魔術剣士ミサキちゃん その1
「ケイコちゃん可愛いかったなあ、ぺろぺろしたかったなあ」
俺は、しみじみとそう願ってたので、思わず口に出しちまった。
おおっとそこの君、いま、勘違いをしたんじゃないか?
こいつはロリコンだ! ってな。
言っておくが俺には、そんな危険な性癖はない。
むしろ姉萌えだから、どっちかというと、年上趣味なのかもしれない(無論、年下の義姉というのも問題なくいけるタチだ)。
だからさっきの『ぺろぺろ』っていうのは、性的な意味じゃない。
むしろ、幼女に対する純粋なまでの愛情と思ってもらっていい。
な……何を言っているのか、わからねーと思うが、俺も何を説明したいのか、分からなくなってきた……。
冗談はさておき、だ。
この世界の女の子は本当にチャーミングなんだ。
たとえるならば、外国人(特に白人)の女の子を思い浮かべてほしい。
白人の幼女は、まるでお人形のように綺麗で可愛いだろう?
東洋人の幼女とは違うなあ、と感じたことがあるだろう?
そして今、俺がいるこの世界は、いわゆる白人に相当する人種で構成されているらしい。
まあ、そういうことだ。
だからさっきのケイコちゃんも、スーパー愛らしい女の子だったのだ。
ちょっと眠そうな目をしているところが、また小動物的な魅力を醸し出していて、二重にたまらなかった。
ぎゅうっと抱きしめたときに、ほっぺにチューくらいはしておけばよかったかもしれない。
この少女の体に入っている限り、女同士として扱われるから、セクハラにはならないだろうからな。
ふっ……。
ふふふっ……。
そう、そうさ。そうなのさ。
あれ以来、俺はこの通り、女になったままだった。
そしてこの世界は、現代日本とはまったく別の世界だった。
夢から醒める気配もないし、男に戻る様子もないし、元の世界に帰れる予定もない。
もうあれから、半年が経過しようとしてる……。
だが、それだけの時間が経っても、俺は何も分かってなかった。
そもそもこれは、夢なのか、現実なのか?
現実だとすれば、どうして女になったのか?
俺の体そのものが、女に変化してしまったのか?
それとも、俺の精神だけが別の肉体に入ったのか?
疑問は尽きることがない。
俺だってこんな状況だから、結構それなりに真剣に考えたもんだ。
まず、現代日本において、俺が覚えている最後の記憶は、
『風呂に入って歯を磨いてベッドにもぐり込んで寝た』
というものだった。
つぎに目が覚めたときは、すでに女体化アーンド拘束プレイである。
『これって夢なんじゃないか?』
っていう考えに俺が執着してしまうのは、仕方のないことだと思う。
じゃあ、これが夢か現実なのか、マジメに考えてみよう。
『胡蝶の夢』という、中国の昔話がある。
夢の中で蝶としてひらひらと飛んでいたら、目が覚めてしまった。自分は蝶になった夢を見ていたのか、それとも今の自分は蝶が見ている夢なのか、どっちなのか、さっぱどわかんねはんでな、とか、たしかそんな感じの話だ。
つまり、男である俺が少女になった夢を見ていたのか、それとも少女である俺が男になった夢を見ているのか、どっちかわかんねえよ、とそういうことだ。
※結論……自分では、夢なのか現実なのか判断できない。
困ったもんだ。腫れあがるまでほっぺたをつねったり叩いたりしても、目が覚めて男にもどったりしない以上、この考察については諦めるしかない。
そもそも、のんびり考察する余裕なんて、俺には無かったんだけどな。
最初に話した通り、女になったと気づいた直後に、触手魔物人間に襲われた。
『夢かもしれないから、犯されたり殺されたり埋められたりしてもいい』なんて、割り切れるわけはない。たとえ夢でも嫌なものは嫌である。
で、そこから逃げ出したわけだが、そのあとも大変だった。
言葉も文化も分からない環境で、着のみ着のまま、例の短剣二本とおっぱい二個だけでこの世界を生きてかなければならんかったのだ。
ぶっちゃけ、いつ死んでもおかしくなかった、と思う。
それでもドタバタがひと段落した所で、俺は考え方を改めた。
『夢だと仮定して、それから醒めるのを待つ』という考えから、
『現実だと仮定して、できるだけのことをしよう』という考え方へ。
そして決意したのは、この女の身体の正体を探ってやろう、っていうことだった。
仮にこの女体が、俺の体が変化したものなのか、それとも別人のものなのか、と訊かれれば、俺は後者が答えだと思ってる。
つまり『俺の精神だけが、別の人間の女の身体に入った』ということだ。
根拠は簡単。いまの俺は、金髪碧眼だからだ。
もしも自分の体が性転換してしまったのなら、日本人だから、黒髪黒眼黒陰毛だろ?
