初めてのお友達
13話目です。
3文字でわかりやすい登場人物の名前をと思っていたら、なんでだか似たような名前が増えてしまいましたorz
この世界に唯一存在する人の国、王国。
その北の領地を守護することを命じられた貴族の館。
剣を持ち、剣に生きることを義務付けられたもの達が住む屋敷。
夜半。大概の者が眠りにつく時刻、コンコンと控えめなノックの音が書斎に響く。
「入れ」
「失礼します」
俺の出した入室の許可と共に、音も無く入ってきたのは執事のセバスチャン。
「どうかしたのか?」
俺は特に意識することもなく、ロウソクの光を頼りに見ていた嘆願書の束から目を離さずに応じる。
「それが……」
珍しく口ごもる我が家の有能な執事長。
普段ならば気にかけて質問の一つぐらいはしたかもしれないが、いかんせん、俺は仕事中。構っている暇などない。
「見てわからないのか?俺は今忙しい。
端的に要件を伝えるか、くだらないことなら後に…「アルト様」……ふぅ…なんだ?」
当主様ではなくアルト様。
セバスがわざわざ俺を名前で呼ぶときは、大抵が大切な話をする時なのだ。俺は渋々と顔をあげ、不本意ながら聞く姿勢を取る。
長い間戦場で培ってきた経験からだろうか。
なぜだか妙に嫌な予感がした。
「アルト様、大変言いにくいことなのですが……」
妙に煮え切らないセバスの態度。俺は無言で先を促す。
「……お嬢様は、イリス様は、もう限界です」
「……?」
思わぬ言葉。俺の頭の上に浮かぶ疑問符。
……唐突に何を言い出すのかと思えば……そろそろこいつも呆けてきたか……
嫌な予感が外れたと拍子抜けし、呆れた俺は投げやりに返答する。
「何を言うかセバス。
お前も知っているだろう?
肉体的に、精神的に追いつめられて、そして限界を超えてようやく発現するのが…「アルト様」…はぁ、お前は一体何がいいたい?」
再び俺の言葉を遮るようにして言うセバス。
俺は多少ムッとしながらも、セバスに続けるようにと合図をした。
「……お言葉ですが、お嬢様が闘気に目覚める可能性はもうないかと……」
「……は?」
まだ未熟な長女の可能性を、おそらくは実の親である俺以上に信じていたセバス。
俺は発せられたその言葉の意味を、最初は理解することができなかった。
そして、その意味を理解すると同時に、なぜか怒りが湧いてくる。
「……続けろ」
セバスは淡々とその根拠について述べた。
「既にお嬢様は、この世界を見てはおられません」
「?」
「お嬢様は本来存在しない架空の友達をつくり、己の世界に引き篭もっていらっしゃいます。
いつからしていたことかは定かではありませんが、これ以上お嬢様に修行を施してもおそらく無意味。
全てはお嬢様にとって窓の向こう側。
おそらくもう痛みですら、虚ろにしか感じていないでしょう」
「……」
悲しそうに震える声。
セバスの瞳に嘘の色はなかった。
「……それが…それが長年この家に仕えてきたお前の見立てか?」
「御意にございます。
お嬢様はもうこの世界に生きてはおられません。
これ以上の訓練は当主様にも、お嬢様にも、お互い苦痛にしかならないでしょう」
「……わかった。
だが、お前は力の無い貴族の末路を知った上でそう言っているのだな?」
「……」
俺の問いに無言で頷くセバス。
……とうとう俺の娘はセバスにすら見捨てられたのか……
心当たりはあった。訓練中もどこか上の空。斬られたときの反応も、鈍くなっていたことは確かなのだ。
「……そうか……。
だが、七歳までだ。
七歳までにあの子が闘気を覚えなければ、私が剣の貴族の当主として、父親としてそれ相応の処置をすることにしよう」
「……はい。残念ですが……」
「言うな。それが力なき者の定め。
我々貴族は、常に他者よりも強くなければならん。
厳しい戒律を守り、己を鍛え、矢面に立って戦う運命なのだ」
……イリス……
脳内をよぎる娘の泣き顔。
……お前は、俺を恨んでいるのか……?
