逃亡美少女ミサキちゃん その2
まさにこのときのことだが、俺は舐めプとまでは言わないけど、そこそこ余裕はぶっこいてたのだ。
というのも、この時点では『逃げるだけなら、どうとでもなる』という自信があったからな。
いちおう、ちゃんと根拠のある自信だったんだぜ。
まず、ヨヨちゃんの指示通り一日早く出立してたから、相手の虚をつけただろう、という予測があったこと。つぎに、丸一日歩きつづければ人間界にたどりつける、という好位置に自分がいたこと。さらに、今までなんだかんだで、戦闘において魔族におくれをとったことがなかったこと、なんかが主な理由だ。
他にも、聖輝石と魔闇石の準備が万端だったことや、ヨヨちゃんから地図までもらったこと、さらには、シギ軍の情報までもらってたことだってある。
まあ、勝つのは難しい。でも、逃げるだけなら簡単だ。
そのはずだったんだが……おかしいな、と思い始めたのは、敵の魔族兵士の追撃が、異常に早いと感じられたときだった。俺自身は、一日早い奇襲だと思ってたのに、どうやらそうじゃなかったらしい。つまり、敵さんも一日早く動いてたっぽいのだ。
おまけに、シーゼがただの色っぽいむっちり女で、見てくれだけのビッチだと油断していたのもよくなかった。つぅか、そのシーゼの指揮で、あっちゅうまに包囲されかけたんですが、どういうことよ。さすが一騎当千の魔族たちってとこで、万魔長の愛人ともなると、外見だけじゃなく、相応の中身も求められるらしい。ただのおっぱい女じゃあないね。
そんなこんなでけっこう動揺しつつも、まだそれなりに冷静だった俺は、リュックサックから今度は魔闇石を取り出した。こいつ自身は聖輝石とちがい、攻撃力はないが、同じようにそこいらへと、ばらまいてく。
反応は、すぐにあった。
『カネだ! カネになる上等な魔闇石が、こんなに転がってるぞ!』
魔族兵士たちが、追撃の途中で立ち止まり、魔闇石を拾い始める。たぶんシーゼだろう、そんなものに構わずあとを追え、とか女の声がした。それに対して、
『いい感じに光ってんじゃねえか、オレのこと誘ってんのか?』
『ヒャッハー! あの魔闇石を奪えぇ!』
『こりゃあうまい魔闇石だぜぇ!』
とか、野郎どもの雑魚っぽいおたけびが聞こえてきた。
うん、実はこれも、ヨヨちゃんの情報通りなのだ。
魔闇石は、人間界のでの聖輝石がそうであるように、魔界ではお金の代わりになるのだそうだ。戦闘中にお金をばらまいて油断させる、なんつぅのが、思ってたよりも効果的だったので、ちょっと驚いた。そんなのが成立するのは、太閤立志伝Ⅴの個人戦だけだと思ってた。
うぅん、まぁ、状況にもよるんだろうけどな。ここまで戦力差があると、この雑魚どもは、自分たちは死なないと思ってんだろう、命がけで戦う必要もないから、お金に気をとられるのかもしれない。
そんなわけで、俺は聖輝石と魔闇石を、あるときは交互に、あるときは同時にばらまいていく。まけばまくほど相手の追撃を邪魔できると同時に、俺自身の荷物は軽くなって逃げ足は速くなる。
その結果、敵との距離はどんどん開いていき、夜が明けて朝になるころには、かなりの距離を移動できてた。このぶんなら、じきに人間界に無事たどりつける。
そう、思っていた。
考えが甘すぎるよな。ヨヨちゃんから、ちゃんと戦車兵の存在を聞いてたのに。
ああ、戦車っていっても、キャタピラがキュラキュラしてるあれじゃねぇぜ。地球上でいうところの、古代ヨーロッパのチャリオット、古代中国の兵車ってやつだ。戦闘用の馬車、っていったほうがわかりやすいだろうか。
あれは速い。めっちゃ速いぞ。
あんなもんを本気で走らせたらどうなるか、身をもって知った。
朝にはけっこうな距離を稼げてたはずなのに、昼になる前に、さっくりと追いつかれた。
すさまじい土煙をあげながら、戦闘用の馬車がせまってくる。……いや、ちがう。厳密にいうと、その動物は馬じゃない。
頭に、思いっきりツノがはえてる。
ツノといっても、ユニコーンみたいな、可能性を感じさせるお上品な獣じゃない。
全身が真っ黒で、目は赤く光ってた。悪魔の馬とか、地獄の馬とか、そういう名前がふさわしい、まさに『けだもの!』みたいな感じの動物だ。口から吐く煙のような息が、見るからにやべぇ感じだ。
