公国騎士団長 エキザーベ その1
「戦況はどうなっているのかっ。敵の数は? 敵の指揮官は? 敵の侵入経路は?」
騎士団長エキザーベは声をはりあげたが、現場は混乱しているようで、ろくな返答がもどってこない。
(兵を一万人まで増員したのは、失敗だったか)
そう、判断せざるを得ない。
十三日前、公女さまが襲われてから、公爵閣下の指示ですぐに動員をかけた。国都の周辺各地から、毎日補充兵がぞくぞくと集まってくる。だから数こそ増えているのだが、それをちゃんと組織化できていない。
増えた分の兵士たちの、指揮官と指揮系統はどうするのか。
武器や食料といった補給と、その経路や出費はどうするのか。
事務方はおおさわぎしているが、状況は混乱するばかりで遅々として作業が進まない。
『兵力五千人を一万人に増やす』というのは、予想していた以上に大変な作業だった。
それにあらたな五千人が、すべて集まりきっているわけではない。遠方からの援軍は、到着に時間がかかる。つまり明日も明後日も明明後日も、補充兵が少しずつ、国都にやってきてしまうのである。せめて、一度に五千人がどん、と来てくれていたら、いっそ編成作業は楽であったにちがいない。
(もうすこし、軍を整備するための、時間的な余裕があると思っていたが)
甘い、と言われればそれまでである。だからといって、手をこまねいているつもりはない。
だが、青い顔をした副官が戻ってきて、エキザーベの淡い希望を打ちくだく。
「魔軍との交渉は失敗しました。彼らは『不戦協定を守っている』と主張していますが……」
「守っている? 協定を? だったら、いま侵入している軍勢はなんなのだ! こんなもの、事実上の侵攻と変わらないではないかっ」
「やつらの言い分では、『ニンゲンたちが挑発したことへの報復であり、侵攻ではない』とのことですが……」
「それで、使者は逃げかえってきたのか」
「いえ、『事実を神聖ミィグシス帝国へ連絡するぞ』と警告を発したようですが……」
「ですが、なんだ?」
「いえ、警告ではなく、実際に帝国に救援を求められてはどうですか、と……」
「そんなことができれば、とうにやっている。公爵閣下にもメンツがある、簡単に救援要請は出せないのは、お前も承知のことだろう」
「あの、つまり、敵の魔軍は、こちらが簡単にSOSを打てないことを……」
「把握しているだろうな。だがむこうも同様に、魔王に援軍の要請はできまい。現に、シギも全軍を投入していないし、実際できないのだろう。戦闘が大規模化し、不戦協定が破られ、人魔大戦争になってしまうのはお互いにまずいのだ。だから、こうしてごまかしながら、小競り合いのくり返しになる」
「あの、まさかとは思いますが、国都の陥落が確定するまでは、救援の使者を出さない、なんてことは……」
「不吉な予言をするのはやめろっ」
エキザーベは、強引に話を変えた。
「クロミィからの報告はないのか?」
クロミィは千騎長ながらも、ウーソ村の戦闘で、倍の二千人規模の兵士を率いた経験がある。現状では、若いながらも実績のある、数少ない指揮官のひとりなのだ。正直なところ、かなり頼りにしている。
「ありません」
にべもない返答が帰ってきて、エキザーベは副官をにらんだ。が、すぐに首をふった。気の弱そうな副官を威圧したところで、なにかが良くなるわけでもない。
ため息をついた団長に、さらにろくでもない報告が届けられた。
「団長、公女さまのお姿を見ていらっしゃいませんか」
「……どういう意味だ」
「さきほど、自室を出られてから、行方がしれないのですが」
思いだしたのは、昨夕のとりみだした公女さまのことだ。
「こんなときに、よりによって!」
エキザーベはは舌打ちしながら壁にやつあたりをする、という、騎士にふさわしくない行動に出た。見て見ぬふりをする副官をその場に残し、ひとり飛び出していく。
