離れていくボクらの距離
前半がイリス視点、後半がクリス視点です。
そろそろ大幅にクリスが成長をする予定です、期待をしていてください( ^ω^ )
《イリス視点》
「今日は助かった!
アンタが居てくれたおかげで、随分と楽が出来たからな!」
「へへへ、これであと一ヶ月は遊んで暮らせそうだ。
また頼むぜ!」
剣や盾、鎧や籠手といった装備を投げ出して、快活に笑いながらジョッキで大量の酒を喉に流し込む数人のギルド員。
生まれも育ちも粗野だけど、でも、それでも気のいい彼らにボクも仮面の下で小さく笑って手を振り返す。
「今日は少し疲れたかなぁ……」
徐々に後退して行く前線。比例して近づいてくる魔物の凶悪な影。
ボクらギルド員の仕事は加速度的に増えていて、下級貴族のモチベーションの低下や、中途半端に参入してきた教会の影響のせいか、組織としての王国軍の統制の悪さがそれに拍車をかけていた。
……皆もわかってはいるんだろうけど……うん、このままいったらいつかこの国は……
「リス、ちょっといいかしら……?」
声をかけられたのは、そんなことを考えながら一人でギルドの中の廊下を歩いていた時。
「…ベガ?
一体どうしたの?」
血糊が僅かについた剣を洗ってから休憩をしようとしていたボクのことを、いつになく真剣な顔で呼びとめたのはギルドマスターでもあるベガ。
その声は彼女にしては珍しく押し殺したかのようにとても小さくて、大きな声で言うことができない類のものをボクに予想させた。
そして彼女は手招きをしてボクを人気の無い部屋の中へと誘い入れる。
「……わざわざこんなところで何のよう?」
少し埃っぽい空気を払いながらボクはそう尋ねる。
少しだけ顔を伏せたベガは、いつに無く真剣な声色で語り始めた。
「リス、覚えているかしら?
貴女、少し前に調べて欲しい人がいるって言ってたわよね?」
僕はなんのことだろうと首を捻って……すぐにそれが少し前にボクが依頼したクリスちゃんに関する話しのことを言っているのだと気がつく。
「うん……って何かわかったの!?」
勢い込むボクにベガは重々しく頷いた。
「わかったことはあまり多くは無いんだけど……そうね、いい報告と悪い報告どちらから聞きたい?」
元気の無さそうなベガの様子。最悪の結果を予想したボクは、心の準備も兼ねてとりあえず良い報告から聞くことにする。
「……い、いい報告からでお願い」
「良い報告ね……わかったわ」
彼女は僅かに思い出すようにして虚空を見つめ、すぐ滑らかに話しをはじめた。
「……刀匠ライル・エスト・アズラエルの妹クリス・エスト・アズラエル。
年齢に似合わない低身長と特徴的な銀の髪、瞳。華奢な体つき。
リス、結論から言えば貴女の探し人は生きていたわ。
貴女が心配していたように大きな怪我をしているわけでも、内乱で負傷したわけでもないから安心して。
肉体的な特徴から考えても文官になる道を選んでいたみたいね。
いくら刀に秀でたアズラエル家とは言っても、今後戦争関係の荒事に直接関わってくることはないと思うわ」
「そっか…良かった……」
ボクはベガの報告にホッと胸をなでおろし大きく息を吐く。
マスターの時みたいな最悪の事態、死に別れなんていう悲しい事態は避けられたのだ。
それにあの優しかったクリスちゃんが、武器を持って他人を傷つけるところなんてボクには全く想像できなかったから……
「ごめんなさい、なにぶん得られた情報が少なくて……良い報告はこれだけなの。
次は…えぇ、たぶん貴女にとっては辛い、悪い報告になると思うけど覚悟はいいかしら?」
「……続けて…」
ボクは不安からドキドキと脈打つ心臓を必死で押さえて頷く。
「ええ。でも、これから話すことは極秘事項だから貴女の胸に閉まっておいて。いいわね?」
再びコクリと頷いたボクを見たベガは舌を出して唇を舐め、ゆっくりと辺りを気遣うようにして小さな声で話を再会させた。
「……クリス・エスト・アズラエル、貴女の探し人はこれから数日以内にミドルネームに洗礼名カタリナを入れて、クリス・エスト・カタリナ・アズラエルとなることが決まっているわ」
「……なにそれ?」
いきなり核心をつくような雰囲気で言われた言葉にボクは疑問符を浮かべる。
ベガはそんなボクにもわかりやすいようにと言葉を重ねて説明をしてくれた。
「貴女の探し人は今、聖女として教会に管理をされているの。
洗礼名っていうのは教会に所属している聖職者達が、神様から貰う名前のことよ。
ちなみにカタリナって言うのが、聖女が付けることを許された洗礼名。
あっ、そうね……聖女って言うのは、暗黒の時代、魔物達が蔓延って人の世界が終わりを告げようとしている……そんな時に現れた一筋の光って設定になっているわ」
「……設定って……
クリスちゃんが聖女で一筋の光?」
感じたのは一抹の不安。
少し遠い目をしたベガは、どこかボクを気遣うような表情をしていた。
「聖女……人々に希望をもたせるための広告塔、プロパガンダ。
言い方は色々あるけれど……
そうね、厳しいようだけれど言ってしまえば、客寄せパンダのことね。
貴女の探し人は今、教会に支持を、寄付を集めるために利用されようとしているところなの」
「そんなっ…」
「……悲しいけど容姿が原因だったのでしょうね。
これは私の主観だけど、遠目から見た銀色のあの娘は本当に天使のように……それこそお伽噺の中の存在にしか見えなかったわ……」
そしてベガは決定的な言葉をボクに告げる。
「良い意味でも悪い意味でも平民との距離が近くなった貴族とは違って、彼女は私達では手の届かないほどに遠い人になろうとしているの。
悪いことは言わ―――」
クリスちゃんが聖女で……客寄せパンダ……利用される……?
