表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無口な天使  作者: ソルモルドア
魔王の影
38/78

閑話 フォルコンの戦い

二つ目の閑話でフォルコン君のお話しです。


時系列的にもあまり外れてはおらず、クリスがイリスと別れた後の学校のお話になっております( ̄^ ̄)ゞ







 まるで童謡に出てくるような魔王城。


 黒く禍々しくもどこか美しいその城の最奥で今、勇者フォルコンの最後の戦いが始まろうとしていた……






「とうとうここまできたか勇者フォルコンよ……」



 力を解放し真の姿になった魔王から吹き上がる無限の瘴気。

 魔王城の天井がガラガラと音をたてて崩れ、幾つもの雷光が、稲光がはしる曇天の空が露わになる。


 その空はまるでこれから始まる戦いの激しさを暗示しているようで……



「クリス、君は僕の後ろに」


「フォルコン様……」



 折れそうなほどに細く、穢れをしらない銀色の天使。

 僕の肘の辺りを染み一つない嫋やかな手で掴む彼女は不安気な顔をして僕を見上げる。


 僕は彼女に掴まれていない方の手で彼女の髪を掻きあげ、その可憐な額にキスを一つおとした。



「クリス、少しだけ目を瞑っていてくれないかな?

 すぐに終わらせるから」


「フォルコン様!クリスは、クリスはフォルコン様のことがっ……」



 人差し指を彼女の口に当て僕は微笑む。



「わかってる……わかっているよクリス」



 僕は罪悪感を覚えながらも優しく彼女の嫋やかで細い指を掴んでそっと引き剥がした。



「えっ……私の気持ちに…」



 照れながら、それでも僕のことを心配してくれる彼女の目は潤んでいて、とても可愛らしい。


 場所を考慮しないのであれば、今すぐにでも抱きしめてあげたくなるような、守ってあげたくなるような儚さを僕は感じていた。



「でもその言葉は男の僕の方から言わせて欲しくてね」



 片手で光り輝く神刀を抜き放ち、僕は告白する。

 神刀が放つ神聖な輝きが、僕の強い思いが魔王の放つ瘴気を打ち消し彼女を守る盾となった。



「クリス、僕は昔から君のことが初めて会ったその時から好きだった。

 これからは聖女としてではなく、僕の生涯の伴侶として一緒に着いてきてはくれないか?」


「フォルコン様っ……」



 精一杯背伸びをした彼女は目を瞑る。



「クリス……」



 きっと了承してくれたのだろう。

 その慎ましい唇が僕のそれと重なって……



 あれ?なんか妙にザラついているような……



「お坊っちゃま、アルフレッドはとても嬉しゅうございます。

 まさかお坊っちゃまにここまで思っていただけるなんて……」



 キスをしているはずのクリスがペラペラと喋り始める。



 辺りの景色が溶け始めて……






「アルフレッドぉおおおお!」



 僕の目の前にいたのは燕尾服に身を包み、なぜか頬を赤く染めた執事長アルフレッド。



 一瞬で覚醒した僕は辺りを見渡して、即座にここが学生寮であることを把握する。



「な、なんでアルフレッドがここにいるんだっ!」


「おお、お坊っちゃま嘆かわしい。

 先日お手紙で当主様が説明なされたと言うのに」



 僕の頭にホワワワンと浮かんでくる手紙のイメージ。

 クリス嬢からのラブレターかと思ったそれは、父親からのもので……読まずに怒りに任せて引き千切った覚えがあるような無いような……



