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無口な天使  作者: ソルモルドア
孤独な幼女
12/78

僕の価値

11話です!




 



「……はぁはぁ……」



 火照った頬を、朝特有のヒンヤリとした空気が撫でる。


 後ろに流れて行く家々。ドクドクと高鳴る心臓。


 剣の屋敷であった予想外の事態、その興奮が未だに冷めていない僕は、過剰に展開した魔装もそのままに跳躍を繰り返していた。



「……そ、そろそろ……」



 早くしないと朝になって皆が起きてきちゃう……



 王城を右手の方に見ながら急いで走り、辿り着いたのは、今世における僕の家。刀の貴族と呼ばれる一族が所有する大きなお屋敷。


 相も変わらずに豪華で、僕なんかには勿体無いほど立派なものだ。



「……」



 内心で気圧されながらも、僕は気配を消しつつ、開け放たれた窓から自室へと潜り込む。



「……ま、間に…合った……」



 恐る恐る見渡せば、幸い部屋に僕以外の人影はなく、屋敷の中で何かがおきたような気配もない。



 ……とりあえず一夜丸ごと外出していたということは、誰にもバレてないみたいだね……



「……良かった……」



 身の安全を確保出来たからか、緊張が解けて疲れがどっと出てきた僕は、静かにベッドに潜り込む。



「……」



 四年も暮らした部屋、大きくて柔らかいベッド。


 僕はその上で毛布を被り、手で膝を抱えるようにして丸くなる。落ち着くのを待つ。



「……うん…大丈夫……」



 数分もじっとしていれば、心臓の動悸どうきも収まり、荒くなっていた息も完全に収まった。

 そして、動揺が無くなって落ち着いた僕の頭は、ようやく平時の通りに稼働を始める。



「……どう…しよう……?」



 冷静になった頭で思い出したのは、昨晩の失態。



 ……なんであんなところで寝ちゃったんだろう……しかも、顔を見られちゃったよ……



 僕を見つめる紅い瞳。驚愕の表情。



 ……気持ち悪い奴だと思われたかな……それとも怪しいやつだと思われたかな……



「……」



 前世の僕なら、6歳ぐらいの子供に話しかけられたぐらいどうってことなかったと思うんだけど……うん、でも今の僕は4歳だし……相手は自分よりも大きい女の子だし……



 ……はぁ…なんであんなに緊張したんだろ……



 僕は毛布の下で丸くなりながら、再び赤みがさしてきた顔を左右に振る。



 ……確かにあったかくて柔らかかったけど……なんだか安心できたんだけど……


 ってあれ?この思考…もしかして僕って変態……?



「……」



 ガーンという効果音と共に、無言で項垂うなだれるクリス。


 安心と恥ずかしさで赤面し、自分の考えに愕然として青くなり、今日の彼女は大忙しであった。



 ……でも、待ってるって……



 最後、去り際に聞こえた声。

 たしか待っているって聞こえたような……



「……また…行く…かな……?」



 また怪我をしていたらと思うと心配だし…

 しっかりご飯を食べているかも気になるし……



「……うん…行こう……」



 なんだかんだと理由をつけてはいるが、たぶんクリスは、白い彼女に会いたかったのだ。



「……よかった…ら…知り合い……なって…くれま…せん…か……?」



 そこにあるのは前世の自分と同じような境遇の人だから、分かり合えるかもしれないという期待。少なくない同情。



 ……もしかしたら、万が一にでも知り合いになれたら……



「…しよう……」



 理由はともかく、ベッドの上で真っ赤な顔をしながら、知り合いになってくださいと繰り返す彼女は、やっぱりとても可愛らしかった。









「あらあら、お嬢様は珍しく寝糞ねぐそですか……」



 ちなみに彼女が外でつけてきた泥は、このあと寝糞として、秘密裏に処理されていたという。









 …………

 ………

 ……

 …









「クリス、今日はなんだか上の空じゃない?」



 そうライルが言ったのは、寝不足の僕があまり働かない頭で、ボンヤリと屋敷の庭をランニングをしている時のこと。


 横を走るライルが唐突に顔を覗き込んでくる。



「……あ……!」



 急に視界に入ってきたライルの顔のアップにビックリした僕は硬直。

 前に進もうとしていた足を急に止めようとしたためか、慌てて足をもつれさせてしまった。



 危ないーと思った時にはもう遅い。

 視界一杯に広がる灰色の石畳。

 いくら障壁を貼っているとはいえ、恐怖から目をキツク瞑って……



「ほら、クリス。

 今日はどこかそそっかしいよ?

