ボクはギルド員
18話目デス(^◇^;)
かなり難産だったのでおかしなところが多いかもしれません。
イリス視点になっております|( ̄3 ̄)|
ぴちゃん……ぴちゃん……
岩で出来た天然の天井から垂れた雨水が規則正しい音を立てて地面を穿つ。
太陽の光すら届かないこの世界には明かりになるようなものは一切存在しておらず、時間の流れが全くない。全てが停滞した闇の世界でボクはお兄ちゃんと二人、たぶんとっても長い時間を過ごしていた。
でも何がキッカケだったんだろう?……ある日ふと思い出したんだ……
「……ボク…クリスちゃんに会いに行くって……」
最後に固定物を食べたのはいつのことだっただろう。
長い間栄養をとっていなかったせいかまるで靄がかったように虚ろな記憶、思考。
でも確かにここには何もないけれど、考えを纏めて思い出す時間だけは長すぎるぐらいに、それこそ十分なほどにあったんだ。
ボクは霧がかったように曖昧な過去の中から辛かった記憶を、楽しかった記憶を一つ一つ粒さに思い起こしていく。
ボクの怪我の手当てをしてくれて……一緒に話をしてくれて……うん、悩みも、辛かったことも全部を聞いてくれたボクの銀色の天使ちゃん。
可愛らしいクリスちゃんと一緒に食べたクッキーは甘くてとっても美味しくて……そう、二人でした手遊びは一人でするよりも全然楽しかったんだ。
「……うん、お兄ちゃん。
ボクはもうそろそろ行かなくちゃいけないみたいなんだ」
久しぶりに聞いたボクの声は自分のものなのにまるで自分のものでないかのよう。それぐらい掠れていた。
急に立ち上がったせいかミシミシと足の骨が不調を訴える。急な血流の変化が原因だろうか?ボクは僅かに目眩や吐き気を覚えた。
「ごめんね?
時間はかかっても仇は絶対に……魔物は絶対に滅ぼしてあげるから」
お兄ちゃんはボクを見て優し気に微笑む。
「うん。ボクは大丈夫。
お兄ちゃんの方こそ寂しがらないでよ?
そっか……えへへ、次に会えるのはいつになるかわからないけど……うん、じゃあ行ってくるね」
お兄ちゃんに手を振り、暫しの別れを告げたボクは洞窟の中から、闇の中から陽の当たる世界へと久方ぶりに足を踏み出す。
鬱蒼とした木々に遮られてほんの少ししか光は届いてこなかったけれど、確かにボクの瞳は光を捉えていた。
「……久しぶりの外だなぁ……」
ポツリと呟いた言葉は大自然の中に溶けていく。久しぶりに吸った新鮮な空気はなんだか少し甘いような気がした。
「……クリスちゃんはボクのことをまだ覚えていてくれてるかな……?」
腰に履いているのは、少し汚れてはいるものの、未だに輝きを失うことのない短刀。
ボクの唯一の財産で、大切な宝物。ボクに力をくれる欠かせない仲間。
「とにかく王都まで無事にたどり着ければいいんだけど……」
今更父さんや母さん、ボクを虐めた妹のところに戻る気は全く無い。
貴族の中で大好きなのはクリスちゃんだけで、後の人達は恨むことこそすれ愛しく思うことなんて絶対にないのだ。
「うん、ギルドに登録して魔物を殺しながらお金を稼ごう。
で、その後は……クリスちゃんに会いにいけるかな?」
こうと決まった計画も無く、貴族の館の中、もっといえば暗い牢屋の中で人生の大部分を過ごして居たボクに出来ることなんて殆どない。
「ふふふ……」
でも、なぜか零れる笑顔。できることが何もなくて、計画性もなくて……でも、不思議と不安はなかった。
たぶん、そう、ボクは自由を楽しんでいたんだ!
「うん、そうだ!まずは服が欲しいな。
可愛らしい服が!」
ただ、半裸の今、流石に何かを買うお金が欲しかった。
「……でさ、うん!
