涙のお別れ
15話です!
「……」
「……」
暗闇の中でも目立つ、銀色の長髪。大きな瞳。
触れただけで簡単に折れてしまいそうな、枝のように細い手足。
僕の目の前に座っているのは、女の子のように華奢な男の子。
「……友達……」
女の子のような男の子が、唐突にポツリと呟く。
僕が首を傾げて見ていれば、彼は無表情のままに、ほんの少しだけ雰囲気を柔らげて言った。
「……良かった……」
コクリと僕が頷けば、またしばらく僕らの間に会話はなくなる。
でも、何となく彼が言いたいことが僕にはわかっていた。
「……イリス…ために……」
「……うん……」
僕の言葉に頷く男の子。
もしイリスが戦争に行きたくないと嘆くなら、僕はきっと周りの人間の精神を汚染して、壊してでも彼女を守るだろう。
でもイリスが、自分の意志で戦争に行くって言うのなら……その時、僕は……
「……」
「……」
お互いに無言。
でも、その沈黙を破ったのはまたしても男の子の方だった。
「……ついて…行く……」
差し出された手。
平坦な声で、無表情のままに言われた言葉。
でも、僕にはしっかりと彼の気持ちが全て伝わってきていた。
「……僕も…頑張る……」
僕は差し出された細い、小さな手を握る。
温もり、一人じゃないという安心感。
男の子がニッコリと笑ったのを最後に、僕の意識が薄れて……
…………
………
……
…
「……!…リス!…クリス!!」
僕の名前を呼ぶ声に、ゆっくりと浮上していく僕の意識。
目を開ければ、そこには目を少し腫らせたお父さんとお母さんの姿があった。
「ク、クリス!?」
少し体を起こせば、目を見開いて驚愕するお父さんと目が合う。
お母さんは口をあんぐりと開けて固まっていた。
「……?」
しばらく固まっている二人を見ていた僕だが、見慣れない風景に、すぐここが自身の家でないということに気がつく。
……ここはどこだろう?……なんだか僕の部屋よりも豪華な気がするけど……なんでこんなところに僕はいるの……?
しばらくぼんやりとしていれば、突如として力強く抱きしめられる僕。
急な衝撃に、嫌でも我に返らざるを得なくなった。
「ク、クリス!私がわかるか?
痛いところは?怪我はないか?」
「あぁ、神様。クリスを、クリスをありがとうございます」
激しく取り乱すお父さんとお母さん。
僕はしばらく意味もわからずに、その光景を眺めていたのだった。
「クリス…どうしてあんなことをした?」
目覚めてから暫くの時間が経ち、多少落ち着いたお父さんは、僕の方を見てそう問いかけてくる。
どうやら僕は異様な気配を誰よりも早く察知した、ロンドベル伯爵に横から殴られて気絶してしまったらしい。
魔装おかげで全くダメージはないけれど、でも、どうやら頭を揺らされるのまでは軽減できなかったようで、まさかその衝撃だけで気絶をしてしまうとは思っていなかった。
思わぬ弱点の発覚だ。
……気がつかないで、魔物と戦うことになってたら危なかったよ……探知の魔法は常時発動してるはずなのに、近づかれたことにも全然気がつかなかったし……
「……」
お父さんの対面に座って、無言で俯く僕。
お説教の内容は勿論、パーティー内で、不用意に闘気を飛ばしてしまったことについて。
……悪いことをした自覚はあるんだけど……でも、どうしてって聞かれると……
「……ん……」
内心で頭を抱える僕。
悩んで考えてあの時のことを思い出そうとは思ってはいるのだが、何故かおぼろげにしか思い出すことができないのだ。
突発的に破壊衝動を感じたことは覚えてるし、怒りや憎しみの感情が際限なく湧いてきたのも覚えてる。
でも、どうして僕はあんな行動をとったんだろう?
相手が大嫌いな類の貴族だったから?
それともイリスを、僕の大切な友達を馬鹿にされたから?
僕の頭の中は今でも混乱しているのだ。
「クリス、あれは最悪殺されても仕方が無いようなことだったんだ。
今、クリスが生きているのは、ロンドベル伯爵が物凄い手加減をしてくたからなんだぞ?
もしあれが本気の一撃だったら、私でも致命傷を負っていたはずだからな」
そこで一旦言葉を止めたお父さんはゆっくりと、子供に言い聞かせるように語る。
「……事の重大さがわかったか?
