逃亡美少女ミサキちゃん その3
「あれからもう半年近く経つとはねー。なんだか昨日のことのように感じるかなー」
『そう言いながら、さりげなく胸を触るのはやめてくださいよう』
ここは、イミィグーン公国の首都である街の、人通りのすくない路地だ。
公都が警戒態勢なので、騎士やら兵士やらが常時ウロウロしてやがる。そんなわけで、魔族であるセンヨヨとそのメイドふたりは、俺と一緒に人気のないところに避難したのだ。
「俺は悪くねぇぞ。いい乳をして誘ってくるヨヨちゃんが悪いな」
『ミサキの頭の中はあいかわらずアレですねえ。ところで、公都の外に出れそうですかあ?』
「まあ、無理だね。俺だって公都に入れたの偶然みたいなもんだし。知り合いがいなけりゃ面倒だったかもだな」
『理屈の上では、入るのは大変でも出るのは楽だ、と思いますがねえ』
俺が不思議そうな顔をしていたのだろう、ヨヨちゃんが説明してくれる。
『公国にとって怖いのは、敵である魔族が内部に侵入することですよう。だから、中に入るのは困難でしょうが、それに比べれば、外に出るのはたやすいはずですねえ』
「けど、まさかノーチェックで出させてはくれねぇだろうさ」
『……ですよねえ』
「ところで、どこに泊まってんの? しばらくそこで凌げそうなのか?」
『じつは、とある宗教施設に泊まっているのですよう。相応のお布施さえ払えば、普通の宿屋ほど、素性をうるさく探られずに寝泊りできますからねえ』
「え? それはすげぇ。ずいぶんと思いきったことするんだな」
『そもそも街に魔族が買い物にやってくる、とは考えないでしょうし、それに魔族がわざわざ宗教施設を選ぶとも考えないでしょう』
「顔色とかツノとかキバとかは、どう説明を?」
『まあいちおう、顔にひどいやけどの痕があるのでフードをかぶっている、という定番のネタでなんとか。そのあたり、話を合わせてくれると助かりますよう』
「まあ、ヨヨちゃんには世話になったからな、それくらいの口裏あわせは別にいいけどさ」
そのあと、しばらく公都の内部をうろうろしてたのだが、状況が変わる様子はない。
日は落ちかかっているし、腹も減ってきた。夜間になれば、警戒はさらに厳しくなる。
どうしようもないので、とりあえずはその宿屋代わりの施設にもどることになった。いつまでも、あまり街中でこそこそするのはよくない。いわゆる職務質問的なものを受けたら面倒なことになる。口ではなんのかの言っても、俺はヨヨちゃんに大恩を感じてる。困ってるなら助けてやりたいのだ。おもにその乳を。
で、連れてかれた所がここである。
「あら? 先ほどの、女剣士さんではないですか」
なんとまあ、出迎えてくれたのは、見覚えのある『いいシスター』である。まあ、人目につかない宗教施設なんてそんなに沢山はないからね。結構すぐ泊めるんだね。仕方ないね。とか思っていたら、そのシスターの後ろから、ちっちゃなペンギンがいきおいよく飛び出してきた。
「ミサキおねえちゃんっ……!」
すこし休んで復活したのか、ケイコちゃんが俺のスカートにすごい力でしがみついてる。
「ど、どうしたのかなー? 具合はなおったのかなー」
俺の問いかけにも答えず、ケイコちゃんは涙目で必死にしがみつくだけだ。『いいシスター』が、すこし非難がましい視線を俺に向けてきた。
「この子、自分が寝ている間に、あなたに捨てられちゃったのか、と思い込んでいたみたいなのですよ。あなたが行き先も告げずに出ていくからです」
俺はあわててケイコちゃんに謝った。スーパー優しくナデナデすると、ようやくケイコちゃんは落ち着いてくれたみたいだった。ぺろぺろ。
これでひと安心、と思った矢先のこと。
ケイコちゃんが、じっと一点を見つめてる。
その視線の先には、ヨヨちゃんがいた。
――あっちゃー、これはマズイかもね。
ヨヨちゃんはフードで顔を隠しているとはいえ、背の低いケイコちゃんからは顔が丸見えだろう。肌の色自体は褐色にごまかしてるとはいえ、ツノとかキバとか見られたら厄介なことになる。
そこはかとなく危険を察知したのか、双子メイドのかたわれが声をかけてきた。
「この子はどういう子なんですか?」
どうもこうもないが、嘘をついてもしかたないので、俺は正直に答えた。
「いや、この子……ケイコちゃんっていうんだけど、両親が魔族に殺されちゃって、天涯孤独なんだよねー」
メイドふたりが、瞬時に身をかたくするのがわかった。当のヨヨちゃんはさすがに大物、事情を把握してもどっしりと構えてる。まあこの状況で、動転してもどうにもならんしな。
ケイコちゃんが、不思議そうな声を出した。
「あのね、ミサキおねえちゃん。このひと、とっても優しそうなのに、どうしてわるい魔族の格好をしてるの?」
――バレバレじゃあないか。責任者を呼んで来い!
