瞼の奥には美しい虹。到底人が人為的に起こしたものとは思えないような超常現象が焼きついていたのだ。


 勿論その中心に佇む一人の美しい天使クリスの姿も……



「……っ」



 ライルは強く唇を噛む。



 気弱だったクリスは自分の気がつかないうちに遠くへ行ってしまった。

 いつの間にか天才と呼ばれた自分ですら横に立つことができないほどの人に……



 クリスのことを思えば思うほどに、ライルの胸の中には祝福する思いと同時に、寂しさ、口惜しさ、自分に対する無力感が渦を巻く。



 刀しか振るえないこんな僕に……

 僕はクリスにとって……



 迷いを纏ったままに一閃、二閃と閃く銀光。



 僕はクリスの苦しみにも気がつけなくて……

 兄として、将来クリスと結婚する男として……



 胸を過ぎる苦い後悔。

 父に言われた言葉が脳裏を掠める。



「……僕はっ!」



 激情のままにライルは刀を振るう。


 ザリザリっと足が地面を擦るように円を描き、ライルの体位の変化と共に縦横無尽に銀色の閃光が宙空をほとばしる。



 ……僕はっ……クリスの兄でっ……クリスにとって大切な人にっ!



「はぁ、お前ら兄妹は本当になんでこうも他人をたよろうとしないんだか……」



 しかしその怒りの乱舞は、一人の青年の乱入によって終わりを迎えこととなった。



「……リョウ?」



 溜息と共に木の後ろから出てきたのはユーリの兄で、ライルと同じ年のリョウ。



「おらよ」



 リョウは飄々(ひょうひょう)とした態度で、片手に持っていた木刀をライルに向かって放り投げる。



「少し頭を冷やせ。

 我武者羅に刀を振ったって強くなれるもんじゃねぇし、クリスに会えるわけでもねぇんだろ?」



 悔しいが僕はこの距離まで接近されていたのに気がつくことすらできなかったのだ。


 認めるのはしゃくなことだが、彼が言う通り、僕は相当頭に血が上っていたのだろう。



「……」



 パシッと木刀を受け取った僕は真剣を一度振るって鞘に納め、無言で近くの木に立てかける。



「お前よりは弱くても俺だって戦える。

 俺がダメならグレンだって、レイスだっているだろう?


 一人よりも二人の方が修行だってはかどるんだからよ」


「……それは間違いじゃないね」



 リョウは僕のブスッとした肯定の言葉を聞いて嬉しそうに笑う。



「おっ、今日のライルはやけに聞き分けがいいな。

 で?勿論今から俺も参加して構わないんだよな?」


「……」



 僕が木刀の剣先をリョウのほうに顔を向ければ、リョウはニヤリと好戦的な笑みを浮かべて、両手に握った二本の木刀に力を込めた。



 ヒュォォオオオと僕とリョウの間を吹き抜ける一陣の風。



 舞う木の葉が地面についたその瞬間。僕とリョウは同時に地面を蹴って……



これにて4章は終了です。

この後はまた一週間ほどおいて投稿をしようと思っております。

読んでくださってる方がいるようでしたら閑話ももしかしたら、投稿するかもしれません(^ω^)


まぁ投稿した次の日には時間辺りのアクセス数が一桁だったりするので需要はなさそうですがw


とはいえここまで読んでくださった方に最大限の感謝をしたいと思います。本当にありがとうございましたm(_ _)m

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