閑話 ニクズク教誕生秘話
裏話といいますか、内乱の原因になった人の話しです( ̄Д ̄)ノ
内容は不快に感じる方が多いと思います。
適度に流し読みをしていただければ幸いですm(_ _)m
私の名前はゴスペル・ニクズク・アレイスター。
ニクズク教の教祖にして教皇。
導師にして敬遠なる信徒。
王のアドバイザーにして、迷える子羊達の父。
多くの政策を打ち出し、民からの信頼も厚い私であるが、その心根は随分と昔から腐っており、悲しいかな、救い様のない詐欺師である。
はじまりはもう30年は前のことだろうか、しがない商家の長女として私はこの世に生を受けた。
仕事熱心な父と優しい母の元で、兄と共に分け隔てなく育てられていたのは確か8歳ぐらいまでのこと。
裕福というほどのお金はなかったけれど、それでも幸せで明るい夢があったことを幼いながらに私は覚えている。
だが、不幸があって初めて人は幸せというものを理解できるのであって、つまり過去を幸福であったと認識している今の私は、きっとそれなりの不幸を経験していると言ってもいいのだろう。
たとえ坂を転がり落ちるように不幸になって行った私の子供時代がどこにでもあるような、それこそありふれた話であったとしても、それは今の私を形作る大切な記憶で、この身の一部になっているのだ……
…………
………
……
…
「ぐふふ、今回の投資が上手く行けばきっとお前たちにもっと楽な思いをさせてやれるぞっ!」
その日、肥え太り醜い容姿をしてはいるが、真面目で勤勉でもあった父が、美麗衆目、道を歩けば誰もが振り向くような美人である母に得意気にそう話していたのを私は聞いた。
「まぁ、それは嬉しいですわ」
父の内面に惚れたという母は父一筋で、父もその母の思いに答えようと必死に仕事をしていたのを私は覚えている。
「あぁ、ああ。
ようやくチャンスが回ってきたんだ。
ドュフフ、我輩を選んだことを絶対に後悔させたりはしないからな!」
得意げにそう言う父はお世辞にも格好がいいとは言えなかったけれど、でも、美しい母に報いようとしているあたり、きっといい男だったのだろう。
とても暖かかった。
「でも貴方ももう若くないんですからね?
体のことを考えて、あまり無理をしないでください。
私は今のままでも充分に幸せなんですから……」
欲のない母はきっと心の底からそう思っていたのだろう。
夫が嬉しそうに夢を語る姿は好きでも、彼女は別に贅沢な暮らしを望んではいなかったのだ。
「フヒヒ、言われなくてもわかっているさ。
我輩もお前や子供達が一番大切だからな。
体を壊してしまっては元も子もない」
父が額から垂れた脂汗をハンカチで拭う。
母は頼もしそうにそんな父を見つめる。
それが私の記憶に残っている最後の暖かな会話であった。
「ど、どどど、どうして我輩がこんな目にっ……」
薄暗い部屋の中、不規則に散らばる空の酒瓶。
父のただでさえ醜かった体はさらに醜く肥え太り、血色も日を跨ぐごとに目に見えて悪くなっていた。
「貴方もうお酒は……」
「五月蝿い!
我輩を、我輩のことを馬鹿にするな!
お前も内心では我輩のことを嘲笑って……ば、馬鹿にしているんだろう!」
投げられた酒瓶がパリンと割れて辺りに破片が散乱する。
母はまだ幼い私とちょうど物心がついたぐらいの兄を抱きしめてよく泣いていた。
私には到底理解できないことだが、真面目だった人間ほど壊れた時の反動がきっと大きいのだろう。
元々自身の容姿にコンプレックスを持っていた父は過剰なストレスに耐えきれず酒に逃げ、意図も容易く私達の家庭は壊れてしまったのだ。
「貴方っ…優しかった貴方はどこにっ……」
商談が破綻したのか、はたまた他の何かがあったのか。
今となってはどういう経緯があったたのかすらよくわからないが、何かの責任とともに多額の借金を押し付けられた私達の家族の幸せはもう戻ってはこなかった。
「お父さん……」
金で愛は買えない?
真実の愛は金に寄らない?
昔の偉い人が言ったことは確かにそうかもしれない。
きっと間違ってはいないのだろう。
……だが金が無ければ愛を維持することができない、真実の愛は育たないというのもまた一つの純然たる事実なのではないだろうか……
暫くして借金の形になっていた兄はどこぞの貴族の所有物として引っ張られて行き、美しかった母はどこぞの店に売り払われることになる。
父は家財の全てを売り払っていつの間にか消えていた。
今となっては真相は闇の中だが、たぶん幼くても一応女であった私もその手の趣味の人間のために母と一緒に売られていたのだろう。
だが優しかった母はそれをよしとしなかった。
「……いい、私がいいと言うまでここから出てきてはダメよ?
