心を偽る仮面
1章最終話で第17話です!
やっぱり人によっては不快感を覚える方がいらっしゃると思います。
今更ですが情けない主人公が嫌いな方は注意してください´д` ;
早いもので、僕とイリスが最後に出会ったあの日から、3年以上もの時間が過ぎた。
ほんの少し前に僕の年齢も7歳を超えて、男として必死に生きてきた年数の大体半分を、女の子として生きてきたことになる。
「……」
優秀で優しいお兄さん。かっこよくて理解のある父親。美しくて包容力のある母親。
優しい両親や、メノト達使用人から7歳の誕生日プレゼントとして貰ったのは、難しそうな勉強の本、可愛らしい柄のハンカチ、ピンクのポーチ。
まだ子供なはずのライルからも、綺麗な押花を貰ってしまった。
これはライルがマセているだけなのか、貴族の子供達の成長が早いのか。
少なくても近い年齢の人からプレゼントなんて貰ったことが無かった僕からすれば、とっても嬉しくてたまらないことで……
きっと傍から見れば、とても満ち足りた生活なんだろう。
サラサラと夜風に靡く銀の長髪。
名前も知らないような人達から送られてきたプレゼントもあれば、それこそ本の中のお姫様……
「……でも……」
前世よりは遥かにいい環境で、いい身分で暮らしているはずの僕は……
普通の人じゃ望んでも出来ないようないい生活をしているはずなのに……
なんで前世の時よりも……
「……辛い…の……?」
僕の喉から発せられたのは、途切れ途切れの高い声。
意味もなく夜空に向けて上げられた僕の腕は、見た事がないほどに細くて真っ白。
たぶん魔装に頼っていた弊害なのだろう、同年代の女の子と比べても、僕の体は触れれば折れてしまいそうなほどに繊細で、もしかしたらお箸だって持てないんじゃないかってぐらいに筋肉がついてない。
「……ぐすっ……」
ポロリポロリと涙が零れた。
「……うぅ……」
一度流れ始めると止まらない後悔の涙。
夜になってひとりになると、途端に3年という長い間に積もりに積もった寂しさと孤独、そして恐怖が僕を苛む。
「……もう…いや……」
以前よりも下手になった独り言。
上手くいかない家族関係。
絶対に譲れない価値観の違い。
……あの時、全てを捨てて、イリスに着いていってればっ……
変えられない過去を嘆き、僕はドンドンと自分の殻に篭っていく。
(人間の体はな、木や鉄と違って硬さが一様ではないだろう?
筋肉のつき方や腱、骨の位置。色々なものを考慮して斬らなくてはいけないんだ)
フラッシュバックするのは、僕とライルを指導するお父さんの声。
(対人戦、人を相手にする時に一番狙うべきなのは……)
振り抜かれる刀。瞬く銀色の閃き。
(首)
ゴロリと落ちる知らない男の首。
(首、まぁ平たく言えば頭頸部だ。
そこを狙えば、たとえ一撃で殺すことができなかったとしても、かなりのダメージを期待できる。
わかるな?人体の急所の一つだぞ)
僕の前で、ふむふむと頷くライル。
(肋骨の間から、心臓や各種臓器を狙うのも悪くはないが、鎧ごと貫けるようになってからだ。
ただ、脇の下の辺り、鎧の間を縫う様に短刀で抉るのも悪くない。
体勢を崩した相手を押さえつけるようにしてやると効果的だぞ)
何事もなかったのように説明するお父さん、所々で頷きながら聞くライル。
徐々に弱くなっていく心臓の鼓動に合わせるようにして血を噴く男の死体。
床に大きな血だまりが出来ていて……
……く、狂ってる……
僕の中の全てが狂い出したのはあの修行の日からだった。
……な、なんで?そんな簡単にっ……
その光景を目の当たりにしてから……お父さんとライルが、罪人を題材に刀の稽古を始めたその日から……僕は一切刀を握れなくなった。
生き物の命を奪うことに耐えられなかった。
一気にお父さんとライルの存在が遠く、恐くなった。
……いつかは僕も人を……それとも他の人に……
そう思うと恐くて、僕は一日中泣いて、吐いて、最終的には熱を出して寝込んだことを覚えている。