しかもまずいことに、戦車の数は相当なものだった。分散してこちらを偵察してるとか、そんな可愛いもんじゃないのは一目瞭然だった。
そもそも、ヨヨちゃんが地図を持ってる以上、シギもおなじ地図を持ってる。
俺が人間界めざして、最短距離を一直線に進むことは、バレバレだ。つまり、俺の予測逃走経路もバレバレだ。結果として、このように簡単に捕捉されると、まあ、そういうわけだ。
おまけに、よくない情報はまだあった。つぅのも、戦車というのは、地獄馬も馬車も必要なんだから、歩兵なんかよりお金がかかるのは明らかである。そしてお金がかかる高級な武器だということは、当然のように数が限られるわけで、つまりエリートしか使えない、もともと精鋭のための兵器なのだ。戦車に乗れる戦士は(御者のほうはともかく)、部隊長クラスだと思ってまちがいがないだろう。
すなわち、シギが戦車兵のみで追ってきた、ということは、部下を選抜してきた、ということでもあるのだ。
精鋭のエリート兵だけが、かなりの高速で追いかけてくる。
俺にとっては最悪の状況だ。
位置的には、たぶん、人間界まであとすこしのところだったと思う。それでも、俺は最短距離でのゴールをあきらめた。すばやく周囲を見渡して、木々が生えている丘陵をめざす。森を簡単に突破できる戦車は、ドイツの機甲師団くらいのもんだ。戦車というのは、ふつう、平地以外ではその真価を発揮できないはず。
この俺の読みはまあまあ正しかったようで、俺が丘を登りはじめると、敵戦車の追撃速度はあきらかに遅くなった。
ちなみに、ものすごく単純にいうと、魔界は起伏に富んでいて、人間界は平地が多い。
起伏に富んだ丘を登るということは、魔界方面に逆戻りということになる。
それでも、俺は逃げたね。ビビリとかいうなよ。
地獄馬はおそろしく背が高いし、馬車だってでかい。いくら腕に自信があっても、この状況で真正面から戦おうとは思わん。このときは、まだ戦闘に不慣れだったから、ビームサーベルもビームシールドも使えなかったしな。
そもそも、古代の戦車は、特に防御戦にすぐれてるのだ。それくらい、俺だって知ってる。馬車のつくりが頑丈なのは、ひとめ見ればあきらかだしな。
不幸中の幸いだったのは、夜からずっと逃げ続け、走り続けているのに、この女体がそれほど疲労していないことだった。この女体の限界はどれほどか不明だが、戦車をひいている地獄馬よりも、スタミナでは勝ってると信じるしかない。
不意に、直感的に危険を感じて、俺は地面にその身を伏せる。頭の上を矢が何本か通り過ぎていき、その内の一本は音高く木に深く突き刺さった。
ちくしょう、こいつら俺の生け捕りが目的なんじゃないのかよ。明らかに殺しにきてるじゃねぇか。よろしい、それならこっちも考えがある。
木々のあいだをすり抜けるように逃げ回ると、俺は一輛の戦車に近づいてく。
御者のとなりにいた部隊長らしき魔族が、俺を見てうれしそうな声をあげた。
『おいおい、追いかけっこはもうおしまいか? 殺さなきゃいいんだろ。遊んでやるぜ』
その魔族は、見るからにゲスい顔をしていた。遺作とか臭作とか、ああいう感じの顔だ。鬼作はたまによいことをするので、このさいはパス。
俺はその顔を見て手加減不要と判断すると、両腰の剣を抜いて、左手の魔剣だけをつかみ、聖剣の方を振りまわした。敵の魔族は、俺の短剣どうしが、聖法具であるロープでつながってるのを知らなかったらしい。短剣では車上に攻撃は届かない、と思ってたのだろう、俺の攻撃をもろにくらってくれた。
相手がひるんだすきに、強奪よろしく一気に車上に飛び乗ると、俺は部隊長に容赦なくトドメをさす。 どうやらこの戦車は、部隊長・御者・護衛兵の三人乗りのようで、俺は二、三撃のやりとりのあと、護衛兵も切り捨てた。残った御者の首に魔剣を押しあてると、できるだけ冷酷に宣言する。
「戦車を走らせろ! 目標は人間界だ! 言う通りにしろ、さもないと殺すぞ!」
完全に、余裕がなかった。あまりに必死だったので、気のきいたことも言えなかったが、陳腐なセリフでも脅しの効果はあったようだ。主人を討たれたはずの御者は、かたきを取ろうともせずに、青い顔で(もともと紫色の皮膚だが)、指示通りにしてくれた。
走り出すと同時に、俺は二体の魔族の屍体を、戦車から捨てた。バチあたりな行為だが、これですこしは軽くなって、早く走れるはずだ。
