騎士クロミィ その1
クロミィは、じゅうぶんに時間をかけて、慎重に公女さまを自室へとお送りした。
出むかえた侍女にそのおからだをあずけると、静かに踵を返す。自分の背中に、すがりつくような視線を感じながら。
(そんな目で見つめられても、困る……)
騎士団長であるエキザーベによって、クロミィの親衛隊長としての立場が罷免されることは、すでに確定的である。後任については、女性騎士はクロミィひとりではないし、自分よりも親衛隊長にふさわしい人間がいるだろう。
たとえば、現在のクロミィの補佐役である親衛隊の副隊長は、クロミィよりも年長であり、経験豊富な女性騎士である。既婚者であるが、まだ子がないので、直近の後任としてはふさわしい人材であろう、と思われた。
なにも見捨てるわけではないのだ、とクロミィは自分に言い聞かせる。
だいたいクロミィ自身は、親衛隊長の座はもちろん、親衛隊からも身を引くつもりでいた。
さらには騎士号までも返上すべきかどうか、迷っていたほどである。
クロミィの両親は、騎士の分家で、もともと騎士号をもっていない。騎士号はクロミィが実力で手にしたものであり、世襲によるものではないから、仮に返上しても両親や家には迷惑がかからない。
両親は娘に失望するかもしれないが、それは、いたしかたのないことである。
(それにしても、さっきのはなんであったのだ)
クロミィは自分の長剣のつかを握りしめた。
からだが勝手に動いて、兵士の腕を切り、公女さまを守った。完全に無意識の行動であって、それはまるでクロミィ自身が――
(――いや、余計なことを考えるのはやめよう)
首をふってみたものの、さてこれからどうしようか、とも思う。
罷免は決まったとはいえ、まだ確定はしていない。
団長にも訊かれたことであるが、国都の民を見捨てるつもりはない。
いざ戦闘になれば、自分の責務を果たすつもりでいる。この震えるからだが、いうことがきくのであれば、であるが。
行き先に迷って、ついふらふらしてしまったクロミィは、団長の副官とすれちがった。
「あっ……さきほどは……」
言葉につまったクロミィとはことなり、副官はしれっとした態度で答えた。
「さっきの『魔族が侵入した』という兵士の報告は、虚報だったみたいですね。いまのところ問題はなさそうですよ」
「ああ、それは良かった……ところで、その、兵士は?」
「死にました」
さらりといわれてしまい、クロミィはその意味を理解するのがややおくれた。ようやく体勢を立てなおして、重く低い口調で問う。
「自分が腕を切ってしまったので、その傷のせいで?」
「いや、舌を噛み切りました。自殺ですな」
「え? いや、その、団長はあとで尋問する、と……自殺を許してしまったのですか」
「そりゃ、しょうがないでしょう」
副官は、顔色ひとつかえずにつづける。
「尋問して、大逆罪だとばれれば、三親等は原則死罪が適用ですよ? 最悪、一族全員がなにかの刑罰に処せられるかもしれませんしなあ。本人も、わかっていたでしょうに」
うめいただけで、何も言えないでいるクロミィに、副官が白っぽい目をむける。
「大切な公女さまに剣をむけた兵士とその一族に、厳罰をご希望だったので?」
クロミィは、あわてて首をぶんぶんと振った。兵士とその妻子には不幸なことであったが、死者がすくなくて済むのであれば、それに越したことはない。
それにくわえて、副官の態度を見るかぎりは、裏の事情もありそうである。
この副官は、わかりやすいほどに打算的であり、団長の顔色をうかがっては、ヘコヘコしていることがほとんどであるのだ。
今回、兵士の自殺を許してしまったことは、ある意味で副官のミスである。だがそれに動揺していないところを見ると、これは団長から内々に指示があり、故意に自殺を見のがしたにちがいない、という推測ができるのだ。
兵士は生かしておいても、助かる道はなかった。
きびしい言いかただが、公女さまにとっても、これが最善の処置であったいにちがいない。
「まあ表向きは、妻子の後を追っての、自殺ということになるでしょう。この問題はそれで解決、おしまいです。あの兵士も、妻子とおなじ墓にはいれるでしょうよ」
つまり、団長がそう取りはからうと決めた、ということである。やはり団長から秘密の指示があったようであり、そうであればなにも心配はいらない。
納得したクロミィは、すこし前向きな発言をした。
「ところで、現状で、なにか自分にできることはあるでしょうか」
「ないですなあ」
すぐに、にべもしゃしゃりもない返答が返ってくる。
クロミィの反応を見た副官は、酸っぱそうな顔でフォローした。
「団長から、クロミィ卿を休ませるように、言われていますから、まあそれが半分ですな」
「……半分? のこり半分は?」
「ここだけの話ですが、騎士のかたがたから、指揮権をうばう流れで軍を再編成していまして」
「指揮権を? それはやはり、一部の対魔族強硬派の騎士たちが、団長の防禦志向の作戦に苦言を呈しているためであろうか」
副官はおおきくうなずいてみせた。
その結果として、騎士たちは団長の命令通りに動かないことが多いので、騎士たちを最前線から外すことにした、とのことである。
「だが、外すとなれば、それはそれで文句をいうだろう」
「そこで、いい考えがあるのですよ」
先の戦闘で、市民を中心におおきな被害が出た。それをくり返さないために、軍を市街戦向きに再編成することになったのである。
百騎長である騎士を中心とした百人単位の構成ではなく、十人長を中心とした十人単位の集団を最小単位として、市街地すべての道に配置することになった。
「それでは、戦力が分散するのではないか」
「十人長は、偵察が主任務です。敵を発見すれば後退しながら連絡をとり、その報告を受けた団長は、騎士を中核として構成されたエリート部隊を派遣して、敵の主力にぶつけるわけです」