 体調でも悪い?」


「……!?」



 耳元で囁かれた声。

 お腹に回された暖かい何か。


 ゆっくりと目をひらけば、僕が倒れそうになったのをしっかりと支え、止めてくれているライルの姿が目に入る。



 ……お父さんに似て、威厳があって、どこか険しいライルの顔が僕の目と鼻の先に……



「ーーー」



 声にならない悲鳴。激しくなる動悸。



「顔が赤いよ?

 大丈夫?」



 ニッコリと爽やかに笑うライル。



「……っ……」



 もちろん恐怖を感じているわけではないが、あまり人と話さない僕にとって、自分のパーソナルエリアに他人を入れるということは。それがそのまま苦痛に繋がるのだ。



「……いっ…や……!」



 僕はほぼ反射的にライルの腕を払って、転がるようにして距離を取ってしまう。



「あっ!


 ……ごめんね、クリス」


「……」



 腕を払われたライルは、僕の顔と自分の腕を交互に見て、そのお父さんに似た顔を悲しそうに歪める。


 罪悪感という名の棘が、僕の胸に刺さった。



「怪我がないならいいんだ。


 うん。クリスは気にしないで……僕は先に行ってるから…」


「……あっ……」



 そう辛そうに告げたライルは、日課となっているランニングのコースを走り、角を曲がって僕の視界から消える。



「……」



 ……またやっちゃった……



 たぶんまだ子供で、お兄さんだからなのだろう。

 多少スキンシップが過剰なライル。


 でも、そんな彼に僕は時々酷いことをしてしまうのだ。



 ……ライルとも仲良くなりたいんだけどな……嫌われてないといいんだけど……



 僕は後悔しながらよろよろと歩いて道場に戻り、少し意気消沈したまま練習着に着替え始めた。



「……はぁ……」



 どこかフワフワとした感覚で道着を羽織はおった僕は、はかまを履き、普段から持っている刀の代わりに木刀を持つ。



 ……準備体操はしたし、まずは黙想からかな……



「クリス、ライルからも聞いたが、体調が悪いようならあまり無理をするな。

 体の管理も大切な修行の一つなんだぞ」


「……」



 心配をしてくれるお父さんにコクリと頷きを返した僕は、坐禅ざぜんを組んで黙想にはいる。



 刀を扱う者は心身共に強くなくてはならず、心を鎮めて無心の境地に至らなくてはならないらしいのだが……



「……っ……」



 目を瞑って思い浮かぶのは、ライルに酷いことをしてしまったという苦い後悔で……

 今朝出会った少年のような少女のことで……



 悲しそうな顔をしたライルと一緒に、薄暗い地下牢とは対照的に白すぎる肌や髪が、ウサギのような紅い目をした彼女が脳内に散らついて……



「……クリス」



 やはりというか、予想通りというか、そんな雑念が多い僕のことを、達人級のお父さんが見逃すはずもなかった。



「今日は端の方で見学していなさい。

 そんな状態で刀を握っても身につかないどころか、怪我をするだけだぞ」


「……はい……」



 心配そうに僕を見るお父さんとライル。


 僕は恥ずかしく、情けなくて、消えいるように返事をする。



 ……どうにも昨日の夜から変なんだ……牢屋の中で寝ちゃったり、朝から妙に浮ついていたり……



 居た堪れない気持ちで木刀を片手に道場の端へと行く僕。


 素振りをし、体を、技を鍛えるライルとお父さんを見ながら、僕は一人でションボリとしていたのだった……










「クリス、今日は勉強もいいから早く寝なさい」



 そう言われたのは食事の席でのこと。


 何も喋らないで別れてしまった、名前も知らない彼女のことをぼんやりと考えていた時のことだった。



「……?」



 もちろん違うことを考えていたのだから上手く聞き取れるわけもなく、頭の中に疑問符を浮かべている僕を見て、お父さんはさらに心配そうに言う。



「クリス、大丈夫か?


 辛かったら何か言いなさい。

 言わないと何も伝わらないんだぞ?」


「……」



 コクリと頷いた僕を見て、お父さんは額を抑え、お母さんとライルは困った顔をした。



 ……えっ…なんで……?



 何か悪いことをしてしまったのではないかと顔には出さなくても内心ガクガクと僕が震えていれば、お母さんが僕と目線をしっかりと合わせて言ってくる。



「クリス。本当に、本当に何か辛いことがあったらいいなさい?