この時の剣の貴族が当主、アルトの心情は複雑だった。
他ならぬ娘の将来のために心を鬼にし、情を消してまで鍛えていた彼の苦労はおそらく報われない。全てが徒労。
「アルト様にはわざわざ憎まれ役を……。
私がもっと早々に気がついていれば、もっと他の道も……」
「……セバス、すまないが一人にしてくれないか?」
「……はっ。
失礼しました」
悲しそうな顔のまま、礼をして部屋を去っていくセバス。
部屋に一人残された、剣の貴族、当主アルトにはもう嘆願書に目を通す気力すら残っていなかった。
「父である以前に俺は貴族……
すまないイリス、許してくれ……」
愛と義務を天秤にかけて、彼は義務を選んだのだ。
でも、たぶんどちらを選んでも後悔が残るのだろう。
「すまない……」
自分の意思で切り捨てたものに謝り、許してくれというそれは、ただの自己満足。
見ようによってはどうしようもなく傲慢なこと。
だけど彼はそう言わずにはいられなかったのだ。
誰よりも厳しかった彼は、たぶんきっと誰よりも娘を愛していたのだから……
………………
「……あ、あの…その……」
僕の口が、虚しくパクパクと開いたり閉じたりを繰り返す。
「天使さん、一体どうしたの?」
場所はいつもの地下牢。僕の目の前にいるのは、真っ白で少年のような女の子。
カビ臭い匂いの漂う牢屋の中、僕らはお互いに向き合って座っていた。
「……えっと……」
……ここまで来ちゃったんだから家で練習してきたみたいに……ベッドの中で言っていたように……
「……」
僕の背中を冷や汗が流れる。
……べ、ベッドの中で練習していた時と緊張の度合いが全然違うよ……!
「……あ、あ……」
……あれ?僕は何を…な、何て言えば……
極度の緊張のあまり頭の中が真っ白になってしまった僕。言いたかったセリフがどこかへ飛んで行って迷子になってしまう。
「……?
う〜ん、そうだ!
天使さん、良かったらボクと自己紹介しない?
えっとね、ボクの名前はイリス。
イリス・ノール・イスラフェルって言うんだ。
天使さんのお名前は?」
こんな僕にも明るく話してくれる女の子、イリス。
辛い目にあっているはずの彼女は、負の感情なんてどこかへ置いてきてしまったかのように、ニコニコと笑いながら自己紹介をする。
僕の前ではいつでも笑顔なのだ。
「……ぇ……」
僕はそのことに内心で衝撃を受けつつも、吃りながら自分の名前を言った。
「……え、えっと……ク、クリス…エスト・ア、アズ…ラエル……」
「クリス…うん、天使さんはクリスちゃんって言うんだね!
あれ?でも、アズラエルって言うと……え〜っと、も、もしかしてライル君の妹さんなのかな?」
ちゃんづけ?……恥ずかしい……
でも、イリスはライルのことを知ってるんだ。
少し俯きがちにコクリと頷いた僕を見て、ニッコリと笑うイリス。
でも、その笑顔にはどこか影があった。
その一瞬だけ浮かんだ暗い影が、たぶん彼女と僕の小さいけれど、大きな接点。
「そっか。いつもボクの怪我とか治してくれてありがとね。
でも、天使さんが知り合いの妹さんだったなんて驚きだよ」
「……あ……!」
何故か少しだけ気ごちなくなったイリスの言葉。
でも、その言葉で僕は当初の目的を思い出す。
……そうだ、僕はこの子と知り合いになりに来たんだった……!
「……あ、あの……」
「ん?どうかしたの?」
不思議そうに僕の顔を見るイリスの視線が恥ずかしい。
……だ、大丈夫……壁に言うと思って、枕に言うと思って……ぼ、僕は精神的に何歳も年上なんだから……
恥ずかしさと期待、押しつぶされそうなほどの不安。
薄汚れた牢屋の石畳を凝視しながら、僕は勇気を振り絞る。
僕の体全体を覆う魔装の出力が一層増加した。
「……ぼ、僕…汚い…けど……」
「えっ?クリスちゃん…何を……?」
「……汚れて……で、でも…知り合い…に……」
途中でイリスが何かを言っていたようではあったが、何も聞かずに一息に言い切った僕は、俯いたまま返事を待つ。
「……」
拒絶されるかな?
断られるかな?
それとも気持ちが悪いって、近寄るなって言われるかな?
頭の中があつくなって、一秒一秒が長くて、ドキドキが止まらない。
「「……」」
長い沈黙。
それに耐えきれなくなった僕が、そろそろ姿を消してしまおうかと思った頃になってようやく聞こえたのは、クスクスという忍び笑い。
僕がそーっと目をあげれば目の前にいたイリスがニコニコと笑っていた。
「……綺麗なクリスちゃんは、本当にボクなんかと知り合いになってくれるの?」
「……え……?」
オドオドとしている僕を見て、彼女は自嘲気味に嗤う。
「でもね、クリスちゃん。
ボクは闘気だってマトモに使えないし、貴族なのに強くないし、頭だって良くないんだ。
クリスちゃんのお兄さんのライル君とは全然違うんだよ?
クリスちゃんとじゃ釣り合わないよ?
たぶんすぐにボクのことを嫌いになると思うよ?」
話していくうちにどんどんと潤んでいく、イリスの真っ赤な瞳。
彼女は辛そうに笑いながら気持ちは嬉しかった、ありがとねと言った。
「……ぇ……」
でも最後の言葉は、もう僕の耳には入ってこない。
……僕は…断られたの……?
