村人アレグー その4
ミサキがやってみせたのは、『受け流し』という技術である。
魔術武具と魔術武具。あるいは、聖法武具と聖法武具。
つまり、魔力と魔力、聖力と聖力。
黒と黒、白と白。
この同色同士の組み合わせのとき、相手の攻撃を、文字通り『受け流す』ことができる。
訓練次第で、同じ色ならばその親和性により、武具の摩耗や破損を起こさず、まるで滑らせるようにして流すことができるのだ。
アレグーにだって、もちろん受け流しの経験はある。
兵役期間中に、国都で人間同士の練習試合をおこなったとき、聖法武具での攻撃を、聖法武具で受け流したことがあるからだ。
だから、受け流し自体は、難しい技術ではない。
だが、人間は、白い色の聖力しか使えないはずなのだ。
魔術武具による攻撃を、魔術武具で受け流す。
普通の人間に、できるわけがない。だとすれば……
「このよそ者の女子は、魔族の一員だったのじゃあああ!」
村長のわめき声が、夜空に響き渡った。
村人たちも、騒然となった。それはそうだろう、敵である魔族が増えてしまったのだから。
「ちがいまーす」
あっさりと否定したミサキが、にこにこ顔で黒い短剣を左手で構える。
ミサキが戦闘態勢をとったことで、佰魔長も我に返ったようである。ミサキのことを敵と認識しているらしく、おたけびをあげ、再び斧を振り下ろす。
再びミサキが『受け流し』をする。
力任せの攻撃をやわらかく受け流されて、佰魔長のからだが大きく流され、隙ができた。
ミサキが、短剣を返し、ちいさく鋭く振るう。
なにかが、地面に落ちる。魔族特有の青い血を、地面に飛び散らせて。
それは佰魔長の左手の指だった。
きっと痛いのだろう、魔族の怒声が響き渡るなか、村人のひとりがアレグーに問いかける。
「おいアレグー。いったい、何がどうなっているんだ?」
「ミサキの黒い剣は、佰魔長の黒防禦を見事に無効化している。攻撃が、自然な形で通っている以上、あの黒剣は魔力を放っていると考えるしかない」
「じゃあ、あの少女は魔族なのか? 魔族同士の仲間割れなのか?」
「わからない。だが、黒い……黒すぎる。ミサキの短剣は、あまりにも黒色が濃すぎるんだ」
「それは、どういう?」
「黒い色の濃さは、魔力に比例する。だからあの黒の濃さだと――」
アレグーは渇いたくちびるを舐めた。
「――最低でも仟魔長、下手をすれば万魔長クラスかもしれない」
「あの少女が? うそだろ? ど、どうしたらいいんだよっ」
「仮にミサキが敵なら、この状況で勝ち目がないな。味方だと、信じるしかない」
ふたたび、佰魔長の怒声が聞こえてくる。今度は、ミサキの短剣で右目を切り裂かれたようだ。
(それにしても、ミサキの実力は尋常ではない)
ひ弱なはずの、少女なのである。それが、右腕に女の子を抱えるというハンデを背負い、左手の、それも短剣一本で、あの佰魔長をあしらっている。
「村人たちを、頼む」
そう言いすてて、アレグーは前に出る。
(ミサキの邪魔をしないように、援護する)
アレグーは、ミサキが敵ではない、と確信している。
それはなにも、ミサキに好意を抱いているからではない。ミサキが本当に敵なら、いつでも村を襲うことができたはずなのだ。そう考えれば、敵であるとは考えにくい。
完全に味方であるという保証も、ないけれども……。
アレグーは佰魔長の背中側にまわると、白く光る剣でその右足をしたたかに切りつけた。魔力による黒防禦を弾き飛ばし、剣が肉に食い込む感触がある。
ミサキに気を取られていた佰魔長が、怒りのおたけびと共に振り向き、アレグーに斧を振り下ろす。アレグーがそれを躱した直後、佰魔長が倒れ込んだ。
どうやら今の隙を狙って、ミサキが残った左足も切り裂いたらしい。
うめき声をあげ、佰魔長は斧をとり落とした。
両足にダメージを負ったので、その場にひざまずき、かろうじて腕で体を支えている。
「みんな、今だ!」
聖法武具を持つ村人たちが、武器を失った佰魔長目がけて殺到する。
一撃、二撃、そして三撃。
つぎつぎと、容赦のない攻撃が加えられる。
村人たちは、生きるために、死なないために、必死の形相だった。
そして、複数の白い剣にその身を貫かれた佰魔長の瞳から、とうとう光が消えた。地面には、魔族特有の青い血だまりが広がっていく。
(終わった……佰魔長に勝ったんだ!)