 お母さんもお父さんも、勿論ライルも皆、貴女の味方なんだから」


「そうだよ、クリス。

 何かあったら僕に言ってね」



 ライルも真剣な顔で僕の方を見て頷いた。



「……みかた……?」



 冷水を浴びせられたかのように思考が現実へと戻る。

 その一言がまだ浮ついていた僕を、一瞬で現実へと引き戻したのだ。



「……僕…味方……?」



 それはたぶんとっても嬉しい言葉。


 感情表現が苦手なクリスでも、友達から、知り合いから聞けたなら、小躍りして飛び上がらんばかりに喜ぶであろう言葉。



 ……でも、でも……



 僕は小さな声で言うのだ。



 ……心配してくれるのはとっても嬉しいけど……



「……僕…そんな…価値…ない……」


「え……?

 クリス、今なんて言ったの?」



 たぶん聞き取れなかったのだろう。聞き返してくるお母さん。



「……」



 でも僕が二度と、その言葉を言うことはなかった。










 体調が悪そうだからと早く就寝させられたクリス。

 部屋で添い寝をしていたお母さんが去って行ったのは、夕御飯が終わってからゆうに二時間は経った頃のことだった。



「……」



 いつも通り、もはや日課であるとも言えるだろう、夜中にむくりと起き上がる一人の幼女。


 幼いながらに整った可愛らしい顔をした幼女なのだが、残念なことにその顔には何の感情も浮かんでいない。



「……な、なんで…僕……」



 ポツリと悲しそうに呟いた幼女。



「……」



 お父さんが、お母さんが、ライルが好意をもって接してくれていることは、僕にだって何となくわかる。


 僕が単に寝不足で、上の空だったというだけで、あそこまで心配してくれたのだから。



「……うぅ……」



 でも、でもダメなんだよ……



「……ふっ、くふぅ……」



 素直になれないクリスの瞳から、何故か涙が出てきた。



 雪が暖かいところでは溶けてしまうように……いつの間にか水になってなくなってしまうように……クリスは他人に優しくされるのが恐かったのだ。



「……期待…してる………愛してる……って……」



 それは今生において、以前から幾度となく、日常的に繰り返されてきた言葉。



「…嬉しい…けど……」



 期待されれば、裏切ってしまうのではないかと不安になる。

 愛されれば、いつか嫌われてしまうのではないかと恐くなる。



「……僕…僕に……」



 家族だから無条件に愛してもらえる。

 無条件に期待してもらえる。



 でも、もし僕が前世の僕だったら?

 そこに愛はあったの?


 僕が、僕じゃなかったら?

 お父さんは、お母さんは、ライルは僕の味方になってくれたの?



 震える体。幸せを知ってしまった彼女はきっともう前世の、かつての生活には戻れない。



「……そ、そんな…価値…ない……」



 本当の僕はとっても汚い。

 穢れてて、いつも他人の顔色を伺ってて……


 皆が好きなクリスじゃ、見てくれているクリスじゃないんだ……



「……僕は……」



 友達が、知り合いが欲しくて他人に近づき、愛され、大事にされると逆に傷つく。



「……一体…何…したいの……?」



 前世のままの多感な精神年齢。


 彼女自身、自分が一体何をしたいのかよくわかっていなかったのだ……



《人物紹介》


クリス……主人公。現在四歳。現幼女、元男の娘。お嬢様。

常時展開している魔装のおかげで攻撃力と防御力が馬鹿に高い。

特殊技能はないけどそこそこ魔法が使える。魔力はかなり多い。一人称僕。



メノト……クリスの乳母。実は脳筋。



お父さん……本名ライネス・エスト・アズラエル。

刀の貴族の現当主。厳めしい顔をしているが意外と子煩悩。一人称私。



お母さん……本名マーチ・エスト・アズラエル。

クリスの容姿が問題で一時不倫を疑われていたが、二年経ってようやく認められた。



ライル……クリスお兄さん。七歳手前。お父さんとよく似ている。

わりとなんでもできる。一人称僕。



アルト……剣の貴族の現当主。金髪に碧眼、爽やか系で一人称が俺。

前世のクリスを殺した貴族にそっくり。



ボク……剣の貴族の長女。ライルと同じ歳だが戦闘力皆無。魔力(闘気)が一切ない。アルビノ少女。

皆から虐められているらしい。一人称ボク。



誤字脱字、意味不明なところがありましたらご報告いただけると幸いです( ´ ▽ ` )ノ


小説家になろう、勝手にランキングなるものに登録していまいました!

良ければ、ご協力ください( ̄Д ̄)ノ

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