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おちんちんを取り戻せ  作者: 別次 孝
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公女殿下親衛隊長 クロミィ その3

 凍りついたかのような団長室のなかで、ミサキがのんびりとした声で説明する。


「侵入っていうか、公都に堂々と入ってきたみたいだよー」


「公女さまを襲った魔族の仲間なのかっ」


「いや、それはちがうね。断言してもい―かな。魔族つっても、おとなしい女のひとだし。暴れたりしないから安全だよ。当の本人は、まあここに遊びにきただけだから、さっさと外に出しちゃったほうが面倒なくていーよ、ね?」


「……冗談だろう、冗談だと言ってくれ」


「あれ? おこなの? 激おこなの? ぷんぷん丸なの? ま、無害だからいーじゃん。本の買い物とかで結構なお金を使ってくれてるから、上等な観光客でしょ、ね?」


 返答はない。答えようがないのであろう。

 傍観者にてっしていたクロミィは座りこんでいたが、だいぶ心と体が回復したので、非礼にならないように発言することができた。


「ミサキ、つまりその魔族は、お前の知り合いなのだな。やはりお前は、魔族にかかわる者であったのか」


「クロミィ、それはどういう意味でしょうか」


 すこしあわてた様子で、騎士団長が口をはさんだ。

「公女さまを混乱させるとよくないと思い、お伝えしていなかったのですが、このミサキという少女は、聖法と魔術の両方が使えるらしいのです」


 公女さまが顔をしかめられたが、土台がずば抜けてよいためか、そんなときでもお美しい。

 ミサキがお構いなしという感じで、左腰の短剣を抜くと、くるくると手で回しはじめる。すぐに左手の短剣が、魔力で黒く染まりはじめた。右手の短剣は白いままなのに、である。

 公女さまは、目をまん丸にされてその光景をご覧になっている。前にも魔剣を見たことのあるクロミィは、すこし心に余裕があった。


「ミサキ、その魔術はどこで覚えた? やはり『人間牧場』なのか」


「うん? ちがうよ。そこにいたことはあるけど、別に教えてもらってはないからねー」


「お前のいいぐさはとにかく胡散臭うさんくさいのだ。証明するすべがないからといって、嘘でごまかそうとするなら、このクロミィ、容赦せん!」


「じゃ、本人にあって訊いてみたらいーじゃん。ちょうど公都に来てるし」


 もう何度目になるか、部屋の空気が一瞬で変化する。クロミィは神経が麻痺してしまったのか、もうその程度の変化は気にならない。まさに容赦なく、質問ぜめにする。

「ちょっと待て、ミサキ。つまり国都に侵入したのは、『人間牧場』の関係者なのかっ」


「うん、そだよー。たしか本人は、『牧場長』って言ってたと思うけど」


 間髪いれず、団長が、経験豊富な騎士とも思えないような、奇声に近いわめき声を出す。

「『人間牧場』の『牧場長』だと? 『牧場長』のセンシアと言えば、万魔長マズレンではないか! そんな化け物が、この国都にいるというのかっ」


「お待ちなさい。よいから、お待ちなさい」

 さすがに公女さまは、自分を取りもどすのがお早い。つとめて平静な声をお出しになる。

「さっき、ミサキさんは言ったはずです。『魔族は女のひとだ』と。そうですね?」


 いつもへらへらしているミサキが、珍しくまじめな顔をしていた。

「あれえ? 『牧場長』って、ヨヨちゃんじゃあないの? センシアって、だれ?」


「だれ、と言われても……人間界にちかいところに所領をもつ、万魔長マズレンのことです。年のいった……そう、初老くらいの、男の魔族だと聞いています。魔界に関する最新の情報では、そうなっていたはずです」


