可愛い天使さん
10話目です!
視点変更があります。
一人称が似ているのでお気をつけください(OvO)
「……」
僕は息を殺し、足を忍ばせて鉄格子の側による。
規則正しく並ぶ鉄格子を掴めば、ザラついた感触と共に、その無機質な冷たさが直に伝わってきた。
「……女…の子……?」
牢屋の中を覗き込めば、果たしてそこにいたのは一人の小さな子供。
……暗くすぎて……魔力で強化した目でもよく見えないけど……
「……たぶん…女子……」
暗闇の中でも特に目立つのは、短く切られた真っ白な髪。真っ白な肌。
年の頃はたぶん7歳ぐらいだろうか?
中性的で、見方によっては男の子のようにも見える少女。たぶん少女。
「……」
闇の中にぼんやりと白く浮かび上がって見えるその少女は、ピクリとも身動きすることなくうつ伏せに倒れている。
僕に気がついた様子はない。
……起きないのかな?もう寝ちゃってるのかな?
僕には気がついてないみたいだし…僕がここにいても大丈夫だよね……
「……」
僕は話さなくて済むということに安心しつつも、同時に一抹の寂しさを感じていた。
……全く動かない……う〜ん、昼間あれだけ痛めつけられてたんだから、やっぱり相当疲れてるんだよね。
でも、このまま見てても仕方ないし……
「……怪我…ない……?」
小さく問いかけるも、白い女の子からの反応はない。
どうやら熟睡しているようだ。
「……うん……」
起こしたら悪いけど、怪我をしてたらやっぱり手当もしてあげたいし……やっぱり少し、もう少しだけ近づかなくちゃ……
「……ふぅ……」
僕は一度だけ深呼吸をして心を決める。
せっかくここまで来たんだから、このまま帰るのは嫌だったのだ。
「……格子…邪魔……」
でも、近づこうと思って邪魔になるのは、目の前で僕と彼女を隔てている鉄格子。
勿論僕は鉄格子を開ける鍵なんて持っていないし、やはり牢獄だからだろう、僕がいくら小さいとは言え、通れるような隙間はどこにもない。
触ってみればわかることだが、錆びてボロボロな見た目とは裏腹に、意外と頑丈にできているようだ。
「……壊す……?」
……攻撃魔法を使えば簡単に……ううん、派手にやるのは良くないよね……
一瞬鉄格子を破壊して中に入ろうかと思った僕であったが、すぐにそれはマズイと思い直す。
やっぱり寝ているところを起こすのは偲びないし、派手に壊してしまったら、僕がいなくなった後に責められるのはたぶんこの子なのだ。
「……ええっと……」
自分の記憶の中から、こういった障害物をパスして通る魔法がなかったを必死に探して……
「……転移…ダメ……透過…ダメ……」
瞬時に別の場所にワープする魔法も、自身を微粒子レベルに分解して移動、再構成する魔法も特別な技術がいるから僕には使えない。
「……溶かす……?」
しばらく悩んで、結局僕が選んだのは、鉄格子の一部を切断して、溶かしてくっ付けるという荒技。
魔力で隠蔽するまでもなく、きっとこの暗さならば、多少跡が残ったとしても気がつく人なんていないはず。
「……たぶん…平気……」
少し怖いけどバレなければどうということはないのだ。
「……まず…斬る……」
チャキリという音と共に抜いたのは、お父さんから貰った僕の大事な短刀。
関係ないけれど、こういう時になんの抵抗もなく刀を抜くことができるようになった辺り、僕もかなり刀の貴族らしくなったと思うんだ。
…なんだか前世の僕が、塗り替えられていくみたいで少し寂しいけど……でも今は……
「……やる……」
薄く風の魔力を刀に纏わせて右手で持ち、左手で鉄格子を掴む。
「……ん……」
僅かに力を入れれば、この二年、頑張って鍛えてきた刀捌きを見せるまでもなく、スパリと大した抵抗もなく斬れた鉄格子。
どうにも呆気ないが、こうなってしまえばただの鉄の棒だ。
そっと鉄の棒を地面に置いて、ゆっくりと慎重に、牢屋の端の方の誰からも目につかない部分を切り崩した僕は、体を斜めにして中に入って……
「……あれ……?」
思わず鼻を摘まむ。
女の子に近づけば近づくほど比例して酷くなる血の匂い。
性がないからか、強すぎるそれに、僕は僅かに吐き気を感じたのだ。
「……これ……」
牢屋の汚い床にこびりついていたのは、僅かに黒ずんだ血液。
「……」
僕の心臓が跳ね上がる。
血を見たのはこれが初めてではないけれど、でも、ドキリと来たのだ。
「……すごい…血……」
たぶん掌からの出血が一番酷いのだろう。
包帯こそ巻かれてはいるけれど、止血が十分でないのか、まだ血が流れているようにも見える。
よく見れば、寝ている女の子の顔は、白過ぎた。
「……か、か、回復……!」
たぶんこれは放っておいちゃいけない!
