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おちんちんを取り戻せ  作者: 別次 孝
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公国騎士団長 エキザーベ その3

 エキザーベは、このイミィグーン公国の出身ではない。

 生まれも育ちも、神聖ミィグシス帝国、という別の国である。

 公国の騎士団長が、帝国の騎士であるのには、相応の理由が存在していた。


 そもそも、この公国のトップである公爵という立場自体が、帝国の皇帝によって、任じられているものなのである。だから、公爵は皇帝の家臣である、といえないこともない。

 そういう意味では、


『イミィグーン公国は、帝国の所領の一部であり、厳密には公爵の自治領にすぎない』


 という表現は、ある意味でただしい。ただ、おおやけには独立国のひとつである、ということになっている。


 事情を知らないひとが聞くと、いささかややこしい話である。


 きわめて簡単に説明すると、神聖ミィグシス帝国というのは、所領をもつ諸侯による、ゆるやかな連合国家というていをなしているのだ。帝国は、あまり中央集権が進んでいないので、皇帝自身にそれほどつよい独裁的な権力はない。

 その結果、独立志向のつよい諸侯のなかには、みずから望んで半独立国家のような状態をめざすものもいる。そのひとつが、イミィグーン公国であった。


 初代のイミィグーン公は、第二次人魔大戦において、戦争上手の名将として知られ、多大な功績をあげた将軍であった。その勲功くんこうにより、魔界との境界線上の地に、かなりの広さの所領を与えられることになったのである。


 ただ、所領といっても土地は貧しかったし、帝国からは飛び地になっていたし、なにより魔族との戦争においては最前線となる場所であった。そんな土地を所有したいという貴族は、ほぼゼロといって良かったので、難治なんじの地がイミィグーン公に押しつけられた、という見方もできないこともなかった。


 皇帝陛下も、その点は申しわけないとお考えだったようで、ご高配により、公国は特別に独立国あつかいさせてもらえることになった、とのことである。


 なお、いまでも公国は、神聖ミィグシス帝国とすこぶる良好な関係にある。

 結果として、公国の歴代の騎士団長は、代々ずっと、帝国の騎士がつとめてきた。つまり、帝国から派遣されているのだ。

 ぶっちゃけてしまうと、公国はかなりのド田舎いなかであったから、文化的に先進国である帝国本土から騎士を迎える、ということには、想像以上に重要な意味があった。


 まずは、あたらしい文化を持ち込んでもらう、ということ。

 最先端の武器防具などの軍事技術、革新的な戦術などの戦闘教義ドクトリンはもちろんのこと、最新の農業技術や生活技術なども、公国にとって不可欠なものであった。


 さらには、帝国本土との重要なパイプ役、ということもある。

 たとえば公族の結婚相手を探したりとか、交易の契約相手を紹介したりとか、あるいは軍事的に応援を要請したりとか、そういった案件の処理をすることも大切な仕事であった。


 なので、騎士団長という名称であるものの、仕事は武官だけにとどまらない。必要に応じて、文官や外交官のような業務もこなす必要がある。

 つまり、文武両道のオールマイティな有能な騎士でないと、公国の騎士団長はつとまらない。


 だからこそ、優秀なエキザーベには断言できる。

 この公国の、いまの騎士たちは、残念なことに阿呆あほうである、と。


『人間より知性に劣る魔族などは、名誉あるわが公国騎士団の敵ではありません!』


『公国の騎士ならば百匹を相手にできる!  騎士百人で敵一万匹など余裕だ!』


『勇敢なる公国騎士の突撃を見れば、敵は戦わずして逃げ出すにちがいない!』


 はじめ、エキザーベは悪い冗談だと思っていた。すなわち、悲観的な状況に絶望した騎士たちが、ブラックな皮肉を口にしているのだ、と。

 ところがどっこい、そうではない。彼らはどうも本気らしいのだ。


 たしかに、初代のイミィグーン公は名将であり、麾下の兵たちは勇猛だったのだろう。

 だが、第二次人魔大戦から、もう百年以上経過している。当時の大戦の経験者など、だれも生き残っていない。代がわりだって、五回以上はしているだろう。

 だから、『むかし、とってもつよかった』というプライドだけが残っている。悪く言えば、現実を見ない、時代錯誤の田舎いなか者の集団である。しかも良くないことに、下っ端の兵士よりも、指揮官の騎士のほうにそういう手合いが多いのである。


 エキザーベは忠告する。なによりも、当の本人たちのために。


「魔族をあなどるな。敵を軽んじてはならぬ」


「団長は臆病者だ! 魔族に怯えているのだっ」


 はいはい。


「この根性なし! しょせんは異国の出身だなっ」


 はいはいはい。


「帝国の騎士などは、へたれ皇帝の犬に過ぎぬわっ」


 はいはい……うん?