……君の体を売ったらたぶんお金になるよね?」
短い咆哮。低木を薙ぎ倒すようにしてボクに飛びかかってくる大柄な肉食獣。
刃のように鋭い牙が閃いて……
…………
………
……
…
コンコンという扉をノックする音と共にボクの意識が浮上する。
……懐かしい夢を見ていた気がするよ……
僅かな感慨と共に、職業柄か即座にボクの意識は覚醒した。
「どうぞ」
発したのは昔と大して変わらない高い声。
でも、心無しか幼さが消えているような気もしている。
「お休みのところ失礼」
そう言って入ってきたのは妙齢の女性。
ギルドマスターの秘書でもある彼女とは話したことだって何度もあるし、それなりに付き合いも長くて顔馴染みな関係だ。
「どうしたの?」
ボクの問いかけにその妙齢の女性は呆れたように溜息をついて答えた。
「リス、お願いですから他人と会う時には素顔を晒さないで。
貴女は無用心に正体を晒して、周りの人達を危険な目にあわせるつもりなの?」
「あっ!ごめん、そう言えばそうだったよね……」
それはギルドの規則で決まり。
ある程度以上の強さを持った人達は当然任務でも恨みを買うことが多く、復讐されないようにギルドの中にいる時や、仕事中に正体を隠すことや仮面の着用が義務になっているのだ。
ちなみに今のボクはイリスではなくてリスと名乗っている。
大嫌いな父さんや母さんがつけた名前なんて使いたくもなかったんだけど、クリスちゃんともお揃いな部分だし、そういう風に名乗ることにしたんだ。
「はぁ、次から気をつけてちょうだいね。
それと要件、マスターがギルドマスター部屋に今すぐ来て欲しいって。
詳しくは直接話すから。とにかくすぐに向かって」
「うん、わかった。
じゃあ悪いけどすぐに行くって伝えておいてくれないかな?」
了承の頷きをしてボクの部屋から去って行った秘書さん。
彼女の気配が完全に遠ざかったところでボクは人知れずため息をつく。
「ギルドマスターかぁ……」
もう随分昔のことだけど、森から魔物の死体を片手で引きずりながら出てきたボクを拾ってくれたのが彼だった。
まぁそういう意味では感謝をしてもしきれないぐらいの相手なんだけど……
「なんだか苦手なんだよなぁ……」
ボクは最低限のものしか置いてない殺風景な、女の子らしさの欠片もないギルドの部屋の中から仕事着、茶色いローブを探してゴソゴソと着込みつつ独り言を言う。
ボクはあのギルドマスターのどこかプレイボーイ然とした軽い態度があまり好きではなかったのだ。
八方美人なのは悪いことではないのかもしれないけれど、やっぱりこう少し付き合いづらい。
「はぁ…なんだか少し憂鬱だなぁ……」
最後に銀色の仮面を被って溜息を一つ。
どんな任務につかされるんだろう?面倒臭いやつじゃなきゃいいんだけど……
う〜ん…まぁ、その任務が終わったら何か美味しいものでも食べに行こうかな。
「やぁ、リス。よく来たね」
木製の机の上におかれた幾つもの書類の束から顔を上げ、クルリと気取った仕草で椅子を回してボクのほうを向いたのはまだ若く見える男性。
整った顔立ちからはいかにも好青年然とした雰囲気が漂い、実年齢はわからないけれど恐らくは20代〜30代であろう。背もスラリと高いこの男が王国唯一にしてかなりの権力を持つギルドのマスター。
どういった経緯でこの男が若くしてギルドマスターにまで登りつめたのかは知らないけれど、ボクにはこのギルドマスターが絶対に女の人をたらしこんだりして、悪いことをしているという根拠のない確信があった。
「ボクに何かよう?」
素っ気ないボクの返事に少し気分を害したのか、口元に浮かべた笑みを僅かに強張らせてギルドマスターは言った。
「私が君を拾ってあげてから一体何年の月日がたったっんだったかな?」
「……4年と少しかな……」
「うん、そうだ。4年は長い。
私みたいに仕事に忙殺されているような立場の人間でも4年も経てば新しく見えてくる物があるし、価値観だって変わる。大変なことだね。
おっと、そんなことはどうでもいいとして、もうリスも12歳だよね。随分と大きく無事に育ってくれたみたいで私も嬉しく思っているよ」
恩着せがましく、長い前置きをしてからギルドマスターは話しを続ける。
「そう、だから今度一緒に食事でもしないかい?って言うのも勿論用件の一つなんだけど……
うん、そんなに嫌そうな雰囲気を出さないで欲しいかな」
仮面の下でブスッとした顔をするボクと、苦笑混じりのギルドマスター。
……仕事の話はまだかい?
ボクの気持ちが伝わったのか、渋々と言った感じでギルドマスターは語り始める。
「はぁ……君も相変わらず釣れないねぇ。
うん、わかった。そんなに時間があるわけでもないからすぐに本題に入るよ?
今回のターゲットだけどね……たぶん君より年下なんだ」
「……?
それがどうかしたの?」
ボクは疑問に思う。
ただ、その疑問は任務の対象に対するものではない。
今までの仕事で10歳にも満たない子供の暗殺者と戦ったことだってあったし、年端のいかない子供を攫ったことだってあった。
だから、わざわざ今更言及することでもないと思うんだけど……?