「う、うむ。

 そういえばそんなことがあったような……」


「はい。これからの学園生活、この不肖アルフレッドがお坊っちゃまのために日々尽くしていきたいと思っております」


「これから…学園生活……」



 絶望的な僕の声をなんと捉えたのかアルフレッドは重々しく頷く。



「当主様からも不純異性交友の禁止を厳命されて参りました。

 フォルコン様に言いよってくる不敬なやからは全てこのアルフレッドが成敗してごらんにいれましょう」


「そ、そんな……」



 項垂れる僕にお食事を用意しておりますといって恭しく礼をしたアルフレッドはその後にああ、とまるで何かを思い出したかのように言った。



「おはようございます、お坊ちゃま」


「ああ…おはようアルフレッド……」



 ああ…今日はとっても憂鬱な一日になりそうだ……












「くっ……」



 午前中に行われているのは座学、武器を扱うに当たってしなくてはならない心構えなど精神的なものを言い聞かせられる退屈な時間だ。



 ……こんなもの僕にはもう必要ないと言うのに……



 チラリと周りに座る愚民共を、否、平民共を見渡せば、腕に覚えのあるもの達が無いものに嬉々として自身の体験を語っているところだ。

 Sクラスと言っても実技の才があるものと、座学の才があるものとの二通りがいるのだから仕方が無い。



「一年の間、あまり学校で武具について学ぶ機会のなかった君たちは今日初めてこの学園の中で武装するわけだが……」うんぬんかんぬん



 ……あぁ、騒ぎたい。僕はもう問題なくこんなこと理解しているということを彼女クリスに伝えたい。



 しかし現実は厳しく、そう上手くはいかないもので……



「お坊ちゃまのご学友の方でございますね?

 ターニッツ家の執事を勤めておりますアルフレッドでございます。

 フォルコンお坊っちゃまはとても五月蝿く、かなり不器用ですが決して悪い方ではないのです。

 何卒よろしくお願い致します」



 先ほどと言い、授業の始まる前と言い、休み時間の度にこう言ってクラス中を回るアルフレッドが常にクラスの後ろに立って僕を見張っているのだ。



「ぐぬぬぬぬ……」



 口から漏れ出るのは文句にすらならない唸り声。



 おい、アルフレッド!貴様いい加減にしないか!僕のイメージを崩して回るんじゃない!



「これはアズラエル家が長女、クリス様ではありませんか。

 お初にお目にかかります。ターニッツ家が執事アルフレッドにございます。

 同じ目線から話す無礼をどうかお許しください」


「…だい…じょうぶ……」



 なっ!アルフレッド貴様ぁああああ!!



「クリス様が噂に違わずとても美しいのでこのアルフレッド、つい見惚れてしまいました。

 あのように情けないフォルコンお坊っちゃまですが、いつも何かとクリス様を気にかけているようでして、今朝などは……」


「チェストぉおおお!」



 今宵の我が愛刀が血に飢えている!

 貴様の紅い血を欲している!



 僕は突っ伏した姿勢から即座に席を立ち、腰の愛刀を抜き放つ。

 数メートルの距離を常識的な速度で詰めてその愛刀をアルフレッドの頭に……



「あら、とうとう尻尾をだしたようですわね。

 私のクリスには指一本触れさせはしませんわ」



 瞬間的に横に出現した金色の何か。首筋に感じる強い衝撃。



「これはソプラノお嬢様。お久しぶりでございます」


「あら、アルフレッド。元気にしてましたか?

