不器用で……
前半がイリス、後半がクリス視点になっております\(//∇//)\
《イリス視点》
ヒュゥゥゥという甲高い、特徴的な音をたてて吹き抜けていく夜風。
少しだけ冷たいそれは、ボクの銀色の仮面の表面を撫で、新調したローブの裾を靡かせる。
眼下に見えるのは、幾つもの篝火が焚かれた教会の中庭で、少し離れたここからでも響く怒号を聞き取ることができた。
「……拒絶されちゃったのかな?」
ポツリとボクが呟いた言葉は、自分でも思いの外小さくて、風の音に紛れて誰の耳に届くこともなく消える。
「ボクの思いは……」
細いとは言ってもよく鍛えられていて、日常的に剣を握っていたせいか、同年代の女の子達よりも少しだけ無骨なボクの手。
たぶん女の子らしくなくて、誰かの手を取って歩くには不器用で、頼りないこの掌。
教会の尖塔。多くの兵士達が入り込んだ賊を探して走り回る姿を遠目から眺めるボクは、その少し無骨で頼りない手を空に浮かんだ星々に向かって伸ばした。
「やっぱり……」
広過ぎる空に対してどうしようもないほどに小さすぎるボクの手は……
あの輝く星には届きそうで……でも、どう足掻いたって決して届きはしなくって……
ボクが欲しかった家族愛にも……もう二度と会うことが出来ないマスターや、お兄ちゃん達にも届かなくて……
結局クリスちゃんの手にも……
ボクの眼の端に溜まっていた涙が、重力に負けるようにしてポロリと零れて落ちる。
クリスちゃんは気がついていたのかな……?
わざわざ銀色の仮面を着けて会いに行ったのは、顔を見せて会うのが恥ずかしかったからというのが少しと……クリスちゃんの意志を尊重したかったから。
もしクリスちゃんが自分の意志で教会に利用されているのなら……
何か目的があって、止むを得ない事情があって、教会にいるというのなら……
友達のボクが出て言ってその意志を、計画をねじ曲げるなんてことをするべきじゃないって思ったから。
だから…だから勿論断られることだって想定していたけどっ……
ボクは自分の手で僅かに震える自分の肩を抱く。
クリスちゃんの前にいた時のボクはとっても緊張していて……頭が真っ白になってて……
言いたかったことが何にも言えなくて……頭の中にはネガティブなことばっかり浮かんでて……
「な、なんだか、ボクって泣いてばっかり……」
いつの間にか頬を伝うようにして止めどと無く流れ続けていた涙。
それはいくら拭っても拭っても次から次へと溢れてきて、中々思うように止まらない。
「…ぐずっ……ううん」
でもボクは無理矢理笑って首を振る。
涙と一緒に嫌な考えを洗い流す。
職業柄気持ちの切り替えは早いし、ボクはたぶん引きずらない方で、辛いことには慣れているから。
……ボクが仮面をつけてたから来なかったんだよね?
ボクが素顔でクリスちゃんのところに行ってたら、きっとすぐに手を取ってくれてたはずだもんね……
「うん……でも、元気そうで良かった……」
イリスは暗闇の中でもくっきりと見えたクリスの銀色の髪を、瞳を、可愛らしい顔立ちを思い返して、今度こそ本当に淡く微笑む。
クリスちゃんは最後に会った時とあんまり変わってなくて……でも、確かに細かったけど、栄養が足りてなさそうなわけでもなさそうで……
うん、少し寂しいけどボクのいないところでもクリスちゃんはしっかり暮らせてたんだ。
「でも……」
僅かに気持ちが軽くなったイリスは悩む。
……あの時クリスちゃんはなんて言いたかったのかな?