「おねえちゃん、もしかしてこのひと、コスプレしてるの?」
『ミサキ、コスプレというのは?』
「え、と……まあ、コスチュームプレイの略だな」
コスプレについて簡単に説明すると、双子メイドがはっきりとわかる非難がましい視線を向けてきた。
「「なんてことを子どもに教えているんですかっ」」
ふたり同時にしゃべるな。エコーがかかって聞こえるんだよ。一方のヨヨちゃんは、手帳を出すと、うんうんとうなずきながら黙々とメモしてる。いやいやヨヨちゃん、コスプレはこの世界の人間にとって一般的な人間文化ではないから、記録しても無駄だよ?
さて、そんなやりとりのさなかでも、ケイコちゃんはヨヨちゃんから目を離そうとしない。騒いだりしないのは幸いだが、このまま一緒に居るわけにもいかないだろう。残念なことに、ヨヨちゃんが安全な魔族だと、ケイコちゃんに説明するという選択肢はない。
この世界、徹底的に、人間と魔族は完全に相いれない関係なのだ。
現に、魔族に両親を殺されたケイコちゃんは、穢れてるという偏見的な理由で、村をなかば強制的に追い出されてしまってる。
それに、魔剣を使った俺自身だって、村を救ったはずなのに、問答無用で一時は村を追い出された。
どういう関係であれ、魔族と係り合いがあれば、非難や差別の対象になってしまう。この世界の一般的な人間にとっては、それが絶対的なルールである。だから、ケイコちゃんも、魔族と係り合いにさせたくはなかった。たとい相手がヨヨちゃんでもやむをえない。正直なところ、メリットがなさすぎるのだ。
「じゃ、おねーさんたちは、宿屋に泊ることにしようかなー」
わざとらしく言ってから、ヨヨちゃんたちに目で合図をして、その場を離れた。どこまでも不思議そうな顔をしているケイコちゃんの純真なまなざしが痛いが、このさいやむをえない。
その宗教施設から離れ、大通りに出た瞬間、ケイコちゃんが口を開いた。
「ねえねえ、ミサキおねえちゃん」
そらきたぞ。どうやって誤魔化したらいいもんかね。
「このひとたち、怖い……」
ん? このひと? さっきのひとでなくて?
ケイコちゃんの質問は、まったくの別件だった。一生懸命、いいわけを考えていた俺は、いつの間にか包囲されていたことに気づかなかった。俺とケイコちゃんの周囲に、鎧をつけた兵士が十人ほど、ずいぶんとけわしい顔をしてて、抜きはしないが手は剣に添えられてる。
「おいそこの女、ちょっとこっちへ来い」
「いやでーす」
即答して、その場を離れようとする。が、兵士のひとりが黙って俺の左腕を掴んできやがった。だから、俺も黙ってその足を払って、容赦なく投げ飛ばしてやった。そいつはきれいに吹っ飛んで床石と盛大にキスをする。たちまちのうちに、兵士たちがいきりたち、剣を抜いた。当然のように、俺も右腰の短剣を抜く。
おいおい、兵士を相手になにやってんの?