(クリスはまだ小さいから仕方ないよ。
罪人なら幾ら殺しても大丈夫だし、きっとすぐに慣れるから安心して)
ニッコリと笑って慰めてくれたライルは、きっと優しくて……でも、悪いけど……僕は、僕は人殺しになんてなりたくないんだ……
僕はこの時代において、比肩し得るものがいないぐらいに途方もない力を持っているけれど、でも結局のところ、それを扱う覚悟が、何かを殺す覚悟が致命的に足りていなかったのかもしれない。
「……女神…さまっ……」
……どうして僕に力を渡したのっ……僕は…僕には……
イリスがいなくなった今、僕の悩みを聞いてくれる人は勿論、頼れる人なんてもうどこにもいなかった。
お父さんやお兄ちゃん、お母さんは、まだ僕のことを愛してくれている……僕も彼らのことを愛している……でも、圧倒的に価値観が違いすぎるから……
……誰かの命を奪うなんて僕には無理なんだ……
顔色一つ変えないで……笑いながら、話しながら出来るようなことじゃないんだ……
それからは無気力に、ただ無為に過ごす日々。
予定通りにギルドに登録して魔物を倒し…いや、殺して経験を積むなんてことが、こんな僕にできるわけがなかった。
「……」
でも最近は別の疑問が、不安という名の現実が、僕の頭をよぎる。
刀すらマトモに握れなくて、人も魔物も殺すことができない僕は……全く戦えない僕は……一体何のために生きてるの?
……女神様の期待にも応えないで……どこかで誰かが戦っている時にっ……
「……うぅ……」
開き直ることもできず、結局結論も出せず、今夜もこうして過ぎて行く……
「じゃあクリス。暫く会えなくなるのがと〜っても心残りだけど、僕がいなくてもしっかりと父様と母様の言うことを聞くんだよ?
夜も早めに寝て、しっかりご飯も食べて大きくなって。
また夏になったら会いにくるから。
寂しくても泣かないで」
「……」
少しの照れから、無言で俯く僕の頭を優しく叩いたのは、10歳を過ぎ、今年から学園で寮生活をすることになった僕のお兄ちゃん、ライルだ。
あまり寝ていなかったせいか、年齢を考慮してもかなり小さい僕とは違って、よく鍛えられた肉体に高い身長。聡明な頭脳と整った顔立ち。恵まれた育ち方をしたライル。
同年代には勿論敵はなく、今代を代表する剣客になると宗家、分家を問わず、多くの人達の期待を一身に受け止めるアズラエル家の次期当主。
「ライル、お前にはもう学園で学ぶことなんぞほとんどないかもしれん。
だが、あそこでお前は、将来背中を守ってくれるいい仲間を見つけられるだろう。
決して馬鹿にしてはならないぞ」
「はい、父様。心得ました」
お父さんの忠告にライルは、そうハキハキと答える。
でも、勿論僕も人のことは言えないんだけど、たぶんライルはマトモに友達や仲間を作ることはないのだろう。
最近急に白髪が増えたと嘆いているお父さんや僕、家族の前ではとても優しくていいお兄ちゃんでも、他の人の前だと必ずしもそうじゃないってことを、僕は知っているから……
「ライル、体には気をつけるのよ。
貴方にもしものことがあったら私は……」
「大丈夫です、母様。
安心してください、僕に油断はありません。
では、行って参ります」
名残惜しそうなお母さんと抱き合ったライルは、僕に手を振って、鐙を使うこともなく、一蹴りでヒラリと栗毛の馬に跨る。
「元気でな……」
そう呟いたお父さんに軽く頷いたライルは、その後振り返ることもなく数人の従者と共にアズラエル家を後にした……
「貴方……ライルがしっかりやれるように祈りましょう」
「あぁ、ライルに限って問題をおこすとも思えんが、万が一ということもあるからな」
ポンポンと僕の頭を優しく叩きながら、お母さんの心配そうな言葉にそう返すお父さん。
「クリスもライルのように立派になるんだぞ」
「……」
変わらずに暖かくて大きな手のひらは、でも、昔のように僕に安らぎを与えてくれるものじゃない。
……立派……お父さんは、僕に人を躊躇いなく殺せるような人になって欲しいの……?
