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無口な天使  作者: ソルモルドア
魔王の影
35/78

行き着く果ては……

イリスメインの話です。

なんだか主人公の影が少し薄くなってきているかもしれませんね……



 


「ボ、ボクは一方的にやられて……」



 白い仮面を被った不思議な子供。大体のあらましを聞いたボクは、パチパチという軽い音を立てて燃える薪の前で項垂うなだれていた。



「簡単に…本当に簡単に、何もできないで殺されそうになっちゃってさ……」



 視界を妨げるような霧もなく、透き通るような夜空の下。赤々と燃えるたきぎの温もりはボクの心を溶かし、素直にする。



「情けないよね……


 ボクは自分がとっても強いって……たぶんもう誰にも負けないぐらいに強くなったんだって勘違いをしてたんだ……」



 震える声で俯きながら語るボク。

 無言で聞いてくれる小さな白い仮面を被った子供。

 ボクの恥ずかしい独白は続く。



「でもボクは、本当は凄くちっぽけで…何にも、何もできないままだった……」



 そう、あの頃と何も変わってなかったんだ。



 闘気がないとののしられて……剣の貴族に相応しくないと罵倒されて……



 ボクに優しくしてくれたお兄ちゃんを目の前で失って……

 その死を受け止められなくて……


 ギルドマスターが死んだ時には近くにいることすらできなくて……


 忘れられていたらどうしようって、恐いからって唯一の友達にも会いに行かない情けないボクは……



「恐かった…何もできずに死んじゃうのが……

 とっても、とっても恐かったんだ……」


「……」



 震える声は、僅かな余韻だけを残して闇に溶ける。


 パチパチと爆ぜる薪の音だけがした。



「……みんな……」



 暫しの沈黙の後、ポツリと呟かれる小さな肉声。


 今までの性別すら定かではなかったような声とは違う、女の子のように高い声。ボクの目の前にいる少女は小さく呟く。



「……恐い…から……」



 ボクの目の前に座っている子供は一体何を思ってそう言ったのだろう?



 ポツリとそう言った子供の顔は、白い仮面に隠されていてボクからは見えなかったけれど……でも、なんだか泣きそうな、寂しそうな顔をしているような気がしたんだ……











 …………

 ………

 ……

 …










「ひゃっはぁー!《銀の操者》様のお帰りだっ!!」



 分厚い木製の扉を開いてギルドに帰ったボクを出迎えたのは嘲笑。



「おやおや随分とやられてらっしゃるようですねぇ?相手は一体なんだったんですかねぇ?

 ええ?大きなネズミか何かですかねぇ?」


「がっはっは!

 そいつは親の七光りには荷が重かったなぁ」



 ボクは所々が破れ、血のついたローブのフードを深く被って視線を合わせないように気をつける。


 ボクをバカにしているのは貴族の子息達とその取り巻きで、全国民ギルド員政策の一環で、嫌々ながらにギルドに登録しただけの連中。

 いつだって仕事もしてないくせに偉そうにしている嫌な奴らだから。



「どうしたんですかねぇ?

 なんとか言ったらどうなんですかねぇ?」


「こいつもしかしてビビっちまってるんじゃねぇか?」


「おいおい、大層なのは《銀の操者》って肩書きだけかよ」


「……」



 彼らが貴族政権を打倒しようとした元ギルド員を恨んで、嫌がらせをしたりするのはわかる。ボクに限って言えばこの程度の嘲笑はよくあることで、所謂いわゆる有名税のようなものなのだろう。


 多少嫌な気分はするけど、どうせ口で言ったってわからないんだ。

 だからボクはただ無視をするだけ。



「黙っていないで何とか言ったらどうですかねぇ?」


「無視はよくねぇなぁ、無視は」



 ボクが怪我をしているように見えたからだろうか?


