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無口な天使  作者: ソルモルドア
救国の天使
20/78

ピカピカの一年生

19話目です!二回連続で夢からのスタートです。





 仮面による精神操作が限界に達したのだろうか。とうとうカタカタと僕の手に持った刀が音を立てて震え始める。


 僕の目の前にあるのは一匹のキマイラの死体。色々な動物の姿形が混ざった異形の怪物の成れの果て。


 無残にもいたるところから青黒い血を垂れ流し、大きな体の大部分を炭化させた姿は見るに堪えない。それがたとえ自分がやったことだとしてもだ。



「は…は、は……」



 口から漏れるのは意味をなさない吐息。荒い息遣い。ドキドキと激しく鳴る心臓。暗闇の中で僕の歯がカチカチと音を立てる。



 何度となく生き物の命を奪ってきた僕でも未だに慣れないこの感覚。刀で魔物の体を、肉を斬るグチョリという感覚は不快以外の何物でもない。



「……僕…殺し……」



 自分で言って自分がやった行為を認識する。


 この事象は僕が引き起こしたもの。僕はまた一つの命を奪って、殺して、殺して……



 薄暗い洞窟の中であれば、僕の小さな言葉は不気味に辺りに反響する。

 ぐわんぐわんという音の余韻がまるで僕を責めているような気がして、仮面の下で嗚咽が小さく漏れた。



 ……僕が殺したんだ……




 どのぐらいの時間そこにたっていたのだろう。ふと顔をあげれば洞窟の隙間から朝日が僅かに顔を覗かしているのが僕の目に入った。



「……朝……」



 暖かい太陽の光が温もりと共に不思議と安心感を僕にもたらす。


 僕はまるで光に誘われる羽虫のように足を踏み出そうとして……



「……えっ!?」



 しかし僕の足は動かない!一歩も進まない!!



 焦って振り返った僕の瞳に映ったのは死んだはずの魔物。落ち窪んだ眼窩に憎しみの光を宿したそのキマイラと……



「……イ、イリスっ!」



 所々が白骨化し、腐った肉をぶら下げたイリス。洞窟の奥の闇から上半身だけを不気味に生やした彼女はたぶん僕のことを嘲嗤っていた。



 無理をしてるよね?

 クリスちゃんはボクを見捨ててどこに行くつもりなの?



 言葉はない。でも僕には唯一にして初めての友達の口が怨嗟の言葉を紡いでいるのがよくわかった。



「あ、ああ……」



 照っていたはずの太陽の光は翳り、氷のような冷たさが、粘着するかのようにドロドロとした闇が辺りに広がる。



 奈落の底に落ちてしまったような……いつの間にか地獄の底に落ちてしまったような……



「ぅ…ぁ……」



 ……ここは……僕が悪いことをしたから……



 悲鳴は喉に張り付いて大気を震わせることすら叶わず、懺悔の言葉は聞き届けられない。



 地面から生えてきた沢山の手が僕の髪を、手を、肩を、足を掴み、辺りから今まで僕が命を奪った沢山の魔物達が湧いて出てきて……










「ーーーーー」



 僕は声にならない悲鳴と共にガバリと勢い良く身を起こす。パサリと掛けていた布団が床に落ち、静まり返った部屋の中で僕の荒い呼吸の音が聞こえていた。



「ゆ……め……?」



 ユックリと辺りを見渡せばそこは勿論洞窟の中ではない。確かに見覚えのある部屋。

 僕の家の部屋よりは遥かに狭くとも白くて清潔感のあるこの部屋は、前世の価値観からすればかなり豪華で暮らしやすそうな部類にはいるであろう。


 そう、先日入居したばかりなのだから当たり前といえば当たり前なのだが、この女らしさの欠片もない部屋があるのは僕の家ではなくて学校なのだ。



「……」



 現状確認を終えた僕は無言で布団を引っ張ってかぶり直す。布団の下で膝を抱えて未だに激しい動機を抑えていく。



 カーテンから零れる光は淡く、まだ少し起きる時間には早いのだろう。


 ここは僕の一人部屋なのだがら早く起きたところで誰に遠慮するというわけでもないのだけれど、もう少し廊下の方が騒がしくなってから動き始めたかった。



 自分でも情けないことだが、さっきの夢のようにベッドの下からお化けが、ゾンビが出てくるような気がしたから……









「……」



 浅い微睡まどろみ。廊下の方が少しだけ騒がしくなってきたことで多くの人が既に起きているということを確認した僕はゆっくりと恐る恐るベッドから降りる。起き抜けの素足に触れた床は僅かに冷たさを感じさせた。