手が届かないほどに遠い……?
ボクは口の中で何回も呟くが、いかんせん何の実感も湧かない。
確かに幼い頃からどこか神聖な雰囲気を纏っていたクリスちゃんだったけど……
「も、もう会えないの……?」
「えぇ…そうね…勿論絶対というわけではな―――」
辛そうにコクリと頷いたベガの顔が滲んで霞む。
ベガの言葉は途中から耳に入ってこなかった。
ボクは……ボクは……
「ごめんね、ベガ。
特に意味はないんだけどさ、今クリスちゃんがどこにいるかわかる?」
「……正式に聖女として発表されるまでは、ええ、そうね……おそらく新しく焼けた貴族の館を解体して作られた、ええっと……
そう、中央教会。
ナツメグ教会にいると思うわ」
俯くボクにベガは少し悩んでそう告げる。
「……そっか。
中央にある教会ね……」
そこにクリスちゃんがいて……利用されようとしていて……
会いに行っても無駄よ?と悲しそうな顔をして言うベガにボクはふんわりと笑いかけてお礼を言った……
………………
《クリス視点》
「話には聞いているかもしれないが、彼女がこれからここで暮らすことになったクリス嬢だ。
まだ新しい環境に慣れていない彼女にとってここは何かと不便で、不安に感じることも多いと思う。
困っていることがあったらすすんで手伝ってあげて欲しい。いいね?」
「「「はい、教皇様」」」
十人程度だろうか。見た目が美しく若い女性がみな一様に頭を下げる。
それに鷹揚に応えた教皇は、目の前の光景に少しどころではなく下がり気味であった僕の肩を叩いて言った。
「そう恐がらなくても大丈夫だよ。
ここにいるのは皆ニクズク教の修道女。
まだ教義についての理解も完全ではないし、確かに至らないところもあるかもしれない。だが、それでも皆高潔な精神を持っている者達ばかりだからね。
君を害する者はいないから」
顔を上げればニッコリと微笑む教皇と目線が合う。
「ほらクリス、前に踏み出すといい」
背を押され、言われるがままに一歩恐る恐る前に足を出した僕。
一番前にいた修道女が僕の手を取って淡く微笑む。
「聖女様、これからよろしくお願いしますね」
「アンナ、くれぐれもクリス嬢のことを頼んだよ」
「はい、教皇様」
アンナと呼ばれた女性は教皇の言葉に礼で答え、優雅な動作で僕を抱き寄せる。
「っ……」
僕の後頭部がちょうど彼女の柔らかい胸に当たって、お日様のような匂いが僕の鼻腔を刺激した。
「クリス嬢、すまないが私はこれから少しやることがあってね。
彼女たちが今日一日君の面倒を見てくれるだろう。
あぁ、それと学校や家族のことだが何も心配する必要はないよ。
夜のうちに全ての連絡は済ませておいたからね。
ではまた夕方に」
僕の頭の上に手をおいた教皇は、優しい口調でそれだけ言ってゆっくりと去って行ってしまう。
……やっぱり昨日のことは夢じゃなかったんだ……
漠然とした不安。
昨日の今日でいきなりの状況の変化に戸惑う僕は身を縮こまらせて……
教皇の後姿が見えなくなったところでいきなりアンナに抱きしめられる。
「…!?」
思わず漏れた驚きの声。
そしてそれはすぐに黄色い声にかき消される。
「きゃー!
