教皇と聖女
4章です!
短いですが、大きな戦闘もなく平和な章なはずです。
どうかよろしくお願いします(^◇^;)
真ん中部分は回想になっております。
分かりづらくて申し訳ない(°_°)
一体どのぐらいの長さがあるのだろう?
両手の指では数え切れないほど多くの燭台に火が灯され、神や天使達の優雅な営みが壁画として描かれた回廊。
クリスの小さな歩幅では、端から端へと行くだけでかなりの時間を使ってしまいそうなほどに長いそれは、宗教色が非常に強いものであった。
……なんだか…神聖な雰囲気……?
内心で酷く気後れしながらもクリスは、高そうな法衣を纏った妙齢の男の人に連れられてゆっくりと歩き、時間をかけてその中庭に面した長い回廊を踏破する。
「アズラエル嬢、どうぞお入りください」
「……え゛……?」
そして辿りついた先にあったのは神聖な雰囲気が漂っていた回廊の中で一際異彩を放つ、控えめに言っても趣味が悪いとしか言いようのないピンク色の扉。
よくよく見れば表札のようなものが掲げられているのだが、クリスの見間違えでなければそこには可愛らしい文字で“クリスの部屋”と書かれているようにも見えた。見間違えであって欲しかった。
……これは……一体なに……?
少々どころではなく面食らいながらも男の横を通って部屋の中へと入ったクリスを出迎えたのは、案の定というか予想通りというか、なんとも悪趣味な内装。壁一面は勿論のこと、調度品の全てがピンク色で、可愛らしい小物やクッションの類が、所狭しと鎮座した部屋であったのだ。
「……っ……!」
見てビックリ、入ってビックリ。
インテリアには詳しくないクリスであっても流石にこれは……と思わざるを得ないほどの少女趣味で目がチカチカとしてしまう。
「……こ、ここは……?」
あまりの衝撃にクリスは初対面であるということも忘れて妙齢の男を見上げ、小さく疑問の声を投げかける。
そんなクリスを見て何を思ったのだろう?
クリスと目があったのがわかると男性は優し気にニコリと微笑んで言った。
「お気に召しましたか?
では、私はこれにて。
この辺りは本来男性禁制ですからね」
「……ぇ……?」
妙齢の男性は無表情のままに内心で狼狽するクリスを室内に置き去りにする。踵を返し、足早に去っていく。
「……どう…しよう……?」
小さく口から漏れたクリスの疑問に答えてくれる人はもういない。
ピンク塗れの部屋の中に一人置いていかれたクリスは、段々と小さくなっていく男性の後姿を呆然と見送っていたのであった……
…………
………
……
…
「クリスさん、よろしければ寮まで一緒に帰りませんか?」
「……うん…」
それは初めての剣術の授業が終わった後のこと。
僅かに意気消沈した僕とソプラノは、痣だらけになったフォルコン君に丁寧にお礼を言った後で帰路につこうとしていた。
「それほど腕が立つわけではありませんでしたが、私達を庇おうとしたその心意気は評価できますわね。
ほんの少しですけど見直しましたわ」
上から目線でフォルコンを評し、僕へと何気ない様子で手を差し出してくるソプラノ。
「……う…ん……」
僕は内心でとても恥ずかしく思いながらも、その白くて柔らかい手を取る。
「でもクリスさん。何度も言いますけど男の人っていうのは、皆狼ですのよ?
特にあの人からは女好きの匂いがしますからね」
「……うん……」
……女の好きの匂いってどんな匂いなのかな……?
「クリスさんはただでさえ男の人に対する免疫が低いみたいですし……
あまり気を許して隙を見せては……
あら?貴方、どうかなさったのですか?」
「あ、あの、すみません!」
ソプラノと手を繋いで寮まで続く道を歩いていた僕は、僕の名前を呼ぶ声を聞いて後ろを振り向く。
「ア、アズラエルさんですよね?
先生が至急職員室の方まで来るようにと……っ!?」
そこにいたのは顔も名前も知らない少年。
少し背の高いソプラノと似たような身長であれば、同い年のように見えなくもないが、面識がないということはきっと違うクラスなのだろう。
「今なんと?