恐い人達に見つかってしまうからね」
入れられたのは家の床下、冷たく湿った土の上。
「…ママ、あたし…ここ、暗くて恐い……」
怯える私に母はキスをして言う。
「ニクズク、ここに貴女の大好きなご本があるわ。
字が多くて難しいかもしれないけれど、でもこれはとっても古くて由緒正しい本。
少し汚いけど、私だと思って大切にして」
ニッコリと笑った母から短い蝋燭と一緒に手渡されたのは一冊の古びた本で、今の私を作った原点となった大切な品。
いつか私にあげると言っていた母の嫁入り道具の指輪はとうに売り払われており、もう私達に残っているのはこの擦り切れた本だけだったのだ。
「ニクズク泣いてはダメよ。
お目目が腫れたらほら、せっかくの可愛いお顔が台無し」
「……うん…」
言い知れぬ嫌な予感に身を震わせる私に母は早口で告げる。
「これから言う事をよく聞くのよ。
朝になって、また夜になったら貴女はその本の背表紙に書いてあるところへ向かうの。
きっと新しいお父さんとお母さんができるわ。
あ、あともし必要になったらこの本も売るのよ?いいわね?」
「…あ、新しいママとパパ……?
そ、そんなのっ…!」
母は力強く私を抱きしめる。
僅かに柑橘系の甘い匂いがした。
「……元気でねニクズク、いつまでも私は貴女のことを愛してるわ……」
もう所構わず泣けるほどにその頃の私は幼くはない。
茶目っ気たっぷりに、でもどこか泣きそうな顔になった母、それが私が最後に見た母の姿になったのだ……
そして私にとって運命の、辛くて長い一日は過ぎる。
母に言われた通り夜になってから家の床下から這い出てきた私を迎えたのはとても殺風景で、それこそ何の調度品もない家。
売り家であると書かれた看板が前の通りには建てられており、私は幼いながらにもう帰る場所がなくなったのだということを認識した……
「ママ……」
幼く、私の小さな掌に残されたのは酷く古ぼけた本一冊と、それに挟んであった幾らかの紙幣。
悲しいかな、優しかった頃の父や面白かった兄と私が一緒に暮らしていたことを証明するものはもう何も家の中には残っていなかった。
唯一手元に残った母の形見ですらやはり役に立つものではない。
「っ……」
本に描かれていたのは御伽噺。
優しい神様が生きとし生けるもの皆に平等に力を与え、良い方向に導くといった絵空事。後半、描かれた幾つもの幾何学的な模様は全くもって解読が不能で、意味不明。
……なんで?一体どうしてママはこんな本をあたしに渡したの?
「……」
それから私はフラフラと覚束ない足取りで母が指示した場所へと向かう。
子供の足で迷いながら歩いておよそ数時間と言ったところであろうか。
早朝になってから辿り着いたそこは母の遠縁の親戚が経営しているという商人の屋敷。
その屋敷の豪華さといえば、当時の、ごくごく普通の、一般家庭の出身であった私からすれば、筆舌に尽くし難いもので、それこそ本当に輝いて見えたものだ。
「今日からあたしはここで暮らすの……?」
まだ現実を直視できてはいないものの、ぼんやりと感じる寂しさの中、本当にわずかに抱いた希望。淡い期待。
でも悲しいかな、そこでの待遇はお世辞にも良いものとは言えなかったのだ。
「小汚い子供だねぇ」
安定した環境があり、生活基盤があって親族の子供一人預かることぐらい容易そうに見えたそこは、実は私にとっての地獄。
「ほらよ、愚図愚図しないで早くその汚い顔を綺麗にしな!」
「いい加減にしろ!
こっちに来るんじゃないってあれほどいっただろう!!」
汚い雑巾を顔にぶつけられたり、残飯を食べさせられるなんていうことは何時ものことで、まだいい方。
酷い時には殴られ蹴られ、無理矢理に性的な暴力を受けた私は、そこで女であることを捨てて自分を偽ることを覚えた。
「あの子は気持ち悪い子だよぉ、いつだって楽しそうにニコニコ笑ってさぁ」
必死に媚を売って冷たい食事を食べる。
本当に貧乏は辛い。
何一つだって思いのままになりはしない。
暖かい家庭で育った私にとって冷たい食事はとっても不味いものであったし、泥水を啜って生きるのは酷く惨めで涙が零れるものであった。
……誰からも愛してもらえないのは悲しくて、辛くて……あぁ、なんでこんなに虚しいんだろう?
必要とされないあたしが生きている意味は?
この世に生きている価値はあるの……?