「まぁね、それで今回の件は今までのとは少し毛色が違うわけさ。
勿論君の安全が第一。だから最悪ターゲットは殺してしまっても構わない。でも、可能なら実力を確認して、ギルドに勧誘してもらいたいんだ。
わざわざ年齢が近そうな君を選んだっていうのにはそういう意味もある」
「詳しくは……」
「うん、ここに書いてあるからよく読んで。
読み終わったら処分までしっかり頼むよ」
ボクはコクリと頷いて銀色の仮面の下で僅かに顔を顰める。
自分より年下を、しかも貴族となんら関わりのない子を殺すというのは流石に気分がいいものじゃない。
それに実力を測ってギルドに勧誘というのもかなり手間がかかって大変そうだ。下手に話して情が湧くのも避けたいところ。
「あぁ、そうだ。
もしかしたら近々大きな任務に着いてもらうかもしれないんだ。一応覚悟だけはしておいて。
それが終わったら、そうだね……私と一緒に暮らさないかい?
ああ、いや、冗談だよ冗談。
少なくともお休みはあげられるから。だからそんなに嫌そうな顔をしないでおくれ。
おおっと!言い忘れてたけどちなみにこの事も、その仕事の件もいつもどおり他言禁止でお願いね。
ってまぁ言う必要もなかったかな?」
「わかったけど話しが長いよ……」
ボクはまた一つ頷いて少し寂しそうにしているギルドマスターを残して部屋を辞去したのであった……
「う~ん……黒色のローブ姿に白い仮面を着用、身長から鑑みるにおそらく年齢は7、8歳にも満たないぐらい。
ボクより5歳も年下ってことはクリスちゃんよりもずーっと下かー」
ボクは自分の部屋でベッドに寝っころがりながら仕事の内容を頭に叩き込んでいく。
ギルドに所属することも無く、掲示板に貼られた依頼の内容だけをコッソリと見てそれを解決しているという件の子供。
凄いことにいつからそれをしていたのかもわかっておらず、今まで度々起きていたことなのだが、討伐対象が見つからない、もしくは既に死んでいたという事件のほとんどに関与していると思われる……か。
「悪い事をしてるわけじゃないんだけどギルドとしては依頼を盗まれてるようなものだし……でも、まさかギルドに登録しないで魔物を狩るような子がいるなんてビックリ。
う〜ん……なんでこんなことをしているのかわからないけど、とりあえずしばらくギルドの受付近くに張り込んで怪しい人を見張るしかないのかなぁ。
まぁ、流石にこれだけ小さい子ならたぶんすぐにわかるでしょ」
でも、やっぱり7歳とか8歳の子が一人で魔物を倒すなんておかしいよね……任務ってほとんど全部何人もの仲間と一緒に受けるようなのばっかりなのにさ……
ボクのように特殊な力を持っているならいざ知らず、マトモな、少し闘気を覚えたぐらいじゃ歯が立たないのが魔物という生き物なはずなのに……
「やっぱり少し緊張するね……」
ボクは腰に差している短剣を撫でる。
それだけでなぜか安心することができた。
「うん。……ボクは大丈夫」
ボクはしっかりやれてるよ。
世界も色々と見て回れてるから大丈夫だよ。
心の中で短剣をくれたクリスちゃんに話しかける。
「クリスちゃん……」
ギルドでトップクラスの実力を持っていて、管理されている立場なれば、洞窟から飛び出した時のように自由に行動することもできない。
それに素顔を晒して、立場がバレればクリスちゃんを危険に晒してしまうことにも繋がるかもしれない。
「はぁ……」
でも、それは結局全部ただの言い訳で、一番はボクが臆病だから。
……だってボクよりも年下だったクリスちゃんが本当にボクを覚えていてくれる保証なんてないし……
本当に今更会いに行ってもいいのかな……
「……」
何気無く枕を上に放って受け止める。
心の中で何度も繰り返した言い訳と不安。
ボクも王都に出てきた当初は何回も刀の貴族の大きな屋敷の手前まで行ったりしていたのだけれど、結局、忘れられてたらどうしよう、その一点だけで臆病なボクはクリスちゃんに会うことができなかったのだ。
「クリスちゃん…元気にしてるかなぁ……」
もうボクの頭の中からは、ギルドマスターの言っていた大きな任務のことや、僕を気にかけて言ってくれていたのであろう言葉やらなんやらはすっかり抜け落ちていたのであった……
《人物紹介 二章》
イリス……ギルドではリスと名乗っている。どうやら異名などもあるらしいが、それは後ほど。高密度の闘気を操ることができ、言葉で事象を改変する。現在12歳。一人称ボク。
ギルドマスター……若そうに見えて実は意外と歳を取っているイケメン。
基本的に紳士だがイリスからは余り好かれていない。昔はかなりの実力者だったらしいが……