そう思うかもしれないが、この世界の常識的には、俺の判断はまちがっていないのだ。
基本的には、軍隊や兵士というのは、とにかくガラが悪くて乱暴なのである。戦場での略奪などが日常茶飯事であるこの世界、残虐行為を禁止する国際法などは存在しない。日本の自衛隊みたいに紳士的なのは、兵士として例外なのだ。モラルが期待できるのは、一部の名誉ある騎士くらいだろう。
まして、補充兵に召集をかけた結果、この公国の兵士は五千人から一万人に倍増している。指揮系統も混乱するし、秩序統制もとりにくくなってるだろう。正直、規律やモラルはいつも以上に低下してると思った方がいい。
俺は自分でいうのもなんだが、見てくれは美少女らしい。んで、この手のゲス野郎には、なんどか襲われかかってるのだ。しかも今回はケイコちゃんもいるとあっては、走って逃げるわけにもいかないから、俺が手加減する理由はない。ここにいる全員を叩きのめす気マンマンである。あ、女だからマンマン、とかそういう下ネタじゃないよ(横ピース☆)。
ところでこの横ピース☆だが、昔はそんなに好きじゃなかった。
というか、男だったころは他の女がやってるのを見ても何とも思わなかった。ただただ、うざいだけ。ところが自分が女の姿になってみると、これが結構やってて楽しいのである。
別に相手の反応を見たいわけではない。独りでいるときもたまにやってたりするぜ(横ピース☆)。妙にテンションがあがる感覚がよくて、気にいってるのだ(ドヤ顔ダブル横ピース☆☆)。
と、くだらないことを考えてるのだが、兵士たちは一向に襲ってくる気配がない。まあ、右手の聖剣は白く硬く太く光りまくってるから、そりゃビビるだろうけどさ。ヤル気ないなら、道をあけて欲しいんだけどね。さっき投げ飛ばした奴がフラフラ逃げ出したあとは、包囲するだけでなんの進展もない。
「その聖剣、やはりミサキ=ウガマイだな」
莫迦みたいに堅苦しいソプラノが聞こえてきて、俺は正直ウンザリした。どうやら公国騎士団の副団長さまのご登場らしい。なるほど、兵士たちはこいつの登場を待っていたのか。
「そんな顔をしなくてもよい。別にミサキをどうこうするつもりはない」
「部下のしつけがなってないみたいだけどなー」
「その点についてはお詫びしよう」
おや? 俺はかなりいじわるな口調をつくったのだが、クロミィは素直に謝ってきた。
「ミサキを探すように言っておいたのだが、やり方がいささか乱暴だったかもしれぬ」
「なんでおねーさんを探すのかな―。ケイコちゃん探すのならわかるけどさー」
「もちろん、ケイコは約束通りに自分が責任をもって預かろう。それとは別に、団長がミサキのことをお探しでいらっしゃるのだ」
「団長? 騎士団の? なんでかなー」
「その、お前の……その、腕を……見こんで、力を貸してほしい……と言っているのだ、我が団長は」
ひどく嫌そうな口調で、たどたどしく言われてしまった。まったくもって、クロミィのやつはわかりやすくていい。だから俺もわかりやすく即答する。
「いやでーす」
「話だけでも、聞いてもらえないだろうか」
クロミィの笑顔がひきつっている。どうやら団長に命令されて俺を嫌々探していたらしい。なんだか俺がクロミィを虐めているみたいだ。すこしぞくぞくする。
「うーんとね、クロミィちゃんが、なんかいうことひとつ聞いてくれるなら、行ってあげてもいーかなー」
さすがに『今すぐおっぱいを揉ませてくれ』とは言うまい。あとから言うかもしれないけど。
頬の筋肉をプルプル震わせていたクロミィが、顔を紅潮させたままで答える。
「わ、わかった……了承しよう」
その一瞬、妙にクロミィが可愛く見えた。うーん、やっぱりクロミィは俺の好みかもしれない。いうこと聞くって言うから、あとでセーラー服でも着て横ピース☆でもしてもらおうか。
ま、そんなわけで、俺はクロミィの上司に会うことになった。




