閑話
本編でチラリとだけ登場したフォルコン君の話です。
覚えている人いるかな……?
僕の名前はフォルコン・アルマ・ターニッツ。
王都から見れば東の地、大きな湖に面した町レイクサイドを中心としてそこら辺一帯を支配している子爵家の嫡子で、同時に将来を渇望される天才剣客でもある。
「……で、そんな僕がわざわざ王都に出向いてまで、そんな野蛮な学校に進学しなくちゃいけないのかい?」
僕は柔らかい肘掛け椅子に座って甘いカクテルを飲みながら執事長でもあるアルフレッドに問いかける。
「はいでございますお坊っちゃま」
彼は卒の無い態度で肯定し、白い手袋をした左手で片眼鏡をおしあげて言った。
「お坊っちゃま、そう嫌そうなお顔をなされると幸せが逃げていってしまいますよ?
世界はお坊ちゃまが思っているよりも遥かに広うございます。
王都に行けばきっとお坊っちゃまのお相手になるような素敵な女性とも巡り会えることでしょう」
「……はぁ…でもアルフレッドも知っているだろう?
僕は武器を振り回すような乱暴な女性が……いや、乱暴で粗暴で……そう、つまりはムキムキな女性が好きではないんだ。
王立剣術学園、名前からしてもう粗暴な女性しかいないんじゃないかい?」
父上から渡されたパンフレットに書かれていたのはあまりに安直なネームをした学校の情報。
最低限とはいえ、文官志望の子にも剣術を必修としているこの学校がマトモなわけがない。
溜息をついて言う僕にアルフレッドは困った顔をする。
「……そうですね……では、こう致しましょう。
お坊っちゃまは王都についたらまずその武勇を周りの者達に知らしめるのです。
……一例をあげますと、たとえば学園で行われる武道大会に出て優勝するなどですね」
「……アルフレッド、僕は君が優秀だと思っているんだけどね、果たしてそれは僕に何かメリットがあるのかい?」
「はいお坊っちゃま。
僭越ながらご説明致しますと、武勇が広まり、名声が得られるということはそれがそのまま将来に役立ちます。
それに学園で行われる大会に関して言えば、優勝者は王様が自ら表彰し、王宮に招待するなどといった特典もあるそうです」
「……」
ここで僕は手に持ったカクテルをサイドテーブルの上に置いて一考。
「んっ……つまり王宮にいる嫋やかな女性を伴侶に選べるチャンスがあって、ほんのついでに将来使えるコネを作れるということか……むむむ……」
僕のよく回る思考に感服し、おっしゃる通りでございますと頷くアルフレッドを後目に僕はさらに深く考えこむ。
……王都には色々な食べ物があって、やっぱり質の良い食べ物を食している貴族には美人が多いらしい。うむ、このことから考えて王宮にいるような女性なら尚更美人なのだろう……じゅるる……
い、いや、欲望をオープンにしては行けないぞフォルコン!
不純な動機だと父上に知られたら王都行きがキャンセルされてしまうかもしれん。
ふむむ……おお!王都とはやはり色々な所から武人が集まってくる地。
これはあ、あくまで修行のためにも絶対に行かなくてはならないぞ!そうだ!己を磨くためだ!
「ア、アルフレッド。
非常に不本意だけど僕は王国にある学校に進学することにするよ。
あ、ああ、念のために言っておくが、王都にいる貴族の美しくて嫋やかな女の子達には別段興味があるわけではないし、全くと言っていいほどに意識したりはしてはいないからな。
まぁ、そこまでアルフレッドに言われたら仕方がないんだ。
わかってるな?僕は仕方が無いから行くんだぞ?刀の修行にだからな?」
「おお、ご立派にございます!
色事に興味すら示さないお坊っちゃまのその立派な姿勢!
刀に生きるお坊っちゃまにこのアルフレッド、心底感服いたしました!」
片眼鏡の下にハンカチを差し込んで涙を拭うアルフレッド。
僕は多少の罰の悪さを感じながらも言う。
「う、うむ。
で、でも別に出会いが嫌なわけではないんだぞ?
自分から避けたりはしないんだからな?
ほら、向こうから言い寄ってくる可能性だってあるし……
ま、まぁともかく僕は修行に行くんだ。
父上にもしっかりとその旨を伝えてくれ」
「御意にございます。
ですがアルフレッドはお坊っちゃまの成長がもう嬉しくて嬉しくて……
つい先日までは可愛い女の子と遊びたいなどと恥ずかしく、情けない、次期当主にあるまじきゴミ屑のようなことをおっしゃっていらしたのに……」
「い、いいから早く行け!