 無言で脇を通り、ベガの部屋に直接行こうとしたボクのことを彼らは威高気に阻む。



「おらぁ!黙ってないでなんとか言えや!」


「親の七光りが調子こいてんじゃねぇぞ!」



 武器こそまだ抜いてはいないが、彼らは無駄に、それこそまるで野生の動物が威嚇をするかのような怒声を張り上げる。



 ……どうしよう…困ったなぁ……



 男達が騒ぐたびに飛んでくる大量の唾。

 これがボクに対する嫌がらせなのだとしたら、間違いなくそれは成功しているだろう。とっても汚い。



「これでも無視しますか……とっても不愉快極まりないですねぇ……


 えぇ、いいですよ。子供だからと言って遠慮は要りません。

 数発いれて己の身の程とやらをわからせてやりなさい」


「へへへ……任せてください」


「こいつ、舐めやがって……」



 何も言わないボクに痺れを切らしたのだろうか、大胆にも彼らは暴力に訴えることにしたようだ。



「……」



 誰か助けてくれないかと周りを確認するが、いるのは内乱以後に入ってきたギルド員ばかり。ボクの知り合いは一人も見受けられない。


 皆が皆ニタニタと嫌な嗤い浮かべているのを見るに、おそらく助けは望めないだろう。世知辛い世の中だ。



 ……面倒くさいなぁ……



「歯ぁ食いしばれ!」



 ボクが考えている間にチンピラのような男の一人が、威圧するかのように鋭く叫び、隙だらけで遅い拳をボクに放ってくる。



 ……当たっても大丈夫そう……



 無駄なところに力を入れ、上半身の力だけで放たれた拳。間近に迫ったそれを見てはいても、ボクは全く脅威に感じていなかった。


 夜通しの任務を終えたばかりの体では避ける方が疲れるぐらいで、棒立ちにて殴られるのを待っていれば、予想通りヒビ割れた仮面を挟んで、頬の辺りにゴンという鈍い衝撃がくる。



「……」



 被害はゼロ。

 仮面が割れることもなければ、痛みも全くない。勿論ボクは一歩もその場を動かない。



「か、かてぇ!

 こいつ!鉄を仕込んでいやがる!!」



 拳を抑えてうずくまり、顔を歪めながら恨み言を叫ぶ男。


 ボクはどこか冷めた瞳でそれを見下ろしていた。



「別に鉄なんて入れてないんだけど」


「うるせぇ!

 こいつ舐めたことをしやがって……」



 顔を熟れたトマトのように赤くし、額に青筋を浮かべて立ち上がった男は、長剣の柄に手をかける。

 自分の仲間が馬鹿にされたと思ったのか周りの男達も皆殺気立ち、拳ではなく各々の武器に手を掛け始める。



 ……わかりやすい人は嫌いじゃないけど……でも、流石にこれは酷すぎるんじゃないかな……?



「はぁ……そろそろどいてくれないかな?

 ……疲れてるボクに君達の相手をしている暇なんてないし、ベガに報告しなくちゃいけないことがあるんだからさ……」



 言葉が少々乱暴で、直接過ぎるのは仕方が無い。

 ボクだって疲れれば苛立つし、お腹が減れば機嫌だって悪くなるんだから。



「て、てめぇ!」



 男達は悪態と共に剣を抜きはなつ。

 構え方もその速度も全員が全員素人に毛が生えた程度。



 そんなんじゃ野生の獣一匹殺せそうにないんだけど……



 ボクは内心で馬鹿にする。

 しかしどうやらまだ相手は切り札をきってはいなかったようだ。



「おやおや、まだまだ余裕そうですねぇ……。


 調子に乗るのはいいんですけど、これを見ても貴方はまだ余裕でいられますかねぇ……?」



 殺気立った男達とは違って余裕の表情で笑う貴族の息子は、意味深に笑って指を鳴らす。



「……?」



 それが合図となったのか、辺りで笑いながらこちらを見ていた人達までもが慣れた様子で剣を持って立ちあがり、数人の男達が扉を抑えに回った。


 ギルドの受付嬢も買収されているのか見て見ぬ振り。



「《銀の操者》様は知っていましたかねぇ?


 ふふふ……まだ若い貴方が、別に貴族でもない貴方が、その地位についていることを快く思っていない人はこんなにも多いんですよぉ」



 ……なんだ……この人達は元々ここでボクを始末するつもりだったんだ……



 木製の扉で大通りから仕切られたギルドは、言ってみれば一つの巨大な密閉空間。

 平素から乱痴気らんちき騒ぎも多く、流血沙汰も多々あるギルドならば、うるさいからと言って衛兵が一々くるわけでもない。ギルド員さえ買収してしまえば、下級貴族でも人を一人秘密裏に殺すことぐらい出来るのだろう。



「へへへ…もう逃げられねぇぞ?」


「怯えて声もでねぇか」


「大人しく土下座をして泣いて許しを請えば許してやるかもしれないぜ?」



 ……でもこの人達は一体何を言っているんだろう?



