公女殿下親衛隊長 クロミィ その1
とにもかくにも、クロミィは不満である。
それはもう、ありとあらゆることが、である。
騎士である以上、主君の命令は絶対であるから、嫌いな任務もこなす必要があるし、自分の思い通りにできないのも当然である。
ただ、それにしたって、限度がある。このところの自分の扱いは、かなりひどいと思う。
たとえば、国都から離れて、僻地の村へ魔族退治に行くよう指示されたことである。侵入した魔族を倒すことは、もちろん公国にとっても騎士にとっても重要な仕事である。だが、自分でなくても務まる内容でもあるのだ。
正直なところ、護衛対象である公女さまから引き離されたような感じがする。しかも、『公女さまが魔族に襲われかけた』という大事件のあとで、である。
不満である。
(責任をとらせたいのであれば、真正面からそう言えばよい)
その程度の覚悟はできている。親衛隊長でありながら、公女さまへの襲撃を許してしまったことは、自分のミスであるのだ。このさい、事件当時に公女さまが警護をお断りになっていたから、というのは理由にならないし、そんないいわけをするつもりもない。
それでも不満である。
(やはり、自分が女なので軽んじられているのか)
イミィグーン公国は実力重視主義とはいえ、完全に男女平等というわけではない。妊娠や出産がある以上、長い目で見ればどうしても女性が不利になる。ただ、クロミィはまだ独身だし、騎士団長は男女で差別をするような狭量の持ち主ではない。
だとしても不満である。
(あるいは、自分の剣の実力に問題があるのか)
クロミィは視線を横に向けた。
そこには、鼻歌まじりでたらたらと歩く双剣の少女がいる。もちろんミサキ=ウマガイであり、クロミィはこの年下の女が大嫌いである。それでも、剣の腕前だけは認めているし、自分の実力が下であるのも理解している。
だからといって、騎士団長がこの女に助力を求めたことは、納得がいかない。
とても不満である。
そこまで自分の能力や技量に問題はないはずだ、とクロミィは判断していたのだ。
「クロミィさま、けわしい顔をなさって、いかがなさいましたか?」
「なんでもないっ」
部下の兵士に、ひどく冷たく応じてしまった。部下には罪がない。自己嫌悪。
クロミィは、立ちどまって振りかえった。同行者の歩みが遅いからである。歩みが遅いのには理由がある。ミサキがちいさな女の子を連れているからだ。女の子には、以前に『わるいひと』呼ばわりされている。子供の純真なまなざしは特にこたえる。子供を利用するミサキのやりかたは卑怯である。
このうえなく不満である。
クロミィは、女の子を待つ間に、窓から外を眺めた。公都の景色が見える。
クロミィは、青い空も不満なら、白い雲も不満だし、水も不満なら、空気も不満だった。しかし何がいちばん不満かと言えば、騎士なのに自身の感情をコントロール出来ていないことであった。自分の未熟さを再認識して、余計に不満を感じるのだ。
それがわかっていたからこそ、クロミィはおとなしく我慢していだ。我慢ならなくなったのは、団長室への入室を拒否されたときである。すでに室内に入っているミサキを、非礼と承知しつつも指でさししめす。
「お待ちください、まさかミサキとふたりきりになるおつもりですかっ。この女は折り紙つきの危険人物です。団長とふたりきりにはできません」
とうとう不満がピークに達したクロミィの剣幕は相当なものだったが、騎士団長は眉いっぽん変えず、淡々と応じた。
「これは公女さまの命令である」
「公女、さまの? はい? ……まさか、とは思いますが、公女さまがミサキとお会いになるおつもりではございませんよね」
「それは、卿が案じることではない」
名前ではなく敬称で呼んだ団長の口調は、どこかよそよそしかった。自分の危惧は正しい、とクロミィは直感する。
「わたくしは、公女さまの親衛隊長をつとめておりますがっ!」
「であらば、卿の親衛隊長としての任を解く」
「……はい? 納得がいきません!」
「卿も騎士であれば、主君の命令に従うべきである」
「あなたは上司ですが主君ではありません! 公女さまの直の命令でなければ、従う必要はありませんっ」
「クロミィ! いい加減にしろっ! いいか……」
「――ちょっといいかな、子供が見てるんだよねー」
不意に割りこんできたミサキの声に、クロミィはハッとして口をつぐんだ。大声で怒鳴りあう騎士ふたりの姿を見て、十歳の女の子はおびえているようにも見える。ミサキのスカートの後ろから、眠そうな目で、そうっとこちらの様子をうかがっていた。
「も……もうしわけ、なかった。こわがらせてすまない……」
クロミィはすぐに謝った。なんだかんだで女なので、やっぱり子供には弱いのである。
すこし遅れて、団長もケイコに謝罪する。それを見て、ミサキのやつが妙に満足そうな顔をしていたかと思ったら、
「言っとくけど、おねーさん、公女さまとやらに会う気はないからねー」