何この子小さい!」
「凄い、この肌もちもちしてる!いい匂い!」
「良かった!私よりも年下よ!」
見た目一桁後半の子供から、上は結婚適齢期の女性まで。
数多くの女性によってパーソナルエリアを一瞬で侵食された僕の頭の中に警鐘が鳴り響いた。
「ほら、抱き心地もいいし髪の毛もサラサラ!」
飽和した女性の匂い。
家族とは違った知らない人の匂いが、どこか甘い匂いがクリスの鼻を刺激する。
……えっ!?
一体なにがっ……
いつの間にか足は床から浮き上がり、視点が普段よりも高くなる。
首筋に背中にかけて柔らかいものから生温かいものまで色々と当てられたクリスは、無意識のうちに体を硬くしながらその瞳に涙を浮かべていた。
「あら、寂しいのね。
もう大丈夫よ。貴女は一人じゃないわ」
「ほら、クリスさん、泣かないで」
一体教皇からどういった説明を受けていたのだろう。
教皇から直接頼むと言われたはずのアンナはなぜだか鼻息が荒く、頼れる人はおろか、知り合いすら一人もいない混乱の中で涙目のクリスは、ただひたすらに天井の汚れを眺めていたのであった……
…………
………
……
…
ピンクで統一された少女趣味な部屋。
少し疲れた顔をした銀色の美少女が、ウサギの人形を片手に一人でベッドに腰掛けている。
「……」
少女の息遣い以外の全ての音がしない静かな部屋。
窓一つない部屋なれば星を臨むこともできず、状況をまだ完全に理解できていない今、クリスに出来る事は酷く限られていた。
「……僕……」
ポツリと小さく呟いた声は高く、透き通って静かな部屋の中で霧散する。
随分、遠くに来たんだね……
前世の価値観でいえばおかしな世界。
僕に優しい人が多い世界。簡単に人が死んでしまう世界。
魔法が存在しなくて、人を殺す武器が溢れた世界。
そんな世界で巫女だなんて……世界を救う聖女だなんて……
そう、奴隷で、色んな人から忌み嫌われていた僕が聖女だなんて……
「……遠いよ……」
いきなりの環境の変化のせいか、多くの人達からこれほど直接チヤホヤされたのが初めてだったからか、過去の自分が随分と遠くに、自らを形作っていた過去がドンドンと自分から乖離していくような不思議な感覚がクリスを襲っていた。
この世に生を受けてもう11年……最後に見たイリスの顔も曖昧になってきた僕は……
「……いつか…いつか……皆…忘れる……?」
どうなんだろう?
こうやっていい生活をして……
聖女様だって敬われて……
それで僕は、僕は過去の僕を忘れられるの……?
聖女って名前が過去の僕を塗りつぶして、嫌なものを全て消してくれる……?
「……」
自分で言っていてよくわからない。
考えていることが纏まらない。
幸せになりなさいって女神様は言っていたけど……僕の幸せはこうやっていい暮らしをして、昔のことを忘れていくことなの?
ならいっその事魔法で全部の記憶を消した方がいいの?
それで僕は幸せになれる?
女神様が言っていたみたいにこの世界を救えるの?
「……君…わかる……?」
無論返事はなく、片手に持った肌触りの良いウサギの人形ウサたんは、変わらない円な瞳で僕のこと見返してくるばかり。
その宝石のようなピンクの瞳に写っているのは、少し疲れてはいるけれど見慣れた、変わらない僕の顔で……
「……」
ポスンと柔らかいベッドに身を沈めた僕はピンク色の天蓋を見つめる。
前世で僅かな時間を共に過ごした両親、兄弟、奴隷仲間。お世話になった魔法の師匠に、僕を刺し殺した貴族の青年。
ライルやお父さん、お母さん、ユーリにリョウ、ソプラノとフォルコン。それから、それから……
「……イリス……」
僕は辛かった記憶も楽しかった記憶も一つ一つ細部まで、まだ失っていないことを確かめるように正確に瞼の裏側で思い描く。
最初は貴族が大嫌いで……
僕を殺したあの貴族に復讐しようとしてて……
途中から家族を、いつの間にか優しい皆を守りたくなってて……
良くても悪くてもそれは全てが僕を構成するもので、大切なもので……たぶんいくら時間が経ったって変わりようの無いもので……
「……だいじょう…ぶ……」
気がつけば僕は、それらをぜんぶ失いたくないと思っていた……
流石に前回の話は練りが甘かったようで残念なことにお気に入り登録が減ってしまいました……
今回も誤字や脱字、意味不明な点が多々あると思います。
どうかご指摘いただければ幸いですorz