僕はこれから刀の修行をしなくてはいけないんだ」
いつの間にかニヒョニヒョと笑っていたアルフレッドを追い出した僕は刀を手に取って溜息を一つ。
「あぁ、きっとクラスの可愛らしい女の子達から沢山求婚されるんだろうなぁ……でも僕はあんまり乱暴な女の子達は趣味じゃないし……困ったなぁ……」
「ここが王都か……
う、うむ、ま、まぁこれからこの僕が6年間も過ごすところなんだ。
やっぱりこのぐらいは当たり前だな」
僕は片手で太陽の光を遮るようにしながら優雅に立ち、よく整頓され色合いも美しく豊かな王都の町並みを臨む。
「アルフレッド、あそこに見えるのが僕が今度呼ばれることになる王宮というやつだろう?
少し下見に行かないか?」
「いいえ、お坊っちゃま。
あそこに見えるのがお坊っちゃまがこれから通うことになる学園、王立剣術学園にございます」
「なっ!なに!
あ、ああうん、やっぱりそうか。
素晴らしいぞアルフレッド!
や、やはり王都ともなれば僕の屋敷と変わらないぐらい立派な学校じゃあないか」
「お坊っちゃま、お言葉ですがターニッツ家は現在金欠にございます。
お屋敷だけで比べても大体10倍ほどの大きさがあるかと。
ご自分の実家の大きさぐらいは把握していただけないでしょうか?」
「……」
「それと僭越ながら訂正させていただきますが、王宮に召還されるのはあくまで武術大会で優勝した一人だけ。
まだお坊ちゃまが呼ばれると決まったわけではございません」
「…………」
僕はゆっくりと豪華な馬車の荷台からおり、刀を帯びる。
「もういいアルフレッド。
僕はここから一人で歩いていく。
荷物は寮の方に運んでおいてくれ」
「お、お坊っちゃま!」
僕は馬車から華麗に飛び降り颯爽と駆ける。
この町はこれから僕が長い間お世話になる街なのだ。
あんなダメ執事なんて放っておいてゆっくりと視察をしておかなければならないのだ。
「お、お戻りください!また迷子になりますぞぉーー!!」
現地人以外にとっては異界とも言える王都の街並を探索して数日。
僕はパリッとした制服を着こなしつつ学校、王立剣術学園の入学式なるものに参加をしていた。
「うぬぬ、こんなに薄汚いところから入場するのか……」
連れて来られたのは体育館の裏。
多くの受験生がワラワラたむろっている中クラス確認の表を見ることもなく僕は迷いなくSクラスと書かれた看板のところに行き、背の順と言われたのでとりあえず一番後ろに並んでみる。
「ふん、愚民共めがっ!」
そしてまずは威圧を込めて一言。
多くの人を前にして急激に高まって行く僕のテンション。
お目付役のアルフレッドがいない今日は尚更高い。
……ふふん、でもまぁ案外張り合いがなさそうだな……
「あっ、君は平民だよね。
ふふん、悪いけど少し腰を屈めてくれるかな?
少々前が見えなくてね」
僕は前にいる平民の頭越しから辺りを窺い、ライバルとなり得る家柄の人間を探す。
……ふむ、あまり大した奴らはいなさそうだな……
どうやら僕の学年は多くの平民と下級貴族だけで構成されているようで、一見子爵家の次期当主である僕のように高貴なオーラを纏っているものはいない。
将来の伝手が出来ないのは残念だけど…当たりといえば当たりか……
うむ、まぁ僕と釣り合うぐらいには顔立ちがいいものも何人かはいるしな…うへへへへ……
「だが今はまだ時期尚早。
青い果実を摘み取るほど僕は愚かではないからなっはっはっはっは!!」
この時には既に彼の周りを避けるようにして多くの人が距離を取っているのだが、幸いなことに彼は気がつかなかったのであった……
「あれが王という輩か……確かにその身から溢れる高貴なオーラ、あれが育ちの違いと言うものかっ!」
入学式で王様の話しを聞き終え、次は入学後の説明を聞くために僕は単身でSクラスと書かれた教室を探す。
探索は順調にすすんでいるはずだったのだが……
「く、くそっ!ぬかった!!