行く先々で騎士や兵士をつかまえて、公女さまの目撃情報を問いただす。
ようやく公宮のはずれ、市街地にちかい親衛隊の詰め所で目的の人物をつかまえたときには、汗だくになっていた。
親衛隊はすでに要人のもとに集結しており、詰め所の内部にひとの気配はない。こんなところにいるなど、不用心にもほどがある。
「いったい、どういうおつもりですかっ。状況はご存じでしょう!」
さすがに慌てているエキザーベと異なり、公女さまは冷静だった。
「状況を承知しているからこそです。魔族が侵入した目的は、このわたくしではないのですか」
「……はい?」
「敵はシギの部隊なのでしょう。そのシギは、わたくしを『俺の女だ』と言ったので、わたくしを探しているのかもしれません」
公女さまは、ひどく冷え切った声で続ける。
「それにいまさら、わたくしがどうにかなっても、誰も困りません。お父さまもお母さまも、とうにわたくしのことは見捨てております」
「な、なにをおっしゃいます。そ、それに……く、クロミィが心配しますぞ」
「であれば、なおさらです。これ以上、クロミィに迷惑をかけたくありません。クロミィは優秀で将来有望ですから、未来のない穢れた公女などに関わらせるべきではありません。わたくしの親衛隊長の任を解いて、もっと良い役目と地位を与えるべきです」
返答に窮した団長を、公女さまは一顧だにしない。
「クロミィだけではありません。他の親衛隊や騎士にも迷惑をかけたくないのです。魔族が、わたくしをさらいに来るにせよ、殺しに来るにせよ、ひとけのないここで待つのが上策です。あなたも指揮に戻りなさい。わたくしに構うことはありません」
公女さまは、どこまでもかたくなである。
それでも、なんとか団長が説得しようとしたとき、親衛隊の詰め所の扉が乱暴にひらかれた。
『おぅやぁ? こんなところにニンゲンがいるぜ』
巨大な棍棒をにぎりしめた紫色の存在が、ぞろぞろと詰め所内にはいってくる。
「ばかな、魔族たちが、こんなところまで……ここは、はずれとはいえ、公宮の一部だぞっ」
魔族の数は、あっというまに十匹を越えた。
『佰魔長さま、ここに裕福そうな女が隠れてやがりましたぜ』
『金を持っていそうなニンゲンは、生かして捕まえろ。あとで交換するためにな』
『と、いいますと?』
『この街にいる、若い女どもと交換だ。ニンゲンは脆弱ですぐに死ぬから、受胎実験のためには、とにかくメスの数が重要だ。実験では、裕福とか高貴とかは関係ない。シギさまは、とにかく数を重視しろとおっしゃっている』
『しかし、ニンゲンというのは不思議ですなあ。戦闘力の強い弱いならわかりますが、金とか出自とか、どうでもいいことで、身分を区別しやがる』
『しょせんは脆弱なニンゲンの考えなど、理解する必要はない。ただ、利用するだけだ。とにかく、目の前の金持ちそうな女、こいつを捕まえればいい。たぶんニンゲンたちは、あとから取りもどそうとするはずだ』
「わたくしには、人質としての価値はありませんよ」
毅然とした態度をとった公女さまに、佰魔長は、ただ下品なだけの笑顔をむけた。
『気の強そうなところが気にいった。そういう女が堕ちるときは最高だからな。いいだろう、遊んでやる。よろこべぇ、股間のレイヴンがお前を欲しがっているぅ』
「おさがりください、ここは自分が引き受けます。はやくお逃げをっ」
エキザーベは、腰の剣を抜いた。
『おい、オスは殺してかまわんが、メスは逃がすなよ。もうひとつの出口を封鎖しておけ』
部下の魔族の、返答はない。
『おい、そこのお前だ! この俺の命令が聞こえねえのか、裏口をふさげ、さっさとしろっ』
『……あ』
『なんだって?』
『……あ、あべしっ』
部下の魔族が、ゆっくりと、いくつかの肉片に分解された。
バラバラにされた肉塊が床に転がり、魔族特有の青い血だまりをつくっていく。
