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おちんちんを取り戻せ  作者: 別次 孝
3/39

村人アレグー その2

 アレグーは、落胆しきっていた。

 一世一代の勇気を振り絞ってミサキを夕食に誘ったのだが、


「あー、ごめん。おねーさんホントに疲れてるから、ご飯食べずに寝かせてもらうんだー」

 と言って、少女は宿屋に入るやいなや、ベッドにもぐってしまったようなのである。


 嫌われた訳ではなさそうである。しかし、好かれている訳でもなさそうなので、何の慰めにもならない。

 そもそも、あんな美少女なのだ。性格が破綻でもしていない限り、恋人やら許嫁やらがいてもおかしくはない。自分には高根の花だったのかもしれない。

 それでも諦めきれずに、今度は朝食に誘おうか、とアレグーは悩みはじめる。


 もっとも、それが実行されることはなかった。

 事件は、その日の夜のうちに起こったのである。


「魔族が現れたぞ!」

 見張りの叫びとともに、村の中心にある教会の鐘が鳴らされる。

 寝ていた村人たちも飛び起きると、男たちは武器を手に取り、女たちは子どもをつれて避難をしはじめた。


「敵は何匹ですか」


「一匹だが……どうやら、佰魔長ピドキサーらしい」


 げっ、と誰かがうめくのが、アレグーにも聞こえた。

 佰魔長ピドキサーというのは、文字通り、百匹の魔族を部下にもつ部隊長のことである。

 什魔長(ジクアス)は部下が十匹、仟魔長(セーティクト)は部下が千匹であり、名前がそのまま、部下の数を表している。

 このあたりは、人間の軍隊の、十騎長、百騎長、千騎長と、組織的には変わりない。


 ちがうのは、その個人戦闘能力である。

 たとえば仟魔長(セーティクト)は、部下千匹と、同等の能力を持つのだ。

 つまり、魔族の部隊長である仟魔長(セーティクト)一匹と、部下の魔族千匹が『同時に』戦っても、互角の勝負になる。

 仮に、人間の部隊長である千騎長一人と、部下の人間千人が『同時に』戦えば、いくらなんでも数がちがうから、千騎長は一方的に負けてしまうだろう。


 そこが、最大のちがいである。

 まさに一騎当千、それが魔族の部隊長なのだ。


 そして今、一匹の佰魔長ピドキサーがあらわれた。

 普通の魔族の、百匹分の個人戦闘力を持っている。

 おおよそ、人間の兵士一人と魔族一匹が同等の戦闘力と見積っても、百人の人間が戦う必要があるのだ。

 村の人口は、八百人あまり。戦闘に適した年齢の男たちを総動員しても、百人には満たないだろう。これはもう、女や老人にも武器を持ってもらう必要があるかもしれない。


「アレグー、お前たちのような、兵役を終えて訓練済みの若い連中が頼りだ」


 わかっています、とアレグーは大きくうなずいた。

 アレグーは思いだす。

 兵役の期間中、千騎長の指揮のもと、什魔長(ジクアス)佰魔長ピドキサーを相手に、集団で戦った経験がある。まったく想像のつかない敵ではない。

 だからこそ、アレグーは訊いた。


「本当に、佰魔長ピドキサーひとりなのですか? 部下の什魔長ジクアスや魔族兵士たちは、いったいどこに?」


「わからない。ただ、佰魔長ピドキサーひとりなのは幸いだ。部下たちを呼ばれる前に、叩いてしまおう」


(これは厳しい戦いになる)

 アレグーには、それがわかった。


 そもそも、佰魔長ピドキサーは強敵なので、本来であれば十分な準備が欲しい。

 ところが、準備している間に、敵も部下の魔族を呼んで、戦力を増強するかもしれない。

 だから、準備不足の状態で、速攻勝負に出ないといけないのだ。


 *******


 佰魔長ピドキサーと激突したのは、村の集落の入り口だった。

 集落の内部に侵入されたのは残念だが、なんとか防禦の陣形をつくれたのは幸いである。

 向こうは一匹で魔族百匹ぶん、つまり人間百人ぶんに相当する力を持つ。

 人間側としては、陣形を組んで、集団戦に持ち込むしか勝ち目がないのだ。


(でかいな)

