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おちんちんを取り戻せ  作者: 別次 孝
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公国騎士団長 エキザーベ その4

「魔族に不覚をとりました。千騎長と、親衛隊長の職を、辞させていただきたく思います」


 完全に血の気ない、真っ白な顔のクロミィが、震える声で言う。


「魔族に負けたのか?」


「はい、そうです」


 エキザーベは、自慢のヒゲをなでると、笑顔をつくってみせた。

「こやつめ、ハハハ。魔族に負けたものは数多くいる。そのような者をすべて罷免しては、軍が成り立たぬぞ」


「勝てる相手に負けました。いいわけができません」


「フハハハ、勝負は時の運だ、そのようなこともあろう」


「負けた結果、魔族の男たち五匹に、強姦されました」


「ハ、ハハ、ハハハ……ハァ? 最後の一線は守れた、と聞いていたが……」


 真顔になったエキザーベを見て、クロミィは顔をゆがめ、ひきつらせた。


「やはり、自分のことはご存じだったのですね」


「まあ、な。ミサキという、とびきり変な少女から、報告を受けた」


「ではなぜ、けがれた自分を、すぐに罷免していただけなかったのでしょうか」


「まず、座れ。いまにも倒れそうで、見ていて怖い」


「長話をするつもりはございませんので、立ったままでけっこうです。罷免さえしていただければ、すぐに出ていきます」


「罷免するまでは、俺が上官のはずだろう。騎士たるもの、命令にしたがえ」


 空気の読める副官が、静かに椅子いすを運んできた。しぶしぶといった様子で、クロミィがそれに座りこむ。


 エキザーベは天井を見あげてすこし考えこんだ。いまのクロミィに、長い話は効果がないだろう、と判断して、きわめて単刀直入に訊いた。


「国都の市民を、見捨てるのか」


「え……と、そういうつもりはございませんが」


「現状を理解できているはずだ。けいなしでは、軍が機能しない」


 返答はない。


「先の戦闘だけでも、死傷者は四桁を超えた。このままだと、さらに増えるな」


 やはり、返答はない。

 エキザーベも、口をとじた。


 沈黙だけが、室内を支配している。


 しばし待ったが、それでも返答はない。

 エキザーベは、奥への扉を見つめながら、ささやくような声で訊いた。


「あんな状態の公女さまも、見捨てるつもりなのか」


 クロミィの肩が、ちいさく震えるのが見えた。かすれた声が、しぼり出される。


「もうし、わけ、ございません。もう、無理です。限界なのです。市民も、公女さまも、見捨てるつもりは、毛頭ございません。でも、だめなのです。できないのです。なにか大切なものが壊されたかのように、こころのどこかが折れてしまって、自分でもどうにもできないのです。お許しください。あやまりますから、なにとぞ自分を、いまの責務から解放してください。そうでないと……そうしてくれないと、自分は……自分は……」


「わかった」

 エキザーベは、短く答えた。


 エキザーベは騎士団長として、クロミィを引きたて、育て、重用してきた。いちばん近くで見ていた、いちばんの理解者であったがゆえに、すぐに状況を理解できた。


 (とにかく、休ませてやるしかない)


「ありがとう、ございます」


 クロミィの顔が、すこしだけゆるんだ。泣いているようにも見えるし、笑っているようにも見える顔だった。


「ひとつだけ、けいに確認しておきたいことがある」

 エキザーベは、はっきりとわかる笑顔でつづける。

「自分があの、センヨヨという魔族を利用したら、けいは怒るだろうか」


 クロミィが、かるく首をひねった。ひどく子どもっぽい動作である。


「……怒る? いえ、その、反対はしませんが、なぜでしょうか」


「自分は、五千人もの大軍を、指揮した経験がないからな」


万魔長マズレンの軍であれば、一万匹ですね。ただ、センヨヨはかなり若いように見えます」


「まあ、けいとおなじくらいの年であろうな」


「軍を統率した経験が、豊富にあるでしょうか」


「ダメもとだな。参考になればよいかな、くらいの感じだ」


「よい考えだと思います」

 ようやく、クロミィの表情が、すこしだけいつものものに近くなる。

「センヨヨのメイドは、自分のことも助けてくれました。今回の件に関しては、敵がシギである限りは、あの魔族を信用してもよいのではないでしょうか」


「そうか、そうだな、そうしようか」


 うんうんと、エキザーベはくり返しうなずいた。どうやら、クロミィの思考回路は正常であり、取り返しのつかない状況ではない、と確認できたからだ。

 話は終わった、と判断したのであろう、クロミィが椅子いすから立ち上がる。その直後、奥の扉がほそくひらかれた。


 そっと、公女さまが顔をのぞかせる。


「ああ、やっぱり。クロミィの声が聞こえたような気がしたのです」


 そのクロミィが、愕然とした顔になった。まさか公女さまが、親衛隊の詰め所こんなところの奥の部屋にいらっしゃるとは、思いもよらなかったのだろう。その表情に気づいているのかいないのか、公女さまがおだやかな口調でお話しされる。