その向こう、詰め所の裏口のあたりに、フードをかぶりローブを着た、人間らしき姿が見えた。
『なんだお前? おい、いま俺の部下をやったのはお前か?』
返事の代わりに、フードの人物は、ゆるやかに両手をもちあげた。その手には、なにもない。
『素手、だと?』
おかまいなしに、フードの人物が手を動かす。
『ひでぶっ』
『たわばっ』
『うわらばっ』
あっというまに魔族のバラバラ屍体が量産され、詰め所は生臭い血のにおいで満たされた。
『妙なわざを使いやがる。おもしれえ、この佰魔長さまがじきじきに相手をしてやるぜ、死ねよやぁー!』
いうやいなや、巨大な棍棒をもった魔族の部隊長が、フードの人物に襲いかかった。いや、襲いかかったはずだったのに、その動きが急停止した。
『は……はれ? な、なんれ動けらいの……』
まるで巨大なクモの巣にかかったように、身動きが封じられている。佰魔長は、自分のからだに食い込む金属の糸に、ようやく気づいた。
『は、はの……もひかひて、これって……まざんしでふかぁ? はの、はなたさまは、ひょっろして、センシアさまの……』
『悪党に、墓標はいりませんねえ』
にぶい音とともに、佰魔長が鋼鉄の糸に切り刻まれ、きたないミンチと化す。残った魔族たちが、恐慌状態になった。
『やべえ、センシアの娘だ! こいつ、たしか万魔長代行じゃねえか!』
『前からそういう噂があったが、やっぱりニンゲン側に寝返りやがったのか!』
『ここはオレに任せて、お前らは先に逃げろ!』
『オレ、本当はお前のこと嫌いじゃなかったぜ……』
『こんな万魔長代行なんかと一緒にいられるか! オレは外の部隊に戻るぞ!』
『騒がしいですねえ。往生際がわるいですよう』
フードの人物、つまりセンヨヨが、さっきよりもおおきく手を動かす。残った魔族十匹のうち、六匹が合挽き肉となり果てた。残りの四匹が、外へ飛び出していく。
「いかん、逃げられる!」
『まあ、しかたないですが……いや、応援がまにあったようですよう』
その直後、親衛隊の詰め所の窓が、外側から青く染まった。
(外で、誰かが魔族と戦闘している?)
中からは状況がよくわからないが、悲鳴と怒号だけが聞こえてきた。
いかん、いかん、危ない危ない危ない……ああ、もう最悪……ちゃーん! 負けたー! 攻撃が超スピード? 魔斬糸、恐いでしょう……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ(雷のような悲鳴)!
やがて、外が静かになる。
詰め所の入り口が、ノックされた上で丁寧にひらかれた。バーテンダー姿の、ふたりの少女があらわれる。
「マスター、ご無事ですか」
「外の魔族は排除いたしました」
昨日、エキザーベも会っていたから、その双子がセンヨヨのメイドであることは承知している。
だが、よくわからないことがある。
ふたりのメイド、そして、主人のセンヨヨも、どう見ても素手にしか見えない。目につくのは、指にはめている指輪くらいである。エキザーベは武器の正体を見きわめようとした。
どうやら、指輪についた糸をあやつっているらしいのだが、なぜ糸が簡単に切れないのか、不思議で仕方がない。
そんなエキザーベの視線に気づいたのか、センヨヨが、
『あぶないので、動かないでくださいねえ。いま、「糸」を回収しますからあ』
と、言ったあとで、顔の向きをかえた。
『では、偵察の結果報告をおねがいしますよう』
「敵は、地面に穴を掘り、街の外壁のしたを、土竜のようにくぐりぬけて侵入してきたようです。数は不明ですが、佰魔長は五、六匹見かけましたので――」
「――侵入してきたのは、おそらくそのまま、五、六百匹というところでしょう。侵入箇所は三ヶ所、そのうち左右の二ヶ所は陽動のようですので、佰魔長を殺して足止めしておきました」
ふたりの姉妹が、こともなげにいう。
(殺した、だと? おいおい簡単に言うな、相手は佰魔長だぞ)