 眠気からか、疲労からかあまり回らなくなった頭でボクは思考する。



「……意味わかんない」



 目の前にある貴族のドヤ顔はイライラさせられるし、大の大人が複数で一人をリンチするところなんて見たくもない。


 そもそもなんでボクはこんなのに絡まれてるの?



「…邪魔、疲れてるんだからどいてよ……」



 ボクの言葉が意外だったのだろうか?

 目の前にいた貴族の息子は顔に余裕そうな顔に驚愕を浮かべ、すぐに怒りへとそれを変えた。



「こ、この犯罪者のガキが調子に乗ってぇ!」



 相手の罵倒にボクの耳がピクリと反応する。



 ……今、この人なんて言った……?



「お前もあの薄汚い男のように断頭台で首を……がぁ!」



 考えるよりも先にボクの体は勝手に動き、いつの間にか少し高いところにある貴族の汚らしい首を素手で掴んでいた。



「それってマスターのこと?」



 ボクのことを馬鹿にするのは別にいい。

 ボクのを邪魔する程度ならまぁ許そう。



 でも、こいつはボクの前で言ってはいけないことを言ってしまったのだ。



「く、首がっ……折れて…しまぁ…ぅぇっ……」


「こいつっ!」



 貴族が潰された蛙のような声を上げ、ゴロツキのような男達が、多少手錬であるような扉の前の男達がボクに向かって次々と剣を片手に走り寄ってくる。



 ボクも人の事を言えるわけではないけれど、相手との力量差を測ることすらできない彼らはきっと長生きできないだろう。



 そんなことを思いながら、ボクは無感動に言った。



「……『停止』」



 威力を調整して使われた言霊は、相手の呼吸や心臓の鼓動を止めることはなく、その体の自由だけを的確に奪う。



「なっ……」



 呼吸音以外の全ての音が消え、ボクを邪魔する者がいなくなったこの世界。

 ボクは泡を吹く貴族の息子に向かって静かに告げた。



「数が多いからって調子に乗るのはいいよ。

 でもね、ボクは今任務が終わったばっかりで疲れているし、イライラしてるんだ」



 静まり返ったギルドの中にボクの言葉は良く響き、ボクを見る彼らの視線に恐怖が混じる。



「わかるよね?

 もし次にボクの前でマスターを馬鹿にしたら……その時は……」



 ボクは近くにあった木製の椅子を持って……



「殺すよ?」



 粉々に砕いた。












「はぁ、リス。血まみれだった貴方に怪我がなかったのは嬉しいんだけど、でも帰ってくるなりあんまり派手にやらないでちょうだい。

 貴族の方から苦情が凄いわよ?


 ほら、ふふふ、これなんて凄いと思わない?

 侮辱罪、傷害罪、殺人未遂。貴方を死刑にしろって言ってきているわ」


「なにさ、ベガだってそうなるのがわかってて止めなかったんでしょ?」



 昔マスターがいた部屋を少し改装しただけのベガの部屋。

 ギルドの中では一番豪華で居心地のいいギルドマスター室の中で、少し不貞腐れたようにボクがそう言えば、ベガは楽しそうに声をあげて笑った。



「あははは、どう?少しは焦ったかしら?

 でも今無駄に騒ぐ下位の貴族達には、ギルドに命令する力なんてないから大丈夫なのよ。


 いい見世物だったとは言わないけれど、見ている分には楽しかったわ。

 それに私だって流石に危なくなったら止めに入るつもりだったんだから。ほら、そんなに怒らないで。

 う~ん、そうね、あとで美味しいお菓子を進呈するわ、これでいいでしょう?」


「べ、別にそんなに怒ってるわけじゃないよ」



 ニコニコと笑うベガは、陽気で仕事のできそうなお姉さんにしか見えないのだけど、でも、やっぱり元は暗殺者というだけあって何を考えているのかボクにはよくわからない。



「あらあら。

 まぁそんなに気にしちゃダメよ。お姉さんはいつでも貴方の味方なんですからね」



 とはいえ、たぶんボクを気遣ってくれているんだろう。

 考えていることはわからなくても、特に嫌な気持ちはしなかった。



「ふ〜ん、お姉さんって言うけど一体幾つなのさ?

