内乱 ①
24話です!
ギルドマスター→ライル→クリスといった視点の順番になっています。
少し三人称っぽくて読みにくいかもしれません(汗)
時は経ち、それはクリスの父親であるライネスや、リスという名前でギルドに登録しているイリスが王都を発ってから二日後の夜のこと。
国境を守る貴族を含めた王国軍、国内の治安を維持するギルド員という制度自体が悪かったのか。
宗教に爛れた王を筆頭に貴族の上層部が揃いも揃って脳筋ばかり。王国軍の権力ばかりが行き過ぎて強くなってしまったことが不和を産むことに繋がったのか。
はたまた魔物に攻め滅ぼされるかもしれないという絶望が人の心から余裕を取り去っていたことが決定的な要因になってしまったのか。
人々の意識の底に根強く原因は多々あれど、ここに後世からも王国民が起こした最初で最後の内乱として歴史に名を残すことになる大きな反乱が起きてしまったのである……
………………
《ギルドマスター視点》
時刻は真夜中を過ぎた頃。暗雲立ち込める王都の夜空には右半分だけを青白く輝かせた月が所々にあいた雲の切れ間から顔を覗かせ、立ち並ぶ沢山の人影をよく舗装がされた路上へと投げかける。
そう、それはまさに壮観と言うに相応しい眺め。まさに人ゴミとでも言うべき量の人々が私の眼下にはいた。
「……」
……そろそろ限界だろうか?これ以上時間をかければ機先を制すことができなくなってしまうか……
私は緊張のためか僅かに乾いた唇を舐め、努めて不敵に笑う。
私の眼下、蒼白の月に映し出されるのは多くの同胞たちの顔。恐怖を隠そうともしない勇敢な顔。何かを決意したかのような鋭い顔。何かを期待するかのような笑顔。
「とうとうここまで来たか……」
大事を前にして自然とそう私の口から言葉が零れる。
そう、例えばここにはかつて貴族の長男で明るい未来を約束されていた少年がいた。
彼は意図せずして敷かれていたレールを踏み外し、使えないが故に戦場に放逐された。恨みはある。憎くもある。だが、彼が戦う理由は自分と同じように戦場で戦わなくてはならない幼い子供達を減らすため、腐った国を根本から叩きなおすためなのだ。
例えばここにはかつて両親を貴族に戯れで殺され、孤児になってしまった少年がいた。
彼は唯一残された妹のことを思ってギルドに加入し、身を、命を削りながら必死で戦場で功績をあげ続けた。だが彼は忘れていない。権力を手にした今となっても決して復讐を忘れてはいないのだ。
例えばここには幼くして貴族に引き取られ、暗殺術だけをひたすらに叩き込まれた少女がいた。
薬剤によって思考能力を奪われていた彼女だが、ふとしたことから任務の中で見つけた唯一の光、暗殺対象に恋をし、今は愛する彼のために昔自分を洗脳していた飼い主に牙をむこうとしている。
様々な職業、違った年代。だがここに集まった人々は皆一様に何かしらの不安を、不満を、決意を抱えてここにいる。
違った人生を歩んで、皆同じ思いを抱き、同じ結論に至ってここにいるのだ。
……ああ、なんて運命的なんだろう……こんな矮小な人の身で私が皆のためにできることは……
「……聞け!王国の未来を真剣に憂う同志達よ!同胞達よ!」
私の声が夜の闇を切り裂くように、それでいて染み渡るように集まった群集の間を駆け抜ける。
「ついに時は満ちた!
もう無駄に涙で枕を濡らすことも無ければ、耐え切れないような悲劇が起こることもない!」
私は叫ぶ。一人一人に語りかけるように、一人一人の思いを汲むように。
「今宵!ついに!腐った貴族政権は打倒される!
ここにいる全員の!
今まで虐げられてきた者達の!
不遇を強いられてきた者達の!
我々の!この手に王国の未来が託される時が来たのだ!!」
私は理想を語る。
多くの人の心に火をつけ、この革命の火を決して消えない聖火へと昇華するのだ。
「罪の無い人々を決して傷つけるな!
仲間を決して裏切るな!
狙うのは貴族の邸宅!王宮である!」
ジャキン!
鳴り響く甲高い金属音。
槍が、剣が、拳が、斧が天に向かって様々な思いを乗せて突き上げられる。
「進め!