「……おはよ……」



 ポツリと呟いた言葉で自分に喝を入れる。今日は入学式で、同じ学年の子供達との初めての顔合わせ。休むわけにもいかないし、勿論遅刻するわけにもいかないのだ。



 ……頑張らなくちゃ……



 そう内心で気持ちを奮い立たせた僕は、まだ少し震える細い足に力を入れてヨロヨロと歩きクローゼットの中に入った制服を取り出す。


 手にとったのは灰色とオレンジ色のチェック柄のスカート。オレンジ色がメインで明るい感じのブレザー。

 両方とも僕の低い身長に合わせて作られた特注品。



「……これ…着る……?」



 ……実家でお父さんやお母さんに着させられたことはあるんだけど……でも……



 僕は首を横にブンブンと振って意識を入れ替える。



 ぼ、僕は女の子なんだからス、スカートを履いたって問題ないし……

 そ、それに、これを着てないとたぶん目立っちゃうから……

 でも、沢山の人達に見られるのなんて……



 悩んでいたのはたぶん数分の間だけ。あまり時間に余裕のなかった僕は初日から辟易へきえきとしつつも装いを整えていく。


 寝巻きを脱いで露わになった僕の白くてツルツルな体にはいつも通り何とも言えない頼りなさ覚えたし、服の着方はこれで本当にあっているのか。変じゃないかと苦悩もした。



「……」



 そして最後に鏡の前に立って一回転。

 僕の体にしっかりとあった制服は乱れることもなく着れている……はず。



 ……すっごくスカート短いんだけど、パ、パンツは見えてないよね……?



 鏡の中にうつる女の子は恥ずかしそうに顔を赤くする。恥ずかしいことだが元々の白さも合間って赤く染まったのがよくわかった。



 ……恥ずかしがってても始まらないっ……割り切るんだ僕、頑張って……



 僕は膝丈程度しかないスカートを手でギュッと握って皮靴を履く。恐る恐るドアノブに手を掛ける。



「……行って…きま…す……」



 誰もいない部屋に一言。茶色い皮の鞄を片手にコソコソと扉を開いて体育館へと向かう。



 今日がとうとう10歳になった、クリス・エスト・アズラエルの学園デビューの日なのだ!










「……」



 清潔そうな白で塗られた綺麗な体育館の裏。新入生と書かれた看板を持った上級生のところに集められたクリスはそこで貼り出されていた大きな紙に目をやる。暫しの沈黙の後に彼女は自分の名前を発見した。



 Sクラス。



 これはたぶん前世の頃から変わらないクラス分け。学園のクラスは優秀な、位が高い家柄から順にS.A.B.C.D.Eという分け方がなされている。


 Sクラスともなれば、将来は基本的に高級官僚。任官当初から左官クラスからのスタートも珍しくはないほどのエリートが集まっているのだ。



「……」



 ……僕はテストも受けてないのに……



 だがクリスはあまりこの実力、家柄別で分ける制度が好きではなかった。前世では奴隷出身ということでどんなに頑張ってもEクラスから抜け出ることが出来なかったからだろうか。


 言ってしまえばただのひがみなのかもしれない。だがそれでも嫌なものは嫌なのだ。



 ……怖そうな人達に目をつけられないようにっ……



「あらっ、そこにいらっしゃるのはクリスさんではありませんか?」



 思考の途中で突然声をかけられたことでドキリと僕の心臓が跳ね上がる。



 恐る恐る振り返れば、話しかけてきたのは確かイリスの妹であったソプラノという少女がそこにはいた。



 剣の貴族の長女ーー実際は次女なのだがーーにして次期当主。艶やかな金色をした美しい長髪に大きな碧眼。アルトさんに似たのか高めの身長をした彼女は10歳ながらにスレンダーという印象を受ける。