「では、その十人単位の集団は、無理な戦闘はおこなわないのだな」
「まあ、そうですね。偵察以外には、市民の避難誘導が主な仕事になるでしょうな」
「それであれば、民も逃げやすく、被害も出にくいだろう。それに騎士たちも、主戦力としてあつかわれることで自尊心が満足するであろうから、一時的な指揮権の剥奪も、がまんしようというものか」
ふむふむと納得したあとで、クロミィは首をひねった。
「そのような作戦、自分は初耳だった。この短時間で発案されるとは、さすがに団長は優秀でいらっしゃる」
「そういうわけでもないですがね」
「と、いうと?」
「この防禦陣形の発案者は、例の魔族ですな」
魔族、という単語をきいて、クロミィは反射的に顔をしかめたが、すぐに不快な気持ちをふりはらった。団長に訊かれて、魔族のセンヨヨを利用するのはよい考えだ、と答えたのは、ほかでもないクロミィ自身だったのである。
「ところで、その騎士たちの部隊に、自分も参加しなくて良いのだろうか」
「まあ、指揮官クラスのひとりとして、がんばってもらえるのであれば、ねえ」
クロミィは返答につまった。副官の言い分はもっともである。
ついさきほど、千騎長の罷免が決まったばかりである。ほかの騎士たちは、その事実を知らない。クロミィが平の一騎士として参加すれば、
『クロミィ卿が、千騎長を罷免? この大事なときに? どうして?』
と、いささかならず混乱をもたらすだろう。
クロミィを罷免した団長に、不当な非難がおよぶという危険もある。かといって、クロミィ自身が罷免にいたる経緯について、他のひとに詳細を知られたくはない、というのも当然のことである。
「なので、まあ当面は、公宮内部の警備を担当してもらう、ということで、団長は考えているみたいですね」
「それが……団長にとっても、よいことなのだろうな」
納得したクロミィは、一礼をして、去っていく副官の背中を見つめた。
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それからのクロミィは、所在なげにすごした。
騎士団の副団長と、千騎長の座を罷免される以上は、もう他人の任務にあまり口出しすべきではない、というのはわかっている。
それに、罷免を知らない騎士や兵士と出くわして、指示をあおがれても困ってしまう。
そんなわけで、クロミィは時間をつぶすのにやや苦労した。なるべくひとと会わない場所で、今後の自分の身の振り方について、ぼんやりと考えたりしてすごしたのだ。
夕食時、例の副官が食堂までやってきた。やってきた、というか、騎士むけの食堂は兵士むけのそれと分けられているので、会うのは不自然なことではないのであるが。
「公女さまが、クロミィ卿と相談したいことがある、とのことです」
なんの前置きもなしに、重い話をぶつけられる。
「……いまさら、お話しするようなこともない、と思いますが」
「公女さまご自身の、警備計画について、いくつか変更したいご様子ですなあ」
返答に困っているクロミィに、副官が周囲を気にして、ささやくような口調で訊いた。
「罷免の件は、まだ、直接お話しになってはいない?」
うなずいたクロミィに、副官はそっと続けた。
「だとしても、後任への引き継ぎは必要ですから、公女さまのご希望を聞いておいたほうがよいのでは? ま、気が進まないのはわかりますがねえ」
最後のほうは、いつもの軽い口調になった。
その声に乗せられたわけではないが、クロミィはあまり深刻に考えないことにした。
「わかりました。とりあえず、お会いしましょう。場所は?」
身だしなみを確認すると、クロミィは公女さまの私室へと足をむけた。
本音をいうと、できることなら、公女さまと顔を合わせたくはなかった。
罷免に関して、自分自身でさえ整理できていない考えを、うまく説明できる自信がなかったからだ。
そもそも、親衛隊は着任の際は直接のあいさつが必要だが、解任の際は団長からの指示だけで大丈夫なはずである、と記憶している。面会なしで罷免は可能であるのだ。そうやって、なんとか公女さまと顔を合わせずに済ますつもりだったのだが、そうもいかなくなってしまった。
直接ご指名を受けて、理由もなく断るわけにはいかないだろう。
到着までに心を落ち着かせるのに成功すると、呼吸をととのえて、静かに扉をノックする。
「クロミィです。ご相談があるとお聞きしました」
「どうぞ、おはいりになって」
公女さまは普段とおりの声音だった。クロミィもすこし安心して、室内にはいる。
その直後、クロミィは立ちすくんだ。
公女さまの私室の端に、三人の人影があったからだ。
魔族センヨヨと、護衛のシク姉妹である。
「どうして、ここに……」
「わたくしが、お呼びいたしました」
公女さまが、おだやかな口調で答えた、ように聞こえた。
だがその声には、奇妙な違和感があった。
親衛隊長として、ずっとそばにいたクロミィだからこそ感じとれた、微妙な感覚だったかもしれない。
無意識のうちに、腰の剣に手をおくと、クロミィは振り返った。万が一のために、部屋の出入り口を確認しようとして、そして、見つけてしまった。
出口である私室の扉にもたれかかる、ミサキの姿を。
「つぎにお前は、『いつからそこにいた?』と言うかなー」
ドヤ顔の双剣少女を目にして、クロミィが口にしたのは別の言葉だった。
「まさか……しゃべったのか……公女さまに……」
クロミィの視線が、ミサキ、シク姉妹、そしてセンヨヨへと移動したが、そこに答えは見つからなかった。公女さまのお顔は、とてもではないが、怖くて直視できなかった。
静かな室内に、当てが外れたミサキが、ぼそっと文句をいう声だけがひびいていた。