我々の前に敵はいない!あるのは輝かしい未来だけだ!!」
あがる鬨の声。
爆音、轟音。足を踏み鳴らす騒音は王都の静かな夜を吹き飛ばした。
「「 俺たちの力を見せてやる! 」」
「「「 天誅を! 」」」
「「「 武力による制裁を! 」」」
多種多様な外見をしたギルド兵は騒ぎを聞きつけてきたのであろう衛兵を一蹴して侵攻を開始する。
そこには統率もなく、あるのは大まかすぎる作戦のみ。
だが、もとより私達は烏合の衆。複雑な作戦などはいらない。勢いだけが全て。
「ロンドベル、ベガ」
青く、狼の意匠が凝らされた仮面を被った私は後ろを振り返って静かに声をかける。
私の後ろに控えているのは二人の仲間。
片や大きな槌を担いだ大柄という言葉では表現しきれないほどに巨大なかつての少年。
片や対称的に何もうつしていないようにも見える無機質な瞳を持ったかつての少女。
「兵は拙速を尊ぶという。
二人とも私に着いてきてくれるね?」
かけた言葉に返事はない。しかし既に長い付き合いなれば、言葉は無くとも思いだけは的確に伝わってきていた。
戦友として共に戦ってきたロンドベル。長い間自分の秘書として付き従ってくれていたベガ。信頼という陳腐な言葉では表しきれないほどに強く繋がりあっている三人。そのリーダーにして、今回の革命の主導者は思う。
……これじゃあまるで私が勇者みたいじゃないか……
苦笑いをしながら青い仮面をしたリーダー、ギルドマスターは空を仰ぐ。
その眼にうつるのは志半ばにして散っていった戦友達であり、これから来るであろう理想の世界であり、本当のわが子のように思う娘の姿であった……
…………
………
……
…
いつもどおり静かだった王都の夜は真夜中を境に一転する。どこからか現れた武装集団と戦う騎士達。あっと言う間に戦場と化した王都では怒号が飛び交い、剣と刀が、槍と斧が打ち鳴らされる阿鼻叫喚の様を呈していたのだ。
「こ、これ以上進ませるな!押し返せ!!」
数は劣るが技量に勝る騎士達。彼らは叫び、自身を、仲間達を鼓舞する。
「「どけぇええええ!」」
それとは対称的に数の利を活かして、むやみやたらと奇声を上げながら突撃を繰り返すギルド員。
王都の中心、ギルドに所属する冒険者達は一般市民すらも巻き込んで王宮や、貴族の屋敷を守る騎士達と一歩もひかずに激戦を繰り広げていた。
無駄にお金を掛けのであろう貴族の銅像は目に付く限り残らず破壊され、私兵が少なく、守りきれなかった貴族達の自慢の屋敷には火矢が打ち込まれる。
赤い花が王都に咲き乱れていた。
「マスター」
乱戦のさなかに聞こえる明瞭な発声。
細身の女性、秘書であるベガの言葉に私は手甲のつけた拳を一閃させ、一つだけ頷きを返す。
「あいわかった!
行くぞぉおおお!!」
そして私の意を汲んで叫んだのは巨大で筋肉質な大男ロンドベル。
久しぶりに聞いた戦友の叫びに僅かに苦笑を漏らしながら私はその組み合わされた手に足を掛けて跳躍。タイミングを合わせて振り上げられたロンドベルの手によって加速した私は、それなりの装備を身につけていながらかなりの距離を飛翔。まるで空中を翔けるようにして王宮の三階のバルコニーにまで到達する。
「ベガ!」
間髪いれずにロンドベルに打ち出されたベガの手を取り、胸で受け止めた私はバルコニーから下の戦場にいるロンドベルに頷きを一つ。
「おう!俺の分も行ってこい!