私のクリスさんに呼び出しがかかっていると聞こえたのですが……。
もしかして下校途中にわざわざ引き返して来いと?
まさか違うとは思いますが、今のはそういう意味でしょうか?」
「え、え〜っと……そこまではわからなくて……」
理由はよくわからないけれど、僕のために怒ってくれるソプラノのことが何となく嬉しくて、僕は彼女に礼を言って宥める。
「……あり…がと…
……でも…だい…じょうぶ……」
僕の方を向いて少しだけ困った顔をしたソプラノは、少しだけ悩んで頷いた。
「……クリスさんがそう言うのでしたら……
でも心配ですから私も着いて行きますからね?
ほら、そこの貴方!いつまでも呆けていないで早く案内しなさい!」
「は、はいっ!」
見知らぬ少年に連れられてソプラノと共に行った先。普段は入る機会のあまり無い職員室には、聖職者と思しき数人の男性達がいた。
「我々はアズラエル嬢に用があってきたのだ。
すまないが部外者は退出していただこう」
開口一番に偉そうな男性の聖職者は、ソプラノを見てそう言う。
「イスラフェル家の私を部外者扱いするつもり?」
「ふぅ……全く聞き分けのないお方だ。
いくら貴女がイスラフェル家のご令嬢であったとしても、それが他人の家の事情にまで首を突っ込む理由にはならないとわからないのか?」
「な、なんて口の聞き方!
聖職者だからって貴族に対する礼儀も弁えないでっ!」
憤慨し、怒りを露わにするソプラノ。
偉そうな聖職者は皮肉気な笑みを浮かべてそれに対応をする。
「話しになりませんな、アズラエル嬢、申し訳ありませんが場所を変えさせていただきたい」
「どうぞこちらに」
「……ぇ……?」
有無を言わせぬ強制力。
ソプラノと一人の聖職者が話している間に、僕は他の聖職者達に何処かへと運ばれていったのであった……
多勢に無勢とはきっとこういうことを言うのだろう。
気がついた時には僕は反論をする間もなく、いつの間にか豪華な馬車へとのせられていた。
「アズラエル嬢いきなりすみません、ですが許していただきたい。
貴女に会いたがっておられる高貴な方がいるのです」
「……こう…き……?」
簡単な説明を受けた僕は、振動の少ない馬車で王都の中心部の方へと向かう。
「あのイスラフェルのなんと躾のなっていないことか。正直幻滅ものでしたな」
「酷く傲慢な態度。
まさに貴族の腐敗っぷりもここに極まれりということですな」
「それに比べればアズラエル嬢は随分と落ち着いていらっしゃる。やはりこれが聖女になられる方との器の違いというものか」
「……ぇ…は、はい……」
そして数人の聖職者に囲まれて辟易としながら僕が辿りついたのはとても大きな教会。
王都の中心部であるからにはアズラエル家の実家とも近いはずなのだが、最近出来たのだろう、その存在を僕は知らなかった。
「アズラエル嬢、ここがつい先日完成したニクズク教が総本山ナツメグ教会ですよ。
どうぞお入りください」
「……は…い……」
あまりの大きさに気圧されながらも僕は差し出された手を取って馬車を降りる。
……こんな大きな教会に住んでいる高貴な人って?
ぼ、僕は誰とどんなことを話せばいいんだろう……
「どうぞこちらに」
僕の前を先導するように歩くのは、馬車で同行していた聖職者達と入れ替わるようにして現われた妙齢の男性。
僕は混乱する頭を抱えながらもその後に続いて……
…………
………
……
…
「……今…至る……」
回想を終えたクリスは、背伸びを一つして辺りを見渡す。
窓一つなく、密閉されたピンク色の部屋から読み取れることは少なく、精々この部屋が色にさえ眼を瞑れば、豪華で人が一人暮らすのには不自由がなさそうだということぐらいだろうか。
でも記憶を掘り下げてみても、僕がこんなところに監禁をされるようなことをした覚えはなかった。
「……どう…して……?」
僕の疑問に答えてくれる声はなく、わかることもない。
……高貴な人と話すって言ってたのに……
も、もしかして誘拐ってわけじゃないよね……?