 まぁなんというか、身長差はとても大きいけれど、真新しい制服に身を包んだ彼女は一応僕と同じ歳でつまりは新入生だ。



「あぁ、やっぱりクリスさんでしたのね。

 良かったですわ。余りにも粗野な方ばかりで私、不安になってしまいまして。


 そう、クリスさんもSクラスですわよね?よろしければご一緒しても?」



 剣の貴族の次期当主ソプラノは、理由はわからないのだけれど何故かよく僕のところに来る。


 イリスと余り仲が良くなかったらしいソプラノのことを僕も最初はあまり好きではなかったんだけど、向こうは今ようやく10歳の女の子。


 たぶん当時のことだって、イリスのことだってよく覚えていないのだろう。幼い子を相手にあまり邪険にするのも大人気ない。



 ……だ、だから断るのはよくないよね?



「…う…ん……」


「まぁ、嬉しいですわ。

 では参りましょう」



 恥ずかしさから少しだけ赤くなってしまった顔を隠す意味も込めて僕は自分の制服の裾を握って俯き小さく頷く。

 ソプラノは嬉しそうに顔を綻ばせると、僕の手を取って先導してくれた。



「きっとこちらですわ」


「……ん」



 歩きながら僕はチラリと上目遣いでソプラノの顔を伺う。ソプラノの表情は穏やかで僕を安心させるのには十分であった。



 ……よかった……僕が女の子の制服を着てても大丈夫みたい……



 僕は内心で、スカートや制服やらについて糾弾されなかったことを安心していたのだ。




「こうも人が多いと制服が着崩れてしまいますわ。


 もし、貴方。少しどいてくださらない?」



 ……ソプラノのことはあんまり得意じゃなかったんだけど……なんだか…うん、ありがとね……



クリスは人混みを掻き分けて前を歩くソプラノの背中に感謝の念を送っていた……







 Sクラスと書かれた看板を持った学生のところに辿り着いたクリスとソプラノ。


 どうやらそこで背の順に並び替えてから体育館の中へと入場をするようだ。



「まぁもう!どうしてこんなにも面倒臭いことばかりをするのでしょう?

 クリスさん、貴方は小さいんですから特に!人の波に呑まれないように気をつけてくださいね。


 何かあったらすぐに声を出して助けを呼んでください。世の中には危ない人も多いですから」



 そう言って僕の手を握る彼女はたぶんお姉さんを気取ってみたい年頃なのだろう。多すぎる人に辟易へきえきとしていた僕は言われるがままに頷く。



「たぶんクリスさんは前の方ですわね。

 大丈夫ですか?私も一緒に行った方が……」


「……だい…じょうぶ……」



 心配そうに僕を見る彼女はもしかしたらかなり優しいのかもしれない。

 でも流石に僕だってそこまで他人の好意につけこんだりして、迷惑をかけれるほど厚かましくはないのだ。



「……そうですか、そうですよね。

 では、また教室でお会いしましょう」



 少しだけ寂しそうな顔をしたソプラノを見て、少しだけ悪いことをしたかなと思って不安になった僕だったけれど、どうやらそろそろ本当に時間もないのだろう。



「……ん」



 コクリと頷いた僕はそのままソプラノに背を向けて列の先頭へと向かったのだった……








 …………

 ………

 ……

 …








 広い体育館の中で全校生徒を集めて行われていた入学式。


 王立だからだろう。入学式の祝辞を述べたのが筋肉ムキムキの王様であったことや、その護衛としてお父さんや何人も見たことのある貴族の人達が列席していたことにはとても驚かされた。


 在校生代表としてライルが皆の前で原稿を読み上げているのはなんだか恥ずかしく、それでいて誇らしく、なんだかこそばゆい気分になった。


 話の半分以上は定型分だったのかもしれないけれど、僕としてはこんなにも多くの人の中にいて楽しめたのは生まれて初めてのことで、まるで楽しい夢を見ているようだったのだ。



「入学式自体は退屈でしたね。

 そういえばクリスさん、私のスピーチはどうでしたか?」



 入学式を無事何事もなく終え、1ーSと書かれたクラスついた僕ら。

 何気無く僕の隣の席に腰を下ろしたソプラノが少し興奮した面持ちで僕にはなしかけてくる。



「……よか…った……」


「まぁ、クリスさんにそう言っていただけると嬉しいですわ!」



 僕の月並みの賛辞を聞いて花が咲いたようにニッコリと笑うソプラノ。その笑い顔を見ているとなぜか僕の脳裏になぜかイリスの影がちらついた。



 ……やっぱり姉妹だから雰囲気が似ているのかな……?