ここは任せろ!死んでもあけわたさん!!」
信頼に満ちた言葉。それには拳で応えよう。
バルコニーから王宮の内部へと侵入した私達を見て焦ったように引き返そうとする王宮を守る騎士達。弓を射ようとする衛兵達。
だが轟音と共に横殴りに振るわれた破壊槌がそれを妨害する。
乱戦へと縺れこんでいく戦闘。ロンドベルの高笑いが剣と剣がぶつかる金属音にもかき消されること無くあたりに響き渡った。
「マスター、行きましょう。
早く王を捕まえてこの戦いに終止符を」
「……あぁ」
もはや暴徒とかしたギルド員達は積もりに積もった恨みや不満を吐き散らす。
だが所詮は民間人に毛が生えた程度の実力しかないギルド員。国外で魔物との死闘を繰り広げたことすらないような彼らが鎮圧されるのもおそらくは時間の問題であろう。なれば王都を離れた軍隊が戻ってくる前に急いで王を初めとしたこの国の重鎮達を捕らえ、人質代わりにしつつ防衛の準備を整えなくてはなるまい。
だがこの時のためにわざわざ南の遠い地を選択し出兵させたのだ。余裕はないが少なからず猶予はある。
「ベガ、これから私は王宮内を探索する。ベガは王宮の正門を内側から破って同胞を導いてくれ。
おっと、そうだな。これを持っていくといい。吹けば私にしか聞き取れない特殊な波長の音が出る。どこにいてもすぐに駆けつけよう」
私がベガに渡したのは小さな笛。複雑な構造をした王宮の中で合流し、確実に王を捕らえるために必要なもの。
「わかりましたマスター。
あの、この内乱がっ……」
期せずして私とベガの間に突き刺さる弓矢。それが作戦開始の合図になった。
「死ぬなよベガ。君にはまだまだやってもらいたいことがあるんだ」
薄く笑う私にベガも少しだけ遅れて美しい微笑みを返してくれる。
「……はい、マスターも気をつけて」
音も無く姿を消すベガ。それを一瞥した私は目の前の任務に意識を割いた。
……さて、ここから先は私が頑張らなくては……
………………
《ライル視点》
「どうだいグレン、僕の予想通りだろう?」
「……せやな、いい勘しとるで、ほんま」
見た目は10代前半。だが、醸し出す雰囲気は既に熟練の兵士にも並ぶほどであろうか。そこにいたのは妙にアンバランスな雰囲気を纏った異質な少年達。彼らは王宮の奥へと続く大きな扉の前、武器を片手に立っていた。
王都全域に非常事態宣言が出されておよそ一時間。
戦士の勘とも言えるものでその遥か前から異常を察知していたライルは母や妹の安全を確保した後にグレンを連れてコッソリと王宮に着ていたのだ。
「僕は貴族としての使命を父様に変わって果たす。グレンも気を抜かないでくれ」
「わ、わかってるわい!」
緊張からか顔を青くするグレン。しかし横に立つライルは堂々としたものだ。
……僕は刀の貴族が長子ライル。アズラエル家きっての天才……父様、ここは僕が家名にかけて死守します……
彼は自分が巷ではなんと言われているかを知っていた。そして自分にはその名に恥じぬだけの力があることも、重圧に耐えうるだけの精神も持っているという自負もあったのだ。
武器を片手に佇んでいる間にも段々と大きくなっていく騒音。外では激戦が繰り広げられているのがここからでもよくわかった。
「…ほ、ほんまに来るのか……っ!?」
グレンの不安そうな声の途中で高まる僅かな殺気。風をきって何かが動く飛翔音。
キンッ!
金属と金属が打ち合う甲高い音。瞬時に刀を引き抜いたライルは死角を狙って投げつけられた短刀を弾き、ワンテンポ遅れたグレンは二本目のそれをしゃがんでなんとか回避する。
「な、ななな、なんや……
い、いきなりレベルが高すぎるんとちゃうか??」
グレンのどこか怯えた声にライルの背筋を流れる冷や汗。
でも同時にライルはこれからおきるのであろう命のやり取りにむしろどこか高揚感を覚えていた。
「……」
無言。無音。無言。
残っていた騎士達は王と共に王宮の最奥か、外へ援護へと向かってしまったためここにはライルとグレン以外の味方はいない。
「驚いたよ。
まさか君達みたいな子供がここを守っているなんて……」
やがてゆっくりと歩いて二人の前に現れたのは何ももたず、ただ狼を模した青い仮面をつけただけという長身の男。その男が現れた途端、あたりの温度が少しだけ下がったかのような不思議な現象が起きた。
「……」
無言で相対するライル、グレンと謎の男の三人。
強者が発する独特の雰囲気。それに目ざとく気がついていたライルは刀強く握りこみ、脇を締め、天を突くかのように剣先を上に向けて八双の構えを取る。
いくら殺気を叩きつけられようとも、拳気を浴びせられようとも、もう以前の様に気絶するわけでも隙を見せるわけでもない。
ただ先ほどまで感じていた高揚感も打ち消すだけの冷静な思考だけが今のライルにはあった。
「私はその扉の向こう側に用があってね。悪いが退いてはくれないかな?」
なんの気負いもなく喋る仮面の男。だがライル達に話すことなど何も無い。僅かな動作の中に潜む癖を、躊躇いを、隙をライルは探す。
「ふむ…私に子供と戦う趣味は……!?」
力強い踏み込み。ライルの手に握りこまれた玉鋼で作られた刀が閃く。
……先手必勝!