夜、私は痩せ細った体を抱いて一人で何度も綿の飛び出た粗末な枕を濡らし、薄く、穴の空いた布団で歯軋りをした。
身勝手な父を憎み、優しかった兄と母を恋しがった。
絶対に、絶対にこんなところで終わらない……
辛い環境で培われたのは不屈の精神。
反骨心。
白馬の王子様なんて来ない。
齢一桁にして私はもう夢見る少女ではなかったのだ。
あたしは、あたしは絶対っ……
悔しさや恨みを糧に私は跳ね上がる。
見様見真似で計算を覚え、難しい字を覚え、幼いながらに自分の魅力の引き出し方を覚えた。
それから15年。
体を売ることにも躊躇わず、言うことですら憚られるようなことにも手を染めた私はついにその商家を乗っ取ることに成功する……
「これが……これが全部、私の、私だけの財産……」
たとえそれが誰かの犠牲の上に成り立ったものであったとしても、柔らかい椅子は変わらず体に優しくて、温かい食事は荒んだ心にも染み渡る。
不幸な、本当に不幸な死が続き、最終的には遺書によって私に舞い込んできたこのお金の山が全て私のもの。
「ふふふっ…」
笑いが止まらない。
今まで私を虐げていた奴らの悔しがる顔を思い浮かべるだけで、私の体は踊り出しそうなほどに熱くなる。
でもこの気持ちはなんだろう?
こんなに嬉しいのに、積年の恨みを晴らせたのに、私の心の中にあるのは一抹の……虚しさ……?
「……そぅ…。
私には、私を愛してくれる人がいないんだ……」
豊かな土壌と豊富な水があってもタネがなければ美しい花は咲かない。
曖昧な契約書一枚で吹き飛んでしまうようなお金が、嘘と策謀で固めた人脈がいくらあっても愛がないない私はきっと張り子の虎。
誰かに愛されたい、必要とされたい。
もっとお金が、美味しい食事が、あの温かかった家庭が欲しい。
どこで歪んでしまったのだろう。
既に子供を産める体でもなかった私は男と恋仲になるなどといったことはなく、一度は手にしたお金を撒き散らしてまで宗教を開くことを決意する。
教義は母から貰った本。
情けないかな、私と母を繋ぐ愛の結晶で、不思議な魅力を持ったこの本を私は常にどこにでも持ち歩いていたのだ。
「この力は……」
そしていつしか奇跡が起こる。
本の後半に描かれた幾何学的な模様を読み解いた私は神の力をこの身に宿すことになったのだ……
私は今でも時折ふと思う。
本当にこれで良かったのだろうか?
他にもっと平和的なやり方があったんではないだろうか…と。
でも、結局いくら考えたところで私の辛かった過去が変わることなどあり得ないし、私が今以上に幸せになった未来など思い浮かびもしない。
つまりは……
「こうする他なかったのだよ……」
私がたてた人差し指の先端に幾何学的な模様が浮かび、その中心から小さな炎が噴きあがる。
魔法という人が行える神の奇跡を具現化する。
これは教祖であり、神と交信することができた私にだけ許された技。
不完全ながらに他人の心を操り、認識を捻じ曲げる超常の力。
「ふふふ……」
…………
………
……
…
「教祖様、くだんの件はどういたしましょう?」
「ふむ……」
私は頭の中で言葉を練り、敬遠なる信徒の一人に告げる。
「残念ですが仕方がありませんね……
幾ら神が私達に課した試験であるとはいえ、私達だけで向かうのは些か無理があるでしょう。
冒険者にまずは偵察を依頼してください」
「は、はい!わかりました!
即刻行って参ります」
私はやるべきことを脳内でまとめ、判断して行く。
勇者召喚、異界より力のあるものを呼び寄せるというこの魔法は、かつて確かに存在していたのだ。
古代の書物を紐解けば、1000以上も前、王国を魔王と呼ばれた魔物の手から救ったのもどうやら異界から来た勇者であったという。
「……勇者か……」
透明なグラスに入った血のように赤いワインを片手で回し、空気と攪拌。
口に含めば少しの酸味と苦味、コクの深さを感じた。
「人々を導く希望の光、神の加護を受けて人類を救う勇者……」
幸いなことに、召喚を行う目処は随分昔から立っている。
私とて世界が平和になるのは願っても無いことなのだ。
この世界は私に優しい。
多くの人が私を愛し、必要とする。
唸るほどのお金があれば、もう汚泥を啜ってゴミを食べる必要だってない。
「……意のままに動かせればいいのですけどね……」
クスクスと笑って立ち上がった私はゆっくりと歩いて部屋を出る。
これからあの愚王と大臣、アズラエル家の当主との緊急の会談をしにいかなくてはならないのだ。
私以外に唯一、僅かながらに魔力の素養を感じるあの子ならば勇者召喚をすることもなんとか可能だろう。
なれば今回の会議は決して外すわけにはいかない重要なものとなる。
まぁ、それにしたって確かに面倒臭いのだけれど、どこか父と似た面影のあるあの大臣を虐めるのは嫌いじゃないんだ……
「ふふふ……」
いかがでしたでしょうか?
個人的に、薄っぺらい悪役というのが嫌で付け加えてみた話です(^ν^)
とはいえ不快に感じた方もやっぱり多かったでしょうか。
もしそう思われた方がいらっしゃいましたら本当に申し訳ありませんでしたm(_ _)m
つい本編を書くのに手間取った作者が軽い気待ちで作ってしまった閑話だと思って流していただけると幸いです(>人<;)