予想は的中して、かなりのスピードで戦車は走り出した。クッション性に欠けるので、乗り心地は最悪だが、これでなんとか人間界まで逃げられる、と喜んだものつかのま、あと一歩というところで、一輌の戦車があとを追いかけてきた。それは他の戦車よりも明らかに大きく、引く地獄馬の数も多いし、速度も上だった。
目をこらすと、乗っている大柄な魔族が、極太の投げ槍を構えるのが見えた。
――この距離で、届くのかよっ。
そう思う間もなく、投擲された槍は、カミュのグラディウスのように、俺が乗ってる戦車に直撃し、そのまま戦車自体を崩壊させた。俺は破壊されて飛び散る部品とともに地面に転がるはめになり、地獄馬は戦車の残骸をひきずったまま駆けていってしまった。
投げ槍を投じた魔族を乗せていた戦車が、俺の近くでドリフトしながら急停止する。そのひときわ豪奢な戦車から、えらくガタイのよい男の魔族が、余裕たっぷりに地面におりたった。
直感的にわかった。こいつがボスだ、と。
俺は戦車崩壊時に、したたかに地面へ体を打ちつけてたので、息をするのもしんどかった。それでもなんとか双剣を抜いたところで、そのボスが一気に打ちこんできた。
俺は必死にその攻撃を、両方の短剣で防いだ。左右同時の攻撃を受けとめたあとで、ようやく気づく。敵も双剣の遣い手なのだ、と。
同じように二本の剣を持っていても、その差は歴然としていた。
ボスのパワーはすごいし、リーチは長い。おまけに技の出も早いし、攻撃後の硬直も短い。なんていうひどいチートキャラだと憤慨する。ただ、そのおかげで覚悟ができた。十合も剣を合わせないうちに、いまの俺じゃ勝てない、というのがすぐにわかったからだ。無駄に体力を消耗せずに、すぐに逃亡という選択肢を選べたのはマジで好判断だった。
俺は攻撃を避けるふりをしながら木の裏に回り込むと、そのまま一気に駆けだす。
逃げる。逃げる。逃げる。
パラパラと矢が降ってきたが、俺はおかまいなしに逃げた。
一度だけ振り向くと、なぜかボスは追ってこない。
なんだろうか、あれだけガタイがでかいと、やっぱ持久力がないのだろうか?
不審をおぼえながらも、俺はとにかく全力で走った。『ここから人間界です』っていう立て看板がない以上、とにかく人間に出会うまで、走り続けるしかない。
――それまで、この女体の持久力がもちこたえてくれ!
俺は、ほとんど祈るような気持ちだった。
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双剣を持ったまま、逃げるミサキを見つめるシギのところに、戦車に乗った美女がかけつけてきた。
『ほう、シーゼか。どうした?』
『シギさま、まずいことになりました。センヨヨが部隊を動かしたのです』
『攻撃してきたのか?』
『いえ、こちらの補給線を寸断したようです。そのまま部隊は動こうとしません』
『ふん、センヨヨのやつめ、直接しかけてくる度胸はないか』
『ですが、その用兵は見事です。このままでは、我が軍はあっというまに飢えます』
『ちっ、面倒だな……一度、軍をひく。戦力を集結し、センヨヨの部隊を威圧して、下げさせろ。向こうが引かないのなら、戦闘になってもかまわん』
シーゼが、不思議そうな顔をした。ひかえめに訊いてくる。
『シギさま、あの人間女の追撃はどうするのですか? このままでは本当に逃げられますが……』
『逃がしてやれ。いや、逃がすのだ』
『え? シギさま、まさか……』
『逃げた人間女を追う。それをもって、人間界に侵攻する口実とする』
愕然としているシーゼを見て、シギは余裕の笑みを見せた。
『魔王陛下にとって、あの人間の女は特別な存在らしい。人間どもといさかいを起こしても、多少の無茶は大目に見てくれるだろう。もちろん、直接に許可はいただくつもりだがな。オレは陛下にお会いするために魔王城へと向かうから、軍の指揮はシーゼ、お前にまかせる。少数の選抜部隊に人間女のあとを追わせろ。事後承諾でなんとかするから、すこしは魔人境界線をこえてもかまわない』
『……シギさま、思い切ったことをなさいますね。いったい何がはじまるんです?』
『第三次魔人大戦だ』
あけまして、おめでとうございます。
更新が遅くなり、もうしわけないです。
今年はがんばります。