まさかここも異界であったとはっ!」
複雑な校舎の中はまるで迷宮のように姿形を変えて僕の行く手を阻む。
……くっ……呑まれる前に走るべきか?寧ろ慎重にゆっくりと走るべきか?
いや、だが、不用意に作戦もなく動くのは危険だ……
不測の事態の到来。
僕の高性能な頭脳は置かれた状況を一瞬で観測し、分析を終え、結論を弾き出す。
……よし!とりあえず曲がる方向を決めて進もう!
片側の壁に手をついて進めば迷うことはないはずだ!
僕は右手の壁に手を置きながら、一つ目の曲がり角を滑らかに右に曲がり、その次の曲がり角を無駄なく右に曲がり、さらにその次の曲がり角では鋭く右に曲がる。
「くっ……やはりここはっ…」
だが、現実は僕の高性能な頭脳の遥か上をいっていた。
額から垂れる冷や汗。
10を超えて曲がり角を曲がったあたりで僕は見ている景色に変化がなく、常にループしていることに気がついたのだ。
……くそっ、囚われたっ……
焦り、嘆いてももう遅い。僕は魔物に捕まってしまったのだ……
「やはり不純な気持ちで王都に来たのが……」
「あら、そこの貴方?
柱に右手をつけて一体どうなさったのですか?
貴方も新入生ですよね?早く教室に行かないと遅れますわよ?
……聞いていますか?」
まさに地獄に仏。
闇に差す一筋の光。
異界に咲く一輪の美しい花。
「君は……」
僕が目線をあげるとそこには……
「私の名前はソプラノ・ノール・イスラフェル。
今年からこの学校入学することにーーー」
「……」
金髪のうるさい女の子の後ろに無言で佇む銀色の天使がいたのだっ!
どうでもよい有象無象の自己紹介の後に席を立った僕の小さな天使は無表情のままにスタスタと早足で教壇に上がる。
天使が歩くたびにスカートの下から覗く陽にあたったことがないのではないかと言うほどに白くて滑らかな肌。
腰の下まで伸ばされた銀の美しい髪の毛はサラサラとしていて陽の光に反射すれば、まるで宝石のように美しく輝き、おそらく剣を一度も握ったことがないのだろう、細くてスラリとした指先には傷ひとつ無く、一日中嘗めまわし続けたいぐらいの逸品だ。
……な、なんとす、素晴らしい…うじゅるるるる……
心の声が出ていたのか幾人かの人達が何故か僕の方を向いて蔑むような顔をしている。
……こらっ!授業中に後ろを向くな!
今は彼女が自己紹介をしているんだぞ!なんて失礼な奴らだ。
ほら見ろあの美しく、朱に染まった頬を!なんて芸術的なんだ!
「あ、あの…クリス様、自己紹介をしていただきたいのですが……」
見惚れていたのか随分と時間がたっていたのだろう。
かなり平身低頭といった程で僕の天使にお願いをする教師。
さらに赤くなってオロオロとし始める天使。
……僕の許可なく天使に話しかけたことはまさに万死に値することだ…いや、だが、まぁ今の天使はとても可愛いから許してやらんこともないな。うむ、グッジョブだ。
「………リ………」
「ほえ?」
唐突に聞こえたの小さな、本当に小さな鈴を鳴らしたかのように綺麗で澄んだ声。
もしかして考え事をしていて聞き逃したのかと思ったが周りの反応を見るにそうではなかったのだろう。
僕の天使は聞き取れないほどの小さな声で何かを一言だけ呟いて礼をし、すぐに自分の席についてしまったのだ。
「な、なんと……」
驚愕と悲しみの感情で板ばさみされる僕。
元々無口な子なのか……いや、もしかしたらあれは僕以外の有象無象に名を名乗りたくないという意志なのでは……?