途切れ途切れの言葉でボクに何を伝えたかったんだろう……
「なんであの時言ってくれなかったって……?」
別れ際に呟かれた言葉を、クリスと交わした会話の全てを思い返して見てもイリスに思い当たる節などなく、考えても何もうかばなかった。
「寝ぼけてたのかな……?」
よくよく考えてみれば、時刻は深夜。
冷静になって考えてみれば、イリスのような職種の人間ならばいざ知らず、幾ら貴族とはいえ一般人のクリスちゃんが、普段から起きている時間とは到底思えなかった。
……行く時間を間違っちゃったのかも……
失敗したかな、と人知れずそう呟いたイリスはゆっくりと、まるで伸びをしているかのように立ち上がり、小さな声で決意を表明する。
「今回は失敗しちゃったけど…うん、ボクはいつだってクリスちゃんの味方だからね。
表立って会うことはきっと少ないけど、でも、それでも昔、幼い時にボクを守ってくれた君のことをボクは絶対に裏切らないから」
ありがとう。確かにそう言ってくれたクリスの儚い、泣きそうな笑顔はイリスの胸の中に強く焼き付いていた。
それこそ、何の収穫はなくても、教会に忍び込むという暴挙をおかした甲斐があったと思うほどには。
「……うん、ボクはいつだって……」
涙の痕が残り、少しだけ腫れてしまった目元を擦りながらもイリスは、新調したローブの下、錆び一つつかない綺麗な短刀を撫でる。
「味方だからね……」
教会の尖塔。かなりの高所から、タンッという軽い音と共に跳んだ銀色の仮面の彼女は、その言葉を最後に闇に消えた。
僅かに残った白い彼女の残滓も、やがてユックリと宙に溶けるようにして消えていく……
………………
《クリス視点》
「ク、クリス様っ……」
「……ユ、ユーリ…ちゃん……?」
久しぶりにまた通い始めた学校の校門の前。
馬車から降りたところで、感じ慣れた魔力の波長に顔をあげれば、そこにいたのは僕と同じぐらいの身長の女の子。
「あたしに…あたしに何も、言わないで、行くだなんて、酷いの、ですよ……」
こちらを見て僕の姿を認識した途端、見る見るうちに大きな瞳からボロボロと涙を零してユーリは泣き崩れる。
厳戒態勢の中。苦労して僕を学校まで送ってくれた教会の人達もビックリしているのか、それとも事前に知っていたのか、空気を読んでいるのか、ともかく大きな声で注意をするような野暮な人はいなかった。
「……ご、ごめん……」
小さな女の子を一人、寮においてきてしまった罪悪感もあった僕は、ゆっくりと近づいてその小さな頭をぎこちなく撫でる。
妹みたいなユーリちゃんだけど、上手い慰め方を知らない僕にできるのはこうやって頭を撫でてあげることだけで……
「……あたしも、連れて行って、くれませんか?
教会に、です……」
そう問いかけてきたユーリに、僕は曖昧に頷くことしかできなかったのだ。
「あっ、クリス様、今頷きましたよね?」
「……えっ……?」
「絶対にあたしも行くのですよ!
当主様に反抗してでも、たとえクリス様が嫌がったとしても、あたしはクリス様について行きますです!絶対にですよ!」
これが貰い泣きというやつなのだろうか?
なんだかわからないままに必死の形相で詰め寄ってくるユーリちゃんを見て、僕の瞳にほんの少しだけ涙が滲んだのであった……
「クリスさん、聞きましたよ?」
ユーリちゃんと一緒に歩いて教室に着くまでの間、好奇の視線に晒されて辟易としていた僕であったけれど、教室に着いたら着いたでそこで待っていたのは険しい顔をしたソプラノであった。
「……え……?」
何処と無く責めるような調子のソプラノの声。僕は驚いて小さく疑問の声を上げる。
「どうせなら相談してくれれば良かったんですわ!
本当に、本当に心配したんですからねっ!」
どこか拗ねたように言う彼女は、確かに怒っているようではあったけれど、その怒りは僕が知っている怖いものではないように見えた。
……貴族の敵対勢力、教会のほうに付いたからって怒ってるわけじゃない……?
「そうしたら私だって事前にお祝いの一つや二つ、大切な友達の為になら用意しましたのにっ!」
「……えっ?
……と、とも…だち……?」
目を点にしてそう呟く僕を見て、ソプラノは少しだけ照れ臭そうに笑って小さな箱を差し出す。
「本当に水臭いですわねっ!
クリスさんと私の仲だっていうのに!!
そもそもこのプレゼントだってクリスさんならもう持っているようなものですし、大したものじゃないんですけどねっ!」
もっと早くわかれば事前に下調べをしていましたのに、と独り言のように言う彼女から受け取った小さな箱の包みを僕はゆっくりと恐る恐る開ける。
貰ったその場でプレゼントを開けるという行為は、マナー違反だっただろうか?