「きさま、皇帝陛下を、侮辱するのか?」


 エキザーベの冷え切った声を聞いて、暴言を吐いた騎士の顔が青くなった。田舎者のにぶい頭でも、ふだんは温厚な団長が激怒している、と理解できたらしい。

 エキザーベは、おなじ調子の声音で続ける。


「先の戦闘で、何人死んだと思う? 市民だけでも、数百人の被害が出ている。負傷者をいれれば千を超えるだろうな」


 青い顔の騎士は、もごもごとした口調で応じた。

「誇りある公国民であれば、辱めをうけるくらいなら、戦闘で死んでもよしとするでしょう。魔族との聖戦において死ぬことは、大変に名誉なことであります」


 (ダメだこりゃ)


 エキザーベは、無表情のまま、内心で深いため息をついた。

 騎士は、大半が使い物にならない。こうなったら騎士を経由せず、兵士長に直接命令を出すしかない。


 (あるいは、使い物にならない騎士たちを処分するか)


 この手の愚鈍ぐどん騎士たちのみを集めて、いっそ魔族の軍に突撃させるのもよいかもしれない。こいつらは莫迦ばかなので、喜んで特攻して死んでいくだろう。

 エキザーベは帝国からの派遣の身である。どうせそのうち本国に帰れるから、公国の騎士などは別にどうなってもいい。


 (……などという無責任な考えは、いかん。これでは阿呆あほうな騎士たちと変わらないではないか。とがめてこれならうは、罪またはなはだし、か)


 使えない騎士たちだとしても、うまく利用しないと、無辜むこの市民たちに、無用の犠牲を増やしてしまう結果になる。

 仕方がないので、エキザーベは詭弁きべんを口にした。


「ただ勝つだけでは意味がないな。今後の安全のためにも、完全勝利をめざしたいのだ。魔族を一匹も逃がしたくない。ときには引いて、敵を誘い、包囲することも重要であろうよ」


 なにか言いたそうな顔の騎士たちに、最後の後押しをする。


「かの初代イミィグーン公は、包囲殲滅せんめつ戦も得意とされていた、と聞いている」


 嘘である。

 実際には一撃離脱の遊撃を得意としていたのであるが、おそらく言っても信じないであろう。それにどうせ、ただしい戦史などは学んではいまい。

 案の定、無知な騎士たちは、満足して持ち場に戻っていった。


 エキザーベは、静かになった司令部で、ようやくひと息ついた。副官が持ってきた水を一気に飲み干すと、器を投げて返す。

 副官は、肩をすくめてそれを受け取った。

 この副官は、軽口が好きだし、怠け者だし、打算的である。それでも、さっきの騎士たちのように盲信的ではない。エキザーベにとっては、使いやすい人材なのだ。


「どうだった?」


「いやあ、だめでした。けんもほろろですね」


 いきなりの質問にも、すぐに副官は答えてみせる。エキザーベはその有能さには満足するものの、返答の内容には満足ができない。


 現状で、ちゃんと前線に出て戦える千騎長は、当のエキザーベひとりとなった。ねんのため、後方にいる三人の千騎長に、


「よければ、国都防衛の指揮を、一緒にとってもらえないだろうか?」


 と、声をかけてみたのだが、結果はさっきの、けんもほろろだったのだ。

 副官いわく、


「公族の親衛隊長としての任務のほうが、大事に決まっておろう!」


 と、逆切れされたとのことである。

 もっとも、経験も実力もない輩に前に出てこられても、困るだけ、というのも事実なので、後方にいてよいと認める代わりに、麾下の軍勢のうち、指揮権の一部をもらうことに成功した。


 公国軍一万人のうち、二千人は国内各所に駐屯させ、防衛にあたらせている。

 後ろで引きこもっている三人の千騎長たちに、それぞれ千人をまかせている。

 現状、騎士団長が直接指揮する兵力は、およそ五千人。通常時の五倍である。こんな大人数をじかに率いて、管理運営するのは初めてであった。

 しかも、そのうち二千人をまかせていたクロミィが、負傷している。


 いよいよもって、事態が深刻になりつつある。

 かなり真剣に、有能な指揮官か、あるいは参謀が欲しい。


万魔長マズレンの、センヨヨ、か……」


 ひどいいいかたであるが、阿呆あほうぞろいの騎士たちにくらべれば、魔族のセンヨヨのほうがマシではないか、と思える。先進国である帝国の騎士であるエキザーベは、後進国である公国の騎士たちほどに、魔族を毛嫌いはしていない。現に、失敗したとはいえ、魔族との停戦交渉もおこなっている。


 魔界との境界線上にあり、つねにその侵入に苦しめられてきた公国にとってみれば、魔族を毛嫌いするのもやむをえないかもしれない。公国のたみにとっては、魔族は敵であり、戦う相手であり、殺し合いの相手なのだ。絶対に、相いれない別世界の存在なのである。


『魔族とかかわりあいのある人間は、けがれている』


 公国内で、そんな文化ができあがってしまうのも、仕方のないことなのだろう。


 魔族に両親を殺された女の子が、村八分のようなあつかいを受ける。

 魔族に襲われた公女さまが、父たる公爵閣下に簡単に見捨てられる。

 魔族の捕虜になるくらいだったら、当然のように死を選ぼうとする。


 エキザーベは、そのような文化は納得できない。それでも、理解しようとつとめてはいる。

 だから公国の騎士たちも、国外には別の文化があることを、理解しようとしてほしい。


 停戦交渉をすることは、けっして卑怯なことではないとわかってほしい。

 敵に背中を向けてでも、市民を守ることが大切であるとわかってほしい。


 (だが、残念なことに、理解するための時間がたりないか)


 エキザーベは、臨時の団長室となっている親衛隊の詰め所の、奥へとつながる扉に視線をおくる。あの向こうには、公女さま、ミサキ、そして魔族センヨヨとその護衛ガードがいるはずである。

 そこに行くべきかどうか、迷っているエキザーベに、副官が声をかけてきた。


「団長、おりいって、ご相談したいことがあります、と」


「なんだ、急に。おまえの話は、ろくなものがないだろう」


「いやいや、自分ではありませんよ。いま、クロミィ卿がきていまして、団長におりいってご相談がある、とのことなのですが」


「……なんだと?」

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