と満面の笑みで宣言した。思わずホッとしたクロミィと異なり、団長は顔をしかめている。
「おねーさん、クロミィちゃんからは、団長のことしか聞いてないからねー。そのつもりなら、最初からそう言うべきでしょ、ね?」
「公女さまがお会いになるというのは、大変に名誉なことであるぞ」
「そんな名誉なことを、どうして流れ者のおねーさんにしてくださるのかなー。どー考えても裏があるでしょ。面倒ごとはお断りだよ」
あ、そういえば、という感じで、ミサキが続ける。
「言っとくけど、目的のためにケイコちゃんを人質にでもしようとしたら、この場にいる全員をぶち殺すからね」
その口調があまりにものんびりとしていたので、クロミィが意味を把握するのにいささかの時間が必要だった。先に口を開いたのは団長のほうである。
「騎士として、名誉にかけてそのようなことをするつもりはない」
「本当かな? 公女さまに誓えるかな?」
「当然だ、良かろう。公女さまと公室に誓って、そのような卑劣な真似はせぬ」
重々しく宣言したあとで、団長はわずかにかすれた声で訊いた。
「公女さまのお話だけでも聞いてはくださらないか。聞くだけでよい、どうこうするつもりは毛頭ないのだ」
横で聞いていたクロミィは不審をおぼえた。団長の声には、困惑の色がある。その正体を確かめようとする前に、ミサキが暴言を吐いた。
「場合によっては公女さまを殺すけど、それでもいいのかなー」
クロミィの頭が真っ白になる。愕然としながらも、その手は反射的に剣に添えられていた。
「いま、なんと言った?」
「いや、おねーさんも、それなりに修羅場をくぐってるから、ね?」
あいかわらず、ミサキは緊張感ゼロの声である。
「自分の身を守るためなら、正直なところ手段は選ばないかな。身分の高いひとこそ、じつは変態的な趣味をもってたりするしねー」
「貴様、公女さまを愚弄するかっ」
クロミィが長剣を抜くよりも、ミサキが短剣を抜くほうが早かった。
その短剣がすぐに白く光りはじめたかと思うと、少しずつ長さが長くなる。クロミィと団長が唖然として見つめる前で、白い短剣が長剣の長さになった。
「なんだこれは……長い刃の部分は、聖力だけでつくられているのか……」
「言ったでしょ、おねーさんは手段を選ばないって。団長さんはデスクワークが中心なのかな、クロミィちゃんよりも体の切れが悪そうだね。その気になったら、おねーさんは十かぞえるあいだにこの部屋を制圧できるよー」
ミサキの言い分はおおむね正しい。その実力をよく知るだけに、クロミィはようやく長剣を抜いたものの、身動きすることができない。仮にミサキが本気で暴れたら、制圧されるのはこの部屋だけではあるまい。騎士団総がかりでも押さえこめるかどうか不安である。
救いの主は、意外なところから現れた。
「ミサキおねえちゃん、公女さまとケンカをするの?」
「およ? ケイコちゃんは、公女さまのこと好きなのかな?」
「ううんとね、アレグーおにいちゃんとか、村のみんなとかがね、公女さまはすごくいいひとだ、って言ってたの」
「ふむふむ」
「だからね、公女さまのこと好きなの。ミサキおねえちゃんのことも好きだから、できればケンカしてほしくないの」
ミサキはあいている左手で、ケイコの頭をそっとなでてみせた。
「うーん、そうか、それは困っちゃうなー。おねーさんも無駄なケンカとかしたくないんだけど、このひとたちが結構せこいまねしてるからねー」
なんとかして長剣を正眼に構えながら、クロミィは口をはさんだ。
「せこいというのは聞き捨てならない。騎士団は卑怯の二文字とは無縁である」
「じゃあ、そこの扉の向こうにいるのはだれなのかなー。伏兵でも仕込んでるのかな? 気配を隠せてないから、バレバレだよね」
と、ミサキが左手で、さっきの入り口とは反対側にある別の扉を指さした。あの向こうには、騎士団長の私室のほか、公宮に通じる廊下がある。
「そんなものは知らないが……団長、衛兵でも待機させているのですか」
「いや、自分も知らない。おい、そこの扉の向こう! 誰かいるのか? 待機の命令は出していないぞ、いるのであればこちらに出てこいっ」
団長の声に応じて、その扉がしずかに、上品にひらかれた。
あらわれた人物を前にして、クロミィは反射的に敬礼をしようとして、長剣を抜いていることに気づき、剣をおさめようとして思いあらため途中でやめると、慌ててその人物をかばうような位置へと移動した。
「どうしてこちらに……いえ、背中を向けた姿勢で申しわけございませんが、お下がりください、あの聖剣を持った女は危険なのですっ」
クロミィの背後から、おだやかでやわらかい声がかけられる。
「ありがとうクロミィ、ですがその心配は不要です。さて、あなたがミサキ=ウマガイですね」
「そだよー」
「わたしはこのイミィグーン公国の公女です。あなたをお呼びしました」
公女さまが、クロミィの体をそっと横にずらして、ご自身が前へお出になった。