 イリスのことを思い出して僅かに気落ちする僕。


 そして……



「これから皆さんには一人一人自己紹介をしてもらいましょうか。

 少なくてもあと一年はこのメンバーでやっていくことになりますから、仲良くしましょうね」



 僕の気分はいつの間にか教壇の上に立っていた先生の一言によってさらに降下して行くのであった……








 …………

 ………

 ……

 …








「明日…から……授業……」



 学校から帰宅し、人がいなくなったのを見計らってから食堂で一人軽くご飯を食べ終えた僕はそう呟く。


 教科書の類は鞄にしっかり入れたし明日着る服ももうしっかり準備してある。

 体力も気合も十分だ。



「……わから…ないこと…ない……よね……?」



 教科書の内容はほぼ全部暗記するほどにやり尽くしたし、おそらく前世の記憶とも合わせてわからないところはない。



 ……自己紹介で少し失敗しちゃった分、明日から頑張らなくちゃ……



 一人頷く僕。

 みんなの前で緊張のあまりどもってしまったのも、背の低さからか担任の先生から随分と子供扱いされたのも今となっては数時間前。つまりは過去のこと。

 もう後悔するほどのことではない。



「……うん…僕…やれる……」



 新しい生活に対する期待からか何故か高くなるテンション。


 だから気がつかなかったのだろう。

 ふと窓の外見れば、いつの間にか陽が落ちていたようで、普通の人なら後はもう寝るだけという時間帯になっていた。



「……あれ……夜……

 目が…冴え…て……」



 緊張からだろうか?興奮からだろうか?

 どうにも寝付けなかった僕は、今朝方見た夢の内容を完全に忘れて、計画を立てた。



「ギルド…行く……」



 ……学校が始まったら余裕がなくなるかもしれないし……今日みたいに元気なことだって少なくなるかもしれないし……



 僕は無駄に冴えた頭で寝間着からメノト達が10歳の誕生日にプレゼントとしてくれた平民の服に着替え、魔装の外側部分の色を透明から黒へと変化させる。



「……」



 ゴクリと僕の喉がなった。



 否応無く下がって行くテンション。


 まるで黒いローブを羽織ったようになった僕は、ここでようやく震え始めた手で刀を持ち、腰につけた。



 ……これは修行で……やらなくちゃいけないことで……



 慣れているはずなのに、慣れない重さ。重苦しい重圧に僕の心が悲鳴を上げる。



 でも、僕がそれに必死で耐えながら集中すれば僕の右手に光が、魔力が集まって白い仮面が顕現した。



 見るだけで僕に安心感を与えてくれる仮面。もう何回も、それこそ数え切れないぐらい使ってきたものだ。



「…ふぃ……」



 刀や魔装。命を奪う恐ろしい兵器に囲まれた僕はかなりの時間をかけて荒くなった息を整える。無理矢理にでも笑う。



 明日から始まる楽しい学園生活のことを考えて、考えて……



「…うん……だい…じょう…ぶ……

 女神…様……僕…慣れる……よ……

 イリス…仇……取る…から……」



 僕は今日も夜の闇の中へと繰り出したのだ……



《人物紹介 二章》



クリス……主人公、ts転生者。数多くの心的外傷を持っており、過去を引きずるタイプ。

現在は10歳。夜更かしをし続けた弊害か体が同年代の子供達よりも遥かに小さい。



イリス……ギルドではリスと名乗っている。どうやら異名などもあるらしいが、それは後ほど。高密度の闘気を操ることができ、言葉で事象を改変する。現在12歳。一人称ボク。



ギルドマスター……若そうに見えて実は意外と歳を取っているイケメン。

基本的に紳士だがイリスからは余り好かれていない。昔はかなりの実力者だったらしいが……



ソプラノ……イリスの実妹、剣の貴族の時期当主。10歳ながらにスレンダーな体型をしている。過去にはイリスを見下してかなり酷いことまでしていたらしい。ちなみに一応主席扱いだがテストは受けていない。

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