新たなる命の胎動
書き溜めていた二話目です*\(^o^)/*
……ドクン……ドクン……
耳を打つのは命の鼓動。
「ーーーー」
鼓膜を揺する、意味をなさないくぐもった声。
その声に惹かれるようにして、徐々に僕の意識は覚醒していく。
……ここはどこだろう……?
最初に頭を過ったのは疑問。
答えを探して、妙に重たい瞼を開いてはみたものの、見えるのは闇ばかり。
……もしかして、死後の世界……?
思うように動かない体。一寸先はおろか、自身の体すらも見ることができないほどに濃密な闇。
何かに包まれているのだろうか?人肌程度の温もりと共に、何故か感じたのは安心感。
……なんだか気持ちがいいけど……でも、この音は……?
闇の中に響く、どこか聞きなれた、ドクンドクンという一定のリズム。
……これは……心臓の音……?
そう、たぶん、それは二人分の鼓動。
そして僕は理解した。
……そっか……僕は生まれ変わって……うん、つまりここはお母さんのお腹の中なのかな……
この鼓動は僕とお母さんのものなのかな……
生前、いや、前世において、自分の親には忌み嫌われ、使われないものとして売られた僕。
……母親なんてものに良い感情を持っているはずがないのに……
……でも、なんでだろう?……不思議と安心する……
暗闇の中。何も見えない漆黒の世界。一人でいるのに、一人じゃない。
長らく忘れていた温もりがそこにはあった。
……これが、お母さん……たぶん、きっと、本当にそうかはわからないけど……
誰かと一緒にいる。一人じゃない。
それが何とも嬉しくて、幸せで……初めて感じるお母さんの温もりに包まれて、僕はいつしか深い眠りについていた……
「ーーー」
唐突にはしる鋭い痛み、頭にかかる圧力。
妙に近くから聞こえるくぐもった声。
……痛いっ!……
堪らずに声を上げたかどうかはわからない。
でも、それは到底耐え切れるようなレベルの痛みではなかった。
……割れる!僕の頭が割れちゃう!!……
ゴリゴリと何かが僕の周りで震え、僕の頭を、体を押しつぶす。
もはや頭の中は痛いという感覚で飽和しており、状況を理解する余裕なんて、僕にはなかった。
「ーーー」
悲鳴をあげ、死に物狂いで出来る限り体を捩って、一体どのぐらいの時間がたっただろう。
永遠にも思えたほどの苦痛。視界が光で満たされてようやく、僕は地獄の苦しみから解放されたのだ。
……や、やっと終わったの?……
しかし今度は、痛みで痺れている僕の背中を、誰かが力強く何度も叩いてくる。
ドスンドスンと体全体に響く振動。叩かれるたびに震える体。
……痛いっ!痛いよっ!!……
鞭で立てなくなるまで叩かれていたあの頃の記憶が、チカチカと僕の中でフラッシュバックする。
僕は必死にやめて、と言おうと口を開いて……
ボシュ!?
いきなり胸の中で何かが膨らむ感覚。
間髪入れずに流れ込んでくる冷たい空気。
「おぎゃぁあああーーー!」
驚愕と鈍い痛みで体力が尽きるまで、ひとしきり泣いた僕は、考える余裕もなく、痛みの残滓を引きずったまま意識を失った……
…………
………
……
…
黄金色をした満月が天頂にさしかかる。つまりは真夜中。
全ての物流の中心地にして、王のお膝元と言われる王都。
選ばれし人間、貴族以外のものが入ることを許されない一角。
そこには四大貴族と言われ、王都から見て東側の地を司る大貴族の邸宅があった。
「……クリス…エスト…アズラエル……」
多々ある広い部屋の一室。
豪華な天蓋付きのベッドに腰を掛けた幼女がそっと呟く。
彼女の穢れを知らない銀の長髪は、窓から零れた月光にキラキラと煌き、おそらく陽の光を浴びたことがないのだろう、その純白で肌理の細かい肌は、薄いネクリジェで覆われていた。
「……女……」
一言で言えば、童話に出てくる天使のように美しい少女であろうか。
そこにいたのは少なくとも、並の言葉では言い表すことのできないほどに美しい幼女、美幼女であったのだ。
「……少し…眠い……」
彼女が発しているのは、奇妙に切れ切れの言葉。彼女は、パフンという軽い音をたてて、背中から大きなベッドに倒れこむ。
「……うん……」
しっかりと意味を理解して言葉を操っているようではあるが、目を凝らして見れば、その子供が、実は未だ二歳にも満たない小さな子供であるということが理解できるだろう。