 クリスさん、さきほどからあの野蛮な―――」



 この金色の悪魔め……



 そう思ったのを最後にフォルコンの意識はそこでブラックアウトした……










「むっ…ここは……?」


「おお、お坊っちゃま、ようやくお目覚めになられましたか」



 視界にアップで映り込むアルフレッドの顔に一瞬体を硬くするフォルコン。

 だがしかし、今朝のような悲劇はおきなかった。



「お坊っちゃま、もうすぐ4時間目、剣術の授業が始まる時間にございます」



 落ち着いた様子で冷静に話すアルフレッドにフォルコンもようやく今自分が置かれている状況に合点がいく。



「ふむ……つまり僕は休み時間一杯昼寝をしていたということか」


「ええ、勿論でございます。


 お坊っちゃまは決してソプラノ嬢に殴られただけで気絶をしてしまうような貧弱な男子ではございません。

 お昼寝です、お昼寝をなさっていたのです」



 僕は首を傾げてどこか挙動のおかしいアルフレッドを訝しむ。



「やめてくれアルフレッド。

 僕はあの金色の悪魔が大嫌いなんだよ。

 いつも僕の邪魔ばかりして、さっきも……ゔゔ、なんだ?なぜか頭が痛い……」



 あと少しで何かを思い出せそうな……何か、何かとても大切なことを……



「お坊っちゃま、急ぎましょう。

 授業に遅れてしまいます」



 しかし、何かを掴みかけていたその思考はアルフレッドによって無残にも断ち切られ、僕は渋々と言った体で着替えを始めることにする。



「まぁいいか。

 教室で昼寝などという低俗なことをしてしまったことは憂慮すべき一大事だが、過ぎ去ってしまったことは仕方が無い。

 次の剣術の授業でかっこいいところを周りの皆に見せつければいいだけだ」


「その粋でございますお坊っちゃま。

 流石はターニッツ家の次期党首様にございます」



 感極まったかのように頷くアルフレッド。

 僕は胸を反らして豪快に笑う。



「はははは、そう感動するなアルフレッド。

 僕がカッコイイのはいつものことだろう?」



 着替えを終えた僕の腰についているのは家宝でもあり、ターニッツ家の次期党首でもある証の刀。

 自分で言うのもなんだがとても似合っているのだ。




 ……ふふふ、これ以上ない戦力だ……




 フォルコンが学校の授業では真剣を使うことが許されていないということを知り、別にアルフレッドがフォルコンの味方というわけではないと知るまであと5分……










 …………

 ………

 ……

 …









「集合!

 初日の今日は全員に今の自分の力を知ってもらう日とする!」


「ふっ、ついにこの時が来たかっ!」



 適度に広い校庭内に響く教師の声。


 鼻息の荒いフォルコンを筆頭に一部の腕に自信のある生徒達からは小さな歓声があがり、自信のない生徒達からはうめき声が漏れる。



「静かにしろ!


 こちらの方は元王国軍軍曹のコンバット殿。

 今日一日この2Sクラスを担当してくれる先生だ。

 くれぐれも失礼のないようにするんだぞ!」



 若い男性教諭は多少喧しくなった生徒達を注意しつつ、臨時講師の紹介をおこなう。

 そしてタイミングを見計らったかのようにその後ろから現れたのは左腕が根元から欠損し、片目が欠けた厳つい大男。



「はっ?」


「えっ?」



 多くの生徒が息を呑み、軍曹と聞き内心で馬鹿にしていた男爵家や名誉貴族の子息達が顔を青くする。

 勿論フォルコンも例外ではない。



「……俺がコンバットだ!

 何か用がある時は軍曹殿と呼べ!」



 自分よりも遥かに小さな生徒達を睥睨したコンバットは叫ぶ。

 鼓膜をビリビリと揺らす、まるで怒っているかのような怒鳴り声が校庭に響いた。



「ひっ……」



 未だ11歳なれば、何人もの生徒、特に恐怖に慣れていない平民出身の生徒達はその身を強張らせ、震え始める。



「俺が担当するのはこれから3時間!

 地獄からわざわざいかにお前らが弱くてとれだけ無能かを教えるためにやってきた!


 わかるか?

 俺はお前ら、天狗になった餓鬼どもの鼻っ柱を叩き折りにきたんだ!


 復唱しろ!


 戦場に出たこともない俺達は弱い!

 精神的にも、肉体的にもゴミ以下だ!


 ほら、どうした!命令だ!言え!!」


「なっ…」



 たとえ個々の強さに違いはあっても、皆一様に幼い頃から武器を握り、戦うことを強いられてきた貴族の子息達は一時唖然としたように沈黙し、すぐに不満を露わにする。



「お、俺達を馬鹿にするつもりかっ!」


「そんなことをする理由なんてないわっ!」



 そこにあるのはプライドか、それとも矜恃か。

 特に貴族の中でも優秀な武を理由に叩き上げられたものの、ニクズク教が蔓延する今となってはもはや過去の栄光しか持っていない下級貴族の子息達は退かない。


 それを知ってか知らずかコンバット軍曹は彼らを鋭い視線で睨めつけた。



「ふん、ガキ共が!