前のほうでは先ほど無礼にも僕に上から目線で話しかけてきた金髪の女の子が何か慰めるように僕の天使に触れているがそんなことは関係ない。
僕はチラリと悲しそうに目元を拭う天使の姿を見てしまったのだ。
……そうか、そうか。そんなに屈辱的なことだったのか……
僕はもう他の人の自己紹介なんて聞かずに自分の思考に埋没していく。
明晰な頭脳は大忙しだ。
……そうか、可愛そうに……うん、わかったよ。あとで僕が慰めてあげるから元気を出すといい。
僕は自他共に認めるイケメンスマイルで彼女の方に笑いかける。
……ええフォルコン様、待っています。
―――彼女のとっても可愛らしい微笑みが見えた気がした――――
ちなみにこの後、哀れフォルコン君はクリスに話しかけに行こうとしてソプラノの権力の前に軽く撃退されるのだがそれはまた別の話……
ファサっと髪をかきあげた僕はキラリとイケメンスマイルをしつつ、いかに僕の剣士としての腕前が凄いかを高らかに周りの人間に言い聞かせていた。
勿論、学園の中での社会的地位を高めるという副次的な意味合いもあるし、あの可愛い天使の気を引きたいからという下心だってある…いや、寧ろそれしかないのだが……
「……はっはっは、それでね……」
チラリと窓際の一番前の席に座る僕の天使の姿を確認。
悲しいかな、力不足であった僕は金色の悪魔のせいで彼女の心の氷を溶かしてあげることができなかったのだ。
……今はまぁいいさ、少なくても僕には権力も実力もある。
幸い向こうも僕のことを意識してくれているはずだし……
僕は鞄の中から徐に昨日徹夜して書き上げた一枚の手紙を取り出す。
本当は早朝にでも天使の机の中に入れておくか手渡しをしたかったのだが、有名な僕なれば周りの目が邪魔でそんなことができなかったのだ。
「まぁ、やっぱりフォルコン様は凄いのですね!
その野犬の群れを退治した時の話しを私はもう少し詳しく知りたいですわ!」
「あぁ、うん…あの時はね……」
僕は適当に返事をしながら器用に指先だけを動かして昨日一日かけて書き上げたラブレターを皆に見えないところで紙飛行機の形に折り上げていく。
我ながら恐ろしい考えだとは思うのだが、つい思いついてしまったのだ……そう!この紙飛行機を事故を装ってあの天使の下に届けてしまえばいいと!
「……ああ、うん。2、3頭切り伏せたあたりからは早かったね。
方位も崩れてくるし、警戒心から近寄ってこなくあるあいつらを光よりも遥かに速い速度で1匹ずつ狩っていくだけの簡単な作業だったから。別に誇れることでもなんでもないさ」
「まぁ!フォルコン様は謙虚なんですね」
周りの賛辞を聞きながらの僕はようやっと完成した紙飛行機を取り出す。
「あぁ、そうだった。今日はみんなに見せたいものがあるんだよ」
勿論今まさに思い出したという感じを取り繕うのも勿論忘れてはいない。
備えあれば憂いなしだ。
「まぁ、フォルコン様、それは一体なんですの?」
「私の領地でも見たことがないものですわ」
「僕も見たことがないものです」
男爵家の男子が不思議そうに僕が指先だけでおった少し不恰好な紙飛行機を見つめ、筋骨逞しくブスな女の子は不思議そうな顔をする。
「いや、まぁ君達が知らないのも無理はないさ。
おっと触らないでくれないかな?壊れてしまってはいけないからね」
「あ、はい。申し訳ありませんでした」
「いやいや、次から気をつけてくれればそれで構わないよ。
で、少しを説明するけどね、これは随分前、約1000年以上も前の時代の貴族の子息達に親しまれていた遊び道具なんだ」
「す、凄い……」
顔色を変えて驚きを露わにする少年少女達を少しだけ気分を良くして見渡した僕はさらに詳しい説明を付け加える。
「真実か、虚構かは今となってはもうわからないことだけど、大昔においてはこれの何倍も大きな鉄の塊が空に浮いて、多くの人がそれに乗っていた時代もあったらしいんだ。まぁマイナーな知識だよ。
っと、まぁそんなことはどうでもよくってね、じゃあ今から遊び方を見せてようか」
興味津々と行った様子の子供達。
僕は内心で作ったフォルコン号に強く願をかける。
飛べ!フォルコン号!愛を乗せて!
彼女の下に僕の思いを……届けぇえええ!!!
「ふんすっ!」
全力で投擲され、狙い違わず風を巧みに掴んで飛翔する僕の熱い思いは銀色の天使に向かって最短距離で進み……
「なっ!?」
ソプラノとかいう金色の悪魔がノートを使って起こした風で僅かに進路を逸らして窓の外へと飛び立って行く。
呆然とする僕を見てクスクスと小さく黒い笑みを漏らすソプラノ。
外へと飛び立って行く紙飛行機を見て嬉しそうに話す周りの少年少女。
「掠めたのに……あと少しだったのに……」
こうして僕はまた一つ敗北を重ねることになったのだ……
はい、非常にくだらない話です(°_°)
お目を汚し失礼しました(´-`)