「おねーさんが牧場に行ったときには、もうヨヨちゃん……だからセンヨヨっていう若い女の魔族しか、いなかったけどなー」


「名前が似ていますが、同じ一族なのでしょうか。代がわりでもした、とか?」


「さあ? だから、本人に訊いてみたら?」


 公女さまが形のよいあごに細い指をあて、しばしお考えになる。結論はすぐに出たようだ。

「このさいですから、会ってみましょうか」


 団長が、座ったままの姿勢で、椅子いすから飛びあがった。

「公女さま、正気……いや、本気ですかっ」


「もう、国都に侵入してしまっているのでしょう? 仮に万魔長マズレン後嗣こうしであるなら、かなりの実力者のはず。いまさら騒いでもいたしかたないでしょう」


「そだねー。まあ、その気になったら強行突破できるのに、それをしないあたりで察してもらえると助かるかなー。つか、本人も穏便に外に出たいって言ってるしねー」


「では、ミサキさん、呼んできてもらえるでしょうか」


 公女さまは、おどろくほど冷静沈着だった。それが公族としての誇りなのか、それとも死を覚悟した者の諦めなのか、クロミィには判断がつかない。

 クロミィ自身は、団長が混乱したせいで、それを反面教師として、逆に安定を取り戻すことができていた。


 公女さまの呪いの件は、ひとまず置いておく。

 侵入した魔族への対策のことのみを考える。

 自分が不器用だと承知していたからこそ、一度にひとつのことしか考えないことにしたのだ。


   *******


『あ、どうも、はじめまして。わたしがセンヨヨですよう』


 丈のながいローブに、フードをかぶった人型の存在。ミサキが連れてきた魔族の女は、おどろくほど無警戒に団長室にはいってくると、のんびりとした感じであいさつをした。


 騎士団長も、クロミィも、なにも言わない。

 なにも言えない。


 ミサキが連れてくるまでのあいだ、やれ護衛兵をいれるだのいれないだの、狙撃弓兵を配置するだのしないだの、そんなことをしてもどうせ意味がないだのなくもないだの、やっぱり無用に刺激するからやめるだのやめないだの……いささかならずめたあげくに、当初とおなじメンバーのみが室内に残っていた。


 だが、ミサキがどういう風に呼んできたのかは知らないが、ここまで無造作な登場とは思いもしなかった。

 それでも、呼ぶ、と決めた公女さまご本人は、落ち着いていらっしゃる。


「こちらこそはじめまして、イミィグーン公国の公女です。どうぞ、そちらにお座りください」


『ああ、これはどうもですよう。ところで、心配性のメイドを同席させてもよいですかあ』


 団長がなにか言いたそうにしていたが、公女さまがすぐにうなずかれる。

 直後に合図で室内にはいってきたのは、ふたりの少女であった。

 ひとめ見た瞬間、


(このふたりはかなりのつかい手だな)


 と、クロミィは判断した。

 メイドとは言っていたものの、少女たちはバーテンダーのような男装をしている。動きやすい服装をしていることからも、その実態は護衛ガードだと考えたほうが良いだろう。


 (だが、このふたりの少女はもしかして――)


「――人間、でいらっしゃる?」


 公女さまの問いに、ふたりの男装メイドはうやうやしく頭をさげた。

「ご慧眼けいがん、おそれいります。人間の双子でございます。私が姉のシククアで、」

「私が妹のシクシヨです。センヨヨさまのメイドをしております。以後、お見知りおきを」


「これはご丁寧に、ありがとうございます。センヨヨさん、おつれの人間のかたのことを、くわしくお聞きしてもよろしいですか?」


 センヨヨと名のる女の魔族は、特に隠す様子もなく、普通に話しはじめた。


 シク姉妹は、まちがいなく人間であること。

 ふたりとも、魔界うまれの魔界そだちであること。

 センヨヨ自身と、なかば姉妹のように過ごしてきたこと。


「すなわち、『人間牧場』はいまも実在して、ふたりはそこのご出身ということですね」


『ええ、そうですよう。ですから、人間なのに魔術が使えるのですねえ』


 実際に、シク姉妹はちいさなナイフを取り出し、それに魔力をこめてみせた。ささやかすぎる自己アピールだったが、実際に黒い魔力をまとったナイフを見せつけられれば、団長もクロミィも、現実を認めざるを得ない。


 まあ、実際のところ、それは大したことではなかった。

 団長も知っていたように、『人間牧場』の存在は噂として、相応の人間に周知の内容だったのである。いわば、公然の秘密なのだ。


 そんなことよりクロミィが注目したのは、センヨヨのふるまいである。魔族のくせに、ちゃんと公女さまに礼節を守っているのが、不思議でならない。

 訊かれたことにも素直に答えていて、隠しごとをするつもりはないようである。

 従者であるメイドの少女ふたりも、強者であるのにそんなそぶりも見せず、主人の背後でおとなしくしている。


 無礼の限りを尽くし、とにかく腹が立つミサキとは、おおちがいである。

 莫迦なことを、と思われるかもしれないが、クロミィは目の前の存在が本当に魔族なのかと不審に思えてきた。


 (もしかして、自分はミサキにだまされ、からかわれているのではないか)