よくわかんないけど、このままじゃ死んじゃう!
思い浮かべるのは人体の構造。
親指に停止する筋肉、他の4指に停止する筋肉。
どこまで貫かれているの?
確か掌に通っている動脈は…支配神経は……
回復魔法に重要なのは距離とイメージと知識。
人によって少しずつ差異はあっても、正常構造を理解していることが、とても重要なのだ。
「……助ける……」
幸い僕には、多少なりとも回復魔法の適性があった。
他人に使うのは初めてだけど……
自分が刺された時は痛くて、苦しくてどうしようもなかったけど……
でも、この子は助ける!僕でも助けられる!
「……」
転がるようにして走り寄り、女の子と密着する。
無我夢中で魔力を掻き集め、集中をすれば、途端に僕の手から零れるようにして流れ出す銀の光。
僕の髪の色と同じ光が、男の子のような女の子の白すぎる手を包んで癒していく。
「……ふっ、ふぅ……」
僕の目の前で血が止まり、異物が押し出され、傷が塞がって……
「……成功……?」
そこには傷跡一つない白い綺麗な手があった。
それは時間にすれば、たぶん5分にも満たない短い時間。
でも僕にとっては一時間にも二時間にも感じるだけの密度があった。
「……良かった……」
僕は口の中で良かったと繰り返す。
段々と落ち着いてくるに従って、実はそこまで致命傷ではなかったような気もしてくるぐらいだ。
……うん…手のひらからの出血で死ぬことなんて、ほとんどないんだから……
僕は額に滲んだ汗を拭って、深く息を吐く。
僕の悪いところの一つだろう、焦って周りがあんまり見えなくなっていたようだ。
「……ふぅ……」
肩の力を抜いて牢屋の床に腰をおろす。おもむろに視点を少女に向ければ……
「……あ……」
剥き出しになった少女の腕に、足に沢山の細かい傷が、巻かれた包帯があるではないか!
よくよく見れば、暗くてわからないだけで所々に内出血の後もある。
「……傷…たくさんっ……」
……こんなに怪我して……これじゃあまるで……
理解した瞬間から無意識のうちに僕の息が荒くなった。
目の前にある女の子の白い腕が滲む。
……この腕は……僕の腕……?
「……あっ……」
唇を噛み、僕は無意識のうちに、自分で自身の体を抱いていた。
目を瞑れば、骨張って痩せた小さな腕が、前世の僕のトラウマが蘇る。
体面が悪いからと、顔以外の部分を沢山痛めつけられて……
僕を買った太った貴族にムチでうたれて……
だから僕が好んで着るのは長袖長ズボンだったんだ……
前世の僕の傷は当時、回復魔法をするほどの知識がなかったせいで、消えない傷として体のあちこちに残ってしまっていた。
「……な、治す…僕がっ……」
でも、こんな小さな女の子にそんな傷を残すわけにはいかない。僕と同じ目にあわせるわけにはいかない。
消えない傷跡を見るたびに辛かった頃のことを思い出すなんて……
心の傷は治せないけど、せめて、せめて体の傷は……
「……うっ……」
僕は泣きながら前世の知識を引き出して治療にあたる。
地道に…一つずつ……一つずつ……
………………
「うん……?」
ボクは段々とはっきりしてくる意識で朝の訪れを感じ取った。
……あ…また朝が始まっちゃったんだ……
硬くてゴツゴツとした冷たい石の上。ボクはまだ目を開かない。
目を瞑って暗闇の中にいれば、そこは安全で、ボクをいじめるような人達を誰も見なくて済むから……
僕を切ろうとする真剣を、打ち据える模造刀を見なくて済むから……
「……なんだか今日は、調子がいい気がするよ……」
なぜかあれほどまでにボクを苛んでいた痛みが薄らいでいた。
ここ何週間も感じたことのなかったほどに、体が軽いという感覚。
そういえば、昨日あんなに殴られて斬られたのに大して痛くなかったんだもんね……
もう慣れちゃったのかな……
ボクは徐に左手で頭を掻こうとして……
「あれ?」
なぜか自由に動かない左手。
感じるのは何かが乗っかってるような重み。
ゴクリと喉がなった。
突然の異常時代に冷や汗が止まらなくなる。
もしかしたら左手が痛みを感じなくなるほどに壊れていて、動かせなくなってしまったのかと思ったボクは恐る恐る目を開いて……
「あれれ??」
まず目に入ったのは銀の糸。
「なにこれ……?」
寝た時の姿勢のまま、体勢が悪くてまだその全容が見えてこない。
「あたたかくて…柔らかくて…いい匂いがする…?」
布団か何かなのだろうか?