いつものように黙っていれば、済むという問題ではないんだぞ?」
「……ごめん…なさい……」
怒るお父さんに内心でガクガクと震えながらも、絞り出すように答える僕。
それを聞いて恐い顔から一転、呆れたような表情になったお父さんは言う。
「後でライルからも事情を聞くが、今回のことは全面的にクリスが悪い。わかるな?」
「……はい……」
誠意を示そうと、しっかりと高い位置にあるお父さんの黒い瞳を見て、僕は答える。我侭をいうほどの精神年齢ではないのだ。悪い事をしてしまったのだから、反省をしなくてはいけない。
「……っ。な、何もお父さんはクリスが嫌いだから怒っているわけじゃないんだぞ?
た、ただな、その気がなかったとしても王家主催のパーティー会場で、闘気を放つなんて行為は良くないことなんだとクリスにわかってもらいたくてだなぁ……」
「……」
恐いやら情けないやら、申し訳ないやらで返す言葉もない僕。
僕にはお父さんの横に座るお母さんまでも、どこか険しい顔をしているように見えた。
……嫌われちゃったかな……でも、なんであんなことしちゃったんだろ……
「と、とはいえクリスだけを責めるわけにもいかないからな。
まだ慣れていないクリスを、急にパーティーに出席させた私達にも非はあるんだ。
な、なぁマーチ?」
「え、ええ。別にクリスだけが悪いわけじゃないのよ。
それに取り返しのつかないミスをしたわけじゃないわ」
なぜか僅かに早口になったお父さんは、お母さんに同意を求め、そのお母さんも大きく頷いて僕に話しかけてくる。
「……」
二人の視線が僕に集中していた。
僅かに心配そうにも見える両親の視線は、僕に物凄い罪悪感を抱かせる。
……お父さんもお母さんも、こんなにも僕のことを気にかけてくれているのに……僕は……
「う、うむ。やはりマーチもそう思うか。
斧の貴族の家にはまた今度謝りに行くとして、クリスはとりあえず屋敷に帰ったら数日の間は休むといい。
少し疲れていただけのようだからな、なぁ、マーチ」
「ええ、そうね。
クリスはいつも頑張ってるものね。
昔から手がかからないいい子だったけど、でも、たまには間違いだってあるわ」
「……ほんと……?」
僕の疑問に、コクコクと頷くお父さんとお母さん。
嫌われたわけではないのだろうか、自然と小さな安堵の笑顔が零れた。
「クリス」
でも、最後にお父さんは付け足す。
「これだけは真剣に考えてくれ。
闘気を、刀を向けていい相手が一体誰なのか。
クリスの力は何のためにあるのか。
いいね?」
険しいとは違う、真剣な瞳。
先程の言葉よりも遥かに重みのある言葉に、僕は気がついたら頷いていた。
「では、私達はしばらく席を外そうか。あと少し休んだら、屋敷に帰ることにしよう」
「えぇ、クリスは寝てても構わないわ。
しっかり休むのよ」
僕の生存報告だろうか?
どこか嬉しそうに、扉から出て行く二人。
お父さんとお母さんがいなくなれば、広い部屋には、静寂がやってきた。
「……」
……刀を向ける相手。力がなんのためにあるのか……
僕は無言のままに、お父さんから言われたことを考える。
僕が刀で斬る、斬らなきゃいけないのは魔物で、人類を絶滅の危機から救うのが僕の役割で、僕を選んでくれた女神様の期待してること。
……力がある理由……?
「……理由……?」
お父さんも若い時に、色々と悩んでいたのだろうか?
「……理由……」
僕はポツリ、ポツリと言葉を繰り返す。
僕が腰につけている短い刀は、殺しのための道具。
いくら綺麗な装飾があってもそればっかりは変わらない。
でも、なぜ、それを振るう力が自分にあるのか、クリスにはよくわからなかった……
「……」
「どうしたの?クリスちゃん。
今日は少し様子が変だよ?」
暗くてジメジメとしていて、少しだけ寒い牢獄の中。
僕の方を心配そうに覗き込んでくる白髪の女の子、イリス。
「ほら、悩み事ならボクが聞いてあげるから」
僕の方が精神的には遥かに年上なのだが、こうして彼女は時々お姉さんのように接してくる。
……まぁ、別に嫌ってわけじゃないけど……
「……うん……」
悩んでいたのはパーティー会場でのこと。
まだ幼い故に闘気を暴走させてしまったとみなされた僕が、帰宅する前に小耳に挟んだこと。
僕は頭の中で話すことを纏める。
「……イリス……」
「うん?」
小首を傾げて僕の言葉を待ってくれる優しいイリス。
暗い牢屋の中で、彼女の綺麗な白髪が浮き上がって見えた。
「……戦争…行く……?」
「え、戦争?」
僕の言葉を聞いて不思議そうにするイリスに、僕は頷きを返す。
「ボクが、戦争……」
戦争、と小さく呟いて、その言葉の意味を理解したのか、目に見えて表情を失っていくイリス。
「ク、クリスちゃん、だ、誰がそんな事を言ってたの?」
珍しく吃るイリス。
僕は正直に答えた。
「……貴族…女……」
「そっか……」
握った手から少しだけ早くなった、イリスの鼓動が伝わってくる。
そっと表情を窺えば、彼女は今にも泣き出してしまいそうなほどに、沈鬱な表情をしていた。
……やっぱり聞かないほうが良かったのかな……?