 それはどうやら、公女さまや団長もご同様であったらしい。


「……失礼ですが、お顔を拝見してもよろしいですか」


『ううんと、隠していたほうが、話をしやすいのではないですかねえ』


「お気づかいは、無用でしてよ」


『それでは失礼しましょうか。これ、けっこう暑いのでうっとうしいのですよう』


 あっさりとフードを脱ぐと、二十歳前後の、おっとり系の美人さんが登場した。

 褐色にメイクされたとはいえ、地肌は紫色をしている。

 口もとには、かなり控えめだがハッキリとキバが見える。

 頭には、丸くちいさく可愛らしい二本のツノが生えていた。

 まごうことなき、魔族そのものである。


『どうか、しましたかあ?』


「いえ……別に。ところでセンヨヨさん。あなたはセンシアという魔族と、なにかご関係が?」


『センシアは父ですねえ。すでに亡くなりましたけどお』


「センシア……さんは、たしか『人間牧場』の『牧場長』で、万魔長マズレンだったとか」


『その通りですねえ』


「ではセンヨヨさんは、どういうお立場に?」


『「牧場長」の後をついでいますよう。万魔長マズレンも、代行者として指揮をとっていますねえ』


 公女さまが、どこかぎこちない微笑を浮かべられる。表情の選択にご苦慮されているようだ。

 それはそうだろう、目の前にいる魔族が、魔族のなかでも最強クラスで、五十匹しか存在しない万魔長マズレンであるらしい、とわかったのだから。


 クロミィも、無理をして笑った。

 什魔長ジクアス佰魔長ピドキサー、百歩ゆずって仟魔長セーティクトならまだしも、万魔長マズレンが相手では、勝負にならないのがわかっている。

 絶対に、戦闘など起こしてはいけない。確実に負けるのが明らかなのだ。とにかく、相手を刺激しないようにするしかない。状況を考えれば、それが常識的な判断である。


 ところがここに、常識の通用しない莫迦女がひとりいた。


「なにそれ? 万魔長マズレンの代行者って、万魔長マズレンそのものとどうちがうのかなー。おねーさんも初耳だよ。もしかして、2Pカラーみたいな、色ちがいなのかなー」

 クロミィや団長が必死に送る合図もどこふく風で、ミサキが続ける。

「だいたいヨヨちゃん、見栄みえはらなくてもいいのに。あれだけ一方的におねーさんにボコられたんだからさ、万魔長マズレンじゃないのは知ってるってばさ。たぶん佰魔長ピドキサー、もしくは背伸びしても、仟魔長セーティクトがいいとこでしょ?」


 室内に沈黙が満ちる。

 ミサキの話がどこまで本当かわからないが、仮にも万魔長マズレンの可能性が高い魔族を、挑発するのはあまりにも心臓に悪い……と思っていたのだが、当のセンヨヨは、むしろ困ったような顔で、公女さまを見つめて言った。


『ワタシは、万魔長マズレンである父センシアの存命中は、部下の仟魔長セーティクトのひとりだったのですよう。父の死後、他の仟魔長セーティクトの支持を得て、空席となった万魔長マズレンの席には座ったのですがあ――』


 センヨヨは、ポリポリとほっぺたを指でかきながら続ける。


『――万魔長マズレンというのは、本来、正式には魔王陛下に任命していただくのですよう。ところがその任命の連絡がないのです。なので、いちおう一万余の魔軍を指揮することはできるのですが、いまだに代行者のままなのですねえ。……いや、本当ですよ? ミサキにボコられたのは事実ですが、これでもまちがいなく万魔長マズレンの代行者なのですよう』


「ええと……」


 公女さまが、美しい指で、美しい眉間を、美しくお揉みになっている。

 知らず知らずのうちに、クロミィは公女さまとおなじ行動をとっていた。


 (万魔長マズレンを? ボコった? ミサキが?)


 万魔長マズレンの戦闘力は、人間の兵士一万人ぶんにひとしい。ミサキの発言が、とても信じられない。それに、なぜ魔族のほうもそれを否定しないのか。

 センヨヨという魔族が、ひとつせきばらいをすると、おもむろに訊いてきた。


『ところで、魔族のワタシをわざわざ呼びよせたのには、なにか理由があるのですかあ』


 混乱から立ち直ろうというのか、公女さまがかるく頭をふってから応じる。

「もしも、『人間牧場』の関係者……それも、魔族のかたでしたら、ぜひうかがってみたいことがあったのです。その、あの……呪い、のことなのですが……」


 と、切りだされた公女さまは、先ほどとおなじお話をされた。特に、あたらしい内容は含まれてないように思われたが、魔族の女は、妙に真剣な表情になっていた。


『ちょっとミサキ、ダメですよう、こんなのはあ』


「なにが? ヨヨちゃんの胸のおおきさが?」


『もう、まじめな話ですよう。こんなの、子どもに聞かせることではないですよう。そこの女の子、部屋の外に出したほうがいいですよう』


 クロミィは、さっきの不安を思い出して、がまんならずに口をはさんだ。

「あの、さっきも同様のやりとりがあったのですが、まさか、自分もここから出ていけ、と?」


『あなたはいいですよう。おとなですからあ。というか、ミサキ? シギとその部下がなにをたくらんでいるか知らないのですかあ?』


「……え? んんと、たしか、おねーさんがケイコちゃんの村で出くわしたときは、その……なんとかの、受胎実験がどう、とか言っていたかなー」


『だから、「呪い」というのは、おそらくそういうことですよう』


「あー、なるほど、『呪い』ってたとえ話だったのか。公女ちゃんが『襲われた』って、そういう意味なのね。うわ、こわーい」


 クロミィが驚愕の視線をむけると、公女さまは死人のようなお顔をされていた。

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