にわかに信じ難いことではあるが、実は幼女と呼ぶことさえ憚られる年齢なのだ。
「……まさか…女……」
感情の起伏に乏しいのだろうか?能面のように変化をしない、彼女の美しい顔。
「……困る……」
最近気がついたことなのだが、どうやら僕は女の子になってしまったようなのだ。
未だ赤子のような体であれば、性の葛藤などというものはあってないようなもの。元々の性格も男らしかったわけではない。とはいえ……
「……なんだか…複雑……」
いざ男をやめてみるとわかるのだ。
なんとも言えない不思議な感覚。今まであった大切な物が無いと言うのは、ことのほか寂しいもの……
「……どうしようも…ない……」
ポツリとクリスは、鈴を鳴らしたような美しい声で呟く。クリス・エスト・アズラエル。これが今生の彼女に与えられた名前であった。
「……他…やること…ある…から……」
もはや諦めの境地。
最初の数日こそ、なれない感覚に戸惑っていたものの、これが現実であれば、変えようのないことなのだ。追々慣れていくしかないのだろう。
「……魔法……」
ベッドの上に転がった姿勢のまま、クリスは眼を瞑る。
魔力は魂につく。
つまり、眼を瞑ればわかるのだ。自身の奥に眠る力の波動、前世から引き継いだ魔力の存在を感じるのだ。
「……女神様…強く…なる……」
小さな拳を握って、女神様と呟く彼女は未だ一歳と少し。完全な箱入り娘。
ここがどこなのか、今が何年なのか、家族の人数は何人なのか。
基本的な情報ですら持ちえない現時点において、体内の魔力を増やすこと以外、クリスにはやることがなかった。
「……んっ……」
明確な目的を持って前に突き出されたのは、小さな、とても小さな赤子の掌。
僅かな集中。ようやく最近になって自由に動くようになった、その掌の上に不思議な力が渦を巻き、ボッという音と共に、蝋燭大の小さな炎が一つ浮かぶ。
「……」
一つ、二つ、三つ……
小さな掌の上に浮かぶ沢山の小さな炎。
それが、揺らめきながらゆっくりと宙を回転し、数を増やして行く。
「……ふぅ……」
魔力とは眼には見えない不思議な力の総称。
だが、目には見えなくても、筋肉のように使えば使うほど、鍛えれば鍛えるほどに増えていく。
細かい操作は頭の体操代わりにもなるし、集中力の増加にも繋がるのだ。
「……んっ……」
幼女は目を瞑ったまま、一旦炎を消して、危なげなく大きなベッドから、床にひかれた絨毯の上に降り立つ。
「……立てた……」
まるで巨人の世界に来てしまったかのような不思議な感覚。
幼女の低い視線から見える世界は新鮮で、未だに慣れないもの。
「……歩く……」
プニプニとして頼りない幼女の足。彼女はトテトテグラグラと揺れながら、ゆっくり部屋の中心へと進んでいく。
「……」
幼女の静かな息遣い以外何も聞こえない闇の中。
時間にすればおよそ一時間ぐらいであろうか。
長時間の瞑想の後に、ゆっくりと部屋の中心にいた幼女が目を開く。
露になったのは、クリッとした銀色の大きな可愛らしい瞳。
「……これで…終わり……」
ユラユラと揺れて結局尻餅をついた彼女がやっていたのは、魔力を薄く放射することによって、目を瞑りながらにして周りの全てを把握するという荒技。
生前、不意を打たれて死んでしまった彼が、同じ轍を踏まないようにと考えたことだ。
ちなみに、将来的には常に体の周りに防御壁を張り巡らして、目を瞑っていても、体の後ろからでも、どんな時にどこを攻撃されても、きかないようにするのが目標である。
……流石にまだ全然魔力が足りなくて、そこまではできないけど……でも、これからの修行次第ではきっと、ね?……
「……ふぅ……」
僅かに感じた達成感。
魔力を使い過ぎた反動か、低すぎる年齢のせいか、彼女は幾度となく転びながらも、そのプニプニとした手足でなんとか小さな体をベッドの上に押し上げる。
「……おやすみ……」
暗闇に溶けていく、可愛らしい就寝の挨拶。
しかし、彼女の言葉に反応を返すものはいない。
まぁ、前世からそうであった彼女はさして気にすることもなく、深い眠りについたのだが……
《人物紹介》
クリス……主人公。現在二歳手前。現女、元男の娘。
誤字脱字、意味不明なところがありましたらご報告いただけると幸いです( ´ ▽ ` )ノ