 アレグーの、素直な感想である。


 魔族はツノが生えていたり、キバが生えていたりするとはいえ、身体の構造は人間に近い。

 身長もそう変わらないはずだが、この佰魔長ピドキサーは同世代の人間の中でも背の高いアレグーより、さらに頭ひとつ背が高い。しかも、体つきもすごい。腕の太さは丸太のようであり、アレグーの二倍くらいの太さがありそうである。


 にらみ合っていたのは、ほんの一瞬のこと。


 佰魔長ピドキサーが、巨大な斧を構え、おたけびをあげた。

 その斧と、体の表面から、黒い煙がにじむように出てくる。

 人間たちの間から、恐怖の叫びがあがった。


(想像していたより黒い……これは魔力が強いぞ)

 アレグーは、自分の足が震えるのがわかった。


 魔力というのは、文字通り、魔族が使う魔術の力のことを示す。

 色の黒さは、そのまま魔力の強さと比例するのだ。

 そして佰魔長ピドキサーが、大きく斧を振るう。

 にじみ出る魔力が、残像のように斧の後を追って、黒い弧をえがいた。


「下がれ!」

 アレグーの叫びもむなしく、斧そのものにより数人の村人が吹き飛ばされ、さらに斧が放つ黒い魔力により、別の数人の村人が苦しそうに倒れ込んだ。


 それでも斧を大振りしたことで、佰魔長ピドキサーの脇が、がら空きになる。

 そこに数人の若い村人が槍を突き出したのだが、かすり傷すらつけることが出来ないまま、槍先が弾かれてしまった。

 愕然とした表情の村人たちは、佰魔長ピドキサーの返す斧で、さっきと同様に吹き飛ばされた。


「村長、自分が前に出ます! この佰魔長ピドキサーは、魔力で自分のからだを覆い、鎧のように防禦をしているのです。通常の武器では、攻撃がほとんど届きません」


「だめじゃアレグー、お前は村の若者のまとめ役じゃから、部隊長として指揮をとってくれねば困る」


「村長、あれは佰魔長ピドキサーの中でも強い部類です!」

 さけんだアレグーが指さす先には、さきほどの攻撃で倒れて動かない村人たちがいる。

「もう十人ちかくの被害が出ています。我慢できません! 徴兵制があり、兵役があるのは、まさにこういうときの為なのですよ!」


 村長の反論を聞かずに、アレグーは飛び出した。

 村人の先頭に立つと、公国軍からの支給品である、剣と楯を構える。

 アレグーが念をこめると、その剣と楯が、うっすらと白い光を放ちはじめる。

 それを見た佰魔長ピドキサーが、邪悪な表情を浮かべた。


『ほう、聖法武具か。すこしは楽しめそうだ』


 魔族訛りと笑いを含んだ低く太い声に、アレグーの肝が冷える。


(ちくしょう、その余裕を、お前の命取りにしてやる)


 アレグーの指示で、同じように兵役経験のある村人たちが、佰魔長ピドキサーを半包囲する。彼らの手には、やはり白く光る剣と楯があった。


 魔術を魔族特有の能力とするなら、聖法が人間特有の能力だった。

 魔力は黒い光を放ち、聖力は白い光を放つ。

 魔族の魔力を打ち破れるのは、人間には聖力しかない。

 いま、佰魔長ピドキサーは魔力を鎧のようにまとって黒防禦をしている。これを打ち破れるのは、聖力を帯びた白剣のみである。黒い魔力を、白い聖力で『弾き飛ばす』しかないのだ。

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