敵に情けは掛けない。言葉の最中に弾かれたように跳びだすライル。
闘気のサポートを受けて地面を擦るようにして接敵。上段からの神速の振り下ろし!
ヒュンっと風を切り裂く刀!
しかし一般の兵士ならなすすべも無く真っ二つになっているほどのその一撃を仮面の男は超反応で間一髪で半身になって避ける。
だがもとより一撃でやれるなどと自惚れているわけではない。ライルはさらに追撃を繰り出していた!
「はっ!」
気合一閃!
一度は振り下ろしたはずの刀が重力に逆らうようにして跳ね上がる!
「っ…!?」
だが仮面の男も半身の姿勢から跳躍。予備動作もなく繰り出したバク転で既に距離を取っていた。
遅れながら、ライルの横から突き出されたグレンの槍にも掠ることすらない。
……かなりの速度……一対一では分が悪いか……?
「やるね……」
距離をとった男はポツリと呟く。狼を模したお面の頬の部分に僅かな切り込みが一筋だけ出来ていた。
「「…なっ!?」」
そして急激に下がっていく王宮の中の気温。男から発せられる雰囲気が一段、また一段と冷たくなっていく。
「子供だと思って油断していたよ……
わかった。今から君たちは私の敵だ。相手になろう」
重心を後ろにしたような奇妙な構え。奇妙だが隙が見付からない。
少年二人が、己の力を過信していたと後悔するのはまだ少し先の話……
………………
《クリス視点》
夜、いつも通りに寮のベッドで寝ていたクリスが目を覚ましたのは怒号が聞こえたからでもなければ、剣と剣が打ち合う音が聞こえたからでもなかった。
「ま…ほう……?」
小さな手で寝起きの眼をコシコシと擦りながらベッドの上で身を起こすクリス。そのまだ幼い顔に浮かんでいるのは疑問と驚きだろうか。
……これは…魔法……だよね?
「…あれ……?」
熟睡していたクリスの感知に引っかかったのは一層強く激しくなっていく一つの魔力と、現在進行形で小さくなっていく二つの見知った小さな魔力。
「…行かな…くちゃ……」
第六感とも言うべき感覚で感じ取った濃い死の臭いと身内の危機。
完全に消えた眠気。まるで呼吸をするかのように短く、僅かな集中と共に手の中に顕現する白い仮面。クリスはもう無くてはならないほどに大切なものとなってしまったその仮面を身につけて恐怖、戸惑いといった感情を最大限に抑制していく。
……場所は……王都の中心……この位置は王宮?
仮面をつけ忌避感の塊のような刀を装備し、冷静な観測者となったクリスは寮の窓から王宮を臨み、その異常性を確認する。
「……これは……」
遠目からでもわかったのは赤々と燃える貴族の屋敷、黒い海のように集った人の群れ。間断なく聞こえる意味をなさない叫び。感情を完全に制御しているはずのクリスの背に嫌な汗が垂れた。
「…戦…争……」
数日前から感じていた違和感の正体。どこか張り詰めていた空気はここに終着していたのかとクリスはようやく理解する。
……急がなきゃ……
でも、戸惑っている時間は無い。段々と小さくなっていく二つの魔力(闘気)の反応に時間の猶予はもうなかったのだ。
クリスは無詠唱で覚えたての魔法を発動。神々しい光と共に一対の光の翼がその小さな背中に顕現する。
「…今…助けに……」
そう一言だけ呟いたクリスは雲間から顔を覗かせる右半分だけが不気味に赤く輝く月を一度だけ睨んで夜の闇の中へと光の羽を羽ばたかせた……
ちなみにその後学校全体での避難があり、クリスの部屋を訪ねてやってきたソプラノや、ライルがつけた護衛、教職員達がクリスを見つけられずに必死になって探し回っていたことを彼女は知らない。
そろそろ大学がスタートする時期なのでこれよりもまた一層更新が遅れてしまう可能性があります。
せっかく読んでくださっている皆様には申し訳ないのですが、どうか見捨てないでください……