しっかりと学校の先生達を介したやり取りがあったわけだし、相手が聖職者であることも考慮すれば、犯罪に巻き込まれたという可能性は薄いと考えるのが普通だろうか?
「……むぅ……?」
クリスが頭を悩ませながら所在無げに部屋の中を歩き回っていると、ベッドの上にピンク色のウサギのぬいぐるみが寝ているのが見えた。
小さな女の子に渡すようなそのぬいぐるみは一見すると可愛いけれど、でも、凝視をしているとどことなく不気味で恐い……?
「……君…何か…知ってる……?」
することも無い僕はベッドに腰をかけて少しだけ不気味なウサギの人形をもみもみと揉んでみる。
ウサギの人形の手に吸い付くような柔らかい感触は気持ちがよくて、混乱していた僕の頭が少しずつ冷静になっていくのがわかった。
「……」
とりあえず少し待っていようかな……
返事がないのは寂しいけれど、でも僕の手の動きにあわせてムニムニと体勢を変えるウサギの人形はなんだか意外と愛嬌があって面白い。
もみもみもみ……
「失礼するよ」
短いノック音と共に突然開かれる扉。
「ふむ、もうアズラエル嬢はウサたんと仲良くなって…」
「ぇ―――」
「クリス・エスト・アズラエル。
どうだい?
君の名前に間違いないかな?」
僕の目の前、ピンク色であることを除けば豪華で、使い勝手の良さそうな机を挟んで座った人物がそう僕に問いかけてくる。
「……」
……見た目は悪い人じゃなさそうだけど……
「んっ?
もしかしてクリスは緊張をしているのかい?
大丈夫、私は別に君をとって食べようとしているわけではないからね。
ほら、ウサたんだって大丈夫だって言ってるから」
「……」
砕けた口調。
僕の目の前に座っている人はフレンドリーで、女性のように見えるのになぜか男性的な雰囲気を持ち、優雅な微笑を浮かべてそう言う。
僕の方に向かってウサギの人形を近づけてきさえしなければ、さぞかしいい人に見えたことだろう。
恥ずかしさと情報の少なさから混乱し、僅かに目眩を覚えた僕は救いを求めてあたりを見渡す。
でも眼に入るものはピンク、ピンク、またピンク。
……酔いそう……
「……」
仕方がなくまた視線を前に戻すと……
「……っ!」
いつの間にか僕の眼と鼻の先にウサギの人形がいたのだ。
「おや、驚いたのかな?
ふふふ、すまないね。いきなり呼んでしまって」
手でプルプルとピンク色のウサギの人形を震わせながら、女性の聖職者は軽い口調で語る。
……び、びっくりしたけど…あ、あれ?もしかしてウサギが喋っているように見せてるの?
僕が恐がらないように配慮してくれてるかな……?
「そうだ、そういえばいきなり連れて来られた君は、きっと私のことも君自身のことも何も聞いていないんだろう?」
「……」
無言で頷く僕を見て正直なのはいいことだと男らしい女性の聖職者は微笑み、それに連動してウサギの人形がコクコクと頷く。
心なしか声色も変えているようであった。
「あまり警戒しないでくれると嬉しいかな。
そうだね、それじゃあまずは自己紹介をしよう」
「…は…い……」
僕が返事をしたのを確認してから目の前でクネクネと動くピンク色のウサギは言った。
「私の名前はウサたん。ウサギの人形で君の友達さ。
これからよろしく頼むよ」
「……と、とも…だち……
僕…クリス……」
「ゴ、ゴホン……」
何故か咳払いをし、微妙な顔をした女性の聖職者は言う。
「すまない、私の名前はゴスペル・ニクズク・アレイスター。
ニクズク教の教皇と言えばわかるかな?
学校の授業とかでやらなかったかい?」
「……ニク…ズク……」
僅かに驚いたもののそう言われればそうかと僕の方としてもようやく合点がいく。
豪華な法衣に身を包んで、教会の奥にいる高貴な人などそれこそかなり限られているはずだから。
「……クリスは思ったよりも全然反応をしないんだね。
驚いた顔も嫌いじゃなかったんだが……」
何故か肩を落として落胆した様子を見せる教皇。
ウサたんも首を傾げる動作をしてみせた。
「……?」
何か悪い事をしてしまったのだろうか?