 貴族の癖に貴様らはこんな単純な命令にすら従えんのか!」



 のっけからの喧嘩腰。

 他人を貶め、身分を弁えない無礼な喋り方。


 青筋を浮かべる多くの貴族の息子達、それを見た軍曹はニヤリと好戦的に口元を歪める。



「まぁいい、まだ人間って認められないような未成年のクソガキ共にしちゃぁ意外と気概があるじゃねぇか。


 それが親から植え付けられたろくでもないものだとしても誇りがあるってのは悪いもんじゃねぇからな」


「へっ……?」



 常に余裕を持って行動するようにしていたため怒りを露わにすることはなかったが、内心で熱く燃えていたフォルコンは思わず疑問の声をあげる。

 多くの生徒も不審そうに顔を歪める。


 コンバットは聞こえなかったかのように先を続けた。



「お前らは知ってるか?

 動物同士、かしらを決めるときにはよぉ、お互いの力を比べあって優劣をつけるんだ。


 わかるか?

 まだ猿みてぇなてめぇらに俺が本当の力ってやつを見せ付けてやる」



 男性教諭から巨大な斬馬刀を受け取った隻腕隻眼のコンバットは右手だけでそれを振り回す。

 ゴゥンゴゥンと空気が音を立てて唸りを上げた。



「そういえば、このクラスにはかなり高位の貴族の餓鬼がいたよなぁ?


 おい、命令だ!でてこい!!」



 ゆっくりと人垣が割れて、そこに取り残されるクリスとソプラノ。


 元々白かった顔をもうそれこそ蝋人形のように白くして震えるクリスと勝気そうな青い瞳で軍曹を睨むソプラノ。



「あら、身分も弁えないお猿さんが私達に何のようですか?」



 巨大な斬馬刀を振り回す大男を前に一顧だにしないソプラノ。

 それを見たフォルコンの心がブルリと震えた。



「言うじゃねぇか……いいな、時間が惜しい。

 二人同時にかかってきな。

 お前らには戦地を駆けた男の強さってやつを骨の髄まで叩き込んでやる」


「あら、貴方如きに私達が負けると思って?」


「ぇ…ぁ……」



 普段から持ち慣れたものではない模造刀を器用に構えて不敵に笑うソプラノ。

 多くの人の視線を浴び、コンバット軍曹から放たれるプレッシャーを浴びて震えるクリス。



 生徒達の中心で二人の小さな少女と巨漢が向き合っていた。



 ……い、一体僕はどうすればっ……



 フォルコンの胸中は複雑だが、決して目の前の光景に臆しているわけではない。



 ……僕はこのまま見ているだけでいいのかっ?

 女の子達が剣を握っている傍で、愛しの天使が震えている横で僕はなにもしないで……



「おらよ!!」



 そしてその思いは斬馬刀を片手に、かなりの速度で距離を詰めるコンバット軍曹を見たときに最高潮へと達した。



「僕がっ!」



 ガキンと校庭に響く高くて硬質な音。



「ほぅ……」


「あ、貴方!何で出てきたのですか?」


「ぇっ……」



 不敵に笑うコンバット軍曹。

 驚き、退けと言うソプラノ。

 眼を見開いたまま驚きの声を小さくあげるクリス。



「女性を守るのがっ…勇者たる僕の使命っ」



 ミシミシと軋む骨、模造刀。

 身体中の筋肉が引き攣り、かなりの負荷がかかっていることをフォルコンは理解し、その上でニッコリと微笑む。


 巨大な斬馬刀を両手でしっかりと掴んだ模造刀で受け止めたフォルコンは女の子二人を背に庇った姿勢で軍曹と向き合い、持ちこたえていたのだ。



「やるじゃねぇか小僧、嫌いじゃねぇぜ」



 強い意志を込めて瞳でコンバットを見返すフォルコン。

 彼は大きな声で名乗りを上げた。



「僕の名前はフォルコン・アルマ・ターニッツ!

 僕が、僕がお前の相手になる!!」




 これを機に、クリスの中で初めてフォルコンがフォルコンとして認識され、この後少なからず仲良くなるのだが、それはまた別の話……




新章に入るに当たってまた暫く連載が休止しますm(_ _)m

ここまで読んでくださって本当にありがとうございました(*^o^*)



誤字脱字、矛盾点、意味不明なところなどありましたらどうか気軽に教えていただけると嬉しいです(>人<;)



お気に入り登録して欲しいなぁ……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