「……ダメ……?」
頭の中をグルグルと回る拒絶の二文字。
……わ、わかってたんだ……やっぱり僕みたいなゴミなんかと……
……でも、少し、ほんの少しだけ期待しちゃってたんだ……
反動で僕の瞳からもポロリと少しだけ涙が零れた。
でも、そんな恥ずかしいものを、僕は俯いて見せないようにする。
「……ぐすっ……」
どこか似ている僕達なら、もしかしたら仲良くなれるかもしれないって思ってたんだ……
僕のことをわかってくれて、知り合いになれるかもしれないって期待してたんだ……
「……僕…かえ…「でも、もしクリスちゃんが」…る……?」
手に感じる暖かい感触。
聞こえた声に再び顔をあげれば、今度は少しだけ不安そうにしたイリスの顔間近にあった。
白すぎる顔が、心なしか朱に染まっている。
「もし、ううん、え〜っと…クリスちゃんがボクでも、こんなボクでもいいっていうのなら……
気にしないっていうのなら……」
「……」
「ボクと知り合いに……ううん、友達になってくれないかな……?」
「……え……?」
小首をかしげる涙目で可愛らしい女の子。
それを見た僕の思考が停止する。なぜか胸の動悸が激しくなった。
「ーー」
イリスが恥ずかしそうにしながら何かを言ってはいるけど僕の停止した頭では、それを理解することは叶わない。
ーー友達ーー
なんていう甘美な響きだろう。
「……とも…だち……」
僕は口の中で繰り返す。
「……と、ともだち……」
自然と笑みが漏れた。
顔を上げてぎこちない笑みを、精一杯浮かべて僕はイリスを見る。
でも、前に座っていたイリスは、なぜか慌てた様子でワタワタとし始めた。
「ク、クリスちゃん、涙!涙が出てるよ!」
顔を指さされてようやく、僕は泣いていたことを思い出す。
……あっ、恥ずかしい……
「ほら、え〜っと、元気だして!」
こんなボクにも優しくしてくれる白い少女、イリス。
「……ほ、本当…いいの……?」
僕の吃りに吃った確認の言葉にも、嫌な顔一つしないで頷いてくれるイリス。
「うん!うん!!
ボクの方こそ、ボクの方こそこれからもよろしくね!クリスちゃん!」
「……よ、よろしく……!」
僕の、前世を通しても初めての友達は、7歳にも満たない可愛らしい女の子で、白い髪に紅い目をした不思議な、少年のような女の子だったのだ……
「クリスちゃんがいてくれて、ボクは本当に嬉しいよ」
時折生きるのが辛いとワンワンと泣くことはあっても、最後にはいつもニッコリと笑顔でそう言ってくれるイリス。
「……うん……」
その言葉を聞くたびに、彼女の笑顔を見るたびに、なぜか僕の胸は高鳴った。
少しだけ苦しいけど、なんでだろう、嫌な気はしない。
時折、僕なんかがこんなに幸せな生活をしていてもいいんだろうか?という疑問もよぎるけど……
「……僕も…嬉しい……」
たぶんこれが友達ってことなんだ。
「「……」」
ギュッと握った手から伝わってくる体温は子供らしく高くて、心地よい。
「……ボク達は一人じゃないからね」
ニッコリと笑う小さな、精神的には自分よりも遥かに幼い子供。
昔の自分のようで、でも、自分とは決定的に違う友達。とっても、とっても大切な。
地下牢でしかあえなくて、片方は心に孤独を、癒えない傷を抱えていて、片方はいつも皆に虐められていて……
「……うん……」
でも、二人の間には確たる絆があった。
「ありがとう、クリスちゃん……ほんと、いつまでも一緒にいれたらいいね……」
二人の間でまず会話が弾むことはない。
でもクリスは、この静かな時間が何にも増して大好きだった。
クリスの横にはイリスがいて、イリスの横にはクリスがいる。
理解者を得て、彼女達の世界は初めて色鮮やかに、明るくなったのだった……
《人物紹介》
クリス……主人公。現在四歳。現幼女、元男の娘。常時展開している魔装のおかげで攻撃力と防御力が馬鹿に高い。
特殊技能はないけどそこそこ魔法が使える。魔力はかなり多い。一人称僕。前世からの強い精神的外傷持ち
メノト……クリスの乳母。実は脳筋。
お父さん……本名ライネス・エスト・アズラエル。
刀の貴族の現当主。厳めしい顔をしているが意外と子煩悩。一人称私。
お母さん……本名マーチ・エスト・アズラエル。
クリスの容姿が問題で一時不倫を疑われていたが、二年経ってようやく認められた。
ライル……クリスお兄さん。七歳手前。お父さんとよく似ている。
わりとなんでもできる。一人称僕。
アルト……剣の貴族の現当主。金髪に碧眼、爽やか系で一人称が俺。
前世のクリスを殺した貴族にそっくり。
ボク……剣の貴族の長女。ライルと同じ歳だが戦闘力皆無。魔力(闘気)が一切ない。アルビノ少女。
皆から虐められているらしい。一人称ボク。本名イリス・ノール・イスラフェル。
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