「「……」」
しかし、しばらくの沈黙の後に僕の方を向いたイリスは、なぜか笑っていた。
「ふふふ、そっか。クリスちゃんにもバレちゃったみたいだね」
「……?」
疑問符を浮かべる僕に、彼女は少しだけ得意気に言う。
「ボ、ボクは今度の戦いで…そう、手柄。手柄を立ててみんなに認めてもらうんだ!
そうしたらクリスちゃんとだってもっと遊べるし、こんなところからも出してもらえるんだから!」
「……」
どこか無理のある笑み、震える声。
他人の感情に疎い僕でも、これが嘘であるということはすぐにわかった。
「……イリ…「やめて、クリスちゃん!」…」
でも、慰めようとした僕の言葉はすぐに遮られる。
彼女の瞳には光る何かが見え隠れしていた。
「大丈夫、大丈夫だから……
ボクは…平気だから……」
自分で自分に言い聞かせるように言うイリス。
「……イリス……」
「ボクは戦争に行ったって絶対に生きて帰ってくる……死なないから…大丈夫だから……」
そして彼女はまた僕を見て笑った。
「うん…ボクは大丈夫。
だからさ…ク、クリスちゃんにまで同情されたら…ボク、本当に惨めになっちゃうからさ……」
顔は笑っているはずなのに、イリスの頬を伝う透明な涙。
彼女は笑いながら泣いていた。
「……」
……こんな時何て言えばいいんだろう……?
実質親から捨てられたのと変わらないイリスを前に、対人経験に乏しい僕の口からは、何一つとして言葉が出てこなかったのだ……
「ごめん…」
ポロポロと泣き、落ち着いたのか、少し恥ずかしそうにイリスは謝る。
「ボクだって薄々気がついてはいたんだよ?
ボクにはたぶん闘気がない、もしくは、すんごく少ないんだってさ……」
イリスの独白。
でも、何度もイリスに身体強化の魔法をかけようとして失敗した僕は、たぶんイリスよりも、イリスの体に起きている異変をよく知っていた。
「……」
僕は唇を噛みながらイリスの話を聞く。
……魔力がないわけじゃ、闘気がないわけじゃないのに……
……もし僕がお医者さんの知識を持ってて、回復魔法を完璧に扱えていたら、こんなに苦しませなくても良かったのに……
「だからボクは貴族に相応しくないんだ。
うん、これが下級貴族だったならまだしも、剣の貴族に生まれちゃったから……ね?」
クリスちゃんに話すことじゃないのはわかってるんだけど、と彼女は言う。
「毎日毎日、貴族の子達はボクを殴って蹴って馬鹿にするんだ。
悲しいけどライル君だってそうだよ。
たぶんクリスちゃんに合わなかったら、ボクはもう死んじゃってた」
彼女は悲壮感が漂う笑みを浮かべて言う。
「たぶん、うん、きっとボクは要らない子で…必要のない存在だから……
もし上手くいって、ここに残ることができたってさ。
ボクは絶対、絶対に幸せになんてなれないんだ」
「……」
僕にはわかる。
自分で自分のことを、要らない人間だって認めることの辛さが。
「だから、だから、戦争に行ってボクの人生が変わるって言うんなら……それでボクが変われるかもしれないっていうんならさ……」
僕の手を握るイリスの手に僅かに力が篭る。
「……ボクは行くよ。
もしかしたら簡単に死んじゃうかもしれないけど……王都にだって帰って来れないかもしれないけど……
それでも、こんな牢獄の中で、皆に疎まれながら生き続けるよりも、少しだけでも広い世界を、ボクは見てみたいんだ!」
彼女は、イリスは、結局強い口調で全てを言い切った。
自分から逃げ道を潰すように、力強く断定する。
「だから止めないで。
大丈夫。ボクは死なないから。
だってまだまたまやりたいことがあるんだもん」
イリスの真紅の瞳には、まだ未来への希望の光が灯っていた。
僕や大多数の奴隷達にはなかった生きる力。眩しい、希望の輝き。
「……」
素直に羨ましいと思った。
物理的な力なんか皆無と言っていいほどに無くて、歪んでしまうような劣悪な環境にいて、でも、それでも僕と違って輝くイリス。
……なら、僕がするべきことは……
「……また…会える……?」
僕の質問に対して、たぶんイリスは心から笑ったんだと思う。