「クロミィ、わたくしの護衛のことは、気にせずともけっこうです。エキザーベの補佐をして、魔族の対応に全力を尽くしてください。これ以上、公国のたみに、被害を出してはいけません」


 公女さまにクロミィの声は聞こえたものの、さっきの会話の内容までは、伝わっていなかったようである。


「……公女さま、その、なにもお聞きになられていないのでしょうか?」


「なにも、とは? なんのお話でしょう、なにかあったのですか」


 ふたりの女性の視線が同時にむけられて、エキザーベは困ってしまった。


「公女さま、そのお話については、情報が整理されたあとで……」


 話の途中で、不意に詰め所の入り口がひらかれて、ひとりの兵士が飛び込んできた。


「なんだ、貴公は! おい副官、たといなにがあっても、この詰め所にひとを入れるなと、衛兵にも命じたはずだぞ!」


 副官が答える前に、兵士が大声でさけんだ。


「緊急のご報告です! 魔族が侵入してまいりましたっ」


「なにぃ? またなのかっ」


「ほかに、公女さまへのご報告もございます。公宮ではなく、このあたりでそのお姿をお見かけした、との情報があり、じつはお探ししておりました」


 兵士のするどい目は、奥の扉のすきまに見える、公女さまへとむけられている。その視線を受け、公女さまが奥の部屋から、こちらの部屋へとはいってきた。


「いったいどういうことです? このわたくしに、報告があるなどとは」


「それはこういうことです――わが妻子のかたきだ、死んでもらう!」


「えっ……」


 エキザーベの目の前を、剣を抜いた兵士が、公女さまめがけて、突進する。


 突然の状況に、反応がおくれた。


 兵士の剣が、公女さまの胸に吸い込まれる、まさにその瞬間のこと。

 横合いから振られた長剣により、兵士の腕が、剣を持ったまま切り落とされた。

 直後、エキザーベはあわてて公女さまの手をひいて、自分のうしろにかばう。


 兵士が、血をふきだしながら、悲鳴をあげてうずくまる。

 あわてて副官が兵士にのしかかり、その身を拘束した。


「よくやった、クロミィ。見事な反応だったな、おどろいたぞ」


 そう言われた当のクロミィが、抜き身の長剣を手にしたまま、おどろいた顔をしている。自分が持つ長剣と、切り落とされた腕を交互に見つめては、呆然としているようだ。


 副官が、兵士の負傷した腕をしばり、血どめをおこなった。蒼白な顔でうめいてはいるが、兵士の生命は、急にどうこうするような状態ではなさそうである。


 エキザーベは、つとめて冷静な声で問うた。

「おのれが何をしでかしたのか、わかっているのか。公族に剣をむけるなど、大逆罪である」


 副官に押さえつけられている兵士は、憎悪のこもった目で、エキザーベと背後の公女さまを見つめたかと思うと、恨みのこもった声をしぼりだした。


「大逆など、知ったことか! 無能な公族のせいで、わが妻子は魔族に殺されたのだぞっ」


「さきの市街戦でか? それは不幸なことであったろうが、公族は関係あるまい」


「おおいに関係があるっ。公族は逃げ隠れるだけで、まともに戦わないではないか! 初代のイミィグーン公は、つねに最前線で兵とともに戦ったと聞く。いま、公爵はどこにいるのだっ」


「公爵閣下にも、お考えがある。単に、おのれではそれを理解できないだけのことだ」


「だまれ、公爵の犬めが! だいたいきさまは、他国の出身ではないか、話にならぬっ」

 あばれるせいで余計に出血したのか、兵士は鉛色の顔でヒステリックにさけんだ。

「聞こえているか、この卑怯者の公女め! おまえは公族に生まれたのをよいことに、なんの苦労もなく暮らしてきたのだ! 魔族に犯されて死んだ妻子の気持ちなど、絶対に公女には理解できまい!」


 エキザーベの背後で、公女さまがするどく息をのむのがわかった。


「妻は、わが子を身ごもっていたのだ! 魔族に乱暴され、堕胎して妻は死んだ! 十二歳になる娘は、何も知らないからだを、三匹がかりで蹂躙され、そのショックで死んだ!」