激戦が終わり、周囲に、静寂が戻っていこうとする。
そんな矢先、村長の叫び声がした。
「気を緩めるな! まだ、魔族の女子が残っているぞ!」
もちろん、村長の指先の向こうにいるのは、ミサキである。
(くそジジイめ)
内心で吐き捨てながら、アレグーは村長の腕をとった。
「ミサキを、悪い方向へと挑発しないでください。彼女は、敵ではありません」
「アレグー、お前は、あの魔族の少女に誑かされておるのじゃ!」
アレグーはゆっくりと首をふると、ミサキの方へと顔を向けた。
「説明してもらえるかな」
ケイコを右腕にしがみつかせたままのミサキは、にこにこ顔で、あっけらかんとして答えた。
「なにを?」
「いや、なにを、って……。もちろん、その短剣と魔力のことだ。なぜ使えるんだ?」
「知らないよー」
「知らないだと!? こんなときに、冗談はよせっ」
「だって、この短剣と魔力は、おねーさんのじゃなくて、妹のものだからねー」
ミサキの説明は、こうだ。
この二本の短剣は、双子の妹の持ち物である。
魔術が使えるのは、短剣が持つ力のせいであるらしい。
そしてこの短剣は呪われた装備なので、外すことができない。
それらの詳しい理屈や事情や解除方法は、妹でないとわからない。
「だからおねーさん、妹を探してるわけ」
たっぷり十数えるくらいの時間が経ってから、アレグーは口を開いた。
「……その説明を、信じろ、と?」
「それはそっちの勝手かなー。ただ、おねーさんがケイコちゃんを助けて、佰魔長と戦ったという事実を、どう判断するかだよねー」
「それは……そうだが……」
「あと、もっと考えるべきことがあるかなー。佰魔長がひとりでいるのはおかしいから、本来いるべきその部下たちに警戒した方がいーんじゃないのかな、ね?」
正論である。そもそも佰魔長は、百匹の魔族の部隊長であるから、その名で呼ばれているのだ。部下である什魔長や魔族兵士が、いないほうがおかしい。
村の仲間たちが、集まってくる。
「おいアレグー、どうするんだ?」
「ミサキの言う通り、部下の魔族たちを警戒するしかないだろう」
「そのミサキに対する処置はどうする?」
それにアレグーが応じる前に、くそジジイの震える声が聞こえた。
「出ていけ! この村から出ていくのじゃ、穢らわしい魔族の女子め!」
呆れたアレグーが止めようとした瞬間、驚くべきことが起こった。
「そうよ! 出て行きなさいよ、この穢らわしい化物!」
「あんたが旅人のふりをして、仲間の魔族を村へ引っぱりこんだのよ!」
「そうよ、悪い魔族の仲間なんだわ! 都合が悪くなって、仲間割れを起こしたのよ!」
後ろにいた女たちが、口々に罵りの言葉をミサキに浴びせ始めたのだ。
驚いてそれらを止めさせようとしたアレグーは、仲間たちに抑えこまれた。
「村の女たちは、兵役があったおれたちとは違う。村の外のことをほとんど知らないから、どうしても考えが閉鎖的になる。魔術イコール悪、という考えしか出来ないんだろう」
「都会とちがって、この村は伝統的な男尊女卑だからな。女の身で、自由気ままに旅をしているミサキのことが、そもそも気に入らないのかもしれないぜ」
「おいアレグー、お前もこの村の住人なんだから、抑えてくれ。村の連中と、もめごとを起こさないでくれよう。さっきだって、お前がいなかったら、おれっちは死んでたかもだ」
戦友たちに説得されて、渋々ながら、アレグーは折れた。女たちの中には、アレグーの母や妹たちも交じっていたのだから。まして、妹は一ヶ月後に結婚を控えている。妙な騒ぎにして、婚儀にケチをつけたくはない。
「ミサキ……悪いが、今すぐ、この村を出て行ってもらえないだろうか」
表情や口調は、あえて変えないよう、無表情を保った。村人たちの、手前もある。
ミサキはあっさりと同意すると、宿屋に残してきた荷物が欲しい、と言った。
ミサキが宿屋に入るのを、穢らわしい、という理由で拒否されてしまったので、代わりにアレグーが荷物をとってきた。
そのまま、村の出口へと案内する。
村人たちから離れた所で、アレグーは本音を口にした。
「ミサキ、佰魔長に勝てたのはキミのおかげだ。感謝している」
「わかってるから、気にしないでいーよ。ところでひとつ、お願いがあるんだけどなー」
ミサキが珍しく、真剣な表情になった。
「ケイコちゃんのこと、お願いできるかな? どうも愛情不足みたいだし、さっきの様子を見るに、おねーさんと絡んだせいで、穢らわしいとか虐められそうな感じがするしねー」
「……わかった。なんとかしよう」
出口に来て、ミサキに荷物を渡す。
「ミサキ、本当にすまない」
少女は、にっこりと笑ってくれた。
「だいじょーぶだよ。じゃね、ばいばい」
ミサキが手を振る先には、ふたりのあとをつけてきたケイコが居た。
十歳の女の子は、ちいさな腕を、せいいっぱいおおきく振っていた。