「もし生き残れたら……もし、ボクが生きて帰って来れたら……絶対に、真っ先に会いにくるからね。
クリスちゃんもボクのこと忘れないで……」
「……うん……」
悲しかった。
どうしようもなく悲しかった。
……せっかく友達になれたのに……せっかく仲良くなれたのに……どこにも行かないで欲しい……
できれば、戦争に行くなんて言って欲しくなかったのに……
「……これ……」
だから僕は刀を、二歳の時に貰って、それ以来常に帯びていた短刀をイリスに差し出す。
「えっ?クリスちゃん、これって大事な……」
困惑するイリスに僕は言う。
「……あげる……」
渡した短刀は、僕から染み出た魔力を長い間浴びてきた、所謂妖刀のようなもの。
もしかしたら魔力を帯びたものを身につけていれば、イリスにいい影響があるかもしれないっていう打算もあるけれど、やっぱり一番は僕を忘れて欲しくないから。
「……大事に…して……」
「クリスちゃん……本当にいいの?」
コクリと頷く僕を見て、イリスは嬉しそうに笑った。
「うん!大事にする!とっても!とっても大事にするよ!!」
笑顔のままに、泣きながら抱き合う二人。
しばらくの間、寒々しい牢屋の中に二人分の嗚咽の音だけが響いていた……
…………
………
……
…
「……ぐすっ……」
ガタゴトと小さな音をたてながら遠ざかっていく馬車。
それを見ている僕の胸に抑えきれない寂しさと、苦い後悔の念が去来する。
「……うぅ……」
ボロボロと、次から次へと僕の瞳から涙が溢れて止まらなかった。
「……イリスっ……」
やっぱりお父さんに、アルトさんに頼んで、彼女を戦争に行かせないようにすれば良かった……
皆に疎まれていても、嫌われていても、僕のそばに居てさえくれればそれで良かったのに……
「……イリス……」
でもそれはしちゃいけないこと。
僕の勝手で彼女の人生を決めちゃいけないし、きっと周りの、僕以外の人から白い目で見られ続けるような人生は、彼女にとって不幸でしかないから……
「……待ってる…から……」
涙声で僕はそう宣言する。
深夜に、まるで夜逃げするかのように王都から離れて行く、イリスが乗った馬車。
対外的には力の証明。貴族として、人々の上に立つのに相応しいかどうかを確かめる試練。
でも実際は体のいい厄介払いで、ほぼ死刑。
過去に少年兵として戦地に送られた上流貴族の子息達の大半は、そこで命を落としている。
「……信じてる……」
絶対にイリスは帰ってくる!
だって…だって……
魔力は魂に宿る。
なら僕の魔力を浴び続けて、その魔力を宿したあの短刀は僕の分身。
「……うん……」
……イリスを守って……
昔より遥かに強くはなったけど、でもやっぱり力の無い僕にはただ、いつもの通りに祈ることしかできなかったのだ……
《人物紹介》
クリス……主人公。現在5歳手前。元男の娘。常時展開している魔装のおかげで攻撃力と防御力が馬鹿に高い。
特殊技能はないけどそこそこ魔法が使える。魔力はかなり多い。一人称僕。前世からの強い精神的外傷持ち
メノト……クリスの乳母。実は脳筋。
お父さん……本名ライネス・エスト・アズラエル。
刀の貴族の現当主。厳めしい顔をしているが意外と子煩悩。一人称私。
お母さん……本名マーチ・エスト・アズラエル。
クリスの容姿が問題で一時不倫を疑われていたが、二年経ってようやく認められた。
ライル……クリスお兄さん。七歳。お父さんとよく似ている。
わりとなんでもできる。一人称僕。
アルト……剣の貴族の現当主。金髪に碧眼、爽やか系で一人称が俺。
前世のクリスを殺した貴族にそっくり。
ボク……剣の貴族の長女。ライルと同じ歳だが戦闘力皆無。魔力(闘気)が一切ない。アルビノ少女。
皆から虐められているらしい。一人称ボク。本名イリス・ノール・イスラフェル。
レイス……斧の貴族の長女。ライルと同じ歳。
誤字脱字、意味不明なところがありましたらご報告いただけると幸いです( ´ ▽ ` )ノ
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