どこか爽やかな、暖かい匂いを感じて少し頬を緩ませたボク。
でも、その直後ピシリと硬直することになった。
「あれ…この布団、もしかして動いてる……?」
トクントクンという小さな鼓動。
それを認識して瞬間、たぶんまだ寝ぼけていたボクの頭が高速で回転を始める。
「……うわっ!」
「み゛ゅ!」
力の限り左手をひいて、ボクの手にしがみついていた人間を引き剥がし、這うようにして距離を取る。
どこか可愛らしい声をあげて転がったのは……小さな女の子?
「え、え、え!?
な、なんでこんなところに!?」
ボクの前で転がっている銀色の女の子。
振り払ったことで露わになった顔は、銀色の髪と合間って可愛らしくて天使のよう。
年の頃もたぶん4、5歳ぐらいで、たぶんもうすぐ7歳になるボクよりは確実に年下。
ボクの声に反応したのか銀色の天使が、そのつぶらな瞳をパチパチと瞬いて……
「つっ……!」
「え?」
何故か無表情ながらに驚愕したような雰囲気を纏って距離を取る。
可愛い……え?でも震えてる?
この子、もしかしてボクに怯えてるの……?
小動物のような行動をとった銀色の女の子から読み取れた感情は、驚愕?それとも恐怖?
「「……」」
ゴクリとボクの喉がなった。
「え、え〜っと……あのさ、君は一体どこから来たの?」
何かを話さなくちゃと思って、精一杯優しさを込めて訪ねたボクの言葉は、たぶん逆効果。
女の子は限界まで目を見開き、もう呼吸すら止めてしまいかねない勢いだ。
「だ、大丈夫だよ安心して。
別にボクは何も君に危害をくわえ…「ーーー」…ええっ!?」
安心してもらおうと急いで話した言葉に悪いところがあったのか、話の途中で唐突にボクの目の前から女の子が消えた。
「あ、あれ……あれれ!?
き、消えた!?」
気配はおろか、匂いも何もない。
ボクは呆然としながらも、先程まで女の子がいたはずのところをペタペタと触り、もうその場所に誰もいないことを確認する。
「消え……いや、ほんの少しだけ温かい……」
僅かに残った温もりは、そこに誰かがいた証拠。
「あ!これは……」
一本だけ落ちていたのは、薄暗いところでも美しく銀色に輝く、絹のような長い髪の毛。
ボクはそれを拾い上げてそっと握りしめる。
「夢じゃなかったのかな……?」
たぶんこれは夢じゃない。
ここに、こんな薄汚い地下牢にボク以外の誰かがいたんだ……
「悪いことしちゃったなぁ……」
感じたのは、物凄く残念なことをしてしまったような……とっても悪いことをしてしまったような罪悪感。
「あっ…そういえば、ボクの怪我が治ってる……?」
手を開いて閉じる、肩を回しても痛みを感じなかった。
軽く飛び跳ねても、屈伸をしても痛みがない!
「うわっ!凄い!痛くないし、辛くない!」
都合の良い考えだけど、もしかしたらあの女の子はボクの怪我を直してくれて、不調を取り除いてくれたんじゃ……
そしてしばらく考え込んでいたボクは一つの結論に至る。
こんなこと出来る存在って……
「本物の天使さん……もしかしてボクのために来てくれたの?」
それはすぐに確信へと変わり、ボクは大きく声をあげる。
「て、天使さん!ボクは待ってます!
また、また来てくださいねーー!!」
嬉しさのあまり涙が零れた。
神様はボクのことを見捨てたわけじゃなかったんだ。
テンションが上がっていた彼女は気がつかない。
コッソリと牢屋の端っこの鉄格子が溶接され、今まさに、そそくさと天使さんが帰路についたことに……
《人物紹介》
クリス……主人公。現在四歳。現幼女、元男の娘。お嬢様。
常時展開している魔装のおかげで攻撃力と防御力が馬鹿に高い。
特殊技能はないけどそこそこ魔法が使える。魔力はかなり多い。一人称僕。
メノト……クリスの乳母。実は脳筋。
お父さん……本名ライネス・エスト・アズラエル。
刀の貴族の現当主。厳めしい顔をしているが意外と子煩悩。一人称私。
お母さん……本名マーチ・エスト・アズラエル。
クリスの容姿が問題で一時不倫を疑われていたが、二年経ってようやく認められた。
ライル……クリスお兄さん。七歳手前。お父さんとよく似ている。
わりとなんでもできる。一人称僕。
アルト……剣の貴族の現当主。金髪に碧眼、爽やか系で一人称が俺。
前世のクリスを殺した貴族にそっくり。
ボク……剣の貴族の長女。ライルと同じ歳だが戦闘力皆無。魔力(闘気)が一切ない。アルビノ少女。
皆から虐められているらしい。一人称ボク。
誤字脱字、意味不明なところがありましたらご報告いただけると幸いです( ´ ▽ ` )ノ
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