声にならない疑問。
僕の無言の悲鳴は、今日も誰にも届かないで消えていく……
…………
………
……
…
ストレスから来る不眠症。慢性的な倦怠感。
……こうやって今日も夜中まで起きてるから僕の身長は伸びないのかな……?
「……」
屋敷の屋根の上に乗った僕は一人で自嘲し、ふと僕の腰に差さっている二本の刀を一瞥する。
「……っ……」
途端に凍りつく僕の顔、背筋を怖気がはしった。
「……こ、このまま……ダメ……」
自分でもわかる。
僕の情けない性格じゃ、この厳しい世界を生き残れない。女神様の期待に応えられない。
なら、たぶん僕は変わらなくちゃいけないんだ。
「……今日…から……ライル…いない……」
優秀で、優しいお兄ちゃんは、今日からしばらく家にいない。
だからきっと明日からは、お父さんが付きっきりで僕の修行を見てくれるのだろう。
「……がんばる……」
生き物を殺すまではいかなくても、刀を握ることすらできずに、お父さんやお母さんを失望させ続けることは嫌だった。
……だから、少し荒療治。逃げてるだけなのかもしれないけれど……
「……すぅー…はぁー……」
僕は覚悟を決めて深呼吸。僅かな集中の後に、右手の指先に魔力を集めて、宙に円を描いていく。
『纏う、覆う、偽りの仮面』
詠唱と共に頭の中に思い浮かべるのは、一つの仮面。
僕の顔を、心を覆う一つの壁。
『思考、誘導、意識の改竄』
円の外側に書いた文字列が、輝き回転をはじめる。
大気が、魔力が渦をまいて中心に吸い寄せられて行く。
『発動、精神操作、作製、偽りのペルソナ』
一際明るく輝いた魔法陣。
カランという小さな音ともに、一つの仮面が屋敷の屋根の上に落ちた。
「……っ……」
闇夜の中にもくっきりと浮かび上がる白色。紅い瞳が描かれた仮面。
どことなくイリスに似た配色。
……イリス……
「……うぅ……」
たぶん、これはきっと……うん、今の僕が小さな女の子だからどうしようもないことなんだ。
イリスのことを思い出すと僕の涙腺が緩んじゃうのは……仕方が無いことなんだ……
「……泣き虫……」
お父さんやアルトさんはイリスは死んだ、忘れろって僕に言うけれど、そんなこと僕は信じない。
……だから…だから、イリスを思って泣く意味なんてないのに……なんで?なんで涙が出てくるの……?
「……」
……イリスは今でもどこかで生きててくれてるよね?今に僕に会いに来てくれるよね……?
僕は白い仮面を拾って、胸に抱き、星を見る。
同じ空で繋がっているはずなのに、同じ大地の上にいるはずなのに……
「……イリス……」
……僕には、僕には君がどこにいるのかわからない……君は、僕に真っ先に会いに来てくれるって言ったのに……
「……僕が……」
……もし、万が一、イリスが戦争で魔物に殺されたって言うのなら……
……本当にお父さん達が言っていたように殺されたって言うのなら……
「……仇…とる……」
僕はゆっくりとその仮面を身につけた……
《人物紹介》
クリス……7歳→8歳に。自分の魔力で仮面を作り出す。
偽りのペルソナ……仮面。任意での着脱が可能。クリスの魔力から創ったものなのでクリスの意志で形や色の変更が可能。クリスの肉体が致命的な損傷を受けた場合や、精神が限界を超えてしまえば霧散する。
ライル……10歳。学園へ通い始めた。希代の天才。
お父さん……退役軍人。白髪が気になるお年頃。
お母さん……退役軍人。まだまだ美しく可愛い。
これにて一章、幼年期?は終了です。
しばらく時間をおいて、ある程度話を書き溜めた後、二章から投稿したいと思っております。
駄文でしたが、ここまでよんでいただけてとても嬉しいです!
誤字脱字や、矛盾点などが少なからずあると思いますので、気になるところがあったら教えていただければと思っております(^ω^)