根拠はそれだけじゃない。身体能力だって有力な手がかりだ。
この女体はかなりの廃スペックで、ばつ牛ンの身体能力を誇っているのだ。
具体的にいうと、走り高跳びは三メートルくらい、走り幅跳びは十メートルくらいなら余裕でいける。
自慢じゃあないが、俺は百メートルを五秒フラットで走れるんだ。
ごめん、最後のは言い過ぎだ。でも、たぶん十秒は軽く切ってると思う。
ちなみに、反射神経や動体視力だってすごいんだぜ。
ジャギさまの北斗羅漢撃を間近でやられても、その速い突きを全部かわせる自信がある。含み針だって余裕だろう。
ま、どう考えても自分の体じゃないよね、これ。
だから『自分の精神だけが、別の女の肉体に入った』と判断してるんだけど、残念なことに、この少女の記憶とかは残っていない。
だからと言って、この少女の脳がすべてを忘れてる訳でもなくて、破綻しているのは、少女本体の思考系の処理機能なのである。
すっげー分かりやすく例えると、ある種の記憶喪失に近い状態だ、と考えている。
自分の名前が思い出せない。友人・家族のことを覚えていない。
でも、歩きかたや走りかた、物や道具の使いかたは覚えている。
そんな感じだ。正直、俺の感じる感覚的な違和感はハンパないけどな。
ただ、言語に関して記憶が残っていたのは幸いだった。
最初こそカタコトだったが、半年たった今は、ヒアリングもしゃべくりも普通にすることができる。
アとエの中間音とか、巻き舌とか、日本語にない発音もOKだ。これはやっぱり、この女の身体が発声方法を記憶していたせいなんだろうな。
やったねミサキちゃん、現地の言葉がしゃべれるよ!
おいやめろ、莫迦! 物事の根本的な解決にはなってねえよ。
自分が何者だったのか、という問題が丸残りだろ。
今になってみれば、あの最初の触手魔物人間を、捕まえておくべきだったよな。
尋問して拷問して自白させて、この女体にまつわる情報を合法的に得ておくべきだった。
え? 今からやれって?
んなもん、不可能だ。あいつ魔族の大物、それもどうやら魔王だったらしいんだぜ?
魔族世界に侵入して、五十万匹もの魔族軍を相手して、魔王と再会する。無理ゲーすぎて、さすがにご免だ。
なーんて、俺が考えてることから分かるように、この世界全体に関しては、それなりに情報を集めることができている。この世界は、
人間と魔族!
聖法と魔術!
聖力と魔力!
白と黒!
以上だ。いたってシンプルっすな。
ただ、人間社会の情報技術は、かなり残念なレベルだ。
特に、自分探しの旅人としては、地図がないのが不便でしょうがない。各国が、地理情報を軍事機密情報として、厳重に管理してるみたいなんだ。どこの独裁国家だよ。
人口なんかの統計学的数値も秘匿されてるみてえだから、あんま詳しくは分からない。人間トータルで一億人いるのかいないのか、そんなもんなのかな。
よくよく考えると、現代日本のインターネット技術とか、ぱねえよな。
地図だって人口だって、政治形態や宗教だって、必要な旅の知識が十秒かからず調べられるからな。
ま、愚痴を言ってもしょうがない。この女の身体の素性を調べよう。
脳の記憶の中には、この女体の両親その他、家族のことも全く情報がないし。
あー、念のために言っておくけど、さっき俺が村の連中にしゃべった『双子の妹』なんて、勿論、存在しないからな。あれは俺の『妄想妹』だ。
よくわからんが、俺の能力は不思議のかたまりみたいで、ちょくちょくトラブルを起こす。俺もこの世界で半年過ごしてるから、そういうのにだいぶ慣れてきてる。ああやって、不可解なことは妄想妹の責任にしておけば、おれは哀れな被害者の姉、で逃げることができるわけだ。
そして、妄想妹には、もうひとつメリットがある。
つまり、顔がそっくりな双子の妄想妹を探すふりをして、自分の顔をあっちこっちに振り撒くことが重要なのだ。もしかしたら、この女体の昔の知り合いがどこかに居て、
『あら、その顔は○○ちゃんじゃない、久しぶり!』
ってな感じで、この身体の元の持ち主が判明するかもしれないだろ?
まあ、厳密に言うと、おれはこの少女の過去を知らないから、本当は双子で妹が居るのかもしれないけどさ、確かめようがないから、そこまで考えても仕方がねえよな。