この男装メイドふたりは人間のはずである。人間の身で、佰魔長に勝つためには、尋常ではない技量が必要なのだ。
ありていにいえば、デスクワークが続いていたエキザーベは、かなり腕がなまっているから、一対一では佰魔長に勝てる自信はない。現状でタイマンをはって勝てるのは、クロミィほか数名の騎士くらいのものである。
『のこりの中央が本命ですかあ』
「そのようですが、ご指示の通り『最終鬼畜兵器』を投入してきましたので、大丈夫だと判断して、報告のために戻ってまいりました」
『おとなしく、言うことを聞いてくれたのですかあ』
「あきれたことに、こんな状況にもかかわらず、宿屋で爆睡していました。正直なところ、無理にたたき起こすと例の『システム』とやらが発動するかと思いましたが――」
「――あの、ケイコという少女がゆすって起こしてくれたので、特に危険はありませんでした。腹が減ってる、とうるさかったので、あとでなんとかしてやる、と答えてしまいましたが……」
『まあ、それくらいはいいですよう。さて、これからのことですが』
センヨヨが、顔のむきをこちらにむけてきた。
『公女さまさえよければ、ここでワタシが護衛にあたりますよう。おそらくそちらの男性は指揮官でしょうから、司令部にもどったほうがいいかもしれませんねえ』
魔族からの攻撃にさいして、魔族に護衛をまかせる。ひどく奇妙な状況だったが、公女さまは即断された。
「護衛は不要だと思いますが、これ以上エキザーベに迷惑をかけたくないので、ここはご厚意に甘えましょう。エキザーベ、あなたは指揮をとりなさい。クロミィひとりでは大変でしょう」
そのクロミィと連絡が取れなくなっているのだが、エキザーベはそのことを口にしなかった。
すでに意固地になりきっている公女さまを説得できるとは思えなかったし、それにいまさら、センヨヨという魔族をうたがうのもナンセンスなことであろう。
それでもいちおう、確認する。
「よいのだろうか。 貴公にしてみれば、同族殺しになるのであろう」
『同族同士で殺し合うのは、魔界では日常茶飯事ですよう。まあ、それに、ワタシもここで戦っておかないと、立場があやうくなりますからねえ』
「立場、とおっしゃる?」
『ほら、ワタシが「身内である魔族の部隊を手引きした」なんて、痛くもない腹をさぐられるのは、ちょっとたまりませんからねえ。このさい、シギの作戦行動とは無関係であることを、ちゃんと証明しておきたいのですよう』
「いや、別に貴公がシギに通じているなどと、うたがったりするつもりはござらん。ただ、魔界での貴公の立場が、あやうくなったりはしないのだろうか」
『シギの行動は、「魔人不戦協定」に対する明確な違反なのですよう。ですから、戦火が無益に拡大しないよう止めにはいった、ということにすれば、多少の実力行使にも十分な説明がつきますねえ』
「そこまでお考えでしたか。無用の心配でした、失礼いたしました。ではセンヨヨどの、公女さまをお願いいたす」
そう言い残して、エキザーベは、外へと走り出た。
『さて、公女さま、とりあえずは隣の詰め所にいきましょう。ここで待つには、血のにおいがきつすぎますからねえ』
「……センヨヨさん、あなたの武器のことですが」
『はい? 魔斬糸のことですかあ』
「女性である貴女が使いこなせるということは、人間の女性でも使用可能、ということでしょうか」
公女さまの顔があまりにも真剣だったので、センヨヨはかるく首をひねった。
『え、と……シク姉妹は人間で、別に怪力ではないですが、ご覧のとおり、斬糸が使えますねえ。非力な人間の女性でも、いけるでしょう。ただ、魔力の代わりに聖力を使う、聖斬糸ということになるでしょうがあ』
「ということは、わたくしでも、使えますでしょうか」
センヨヨが、フードのなかで、まばたきを数回くりかえした。