ウサたんがどこか寂しそうに見えた僕がどうしようかと思って内心で考えあぐねていると、教皇は徐に体を起こす。
その教皇の手の動きと連動してウサたんは宙にとびあがった。
「子供相手に駆け引きも何もない……か。
そうだな、単刀直入に言おう。
クリス、今日君をここに呼んだのは、何を隠そう君には聖女になってもらいたいからなんだ」
「…せい…じょ……?」
「そうさ、君には迷える民を導いて、この世界に希望をもたらす天使になってもらいたいんだ」
唐突に、何の前触れもなく非常にスケールの大きい話しを急に聞かされて目を白黒とさせる僕。教皇は人好きのする笑みを浮かべる。
「内容だけは理解してくれたかな?
ライネス殿、あぁ、クリスのお父さんには事後承諾って形になるだろうから少し悪いかもしれないけど……失礼」
「……?」
後半はまるで独り言のように小さな声で呟き、疑問符を浮かべる僕を見てさらに笑みを深くした教皇は、身を乗り出すようにして僕の頬を両手で挟んできた。
ちなみにウサたんは机の上にしっかりと着地している。
「…っ!?」
いきなりのことでビックリする僕が逃げないようにするためか、頬をガッチリと固定した教皇は怪しく眼を輝かせて言った。
「ほらクリス、私の眼をしっかり見て……」
頬に当たる冷たくて大きくて、少し柔らかい手の感触。
互いに吐く息がかかるような距離で僕は、教皇の整った顔を凝視しすることになり、教皇が僕が聞き取れないほどの早口で何かの言葉を紡いでいるのに気がついた。
あれ……?
微風のような何かが僕の魔装当たっているような…当たっていないような……?
「すまないねクリス。
これはこの世界の未来と私の平穏のためなんだ。
他人の意思を自分の都合で捻じ曲げる私はとっても傲慢でね。
わかってはいないかも知れないけれど、私を恨んでくれても構わないよ」
「……?」
申し訳なさそうな表情と共に何故か唐突に謝ってくる教皇。
疑問符を浮かべる僕を見てどう思ったのか彼女は言葉を続けた。
「今日からここが君の部屋で、君は聖女だ。
心配しなくても大丈夫。
勿論学校には行けるように極力配慮もするし、絶対に悪いようにはしない。
こんなことをした後では信じてもらえないかもしれないけれど……でも私は君ぐらいの小さな女の子が苦しむのを見るのが大嫌いなんだ」
……ここが、このピンクの部屋が僕の部屋?
も、もしかして僕は寮から引越しをすることになったの……?
何か嫌なことでも思い出したのだろうか、妙に苦々しい顔をした教皇はパチリと指を鳴らす。
僕に吹きかかる微風が止んだのがわかった。
「ほら、戻っておいで」
……ぁ、そういうことか……
「……」
苦々しい顔から一転、無言で俯く僕の頭を慈愛に満ちた表情で教皇は撫で始める。
「実は私はこの後なにも仕事が無くてね。
どうかな?
少し私とウサたんと一緒にお話をしてくれないかい?」
「……ん……」
柔らかい口調で微笑みながら話す教皇が、首を傾げるウサたんが、何処か寂しそうに見えた僕は暫く考えて……結局コクリと頷いた。
……教皇が僕にしようとしていたことの予想はなんとなくつくけれど……
でも、一瞬だけ苦々しい顔をした教皇が他人のように思えなくて……
たぶん僕は教皇に親近感を抱いていたのだ。初対面であることの気まずさを忘れるぐらいには、きっと……
「そう言ってくれると私も嬉しいよ。
クリスとはいい関係を築けそうだ」
ニッコリと笑う教皇、嬉しそうに揺れるウサたん。
なぜか僕には彼女があまり悪い人には見えなかった……
この話し合いから暫く後に、神に選ばれた聖女としてクリスの存在が公にされることになるのだが、それはまた別の話……
クリス=アズラエル嬢です。
無口なため意志をあまり表明することのないクリスはいつの間にか聖女として崇められることになりました。
なんだか上手く文章が纏まらずスランプかもしれません(>人<;)
暖かく見守っていただけると嬉しいです……