「そ、それは……お悔やみを……」


「そのとき、おまえはどこにいた! おなじ女でありながら、なにもせず、なにも苦しまず、ただ逃げ隠れていただけではないかっ。おまえは無能で卑怯でうすぎたない、魔族以下の最低女だ! 殺してやるぞ! そうでなければ、おまえを魔族の男どもにひきわたして、妻子とおなじ苦しみを味あわせてやるっ」


 兵士が、血走った目で、呪い殺さんばかりに公女さまを見つめる。

 公女さまは、血がにじむほど、唇をかみしめている。そのお顔は、この兵士に負けずおとらず青白い。


 (これはまずい。いっそこの兵士を殺しておけばよかったかもしれぬ)


 エキザーベは、ちらりとクロミィを見たが、残念なことに、彼女はただ立ちつくしているだけだった。たぶん、さっきの行動は、元親衛隊長として、頭ではなくからだが反応しただけなのであろう。


「さてさて、ところでこの兵士はどうしたらいいっすかねえ」


 例の副官が、なにごともなかったかのように、軽い口調で訊いてきた。こういうときには、副官の神経の太さは頼りになる。


「あとで尋問するから、とりあえず牢にいれておけ。人目につかないようにな」


「了解っす」


「……ま、待ってください」


 公女さまが、蚊の鳴くような、弱々しい声を出した。


「公女さま、ここは、自分におまかせください」


「で、ですが……エキザーベ……」


 公女さまの目には、大粒の涙がたたえられている。


 (このままでは、公女さまはとんでもないことを口走るかもしれない)


 公女さまが魔族にけがされたことは、第一級の秘密である。これ以上、公女さまに負担をかけないためにも、兵士の口はふさぐしかない。

 そう決断した直後、奥の扉がガラッとひらかれた。


「話は全部聞かせてもらったぞ!」

 胸をそらせて登場したのは変な少女ミサキである。右手には、真っ白な聖剣が握られていた。

「お前の記憶は滅亡する! それ、きーっく」


 いうやいなや、ミサキが聖剣をにぎった右手で、兵士の頭をしたたかに殴る。瞬間的に、右手を通じて白い聖力を、兵士の頭部に流しこんだのが、エキザーベにもわかった。

 薬も過ぎれば毒となる。大量の聖力を浴びたショックにより、兵士は安全かつすみやかに失神した。


「いまのはキックじゃなくてパンチっすよねえ」


 こんなときでも副官は落ち着いている。きっと心臓に剛毛がはえているにちがいない。


「こまけぇこたぁいいんだよ! そんなことより、いまはシギのことだよねー」

 びしっ! という感じで、ミサキが公女さま、クロミィ、そしてエキザーベの順で指をさす。

「とりあえず、公女ちゃんは公宮にもどろっか。侍女ちゃんも探してるみたいだし、ちょっと休んできたらいいかもねー。これ以上のさわぎも大変でしょ、ね?」


「……………」


「あ、クロミィちゃん、つきそってあげてね? ちなみにおねーさんは聴覚も廃スペックだから、さっきの団長ちゃんとの会話まで丸聞こえだったけどさ、まー、めんどくさい手続きはあしたでいーよね?」


 つまり、公女さまはエキザーベとクロミィの声が聞こえただけだったが、ミサキはふたりの話の内容まで正確に把握しているらしい。

 どうやらこのミサキは、そのあたりを理解したうえで、兵士の口をふさいでくれたようである。結果的に、公女さまも、兵士のいのちも、エキザーベの立場も、すべて救われることになった。


 ここはミサキの話に乗っかるべきであろう。エキザーベにしたって、クロミィをいますぐ罷免するのは、正直なところ避けたい。


「公女さま、とりあえず、いちどお戻りください。自分はここにずっとおりますので、お話はのちほどうかがいましょう。クロミィ、このような状況ゆえ、おまえが公女さまの護衛をするのが適任だろう。いまだけでも頼めるか」


 有無をいわせぬ態度と口調で、ふたりの女性に退室してもらう。例の副官には大逆罪の兵士をあずけて送り出した。一連の作業が終わると、エキザーベはやれやれと椅子いすにすわりこんだ。


「まあ、なんというか、助かった」


 いちおうお礼を言ったのだが、ミサキはかるく肩をすくめただけで、口にしたのは別のことである。


「公都の防衛陣形の配置について、ヨヨちゃんにアイデアがあるみたいなんだけどなー」


「わかった。副官のやつがもどってきたら、話をうかがおう。……さすがにすこし、休ませてくれ」


 エキザーベは、水差みずさしの中身を、行儀わるく直接がぶ飲みした。

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