でも、この時の僕にはもうそんな理性なんて残っていなかったのだ。
「……こ、これ……?」
「た、ただの髪留めですわ、ほら、その……クリスさんの髪は長くてとっても綺麗ですけど……
でも、時折邪魔そうに掻き上げていらっしゃるようでしたから……」
包みを開けて恐々と僕が取り出したのは、何かの花を象った銀色の髪留め。
「その、やっぱり地味だったでしょうか?お気に召しませんでしたよね……?
あまりクリスさんが装飾品を身につけるようなタイプではないってわかっていたのですけど、それしか思い浮かばなくて……」
「……も、もら…って……」
自信なさげに、尻すぼみに段々と小さくなっていくソプラノの声。
その声を意識の片隅に僕はその花を象った綺麗な髪留めを凝視する。
……と、友達からの……贈り物……?貰ってもいいの……?
凄く嬉しい、嬉し過ぎて声が出ない。
許容量を超えた感情が、むしろクリスの表情筋を完全に硬直させていることにクリスは気がつかなかった。
「あら、クリスさん……?」
震える手で銀色の髪を纏め、髪留めで簡単に括る。
魔力を放出しやすくするためだけに伸ばしていた髪だけど、でも今、初めてそれ以外の用途で使われていたのだ。
……つ、つけられた……?
クリスは軽く頭を振る。
普段よりもほんの少しだけ重くて、頭皮が引っ張られるような気持ちよさが伝わり、銀色の髪の毛が纏まって動いているのがよくわかった。
……す、すごい……
一体何が凄いのだろう?
気持ちのブレーカーが壊れて思考の一部が何処かへ飛んで行ってしまったクリスは、頭を振ってみたり、クルリとその場で回ってみたり、髪留めを手で触ってみたりと忙しくせかせかと動く。
「ど、どうやら喜んで貰えたみたいで……」
何やら変なスイッチを押してしまったのではないかと戦慄するソプラノと、教室の隅の方からクルクルと回るクリスをまるで目に焼き付けるかのように凝視する少年フォルコン。
結局クリスは教室に沢山の人が入ってきて我に返るまでの間、ただひたすらに銀色の髪留めを愛でていたのであった……
…………
………
……
…
「あら、クリスさん、その髪留めはどうしたのですか?」
僕の髪型が変わっていることに気がついたのか、不思議そうに問いかけてくるアンナ。
僕はニッコリと微笑んでその問いに答えた。
「……もらった……」
「まぁ…随分高価な贈り物をいただいたんですわね……」
少し見せてくださいと言って僕の髪の束を手に取るアンナ。
なんだか後ろからスリスリという音が聞こえるような気がした。
「……ア、アン…ナ……?」
スリスリ、ハァハァ……
「……アンナ……」
「い、いえクリスさん、別に何でもないですよ??」
少し慌てた様子でパッと僕の髪から手を離すアンナ。
僕が何となしに髪を撫でつければ、なんだかベッタリとした透明な液体が……
「あ、あの…え〜っと……」
「……雨……?」
ここが中庭であれば、雨にでもふられたのだろうか?
ゴシゴシと手についた液体を服の裾で拭いた僕は、徐に空を見上げる。
サンサンと輝く太陽が目に痛かった。
「お、お天気雨ですね!
クリスさんもそろそろ中に入りましょうか!」
僕はアンナに抱きかかえられるようにして教会の中へと連れ込まれる。
「そ、そういえばクリスさんはこの後教皇様とお勉強でしたよね!?
で、ではその前に、濡れてしまった髪の毛を拭きましょう!
そうしましょう!」
いくら効かなかったとは言え、出会い頭に洗脳魔法のようなものをかけられて、簡単な魔法の勉強を毎日させられている僕は、確かにあの夜、イリスが言っていた通り利用されているだけなのかもしれない。
「クリスさん。
少しだけ髪留めを外させていただきますね!
あぁ、この髪柔らかい……」
「……う…ん……」
でも、それでも楽しくて……
皆から必要とされるって言うのは嬉しくて……
「……僕……聖女に…なるよ……」
僕も誰かの為にっ!
僕の小さな呟きは、教会の中に差し込んでくる明るい太陽の光を反射して、きっとキラキラと輝いていたんだと思う……
大きな進展もない回でした(>人<;)
誤字脱字、意味不明な点の報告もお願いしますm(_ _)m
そろそろ一回読み直して校正した方がいいとは思っているのですが、中々時間が取れなくて……