 もうボクと随分長い付き合いな気がするよ?」


「まだピチピチの18歳よ」


「それは絶対に嘘」



 いくら年齢不詳だとは言っても、マスターの腹心の部下で秘書だったのだ。


 たぶん40歳前後だと思われるお姉さんはため息をついて言う。



「はぁ……最近の若い子は厳しいわね……


 まぁいいわ。とりあえず注意を一つ」



 遊びの時間は終わったのだろう。

 プライベートの軽い雰囲気から少しだけ真剣になったベガは、人差し指をボクの前でたてた。



「いい、今回は下位の貴族だったから私も貴方もこうして巫山戯ふざけていられたわ。

 でも気をつけて。もし相手が高位貴族だったらこうはいかないのよ?」


「……うん、一応わかってる……」


「それならいいんだけど……


 一応心配だから最後まで言うわね。


 貴方も知っているとおりとにかく高位貴族は実力も、権力もそれこそ下位の貴族とは隔絶しているわ。

 もし絡まれたら大人しくするか、一旦逃げるのよ。

 すぐに私が司祭を呼びに行くからね」



 貴族社会であるにもかかわらず、なぜか神の元に皆平等という思想を語る宗教が国教となり、全ての国民がその宗教に帰依きえしているということになっているボクらの王国。


 下位の貴族は実質的にその権力のほとんどを失い、仕方が無いことなのかもしれないけれど、我を通すために下手な暴力行為をおこなうことが多くなっていたのだ。



「うん、たぶん大丈夫。

 そんなに強いなら見ただけでわかるしね」



 ところが力を失ってしまったのは下位の貴族だけで高位の貴族は別。

 彼らは直接的な権力を奪われたとしてもその伝手は広く、強者の血筋であれば一般人よりも遥かに力が強い。


 ベガがボクに警告するのもわかるぐらいには強い。



「ならいいわ。

 はぁ、本当に困っちゃうわね……」



 だが、たとえ高位貴族であったとしても、ニクズク教に所属していることになっている今、教会に表立って逆らうことなどできはしない。

 面倒事がおきた際は、相応の寄付を払って司祭に助けを求めるのが吉なのだ。



「……近いうちにきっと貴族か、王族か、もしくは聖職者がいなくなるでしょうね。

 お互い相容れない関係であることは一目瞭然だし……」



 憂いを帯びた顔をしたベガは、きっとまた多くの血が流れるかもしれないということを危惧しているのだろう。

 子供にだって、それこそボクにだって今の王国が酷く歪んでいるのはわかるのだから、もしかしたらもうさほど長くはないのかもしれない。



 でも、どうして同じ人間同士で争っているんだろう……

 ボクらの敵は人じゃないのに……



「とはいえ、私やマスターが想像していたようなやり方ではないけれど、王様も内乱につけ込んで貴族の力を削ぐだなんてかなりのやり手よね。


 かなり強引で、戦争も辞さないような過激な方法だったのは確かだけれど、でも、そこの辺りの姿勢は素直に尊敬できるわ。

 宗教の教義も平民に優しいし」


「貴族の力を削ぐかぁ……王様がいい人ならやっぱり貴族が全部の元凶なのかなぁ……」



 もし、このまま宗教サイドの力が増して貴族が没落することになったら……その時、その時クリスちゃんは一体どうなるんだろう……?

 元気にやっていけるのかな……



 ボクの脳裏に銀色に輝く可愛らしい女の子の少しオドオドとした姿が浮ぶ。



「そうね……やっぱり貴族がいる限り真の平和は訪れないのかもしれないわね……」



 そう呟いたベガは暫し虚空を見つめて、パンと一回手を打ち鳴らした。



「まぁ話していても仕方が無いわ。

 じゃあ《銀の操者》、そろそろ今回の依頼の首尾を教えてくれるかしら?」


「うん。


 あっ、ちょっと待って……

 あ、あのさ……うん、報告が終わった後でいいんだけど、少し調べて欲しいことがあって……。

 大丈夫かな?」


「え、ええ。

 リスから頼みごとなんて珍しいわね。


 とはいえ少し時間がかかるかもしれないけど平気かしら?

 いいなら後で詳しく内容を教えて頂戴」



 大きく頷いたボクは小さく微笑む小さな銀色の女の子の姿を幻視する。



 ボクは決めたのだ。もう死に直面した時に後悔なんてしたくない。



 待っててねクリスちゃん。もうすぐ会いに行くからね……




大学の試験が近く、あまり執筆する時間が取れないため次の話の投稿が遅れてしまいそうです。


極々僅かとは言え、呼んでくださっている方々には申し訳ありませんが、どうか末永く待っていただけると幸いですorz

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